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14. 神社で開催される手作り市(京都)

ワイシャツとジーンズ姿の長身美女がコンビニの冷凍コーナーを凝視していた。


「お、期間限定アイス。晴明、奢ってくれよ」


そう言ったのは、見た目はスタイリッシュな褐色美女だが、中身は 72柱が一つのバルバトス。


晴明はバルバトスと共にコンビニに来ていた。


バルバトスは最近日本観光をしつつ、たまに俺らの家に遊びに来る。

そして本日、セイルは家で寛いでおり、俺ら2人はSwitchの【桃鉄】で負けた罰で桃鉄勝者(セイル)のおつかいに来ていた。


「バトー、そんくらい自分の金で買えるだろ」

「おいおい、俺らの君主が随分ケチだな」

「恐れ高い偉大なる悪魔が100円くらい買えるべ」


アイスコーナーに目を向ければ、バルバトスが興味を向けているのはガリガリ君梨味。

命代償に願いを聞かれるのも困るが、ガリガリ君ねだられるのもイメージ像がなあ……


そして、イメージ像といえば、桃鉄でのセイルだ。


「セイルのやつ。うんこカードの使い方上手過ぎだろ」


序盤から終盤までセイルが何故か兎角うんこカードを引き当て続け、2年目くらいだっただろうか、新幹線カードを狙いに行ってセイルのカード枠がうんこ一色で染まった時があった。


『『ギャハハハハハハハハハハ!』』

『運が付いてるなセイル……ふふ』『動物園のゴリラか、カバの背後霊が憑いてるんじゃねーの』『何でその2匹?』『バーカ。ゴリラは糞投げて、カバはマーキング兼ねて糞撒き散らすの知らねえのか?』


2人して大爆笑でからかってたら、その後ブチギレたセイルが恥など捨てて終始うんこカードとバキュームカードを巧みに使い、2位と40億以上の差で優勝した。


「あんなにガッツポーズするセイルは初めて見たわ」

「ああ……後半無表情でほぼヤケクソだったしな……………」

「……………あ、うんこだけに?」

「狙ってねえ。それ以上言ったら殴る」


脳みそレベル低い会話をしているが、それもカードの使い道など頭をフル回転させた結果だろう。


ゲーム終盤、軒並み線路がウンコまみれであった。牛舎かっていうくらい必ず画面端にうんこが見切れていた。


「あんなにバキュームカードを取り合う桃鉄、人生初だったな」

「新幹線カードより輝いて見えたしな。今思うとどうかしてたぜ」


とまあ汚い話が続いてしまったが、今は疲れた頭に糖分をチャージをしてやりたい。

セイルのおつかいは割り勘で負担することになっているが────、


「そういや、最近仕事に就いたって聞いたけど何してるん?ラウンドガール?覆面プロレスラー?」

「何でその2択なんだよ……」


どっちも似合いそうだな思って。

SNSがある時代、絶対爆発的な人気出るだろうし……とは思いながらも口にせず、晴明は適当な言い訳を並べる。


「どっちかというとバトー闘い好きじゃん。主に血が出る系の」

「好きだな」

「ぴったしじゃん」


バルバトス、悪魔1律儀だからファンサもしっかりしそう。てか、絶対するだろ。


「まあ冗談はさて置いといて、仕事は何なん?」

「ハンター」

「……パードゥン?」

「Hunter」

「ネイティブで発音しろって意味じゃねえ。え、猟師?山の」

「そっちで合ってる。海はやった事ないから気にはなるが、現代社会だと山の方も人手求められてるからな」


「ほらよ」とバルバトスは自分の財布から狩猟免許を見せる。

ちゃんと合法だ。合法の猟師だ。


「猪や鹿を捌いて、ジビエ料理専門店に卸して今は金を稼いでんだよ」

「天職じゃん」

「いや、順調に狩れるのは良いが、骨が無くてな」


そう言うバルバトスは不完全燃焼なのか何とも言えない表情。


「どこかでディルムッドでも殺せるほどの猪が居ねえかな」

「そんなんいるか日本に。………いや、神の遣いの猪がいたわ」

「…………へぇ」

「おい、間違えても狙うなよ。奈良園の鹿さん轢いたよりも事後処理面倒くさくなるから」


ちなみに、「早起きは三文の徳」と言う言葉は、「早朝に起きた事で自分の軒先で鹿が死んでるの見つけて、隣ん家に死体移動して押し付けできたよ!」から出てきた言葉とのこと。

