3、スパホテルのバイキング(千葉)
「我が主よ。郵便物が届いていたぞ」
「郵便〜?どうせ宅配ピザのチラシとかだろ。捨てちまえ捨てちまえ」
帰宅そうそうに出迎えたセイルにそう言いつつ、
……そう言えば最近ピザ食ってねえな。
久久にピザ頼むかなと考えていると、セイルの言葉には続きがあって。
「いや、チラシ以外にも手紙らしき物がな」
そう言ってセイルが取り出したのは一通の封筒。
そこの宛名には、このご時世に達筆な筆字で記されている。
それだけで誰からの送り物か察する事が出来る。
「…………」
「この文字、達筆過ぎて読めぬのだが……どうした、我が主?」
セイルから受け取り、すぐさま中身を確認。
そして、ただ黙々と全てに目を通し、
「────はぁ、"<"」
苛立たしげに一言唱え、手紙を灰も残さず燃やす。
俺の行動は知らぬ者からすれば奇行に見え、セイルが目を白黒させている。
「ふむ。流れる様に、そして無駄の無い魔術行使に眼を見張る物はあり、感心はするが……どうした?突然燃やして。AVの架空請求か?」
「悪魔とは言え、女の子がズバっとAV言うな。そして、架空請求じゃない」
「なんと、心当たりが……財布の紐に気をつけよ、我が主」
「そっちじゃねえよ。知人からの手紙だ手紙。……簡単に言えば俺への仕事依頼だ」
渋々そう答えると、
「待て、何だその目は?その意外そうな目」
「……晴明」
我が主呼びでは無く、名前呼び。
セイルはとても驚愕した様子で、ゆっくりと、
「働いてたのだな。てっきり宝くじで一山当てたプー太郎かと」
「酷えなオイ!お前、ずっとそんな風に思ってたのか!?」
……あ、目をそらしやがった。
この悪魔、日に日にフランクってか、ざっくばらんになって来てるな。
いや、飯一緒に食うならその方が良いのだが。
「表向きはバイトで食い繋ぐフリーター。だが、裏では今回みたいに陰みょ、じゃない、魔法絡みの依頼を受けてんだ」
「そんな裏設定があったのか、我が主」
裏設定言うな。
「なるほど、時々ふらりと外出していたのは依頼の為だったか。……しかし、それならば依頼書を燃やして良かったのか?」
「いいのいいの。内容は全部頭の中だし、本当に重要な要件なら郵便じゃなく、人を寄越すさ」
しかし、それでもムシャクシャしてるのは確か。
こんな日は、あの場所に行くのが限る。
「依頼の前に……セイル、泊まりの準備だ。遠出するぞ」
「泊まり……?食べに行くだけでは無くか?」
「ああ。目指すは千葉木更津のスパホテルだ」
全力で脱力リフレッシュしてやる。
◆
思い立ったが吉日、が座右の銘の俺。
部屋の空きを確認、予約。
そして、セイルの能力でひとっ飛び。
そして現在、ホテルの1室。
「さて、来たわけだが。飯まで時間があるし、プール行くぞ」
「プール……そこのプールか。しかし、普通は風呂からでは?」
部屋の窓から海とプールが見え、それを眺めていたセイルが晴明の提案に疑問を挙げる。
「プールが後だと塩素で髪バリバリになるからな。そうすると、また風呂に入らなくちゃ……そう言えば、悪魔だとどうなるんだ、塩素で髪」
「今のナリは人だからな。なるぞ」
細かい所までこってるな悪魔。
「しかし、プールに温泉か。温泉宿、と言うより大衆向け?と言った感じか?何とも表現し難い」
セイルの言いたいことは凄く分かる。
雑に言えば、大規模スーパー銭湯に行き来出来るホテル、かな?
