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1、北海道の回転寿司(東京)

「寿司に行こう!」


「……唐突だな我が主」


ヒルナンデスを観ていたうら若き女性セイルが半目でこちらを振り向く。

人間の姿をしているが、このセイルは悪魔である。


「俺の座右の銘は『思い立ったが吉日』だからな」


「その座右の銘感覚で召喚された私って……」


契約こそしたものの、未だに俺の願いに底から納得はしてないようだこの悪魔。

セイルは「はぁ」とため息1つ吐いて、此方の目を見る。


「で、回る方か回らない方か?」


「なんだ。ちゃんと知ってんだな」


「それは勿論。悪魔は現代のニーズに疎くてはやっていけないからな」


言うなればサービス業みたいなものだしな、とセイルが呟く。


どうやら悪魔は現世に疎くないようだ。

ananも読んでる言ってたし、意外と悪魔は見えない所で努力家なんだな。


「で、どっちなんだ?」


「回る方。カウンターだと落ち着かなくて」


一度、久兵衛で一万近く食ったが、美味しいんだけど高くて落ち着かなくてな。

食った感じがしなかったから、そのあと中華料理屋でラーメン食ったのは良い思い出だ。


「よく食べるな、我が主は」


「あれで思ったよ。俺の舌は庶民派だって」


駅そばとか普通に好きだ。

あの味が空腹への正解の日なんて多々あるし。

駅そばマジサイコー。


「それで、どんな店なのだ?まさか、グラ寿司やカッペ寿司ではないんだろう」


「察しが良いな。今日は北海道の回転寿司に行こうと思ってな」


「……北海道とは。これまた遠くの店を選んだものだな。まあ、私の能力ならば一瞬だが」


俺の言葉にセイルは驚きながらも、落ち着いた様子で立ち上がり、パチリと指を鳴らす。

すると、一瞬にして外出用の服装に早変わり。


72柱が一人、セイルの能力。

瞬間移動。

移動したりものを運んだりする能力を持っており、瞬きする間に世界中のどこにでも運べるという。


多くの悪魔の中からセイルを選んだのは、この能力が関係してるわけではあるが、今回ばかりはその魔法の出番ではない。


「あー、違う違う。北海道の回転寿司屋ってだけで東京にあるぞ」


「何?」





「という訳で来たぜ東京スカイツリー」


「…………」


「なんだよ、セイル。まだ乗り気じゃねえのかよ?」


「いや……北海道ではなく東京の店というのは……まあ、まだわかる。しかし、何故スカイツリー内の店なのだ?」


見るからにセイルは酷く懐疑的な顔をしている。


「こういった観光地の店は大抵────」


「味は普通で無駄に高いってか。まあ、そういう考えや声はよく聞くけどよ」


エスカレーターで上がり、少し歩くと店に着いた。


「この店は自分の舌で直に確かめたから大丈夫さ」


着いた先。

狭いスペースに設けられた店には【回転寿司 トントン】と書かれた看板が。


「ここか?人は……まばらだな」


「混んでない時間を狙ったからな」


現在、平日午後4時30分。

夕飯にするにはちと速いぐらいだが、この店に関してはこの時間帯こそが丁度良い。


「この店は昼飯時や夕飯時はメチャ混みでよ。1時間待ちなんてザラだぞ」


並ぶことなくそのまま入店。

店員さんに2人と伝えると、空いてるとあってテーブル席に連れてかれる。

ラッキー。


「観光地での店が美味しく感じないのは、自論だが、待ち時間で期待値が上がってしまうからだと考えている」


「期待値?」


「観光地だと大抵行列出来るからな。待つと『美味しいんだろうな』とその分期待が上がる」


店員さんには以前に来店し、この店のシステムは既に知っている旨を伝える。


「例えば、駅そばの店の味が40点だとして、観光地の店の味が90点だとしよう」


「駅そば好きだな」


うるせー。

良いだろ別に。


「で、待ち時間で期待値が60点だと90ー60で、満足度30点。対して駅そばなんて期待しないから期待値0。実質満足度40点で駅そばの方が勝つんよ」


「つまり、期待値が高くなり過ぎて観光地の食事を普通に感じるのか」


「まあ、待つのが苦にならないな人も居るから。それに期待値に個人差はあるし。普通に観光地にかまけて手抜きの飯もあるにはあるが」


そんな事を言いながら、抹茶粉末を入れた湯呑みにお湯を注ぐ。


「長々と何を言いたかったかというと、良い意味でも悪い意味でも偏見を持たずに食うべしって事だよ」


「……了解した」


お茶を渡しつつ、メニューをセイルにも見えるようにする。


「色々とあるが、ここのは値段別で区分けされてるのだな」


「まあ、簡単に言えば千葉の銚子丸みたいな感じだな」


「いや、そんな当たり前みたく言われても」


あれ、伝わらない?

