13. 観音見下ろすソースカツ丼(福島)
7月下旬、晴明の部屋。
その主は部屋の中でグダリと溶けていた。
「……ダルい」
「夏バテか、我が主?」
ミンミンミーンと蝉が鳴く熱気。
それを断絶するべくガンガンにかけられたエアコンの前で座り、スイカバーを齧るセイル。
そして、セイルが見下ろす形で晴明はうつ伏せで寝ていた。
「いや……夏バテというより疲労……」
「昨日の仕事から戻ってきたかと思えばその有り様。そんなに難題だったのか?」
「いや魔術の術式自体は楽勝だったんだが、いかんせん数が必要でな」
有名な神社の力場調整に、結界を維持する符の貼り直し。ついでに本職用の破魔弓と破魔矢の作成。
炎天下の中、蝉の声を聞きながらの作業。エアコン無しクソ喰らえ……失礼、暴言吐いた。
面倒くささの割に少ない報酬で、正直言って貧乏くじの仕事。
「暑さ対策の魔術使えば良かっただろう?それくらいお茶の子であろう」
「…………………ただ……」
「ん?なんだ聞こえないぞ我が主」
「……だって、魔術使うのも無料じゃねえし」
「……………主よ」
やめろ。その呆れ顔やめろ。
俺も分かってるから。
俺も後悔してるけど。
でもよ、この前の師匠の厄ダネの後処理のせいで労力だけでなく、大分お金を消費してしまったのが響いているんよ?
俺の魔法はとんでもなく準備必要で、コストが高いのだ。
「途中の記憶ねえわー。あー文明の利器さいこー」
「そのケチった分が電気代で消えてるようだが?」
「…………途中の記憶ねえわー。あー文明の利器さいこー」
「都合の良い頭だな」
セイルがいつになく刺々しい。
いやセイル自身も師匠の被害者だし、更に暑さでイライラしてるのか。暑いもんな日本の夏。
この湿気がたまらなく不快。
……うーん、いかんな
このままだと、ヤル気が出ないのがズルズル続く予感。
何もせずぐうたらする時間も素晴らしいと思う俺もいるが、それは適度だからこそ良いのだ。
学生時代だったらいつでもどこでも燃料満タン、夢の永久機関を搭載したエンジンフルスロットル元気の塊だったが。
大人になると動かなくていい理由探して、何か衝撃与えないと動き出さなくなってくる。今まさにそれ。
何かヤル気起爆剤となるパンチあるものが欲しい。
「……………………………よし。あれ行くか」
のそりと立ち上がる晴明。
時間は午前10時。
スイカバーを食べ終わったセイルが晴明に問いかける。
「どこか行くか?」
「ああ。それよりセイル、お腹の空き具合は?」
「アイスを食べてしまったが、だいぶ空いてるぞ」
「そうか、なら1時間後に飯だ。腹は空かしておくように」
セイルは元スイカバーだった棒をゴミ箱にぽいっと捨てる。
「で、何を食べに行くのだ?」
男にとって、パンチあってヤル気出してくれる食べ物の代表格の1つ。
「カツ丼だ。ソースカツ丼を食いに行くぞ」
◆
というわけで来たのは福島県会津若松市。
住宅地ではない、勾配ある道路の途中にその店はあった。
車がなければ来れないその店は、駐車場も広く、今は少なくなったドライブインに近いか。
年季の入った店構え。立地がとても良いという訳でもないのに既に駐車場は車で埋まってる。
しかし、その店より目立つ存在が店の近くに立っていた。
というか、こちらを見下ろしていた。
「デカイな。何だあの仏像」
「あれは観音像。50m以上はあったはず」
異様に目立つ観音像が店からそう遠くない場所に立っていた。
ソースカツ丼の店とは関係なく、近くの仏教寺院の像だがあまりに大き過ぎて、寺院飛び越してここからでは見えるのだ
「ちなみにその寺院の敷地内な、予約すればコスプレ撮影OKらしいぞ」
「そういった新しい事に寛容なの、日本らしくて好きだな」
とまあ、話はそんくらいにして入店しようではないか。
お腹を空かせまくったので、もう限界だ。
観音像にしばしの別れを告げ、店の中へ進む。
ガタガタと年季が入った自動ドアが開き、クーラーの冷気が横を通り抜ける
テーブル席、お座敷席、テーブル席。
ごちゃりと様々なタイプの席があり、店構えでもわかったが少々年季の入った店内。
開店時間から間も無いはずだか、既に客が店内に。
テーブル席には作業服姿の男4名、座敷席にはお子さん連れの大家族。カウンターには恐らくライダーであろう渋い中年男性が座っていた。
地元にも旅行者にも人気のお店。
土曜日曜は混むが、今日は平日。すぐに席へ案内される。
「いらっしゃいませー。こちらはどうぞー」
セイルと向かいあってテーブル席に座り、メニューを取る。
「おお。丼物、カレー、ラーメンと分かり易いほどガッツリ系ばかりだな」
ラインナップが間違いなくお腹を満たしに来る。
この店が男子校の近くだったら、ADIDASや PUMAのロゴ入り白エナメルバッグで床が埋め尽くされるだろう。
「福島のラーメンということは、喜多方ラーメンか」
「お、詳しいじゃんセイル」