それほど神のお遣いさん亡くなった時は面倒くさいの極み。


「まあ、就職祝い兼ねてアイスぐらい買ってやんよ」


フラストレーション溜まってるなら、ガス抜きしてやんないとな。

今度予定合えば討伐系の仕事に連れてくかと思いながらも、使い慣れた小銭入れをポケットから取り出す。


「祝いでアイスだけは無いよな、晴明」

「しゃあねえ。今度酒でも奢るか、ストレス発散できる機会用意するよ」

「そうこなくちゃ」


ガリガリ君梨味を2つとセイルにおつかいで頼まれていた丸ごとバナナをレジに置いて、金を取り出そうとすると、


───ガチッ、パキン!


「ん?……マジかい」


お気に入りの財布のチャック部分が壊れた。





「というわけで、来たぜ下鴨神社!」

「「何故?」」


財布が壊れてから3日後。

晴明はセイルとバルバトスを連れて、京都の下鴨神社近くの鴨川デルタに来ていた。


まだまだ日差しの暑い中、親子連れが川に入り、大学生らしき若者達は川を横断している飛び石の上を意味もなく渡っている。


他愛無い会話をしながら、川を離れ、神社へと向かう。


「神社って、財布の供養にでも来たのか?」

「それはもう家でやった」

「やってんのかよ。冗談だったんだが」

「……リビングにカピカピの少量のお米と線香があったのはその為か。では、今日は何しにここへ?」

「今回は小銭入れを買いに来ました!」

「神社にか?」

「神社製の財布ならご利益は間違い無さそうだな」


意外と稼げそうだな、その案。

競馬ファンあたりに人気出るのでは。


しかし、残念ながらこの神社では財布は売られていない。


「今日は神社の手前に用があって来たんよ」

「ていうか、俺ら入れんのか?」


気づけば鳥居の前。


バルバトスが鳥居の奥、下鴨神社の方向を向く。

その視線は神社のある方向を見据えるというよりも、もっと別のナニかを観ているようだ。


「この感じ、神霊(マジの)が居るだろ」

「居るぞ。裏で土御門管轄してる場所だからな、ここ」

「冬華の家か。オフの日にわざわざ敵対する気は無いぞ、私たち」


「負ける」という言葉が一切出ないあたり、やはり大物だこの2人。


「大丈夫大丈夫。これ付ければ行けるから」


スッと手渡されたのは、

→保育園で着けるような花形名札ワッペン。


「おい、ふざけてるだろ我が主」

「うん」

「認めたぞ、コイツ!」


ふざけてるではなく、洒落っ気と言ってほしい。

効果もしっかり保証つきだぞ。


「うわ。見た目に反して、しっかり魔術練り込まれてやがる」

「それとなくムカつくな」

「なんでだよ。これが身分証明書代わりになって、神さんも通してくれるから」


変に隠さず、面通しをしっかりすること。これ大事。


「それだけで良いのか?」

「基本日本の神は寛容だからな」

「これはボーダーレスというより、アンタッチャブルではないか?」

「ま、変に気に入られたら死んでも纏わり付かれるけど」

「最悪だなオイ」


とりあえずそれぞれの服の裏に晴明製名札ワッペンを付けて、鳥井へ一歩踏み出してくぐる。


特に無し。


「……本当にこんなんで良いのかよ」


どこか納得のいかない渋い表情をする2人を連れて、晴明は神社へ続く道へと進む。


鳥居をくぐってしばらくコンクリートで舗装された道路を進むと、林が見えてきた。

そのまま林の中を進むと、木陰により日差しの暑さが和らいでいく。


「……何かやってるな」


神社はまだ見えておらず、まだ木々が生い茂っている。

その木々の下。開けた場所で簡易テントがずらりと並んでいた。

そのテント下では近所に居そうなおばさんや、バチバチにお洒落決まっている若い男性が商品を並べている。


「ここが今回の目的地。手作り市だ」





京都市。

金閣寺などの寺院が数多く残り、修学旅行先ランキング圧倒の1位。

最近ではレトロ喫茶なども有名であるが、知られているようであまり知られていない京都の恒例イベントがある。


「たしか、蚤の市だったか?器などの骨董品が売られている」

「そう、それ。よく知ってるな」

「京都在住のベニシアさんの番組で紹介されていてな」

「どこの誰のいつだよ、その番組。めちゃ気になる」


蚤の市、ガラクタ市、骨董市。

名前はまちまちだが、京都市ではしばしば神社や寺院の敷地内で市場が開かれる。

内容としては、骨董品や着物の切れ端、壷に煙管の吸殻捨て、ジッポライター、お猪口などなど、年季が入っているものもあれば、服やソフビ人形なども売られており、骨董品多めのフリーマーケットだと思ってもらうとよい。