悪魔のリサーチ力低くね。

まあ良いけど。


因みにだが、外出時にセイルには主呼びは止めさせ、晴明と呼び捨てにするよう命じている。


「とりあえず、晴明。おススメは何だ?」


「唐揚げ巻き」


値段150円(税抜)コーナーの唐揚げ巻きを指差して即答すると、セイルに半目で睨まれる。


「…………晴明。海鮮でも生でもないぞ」


しょうがないだろ、好きなんだから。

それに旨いぞ。


「いやいや、逆にこういうネタの方が回転寿司の醍醐味だろ。………分かった、分かったからその目を止めろって」


しょうがない、ここは無難な所を行くか。

壁に掛けられた本日の限定メニューを眺め、今日の汁物を確認。


「そうさなぁ。炙りえんがわに中トロ、それにあおさの味噌汁ってところか。取り敢えずそれで良いか?」


「任せる」


セイルの承諾も取れたので、机に置いてあるペンを取る。


ここの注文制は、机に置いてある注文票に品名を書き手渡すシステムだ。

記入する項目の列は3つ。


「3品以上は頼めないのか?」


「そうだ。一度に3種類の品まで。ワサビはどうする?」


「それも任せるよ」


なら、えんがわはサビなしで中トロはサビありで。

握ってくれる板前に手渡すと、あいよと返しが来る。


さてと、頼んだ物が来る間に、


「お、納豆巻きもーらい」


丁度いい所に流れてたので、手に取る。


醤油にちょんと付けて、ヒョイと口に入れる。

うむ、美味しい。

流石はお寿司界の安定のガヤ。

決してひな壇前列に来ることは無いが、度々後ろの方で見かけるそんな存在。

リーズナブルなくせに、時たま無性に食いたくなる味だ。


もう一つも食べようとすると、セイルが此方を見ている事に気づく。


「なんだ、食ってみるか?」


「いや……よく食べれるなと思っただけだ。腐った豆だろ、それ……」


パクリと食べると信じられない物を見たと言わんばかりのしかめた顔をする。

身も蓋も無い言い方だな。


「ハマると癖になるぞ」


「……人間は本当に何でも食べるな。蛆をわかせたチーズに猛毒の魚。何千年経とうと理解し難い」


「悪魔だって大概だろ。人間の絶望を肴にワイン飲むしよ」


「人間だって人の不幸は蜜の味なのだろう」


……確かにそうだな。

あんま変わらんか。


お、さんまだ。

すかさず取る。


「光りもんだけど、一貫試しに食うか?」


「……頂こう」


数滴醤油を垂らし、ポイと口に入れ咀嚼。


「くうぅぅ、脂がのってて旨ぇ」


ワサビでなく生姜とネギなのがポイント高め。

残った一貫が乗った皿をセイルに差し出す。


セイルは器用に箸を使ってパクリと口に入れる。


「どうよ?」


「………うむ、美味いな。生姜の程よい辛味とネギの風味が秋刀魚に合う」


お口に合って何より。

気に入ったのか、流れてきたもう一皿手に取るセイル。


「というか生魚に忌避無いんだな。悪魔なのに」


「悪魔だからこそだろ。生贄に鶏の生き血に羊の臓物だぞ。むしろ生こそ歓迎さ」


そういやそうか。

しかし、そうすると、


「………今度人間ドック行くか?」


「寄生虫を疑うなよ、阿呆が」


そんな他愛ない話をしていると、中トロ以外の注文していた品物が届く。


うんうん。

あおさの味噌汁と炙られたえんがわのいい匂いが鼻をくすぐる。


まずは汁物を一口。

あおさの磯の香りが大地の肉から作られた味噌と仲睦まじく喉を通っていき、体を温める。


サンマは旨い分、味が口に残るからな。

汁物は次の一手の為のリセットにもってこい。


続いてえんがわを、口に投じる。


「おっほ~」


たまらない!

思わず笑みがこぼれてしまう。


まるでカルビ。

入れたと同時に広がる脂には旨味が凝縮されており、口に幸せいっぱい。

スグになくなり、間髪入れずにもう一貫。


「大変お待たせしました!こちら注文の中トロです!」


「あ、ひょうも」


飲み込みながら、口を片手で隠して中トロを受け取る。


早速、醤油をひと垂らし。

そのままパクリ。


……直球ドストレート。


流石、寿司ネタでの鉄板。

見事に外さない!


値段は一皿400円以上であるが、値段的ハードルなぞ悠々と超えるクオリティ。


「どうよ。観光地での寿司は?」


「いや……美味いな。正直侮っていた……」


「そりゃ良かった」


この前行列待ちしていた時、隣のカップルの片方が北海道出身だったらしく、味にあまり差は無いと言っていた。

現地人からのお墨付きでもあるので、結構オススメ出来るお店の1つなのだ。


セイルも気に入ってくれたので、俺は思わず顔がニンマリしてしまう。


「……何故、晴明が喜ぶ?」


「いやさぁ……やっぱ最初に契約したのがセイルで良かったなと思ってよ」


ご飯が美味しい店を自分たけが知っていることはちょっとした優越感に浸れる。

だが、誰かとその情報を共有する喜びを決して生み出す事は出来ない。


俺は心から目の前の変わり者な悪魔に感謝を贈る。


対してセイルは俺の突然の言葉に呆気を取られたのか、目を開いてポカンとする。


「……ふふ。やはり変わり者だなあ、我が主」


「それは、そんな俺に付き合う悪魔も変わり者の同志ってことか?」


「そうかもな」


そう言って互いに笑みを溢す。

ふと、あるネタがレーンから流れて来た。


「よし、それじゃあ唐揚げ巻きを食うか?」


「それも一興か……そうだな、一つ私も貰おう」





因みに、セイルはこの後十種類くらいネタを食べたが、その中で唐揚げ巻きは3位に来るくらい気に入ったようだ。


「やっぱり悪魔は魚より、肉の方ってことか……?」


「……うっさい」


そう言って、セイルはそっぽ向いたのだった。

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