「博多からハマってな。たまにバルバトスとラーメン食べに行ってたりするぞ」
「いつの間に」
バルバトスも漫画とスーパー銭湯にハマって日本を散策してるとは聞いてはいたが。
まあ、仲良きことはいいことだ。
しかし、それなら今回の飯も一声かけるべきだったか。
「確か喜多方ラーメンといえば、朝に食べるのだよな」
「ん?ああ、そうそう」
セイルの言う通り、喜多方ラーメンとは福岡県喜多方市のご当地ラーメン。
このラーメンの特徴はなんと言っても、朝ラーメンであること。喜多方ラーメンの人気店では、午前7時から開店してるのがザラだ。醤油味でチャーシューが多めなのに、不思議なのだが朝でもさらっと胃に入る。
味が薄いわけではなく、しっかりした汁なのにあっさりしているラーメン。これが朝に合う。
ちなみに朝ラーメン文化は山形にもあるそうだ。
セイルが現代日本に馴染んでいることを好ましく思いながら
、晴明は提案する。
「どうする?ラーメン頼むか」
「うーん……いや、また次回だな。この写真を見たら、本腰を入れて挑まねばならなそうだからな」
セイルが手にしているメニュー表。
そこに今回の目的のソースカツ丼が写真で大きく載っており、セイルはそれを見ていた。
2人は近くにいた店員のおばちゃんに声をかけて、同じ物を2つ注文した。
◆
「お待ちどうさまですー。磐梯ソースカツ丼でーす」
おばちゃんによりゴトン、ゴトンと向かい合う2人の間に置かれた四角いお盆。
ソースカツ丼とは、丼ぶりに米を盛り、基本的にはその上にキャベツの千切りを敷いて、トンカツをON。
シンプルで、ボリューミーな料理。
お盆の上に載せられた料理から、まず目に入ってきた情報は「デカい」だった。
「写真で見てはいたが、これはまた」
カツが。カツだ。
カツがある。
ソースカツ丼だからな。それは当たり前だ。
しかし、カツが凄い。
丼ぶりというX軸Y軸でもデカいが。
ここのソースカツ丼はZ軸が目にずばんと入り、3次元と言う概念が訴えかけてくる。
カツが上へ向かって縦に積み上げられ、丼から飛び出している。
「カツ自体も大き……というか、分厚いな」
「見ろよセイル。人差し指の先から第一関節くらいあるぜ厚み」
普通のソースカツ丼なら、細く一切れ一切れカットされたトンカツ一枚が並べられ、ソースが掛けられているが、
「トンカツ2枚あるだけでも嬉しいのに、それを豪快に半分にカットしただけでon the 米。わんぱく感がたまらん!」
「これはラーメンを一緒に頼まなくて正解であったな」
分厚いカツが2枚!
しかも、半分に切っただけの下手をすると乱雑とも言われかねないその出立ちは、食欲をそそってくる。
文字にすれば4切れだけ乗ったソースカツ丼。
しかして、諸言からは想像できぬ所見のボリュームはなんたることか。
カツにはたっぷりと裏表にソースを纏い、キャベツの緑と米の白に照らされて、ソースの茶が照りっ照りに善く映えている。食べ物界のラフ板だね、これは。
ソースカツ丼を前にして、晴明は数刻前までダルそうにしていた事など忘れて割り箸を握る。
「それじゃ頂きますか!」
「そうだな。私も味が気になって仕方がなかったところだ」
割り箸を口に咥えた晴明パキンと割って、丼に左手を添える。
箸でカツを摑み上げると、ずっしりと重みを感じる。
厚くて大きいカツを、顎が外れないよう気をつけながらガブ
リと噛みつく。
──むしゃり!むしゃ、むしゃ、むしゃ
「〜〜んんっ、美味い!」
「……柔らかいな」
そう感想を漏らす晴明の口周りにはソースが付着している。
一切れが大きいしソースが満遍なくかかっているので、口にする毎に口周りがソースで汚れるのは必須。
しかし、刺激された食欲の前ではそんなことなど気にすることができず、もう一口。
舌に先ず到達するのは甘塩っぱいソース。
それがべっとりカツの裏表に付けられ、その旨みをパン粉の衣が逃さずに完全ホールド。
そして噛めば噛むほど、トンカツの味がソースと交わっていく。
この交わりにパン粉の衣なくしてこの一体感はなし。パン粉こそ、正に薩長同盟の立役者たる坂本龍馬か。
「うむ。卵のカツ丼とはまた違った美味しさだ」
従来のソースとは異なり、濃く、更に酸味が強い味付け。それがベッタリ纏っているカツ。
このソース単品ではキツいだろうが、このソースの酸味がカツの脂と油をバッサリ切ってくれて、後味にしつこさが一切無い。
カツと米の間にあるキャベツもこれまた良い。
油と旨みとソースを吸収し、シャキシャキという音と共に、カツ丼を食べる者へみずみずしさと清涼感を与える。
「この量。食べ切れるか心配だったが、余裕そうだ」
そう言ってセイルはカツを箸で掴み上げ、カツに噛み付く。
そのままキャベツ、お米と流れるように口にして「はむ、ムグムグムグ」と咀嚼するセイルを見る晴明。
……俺と食い方同じ筈なのに、なんでセイルの口周りには一切ソース付かないんだろ?