分からん人からすると本当にガラクタを売ってるように見えるが、中には値打ち物も眠っていたり。


その市は1種類だけではない。

例を挙げると、


•北野天満宮の天神市

•東寺(東本願寺)のガラクタ市

•平安神宮の平安蚤の市

などなど。


日本昔ながらの骨董品だけでなく、英国のティーセットやブローチなど、海外からの骨董品も売られていたりもする。


「へぇ、面白そうだな」

「詳しいな晴明。好きなのか骨董品」

「……いや、仕事でな」


セイルの質問に、途端に渋い顔をする。


骨董品の中に、極々まれ〜に魔術品が紛れてたりするのだ。

そのため、係員として潜入し全ての品物を一つ一つ確認する仕事があるのだ。

しかも、一つ一つ確認した証にレポートを書く必要が………


「たまに土御門本家からご指名入ってな。誰でも出来るけど、ただただ時間が必要なだけの仕事ほどキツイもんはないぞ」

「完全にお役所仕事だな」


……マジで電子化進めろよ。コピペさせろコピペ。


負のオーラが出始めている晴明を見かねてか、バルバトスが話題転換に移る。


「まあ、蚤の市とやらは分かった。けどよ、ここにあんの全部真新しいというか、骨董品なんて見えないぜ」


そうバルバトスが言う通り、テント下に並べられた商品はどれも真新しい物ばかり。

ベルトや靴などの皮小物、トートバッグ、陶器にアクセサリー、はたまたマフィンなんかも売られている。

「古」の字が一つも見当たらない。


「うん。そりゃ今回の市と蚤の市とは全然別枠だもん」

「……じゃあ何だったんだよ、さっきの件」

「いやまあ、別枠だけど関係ないってわけじゃなくてな」


今日開催されているのは手作り市と言って、出店者の5割以上が一般の人。そして、残りの5割は個人店を経営している人か、店も持たずオンラインマーケット専門の人だ。

そして、並べられている商品は全部出店者の手作りの品である。


一般人の手作り、と聞くとそれこそただのフリーマーケットみたいと感じるかもだが。

侮るなかれ。

好きこそ物の上手なれ、とはよく言い表したものだ。利益よりも趣味100%で作られた物なので、クオリティが高い。


「蚤の市とかで市の企画が昔から行われてた事もあって、神社や寺院の敷地を使用した新たな市の開催がし易いんだよ」


何より京都は神社などのお陰でイベントを開催できる場所が多い。

そういう下地が出来てたというのもあって、出店者としても来店者としても、参加し易い環境なのだ京都は。


「というわけで、ブラブラしよう。セイル、バトーはどうする?」

「私は晴明にしばらくはついていこう」

「俺は単独で。分かっちゃいるが、初見の所は立地を把握したい性分でな」


狩人としての性か。職業病とも言えそう。

説明はしたが、異国の神様のテリトリーな訳だし、気になるのであろう。


ということで、晴明はセイルと共にテントで作られた店舗の散策を始める。


「目的の財布というと、皮の財布か?」

「んー、それでも良いけどなあ」


チラチラと皮小物を取り扱う店が見られる。


その系統店でも1番最奥で、何やら他の店に比べ異色を放つテントが。

品揃えはシンプルで皮財布のみと極まってる。しかも、財布は百貨店で売ってても遜色ない出来。


「ほら、長財布だがこれなんか良い───」


ひっくり返して見た値段札が、「2000円、安!」と思い、一桁違った。


「「…………」」


そっと戻して、回れ右する2人であった。


「……ビビった。……いや、クオリティに見合う値段ではあるが、こんな簡易テントの下であの価格が並べられてるとはな」

