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4、丸亀駅周辺のうどん(香川)

「親しみ感じる味が欲しい」


「……今日は………なんとも抽象的だな」


ふと晴明の口から溢れた言葉に、漫画の宇宙兄弟から目を離し、契約主である晴明にツッコミを入れる。


「いや、お腹は空いてるんだがなー……なんかこう、何が食いたいのかまだ自分で分かってないというか」


「それなら、駅そばでも行ってくればどうだ我が主。好きなんだろう」


雑な対応で済ましたセイルは、また漫画に目を戻す。

まだ、4巻辺りだが気に入ったのだろうか。


ぞんざいな扱いに半目を向けながらも、何を食べたいのか思案する。


……しかし、蕎麦か…………惜しいけど、しっくり来ない。


駅そばは好きだけど、あれはブラリ歩いてて小腹空いてる時に見かけたら行くっていうか。


あれだけの為には中々外出はしない。

ちょうど良い時にそこにあるからこそ、ベストなのだ。


うーむと悩ましげに声を唸らせながら、何気なしにセイルが読んでいる漫画が目に入り、


「───────あ」


ちょうど開かれていたそのページに描かれたシーン。

それは5人で小麦粉を練り、うどんを作っている描写。


それを見て、晴明の中ですとんと落ち着いた。


「……セイル、決まったぞ」


「ん、何がだ?」


「今日の飯はうどん、讃岐うどんだ」


「良いが、後ちょっと待て……もう少しで区切り良い所だから」


「…………」


ホント、ぞんざい。





「で、来たわけだが……普通だな」


今回移動したのは、香川県の丸亀駅。


目の前にはバス停、少しその先には住宅街。

生活感がある光景に、海が近いのかほんのりと潮の香りが鼻に届く。


「少し歩くぞー」


セイルを連れてぷらぷらと店に向かって歩く。


そして、10分くらい歩くと住宅地に囲まれた中に、不意に現れた。


「今日の目的地はここ、"麺処 わたや"だ」


昼という事もあってか、多くの人で店は盛んである。

客層は旅行者、という訳では無く、作業着にスーツ、または奥様方と地元民がほぼほぼと言った感じか。


平日の昼だが、席は満席か。


「……これは少し待つようか」


「いや、大丈夫だろ。ほら」


そう言うとうどん食べたのか一人二人と皿を返却して、ごっそさんと店を出ていく。


「うどんってのもあるのか回転率速いからな、この店」


そう話していると新規客がどんどんと足を運んでくる。


「ほら、並ぶとするか」


レジへと続く客の列に並ぶ。

前のお客は慣れたようにレジのオバちゃんに注文を告げていき、あっという間に盛り付けられたうどんを受け取って行く。


速い。

とにかくスピーディー。


まあまあ前に人が居たにも関わらず、あっという間に自分の番に。

初めて来た時は、ゆっくりメニューを考えられると思っていたら、この勢いに戸惑うものだ。


「はい、何にします?」


「え、えっと……」


「スペシャルぶっかけの小。ひやで2つ下さい」


「あいよー。はい、460円が2つで……」


セイルが戸惑いの中で視線を向けてきたので、代わりに注文を告げる。


金を払い、そして横にずれれば、キッチン内のナイスなチームワークですぐに注文したうどんが手渡される。


受け取ったうどんをお盆に乗せ、先に席の確保の為に空いた机へと座る。


そして、うどんを見てセイルが一言。

 