魔術……じゃないな。単なる技術か。
これが高貴たる所作なのか。
しかし、これだと俺の食い方下手くそみたいでちょい恥ずいな。
……今度練習しよ。
「どうした晴明?」
「いや別に。美味しいよなカツ丼 (ふきふき)」
晴明が紙ナプキンで口元を拭きながらそう答えると、セイルは「そうだな」と晴明の言葉に同意しながらも、
「しかし」
と言葉を続けた。
「口に合わんかった?」
「いや、そうじゃない。味よりも先にカツが気になってな」
この分厚いカツ。
ただでさえ、肉の厚みだけで人差し指の第一関節は超え、更に衣によって厚みは増している。
にもか関わらず、
「このカツ、想定していたより噛み切れ易くて驚いた」
こんなに厚さであれば、生焼け回避のために揚げ過ぎてガチガチに固くなりそうなものだが、全くそんな事は無い。
しかし、脂身が多くブヨブヨというわけではない。そして、柔らかすぎるわけでもない。
なんと表現すれば良いか、…………そう、心地よい食感だ。
柔過ぎず、硬過ぎず。こちらに心地良い歯応えを提供してくれる。
「……………(もぐもぐもぐ)」
「……………(むしゃむしゃ)」
しばらくソースカツ丼の感想を共有していた2人だったが、次第に口数は少なくなり、最終的にはカツ丼を食し味わうことに没頭していく。
むしゃりと分厚いトンカツの食べ応え。
がっしりとしたボティにも関わらず、重量を感じさせないその足運びはキャベツとソースの名セコンドによるもの。
ソースを大量に装飾したカツの、丼から口への猛攻を既に止めるものは無し。
豚、パン粉、キャベツ、米、ソース。
それを1つの丼に集結。なんとシンプルか。
しかし、人を引き寄せて止まない魅力を秘めており、なんと奥深いことか。
あんなに大量にあったカツも見る見る内に無くなっていき、晴明は丼をむんずと左手で持つ。
行儀悪いのは百も承知。丼を口に近づけ、ガツガツガツと残った最後のお米をかきこむ。
「ふぃ〜、ご馳走様!」
「無事完食できたな」
朝の疲れは何処へやら。
今は充実感と活力で満ち溢れている。
「私達は食べれたが、この量だと食べ切れない者も出そうだ」
「空腹じゃないと厳しいだろうな、これは」
食べ切れるか不安な方もいるかもだが、安心してOK。
よくある事なのか、店の中には持ち帰り用の容器があるのだ。
「さて、完食したことだし外出るか」
周りを見渡せば席は人で満たされ、店外を見れば入店を待つ列が出来ている。
「このまま直で家に帰るか、晴明?」
「いや、近くの道の駅に行こう」
福島まで来たんだ。このまま帰るのは勿体無い。
「道の駅『あいづ 湯川』ってとこなんだけど、福島の桃が手に入ってな」
「ほう、桃か」
レストランもある道の駅では、多くの農産物が売られており、そして何よりもこの時期は桃。
桃の箱売りがされており2000円で手に入るので、家族に送る人もいる。
だが、それよりもおススメすべきは見切り品の桃。
見切り品とはサイズが小さかったり、傷が入ってたりする物のことで、味には一切の問題無し。
「なんと、福島の桃が4個入り500円で買えるんだ」
「何!スーパーだと桃一つで500円くらいしてたぞ」
その通り。道の駅の訪問客の中には、この見切り品目当てで来る人も少なくない。
他にも、ジェラート屋もあり、福島の特産品を使ったジェラートを楽しめる。
「まあ、見切り品も必ずあるとは限らないから。早い者勝ちだな」
「それは行かないとだな。ほら、晴明行くぞ行くぞ」
「おいおい、ちょっと待ってくれって」
ヤケにテンションの高いセイルに急かされ、店を出る晴明であった。
そんな元気に溢れたセイルと晴明の後ろ姿を、観音像は見下ろしていた。
「そういやヤケに桃欲しがってるよなセイル。どうしたん」
「いやなに。東京オリンピックの選手が福島の桃を絶賛してたとYouTubeで見てな」
「ほんとサブカルに染まってるな。意外とミーハーだよなセイルって」
そんなセイルに、パッケージもうちょい頑張れなかったん?と思ってしまいそうな外観の桃ジュース缶『桃の恵み』をお勧めしてやった。
気になる人は『福島 桃の恵み』で検索して下さい。