少し違うかもしれないが、まあ、俺の中ではこれがしっくり来る。
「取り敢えず、夕飯のバイキングは19時に指定したからな。色々見て周ろうぜ。ほら、セイルの館内着」
「おお、すまない。実は一度浴衣とやらを着てみたくてな────」
ペラーン
「……我が主。何だこのアロハ服のパチモンみたいなラフ過ぎる服は。浴衣はどこだ?」
「浴衣も有るけど、コッチの方がぐうたら出来るから選んだんだが……まずったか?」
このスパホテル、館内中をこのラフな服で出歩けるから良いのだ。
ホテルでは無く、まるで家に居るかのようなアットホームさ。
正しくストレスフリー、素晴らしきかな。
しかし、
「…………浴衣」
善意でのつもりが、予想以上にショックを与えてしまったようだ。
悪い事をしてしまったか。
……今度、暇な時に温泉にでも連れて行くか。
「ほ、ほら。それよりプールだプール」
「…………うむ」
◆
……ゆったりのんびり楽〜しい〜♪
プール内でテーマソングが流れている中、海パン姿の晴明が立っていた。
「相変わらず変わらないな、ここは」
初めて来た時は風呂コーナーを抜けて行くのを知らず、プールまでの道のりに迷ったものだ。
年期こそ感じるものの、今でもプールにはウォータースライダーがあり、監視のお兄さんが笛を鳴らすと上から子供達が滑って降りてくる。
……後で滑ろうかな。
「待たせたな、晴明」
「おう、セイル。遅かった…………」
声がした方を振り返ると、天使が居た。
いや、悪魔だが。
そこに立っていたのはビキニ姿のセイル。
引き締まったボディに、しかし、存外着痩せをするのか意外にも胸は大きい。
いつもは幼いイメージであるが、晒された白く透き通った肌は氷細工のように冷たい優美さを示している。
もし、セイルが己に認識阻害の魔法を掛けてなければ、老若男女問わず彼女に釘付けだったろう。
伊達メガネを外したギャップも相まって、思わず見惚れてしまった。
魔法に長けた者にも関わらず、魅了にかかり悩殺されてしまった。
「……どうした、晴明?」
コテリと小さな顔を可愛らしく傾ける。
破壊力が凄まじく、狙ってやってないのが恐ろしい。
「いや、湘南の海だったらナンパ対応で忙しそうだなって思ってよ」
「…………?」
照れ隠しでジョークを言ったが、素で返されてしまった。一番恥ずかしいパターンや。
耳が熱がこもり、赤くなっているのが見ずに分かる。
その反応に、セイルはやっと晴明が何を言いたかったのか気づき、
「………!ああ、なるほど。いやいや、まさか晴明が褒めてくれるとは……。うむうむ、これは存外悪くなく心地よいものだ。……さて、出来る事ならもう一度聞きたいな。それこそもっと情熱を込めて、な」
ニヤニヤと気分を良くしたのか、こちらに絡んできた。
……悪魔め。いや、そう言や悪魔だコイツ。
恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠すようにプールに飛び込んだ。
すぐさま監視員に注意をされる晴明。
監視員には悪い事をしてしまったが、だがどうか許して欲しい。
◆
プールの後は別れて温泉。
そのまま3階で落ち合い、牛乳飲んで整体マッサージ。
その後、5階へ上がり予約していたカラオケへとしゃれ込む。
セイルが◯いみょんの"マリー◯ールド"の歌えることに驚愕させられたのは良い思い出だ。
最近のをカバーし過ぎでは、悪魔。
まあ、そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて、
「さて。席に案内されて、食事スタートなんだが……バイキングの形式は分かるか?」
このスパホテルで、今回選んだのはバイキングコース。