「……申し訳ないが、今回はパスだな」


よくよく見ると神戸のしっかりした高級皮を使って丹念に作られていた財布のようだ。


避難するように近くの皮小物を取り扱う他の店を物色。


試しに近づいた皮小物店では、手作りの皮小物がズラリと並んでいた。キーケースや名刺入れなどなど。その中に財布もあり、値段をこっそりチェック。

コインケースが1000円。長財布が3500円。


……そうそう、大体こんな感じ。


糸のほつれも見当たらず、これ本当に手作りか?と思わずにはいられない。

ここで決めて買っても良いが、ただ、他にも店はまだまだあるので即決はしない。


財布を置き、またぶらりと散策を再開。


「……イヤリングもあるのか」

「寄ってくか」


セイルが気になったの店はアクセサリー店。手作りイヤリングが木の机の上にズラリと並んでいる。

1組500円。採算取れるのだろうか。普通のデザインの物もあれば、中には、


「見ろ、晴明。目玉焼きのイヤリングだぞ」

「お!面白いな、それ」


他にもミカンやおでん串だったり、食べ物シリーズが混じっている。

そういう洒落っ気を見つけられるのも、こういった市の魅力だ───


「すまない、店主。コレ一つくれ」

「はーい、ありがとうございます!」

「はやっ!即決過ぎない!?」


いつの間にかセイルが買い物を済ましていた。

商品受け取ったセイルはホクホク顔で返答した。


「我々は欲に忠実に生きてこそだ。他の物に取られる可能性もあったからな。何より安い」

「……そういやこの悪魔、衝動に任せてslam dunk全巻買ってたわ。俺の金で」

「あれは悪かった」


セイルの思い切りの良さに驚きそこしたが、しかし、このくらい踏ん切り良い方がこのような場では良いのだろう。

商品は全部手作りのため、どれ一つとして同じ物は無く、これぞ一期一会。


他にも面白商品を取り扱う店はチラホラと。


変皮と題した皮物屋。

ブーツの形をしたバックや、左右形と色が異なる組み合わせの革靴、果てはベルセルクにでも出てきそうな革製の変な生物。


芸術系の学部の学生が色付けしたという陶器。カラフルなその器はおばさま方に好評なようで、コップを一つ一つ物色して悩んでいる。


これまた陶器屋だが、商業形態が面白い。一つのテントに3人が出店し、それぞれ個人作の陶器を販売している陶器店。同じ陶器でも、こだわりが異なるのが見て取れる。


面白いと言えば、陶器屋で一際目立つ店が。

コップや手作りの蚊取り線香置きなど売られているが、その形が面白い。殆どの陶器に生物?の睨んだ顔が描かれており、猫耳のようなのがニョキっと生えている。


「猫?……いや、獅子?」

「シーサーじゃね?……あ、でも下にある蚊取り線香置き見ると鬼瓦のようにも」

「そもそも、耳か角かも怪しいな」


どうしてそのデザインにしたのかは分からないが、成長する木々のように店主のポリシーが延び延びしているのがうかがえる。


そんなこんなしばし歩いていると、セイルがパンの食品サンプルを取り扱う店で止まる。


食品サンプルの小さなパンなどがキーホルダーやマグネットになった商品を取り扱うこの店。こちらもまた面白く、触れてみると従来の物と材質が違うことに気づく。

従来はロウなどで作られているが、ここにある物は『木製』である。

同じトーストのキーホルダーも、よく見れば些細ではあるが形が異なる。手作り故である。

店主で作り主であろう優しげな女性が、一つ一つ手で彫ったのかと思うと尊敬の念を抱かざるをえない。


「うーむ、悩ましい。……すまないが晴明。しばし悩みそうだから───」