「大きいな。……これで小か?大盛りの間違いでは無く?」


お盆の上にあったのは普通サイズの丼、いや、それより大きめの丼にいっぱいに入ったうどん。

その上に載せられるは豚肉、牛肉、ワカメ、ネギ。

そして、肉に囲まれた温玉、横にカットレモンと並々のトッピング。


「一回、お腹が空いたからと調子乗って大盛りで頼んだ時があったが……若気の至りだったなあ」


食い切ったけど、正直きつかった。

この店を教えてくれた宿先のおばさんの助言をしっかり聞いておけば……すまぬ、おばさん。

でも美味かった、ありがとう。


「一応はあそこで、おろし生姜と天かすなんかがタダでトッピングできるが……」


「少し食べないとトッピング出来るスペース無いぞ、これ」


この量で500円に届かないとは。

コスパ最強かよ香川、流石うどん大国。


「さてと、伸びちまう前に食うとしますか」


本場での讃岐うどん。

いざ実食。


「「いただきます」」


肉を溢さぬように気をつけながら、太めの麺を持ち上げて、


「「────ズズズズズッ!」」


以前のラーメンの時と同じように、麺をすする。

だが、ラーメンの麺と決定的に違うところがある。


「むぅ……!もぐもぐ」


セイルは少し驚いたように咀嚼を続けてからうどんを飲み込む。


「これは、コシと言うのか……冷凍うどんでも充分コシがあると思っていたが、明らかに違うな」


「冷凍うどんのはコシって言うよりモチモチ食感だしな」


あのモチモチはデンプン粉で再現しているらしい。

つまりは、タピオカだ。

最近流行っているが、既に俺の中ではタピオカブームは始まっていて今も続いている。うどんの中でだが。

甘いミルクティーの代わりに、出汁の効いた麺つゆで。そこに卵を落としてやるのも良い。


しかし、冷凍うどんのモチモチ感も好きだが、やはり香川のうどんのコシには驚かされる。


"コシ"は断じてただただ"硬い"のではない。


もう一度すすって、食感を楽しむ。


舌触りは滑らかに、噛むとぐぐっと俺の歯を押し返すような力強さを口の中で感じ、ブツンっと切れる。

凄まじい弾力ともっちり感、これこそ正しくコシ。

噛んだら麺が応えてくるとは、これが本当の噛みごたえってもんさな。


「このコシのお陰で麺も伸びにくいんだよな」


このコシは世界第二次大戦後、うどん戦争によって生まれた。


……戦争なんて大げさに言ったが、単に第二次大戦後に香川県のうどん屋が増えたってだけの話である。


うどん屋店舗間での競争は激しくなり、製麺所は時間が経過しても美味しいうどんを卸先に提供しなければ競争に勝つことが出来なくなるわけだ。


そこでうどんを一層踏むなどして鍛えることで、茹でた後のうどんの劣化と麵が伸びることを遅くすることを意図的にやっていたそうだ。


そして今に至る。


「なるほどなぁ……ところで、何故晴明はそんな事まで知っているのだ?」


「趣味だよ趣味。仕事柄もあるが調べるのとか好きだったし」


さて、長話になってしまったが、そろそろ本腰を入れて食べるとしますかね。


豚肉と牛肉を豪奢に、そして豪快に麺と一緒に口に入れる。


牛肉のとろける脂の旨さもいいが、豚肉のムチムチした食感も捨てがたい。


スペシャルだからこそ出来る暴挙。

贅沢の極み、これが美味くない訳がない!


甘〜く味付けされた肉があっさりめの出汁と合わさること合わさること。

ネギとワカメのシャキシャキ感も箸を進める。


「更にこれを……」


真ん中に座していた温玉を箸でパッカーンと切り開けば、とろーりと中の黄身が溢れ出す。


その黄身に肉とネギを絡めてやって、うどんと一緒に、


「ああぁ……とろけるぅ」


至福でニヤけた俺の表情を見て、セイルもすぐさま真似して食べる。


「…………!」


「そんなにがっつくとむせるぞー」


どうやら気に入ったようで、うどんをすするペースが1.5倍増しになった。

不意にネギが鼻に入ってむせないか心配。

地味にあれキツい、涙出るし。


……しっかし、やっぱりセイルは肉食なんだな。


そんな事を思いながらも、しばし2人はうどんの美味しさに夢中に食す。


そして、あんなに丼いっぱいに沢山あったうどんも、あっという間に無くなっていた。


「最初こそ量に戸惑ったが……杞憂だったな」


「肉の脂が後半に少しキツくなっても、レモンと生姜でサッパリできるし」


お腹は充分に膨れ、両者満足。


「さてと。長居すると他のお客さんに悪いから、出るとしようぜ」


「そうだな、晴明」


大勢の人の間をぬって返却口まで皿を返し退店。


「あ〜、お腹いっぱいだ」


「私もあとおにぎり1つしか入らないな」


「余裕あるな、おい」


存外、この悪魔の胃袋底無しである。


「で、このまま帰るのか?」


「まあ……今日はそうだな。腹が空いてるようなら、骨付き鶏を買って帰って、家で呑みながら食うって手もあったんだが」


丸亀駅近くに有名な骨付き鶏の店があり、以前持ち帰りで訪れた事があるのだが、今日はパスかな。


「骨付き鶏?香川で有名なのか?」


「うどんに隠れているが立派な香川名物の1つさ。塩コショウとかでスパイシーな濃い目の味付けで、これがまた米や酒に合うんだよ。しかも、親鶏と雛鳥って2種類あって肉の系統が違いが楽しめて────」



ギュルルルル〜。



説明の途中でセイルのお腹から可愛らしい虫の鳴き声が聞こえた。


「…………」


「……買って行くか?」


「そうだな。行くとするか」


何事も無かったかのようにセイルは知らんぷり。


お前さっき食ったばかりだろという言葉は胸の中にしまっておいた晴明であった。


悪魔は肉食。

断定です。


……まあ、それでもちゃっかり俺も食うんだけどね。

骨付き鶏だったら、自分は親鶏の方が好み。

あのコリっとした食感が。

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