周りには家族連れや大学生男子らしき集まりが多く、浴衣は2、3割。俺らが着ている緑とピンクの館内着が7、8割といったところか。
バイキングなので好きな物を取りに行きたいところだが、
「うむ、分からない」
「何故あ◯いみょんは知ってて、バイキングは知らんのやら……。じゃあ、一緒に行くか」
「頼む」
席を立ち、料理を乗せた皿を運ぶ他の宿泊客に気をつけながら、料理が並ぶ場所へ。
まずはブラリと周る。
並ぶ料理は様々で、
「エビチリ、肉まん、焼きそば、筑前煮、ピザに、ハンバーグに……あれは蕎麦か?」
「このごちゃ混ぜ多国籍感。たまらないなぁ」
数歩歩いただけで日本、中国、ヨーロッパを世界周遊。
バイキングはこうでなくては。
「これは目移りしてしまうな。……おお、寿司まであるのか」
「バイキングはセルフで料理を自分の好きな物を、好きな分だけ取って行ってな。そして食べるという単純なルールだ」
おぼんに皿と箸を乗せ、セイルに手渡す。
「ただ、注意点としては食える分だけな。それと、マナーとして他の人の事を配慮に入れた行動をすること。まあ、それだけさ」
全ての料理を説明しながら見て回ったので、いざ実践へ。
「じゃ、各自自由行動で。取り終わったら机に戻ってくるように」
「了承した」
◆
「あら、待たせちまったか?」
「いや、私もつい先程戻ってきたばかりだ。長いこと悩んでしまった」
セイルの皿を見れば、
……バランス派か。手堅いな。
サラダ、筑前煮、酢豚、パスタ、寿司と蟹、ピザなどなど。
和洋中、そして、肉魚野菜をバランスよく少しずつ取っている。
対して俺は、
「……茶色ばかりだな」
俺の取ってきた料理を見てセイルが呟く。
ハンバーグ、ウィンナー、唐揚げ、春巻き、焼きそば、フライドポテト、ピザ、天ぷら、あさりの味噌汁など。
バイキングでフライドポテト取るか?と思う人も居るだろうが、むしろ、逆にあり。
この選択、風呂にマッサージで健康になった上で、健康的になっているからこそ取りたくなる罪悪感感じる味。
これが緑一色ならぬ、茶一色。
子供時代なら必ずしも使う一手であり、大人に上がれば上がる程使い手は減少して行く。
ちょっと罪悪感を薄めるために乗ってるトマトと白米に加えて持って来たわかめご飯がミソだ。
そして、何よりもこの配膳を飾るのは、
「しかし……蟹にも驚いたが、ステーキもあったのだな」
「初めてだと分かり難いよな」
『ほれ』と、セイルに一切れ渡す。
「じゃ、頂きますか」
手を合わせた後、箸を持つ。
まずは焼きそば。
……うむ、好きな味。
旨いが、目が飛び出る程旨いわけではない。
これだけの味の為に行列が出来ることは正直言って無いだろう。
だが、バイキングの凄い点は普通に美味しい料理が数多に並んでいる処。
焼きそばをもう一口含み、すかさずご飯を。
ソースのしょっぱみとご飯が合うこと合うこと。
次は唐揚げ、春巻き。そして、ケチャップをディップしたポテト。
揚げ物が汗をかいた体に染み渡る。
一呼吸として、アサリの味噌汁とわかめご飯を一口。
ほのかな塩味が優しい。
そして、海老の天ぷらをおろし入りの麺つゆにダイブさせ、口へ投じる。
口の中が日本状態になった頃に、鎖国解除。
食いたかったピザをお出迎え。
バイキングは皆んなの食いたい物が食えて満足できる夢の場所。
チーズとトマトの組み合わせを考えたイタリア人に敬礼。
ハンバーグとウィンナーは一口で。
子供が好む味。
だが、大人の俺も普通に好き。
お子様ランチを食べていた時はハンバーグは何故一つしか無いのかなんて残念に思っていたが、大人になってその夢が実現するとは。
そして、ステーキ。
これはシェフに何人前かを伝えて頼むと、切り分けて出してくれるので、それだけで豪華な特別感。