「別行動な。OK、じっくり楽しんでくれ」

「助かる」


セイルが買うか買うまいか、ではなく、どの商品を買うか選別しているのだろう。

満喫しているようで何よりだ。


晴明はセイルを離れ、ある地点へ足を進める。

先ほどバルバトスが探索から戻ってきたのを感じ取ったので、そちらと合流を図る。


手作り市の中央まで行くと、件の探し相手はすぐに見つかった。


「(モグモグ)………よう、晴明。財布は見つかったか?」

「いや、まだだよ」


バルバトスがいた場所はキッチンカーが集まる場所で、そこでカレーを食っていた。

空腹にカレーの匂いはなんたる凶暴か。その存在感を表すなら北斗の拳のラオウ並み。


「美味そうだな。一口味見させてくんない?」

「ああ?しょうがねえな。ほら」


やっぱりバルバトスは優しいなあ。

バルバトスが掬ってスプーンで差し出したカレーを、晴明はパクリと食べる。


「んん〜♪スパイス効いた本格風か」


米はジャポニカ米ではなく、長米。

本格風で香り豊かだが、香辛料がキツイくはないので日本人に合う味。


「俺もカレー買おうかな……いや、でも他のも迷うな」


カレーの他にホットドッグやパスタ、ハンバーガーなどのキッチンカーが並んでいる。

これらの店は一般人が出店ではなく、京都や大阪で本業として飲食店を営んでいる人が出店している。


他にもお店経営者が出張でパン売りに来てたり、一般人枠だとクッキーやマフィン、中には店を持たずネット販売専門の人が塩麹やドライフルーツ、コーヒーなどを売っている。


どれを食べようか物色していた晴明だが、カレーを食べるバルバトスの横に大きな紙袋が置かれているのが目に入る。


「その大きいの何?花瓶とか?」


バルバトスの紙袋は大きく膨れており、そういった品が入ってるのかと思ったが、


「ああ、コレか。こっちだと手に入り難いから、つい買っちまった。ほれ」

「どれどれ……」


紙袋を受け取ると意外とズッシリ重みがあり、小麦の香ばしい匂いが。

紙袋を開けると、初見『……レンガ?』と思わせる茶色くデカい直方体が。

しかし、香ばしい匂いがするし、少し柔らかい。

晴明はコレを散策中チラリと目にしており、店の一つに並んでいたのを思い出した。


「ドイツパンか。それにしてもデカいの丸々一個をよく買ったな」


確かに日本でフランスパンは良く見るが、ドイツパンに会えることはまず無い。しかも、サイズが食パン一斤よりデカい。


「ロッゲン・ザフト・ブロートっていうライ麦パンだ。狩りの最中で食おうと思ってな」

「独特の酸味があるよな」

「その酸味がバターやチーズと合うんだ。日本のパンは甘いのばっかりでよ」


ライ麦100パーセントの酸味の強いドイツ生まれのパン。

ちなみに、何故酸味があるかと言うとライ麦パンの発酵には、イーストではなくサワー種というライ麦の天然酵母が使われている。そのサワー種は発酵力が高く、酸味があるのだ。


「こんなのも売ってるとは意外だったぜ」


どうやら乗り気になっている模様。

そこで晴明は一つ提案。


「ところでバトー、飯済ませたら財布一緒に探さね」

「一々許可取んなくても付き添うぜ。俺もこの市に興味湧いてきたしな」





バトーはカレーを、晴明はホットドッグを食べ終え、店の散策再開。


とりあえず、候補を絞り込むために店を回る。


チューリップハット専門店、エコバッグ専門店、クッキー、コインを元に作成されたリング屋、スコーン、レモンスカッシュ、皮小物店、衣服店、革靴、木製子供用おもちゃ、青髭オジサンの顔でデザインされた皮財布………最後のなんだありゃ?