食べる前から胸踊り、一切れをパクり。
……柔らかい。
やはり、この中で1ランク上の存在。
ヘビー級だ。
しっかり柔らかく、ご飯という名セコンドが良い味出してる。
そして、こっからは心の望むままに、自分の舵取りで箸を進める。
ハンバーグ、ご飯、味噌汁、海老天、
芋天、春巻き、ご飯、ミニトマト、
ピザ、ピザ、ミニトマト、ピザ、
ハンバーグ、ステーキ、ご飯、
ポテト、ポテト、ポテト、春巻き、
ポテト、焼きそば、ウィンナー、ご飯、
唐揚げ、わかめご飯、ステーキ、わかめご飯、
ステーキ、わかめご飯、あさり味噌汁。
こここそ正に無法地帯。
こうしろああしろ言う者は居ず、自分こそが独裁者。
自分のルールに従い、箸は進んでいく。
取ってきた料理はあっという間に無くなり、一旦箸を置く。
「……凄い食いっぷりだな」
次は何を取ってこようか考えていると、食い様を見ていたセイルがそう呟く。
見れば、セイルは蟹に苦戦している所だった。
「好きな物を、好きな分、そして自分の好きなように食べれるのがバイキングの醍醐味だからな」
そして、食い過ぎて「食べ過ぎたかな」なんて後悔するのも楽しさの一つである。
しかし、取った分は必ず責任待ってちゃんと食う。
これは絶対。
そろそろ二巡目の料理を取りに行こうとした時、蟹をほじくりながらセイルが声を掛けた。
「なあ、晴明」
「ん、なんだ?」
……蟹の身の上手い取り方を教えてくれ、とかだろうか?
生憎俺も苦手なんだよなと思っていたが、それは見当違いであった。
セイルは蟹を置き、こちらを真っ直ぐ見て、
「相談ぐらいなら……いつでも付き合うぞ」
「…………?」
一瞬セイルが何を言いたいのか分からなかったが、
……あ、もしかして手紙で不機嫌になった事に気を使ってくれたのか。
遅れて目の前いる悪魔からの気遣いに気づき、そして素で返された悪魔を見れば、何もなかったかのように視線を手に戻し蟹を食べるのに再開し始めた。
しかし、よく見ればセイルの耳は赤く染まっている。
図らずともプールでの意趣返しの形になってしまったか。
それに気付いて、俺は思わず吹き出してしまう。
「ははっ。ありがとよ、セイル」
「…………ステーキ」
「うん?」
「……ステーキを一人前取って来てくれ」
どうやらセイルもステーキを気に入ったようだ。
……しっかし、これじゃどっちが主人か分からんな。
「あいよ、お嬢様。……ところで、帆立の貝焼きがあるが、それもいるかな?」
「……いただく」
セイルの答えを聞き、手紙を受け取った時とは違い愉快な気分で席を立つ。
◆
あの後も、ステーキとホタテで気を良くしたセイルと共に一人前海鮮鍋に、寿司、カレー、ラーメン。
〆に一口ケーキにフルーツ、アイス。
そして最後にチョコレートフォンデュを。
最後まで堪能し尽くした2人。
「ぷぅ……食い過ぎたかなぁ」
「私は腹八分目だな」
同じくらい食った筈なのにセイルの奴、流石は悪魔?なのか。
腹をさすりながら、バイキングを出る。
……落ち着いたら露天行くか。
腹が落ち着くまでは持って来た花札でセイルと時間を潰そうかと思っていたら、セイルが立ち止まっているのに気づく。
セイルが見ていたのは、バイキング会場へと続く廊下に並べられた銅像で、
「槍も持った兵士に、鶴に、鹿、そして、東京タワー…………晴明、こればどういった法則性なのだ?」
「これはなセイル」
セイルに聞かれたので、ちょっと間を開けてから、
「俺も知らん」
「……そうか」
前からあるけど、これに関しては本当謎。
千葉県民あるある
「千葉のどこ?」って私が聞くと、「えーとね〜……チーバ君の鼻の辺り」とか言って、チーバ君で表しがち。
そもそもチーバ君知らんよ、私。
ただコレが言いたかっただけですごめんなさい。