とまあ、色々回った結果、候補は2つ。


まず、1つ目。

デニム生地に特化した店。

その店では小銭入れの他に、トートバッグ、ショルダーバックなども売られているが、この店にはデザインで惹かれる。


「これって……ジーパンだったのをリメイクしてるのか?」

「ぽいな……おお。見ろよバトー、このバックの持ち手、ベルトだ」


なんと、財布やバックなど並ぶ商品が全てジーパンを再利用したものである。

その為、形は同じでも、使用されてるジーンズが異なるのでデザインが全く違う。

1種類のジーンズではなく、様々な種類からツギハギされており、しかしほつれが見当たらない。


ここの小銭入れはチャックタイプで、財布の裏地はデニム生地ではなくカラフルな綿生地なのが良し。小銭だけでなくSuicaなどの電子マネーカードも入れやすいサイズ。

これで600円は安過ぎない?



候補2つ目。

こちらは日本昔ながらの小銭入れ。


「何だこれ?財布か?」

「がま口財布ってやつだな」


バルバトスにとってはがま口財布が珍しくて目がいったが、晴明にとっては財布に使われている生地に目がいった。

先ほどの店はデニム生地だったが、2つ目の店はまさに対極となる存在。


「西陣織の財布か。なんて贅沢な」

「にしじんおり?」


着物で有名な京都の西陣織。

完成までに多くの分業工程があり、織った布を染色するのではなく、布を織る前に糸を先染めするのだ。

そのため、模様を描くためにはどこに何色が来るか、それはもう1ドット並に細かに考えぬく。


「今はコンピュータあるけど。昔はどんな柄にするか紙に描いて、その紙に色塗って、それを元に糸をどこに通すか指示書を人の手で書いてたんだ」

「うへぇ。尊敬の前に畏怖が勝つな」


それが財布の素材として使われている。様々な鮮やかな柄の生地が分断に使われている。

これはさぞ値段がはるかと思いきや、小さな財布が1000〜1200円、大きながま口が1500〜2000円。

晴明は思わず店主のおばちゃんに質問していた。


「あの、何でこんなに安いんですか?西陣織ですよね」

「ああ、それね。これね、着物作成時に出てしまった余りの布を使用してるんです」

「はぁ〜、なるほど」 

「よろしかったら、開けて確認してみてください」


店主は「中は違う柄になってますので」と言って、財布を開けて中を見せてくれた。


……こってるなあ、ホント。


どれも良い財布なので迷っていると、ある財布の柄が晴明の目に止まる。


「………お」





「で、結局デニムの店にしたのか」

「安いってのもあったけど、デザインが気に入ってな」


結構悩んじまったが、最終的にジーンズをリメイクした財布に。

ポケットにも収まるサイズでICカードも入る。使い勝手が非常に良い。


「でもよ、西陣織のがま口も買ってなかったか?」

「あ、見られてたか」


バルバトスの指摘通り、もう一つの候補店であったがま口財布も買っていた。

しかし、これは自分用ではなく、


「はい、バトー。就職祝いでプレゼント」

「…………ん?俺に?」


晴明は紙袋を手渡し、不意打ちに驚きながらもバルバトスは紙袋の中を確認する。


そこには、がま口財布が。

色は緑と白をベースにし、その2色で彩られた柄はバルバトスにとって馴染み深いものだった。


「この柄、もしかして矢羽か?」

矢絣(やがすり)って柄でな。縁起も良いからプレゼントにちょうど良いなって思って」


真っすぐ前へ飛んでいく力強い矢は、『不幸を取り払い、幸せを射抜く』ということから魔よけの効果があったりする。


「悪魔に魔除けってか?」

「それはちょい思ったけど、バルバトスに合うなって思って………嫌なら別のプレゼントにするけど」

「冗談だ、馬鹿。俺の顔見て、気に入ってないと思うか?」


そう言ってバルバトスは唇の両端がニカリと弓の形に上がった。


「ありがとよ、晴明。お前の厚意、ありがたく使わせてもらうぜ」

「喜んでくれたなら何よりだ」


互いに笑みを浮かべて笑いあってると、近くからセイルの声が。


「お、バトーに晴明。ここにいたか」

「セイルか。さっき財布買えたところでな。待たせてす、まな、か……」


セイルのほうを振り向いた晴明は、その先の光景に思わず言葉が続かなかった。


視線の先のセイル。

ここに来る前は白のTシャツに短パンとサンダル、アイテムは伊達メガネだったが。


何と言うことでしょう。

クールショートの頭の上にはペレー帽、耳には目玉焼きのイヤリング。下は黒のデニムパンツが長くスラリとした脚を強調している。

上は白Tシャツは着用したままだが、ベージュのロングガウンを羽織っている。

そして、片手にレモンスカッシュ、もう片手には黒猫のイラストが右下端にワンポイントで入ったトートバッグ。


どのアイテムも新品であることが分かり、いやバチクソ似合っているが、どのアイテムも財布散策時に見覚えのある品だ。


「こちらこそ待たせたな晴明。いやはや熱中してしまってな。………どうした晴明?バトーも。似合ってるとは思っているのだが」

「自分で言うか。……似合ってるはいやがるが」


どうやらツッコミ待ちではないようだ。

とりま晴明が言いたいことは、


「楽しんでる、セイル?」

「見て分からないか?」

「「うん、どこから見ても分かる(たのしんでる)な」」







買い物を済ませてそのまま家に帰っても良いが、3人は神社を出て出町柳の方へ向かい寄り道をしようとしていた。


「あっちに『ふたば』って言う豆大福で有名な和菓子屋があるんよ」

「大福か。食ったことねえな」

「晴明、どら焼きはあるのか?」

「取り扱ってるけど、売り切れてる場合もあるな」


いつも店前には客の行列があるほど盛えており、豆大福は正午を過ぎる前には無くなってるのはザラだ。

晴明は何を買おうかなと思いつつ、店に近づくと、


「……………チッ」


晴明が不意に足を止めて、舌打ちした。

明らかな不機嫌剥き出しの主人に、悪魔の2人は面食らう。


「おい、どうした?」

「店先にすごい行列でも出来てたか?………ん?この魔力は冬華か」


セイルは何か気づいたようで、目的地である和菓子屋の方を向く。

バルバトスは初耳の名前に聞き返していた。


「冬華って誰だ?」

「晴明の幼馴染、兼妹枠、兼ラブコメ候補枠」

「誰がラブコメ候補だ。テキトー言うなよセイル。何よりそんなん言ったら冬華が迷惑だろ」

「……冬華の恋路は前途多難そうだな(ぼそっ)」

「なんか言った?」「何も」


とまあ、軽口を言い合いながらも、


………はぁ………逃げるのも馬鹿馬鹿しいしな


晴明は内心気乗りしておらず、しかしそのまま足を進める。

何よりこっちが気付いたのだから、()()()も気付いてるだろう。


「何でこんな所に……いや、冬華の為か。セイル、バルバトス。魔術は俺の合図が出るまで絶対使うな」

「了解」「分かった」


晴明は鍵を刺して2人を引き連れ、和菓子屋の店前まで。

すると1人はコチラに気付き、買い物後なのだろう、風呂敷で包まれた箱を手にしながら振り向く。


「え、晴明お兄様!?それにセイルさんも」

「よ、冬華。久しぶり。相変わらずここの大福好きだな」


土御門 冬華。

着物を纏い、風呂敷を手にする姿は正しく大和撫子。

晴明は気づいていないが、彼女は晴明に好意を抱いており、しかし、現在は幼馴染(はるあき)に会えた嬉しさよりも、気まずさがあるようで。


晴明も冬華との再会を祝したい所だが、晴明の注意はその隣の人物に向いている。


その人物は長い白髪の男であった。良く手入れをされているのだろう、シルクのように艶やかだ。紺の着物を纏い、足元は草履。

整った顔立ちをしているが、その面は常に無表情。

冬華が大和撫子なら、こちらは大和男児そのもの。

歳は晴明に近く、そして、その男はどこか冬華に似ており、



「─────晴明か」

「相変わらずぶすっ面だな、夏目」



セイルは後に知るのだが、この男の名は土御門夏目。

土御門家現代当主にして、日本陰陽術協会のトップ。

土御門冬華の実の兄であり、晴明の幼馴染であり。


そして、晴明の親友()()()人物だ。


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