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12.5 蛇足話「バッタ駆除」

いつもと違って変化球。


蛇足なので、読まなくても次話に支障はありません

前回のあらすじ

晴明の師匠が厄ネタ(バッタ)を届けやがった。


宝石が割れた瞬間に、堰を切ったようように呪詛が溢れ出した。

そして、その呪詛は無数のバッタへと変貌し、大群と化していく。その増加は未だ止まらない。


晴明はバームクーヘンの避難先である冷蔵庫に守護の封印と、ありったけの虫除けの加護を施す。


……冷蔵庫にこんなに魔術かけたの俺が世界初では?


などと現実逃避しながら、ダメだと分かっていながらも解呪と浄化で魔術の阻害を試みる。

結果はバッタの動きは金縛りでもあったように非常にゆっくりとなり床に落ちていく。

更に、この部屋に仕掛けていた防衛魔術が働き、動けなくなったバッタを端から殲滅していくが、


───ィギ、ギギギギギチギチギチギチチチチチチチチチチチチチチチチチ!


殲滅した倍のバッタが新たに宝石から排出された。

宝石から排出は止まらない。ぞろぞろバッタが這いずり出し、数が増加していくと共に行動を阻害する効果が薄れていく。倒してはいっているが、それを上回るバッタの大群の攻勢。焼け石に水やな。

しかし、時間稼ぎは出来る。


人間化を解いた悪魔モードのセイルと打ち合わせする。


「あのバッタ。群れであり個でもあるな。金縛りさせる魔術も共有して群れが増えることで効果が分散。ゴリ押しだな、おい」

『ネズミ用の麻酔量では、鯨には効かないのと一緒か』


バッタ1匹の危険度は少ない。変哲もない金槌一振りで倒せる。

問題はほぼ無尽蔵なエネルギー。1匹のコストが低い分、物量で押してくる。そして、捕食した敵を食い殺すことでエネルギーの呪詛が溜まるという、死のループ。

魔術対象を個人にするのではなく、発動時一定の範囲内にいる生物を対象にしているのは、盗賊を逃がしにくくする以外にも、より多くの呪詛を溜めるためか。


晴明は部屋に結界一面に結界を張る。

動きを阻害するためではない。万が一にもバッタを外に逃がさないためだ。


「セイル。バッタを部屋の外に逃すな。多分、あの宝石から離れても活動するぞ」

『無茶を言ってくれる。この魔術(かんじ)、墓荒らし絶対殺すで有名な呪いだぞ。……で、どうする?』

「正攻法。原動力の呪詛を使い果たすまで、倒しまくる」

『考えるだけで疲れるな。───我が主よ、何をお望みだ?』

「5分でいい。時間を稼いでくれ」


2人の視線の先、部屋に仕込まれていた防衛魔術と阻害魔術も、どんどん勢いが落ちていき、バッタ達が今にも襲い掛かろうとしている。

あの群れに襲われたら骨も残らず、食べ尽くされるだろう。


しかし、その光景を前にしても、晴明は冗談でも言うようにセイルに問いかける。


「俺の()()で倒す。行けるか?」

『ふ、誰に聞いている』


羽音が次第に大きくなっていく。

バッタを阻害していたものが尽き、動きだした。





死を告げる羽音をたてて、迫り来るバッタ。

それは群れというよりも、もはや壁。

獲物を逃すまいと部屋の隅から隅まで覆い尽くすように進撃。


『Gate』


一言。

セイルが唱えると同時に、グンッ!!と広がっていたバッタの群れが一点に集中し引き寄せられ、球状に形成。

何割かのバッタは引き寄せられた威力で圧死。


セイルは続けて、詠唱する。


『Gate───Niflheimr(ニブルヘイム)


最果ての凍気が、全ての熱量(いのち)を奪う。

その空間を切り離したかの如く凍結し、バッタを中心に白一色に染めあげて羽音が消えた。


『火が使えないなら、コールドスプレーと相場が決まっている』

「それゴキブリ対処法じゃない?」

『似たようなものだろ。そんなことより、準備に集中しろ我が主』


セイルの視線の先、凍結したバッタが雪のように細かく崩れていき、


──ギチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチッッッッッ!!!!!!


先ほどの倍のバッタが排出された。





冗談言ったら、悪魔(セイル)に注意されたので本腰いれる。


さてここからは瞑想(ひとりごと)タイムだ。


まずは考察する為に、セイルの魔術によって殲滅されていく飛蝗を観察する晴明。


セイルの魔術は興味深い。

空間を繋げて、特定の物を瞬間移動させる魔術。

空間湾曲を行う。シンプルに聞こえるが、使い熟すには相応の技術が要求される。


セイルが飛蝗を倒した方法は、ニブルヘイムへと空間をつなげ、神霊さえ凍える冷気によってトドメを刺したのだろう。

あれがただ繋がりっぱなしであれば、凍気がこちらまで流れ出てセイルにも支障をきたしただろうが、絶妙な瞬間での空間接続。技量が窺える。


そして、飛蝗を一点に集めた技。

あれは恐らく部屋の一部分の空気のみをどこかに転移させたのだろう。それによって生じた真空に、突如開いた虚空を塞ごうと吸い寄せられた飛蝗。そこを狙っての凍結。

元からの技術か、それともジョジョなどの影響か。


……後者っぽいな。


その気になれば真空作らなくても、空間捻じ曲げて同じことできそうだし。


他にもセイルはバッタの頭の位相のみを数センチずらしたり、中の臓物だけ転移させて(器用なことだ)倒していくが、一向に終わる気配がない。


30秒ほどで飛蝗の観察は終えた。

セイルが十全に対応してくれているので、晴明は防御を行わず思考に能力を割く。


恐らくあれは盗碑飛蝗(トビバッタ)

古代エジプトによく見られた魔術。主に王の墓を荒らす盗人対策で使用されている。魔術発動用には10000人分の奴隷の命。古代中国や日本でも、王族の墓には人柱が埋められている。


形状はバッタ。民衆が持つ蝗害への畏怖を応用していると推測。飛蝗による蝗害は世界的にメジャーな災害。エジプト遺跡にも飛蝗が記された石板も発見されている。

飛蝗に向けられた畏怖、恐怖、焦燥、怨嗟などの負の感情を糧に、消費した呪詛を再充電する魔術。その感情が向けられやすいようにわざわざ魔術を飛蝗へ形成しているのだろう。先からギチギチ羽音がやけに五月蝿いのは、負の感情を更に駆り立てる目的だと考察。

呪詛を魔力に変換する手段は良くある手だ。丑の刻参りもその一つだ。


バッタ1匹1匹は弱く、しかし、兎に角にも数が多い。

出てきた飛蝗を殲滅すれば、次には倒された以上の数が排出されて、物量でこちらを貪り尽くしにかかる。


食欲は雑食を通り越して、有機物なら何でも食べる。

キッチンに置かれた米などの食材だけでなく、木製の机も齧られている。


……チクショウ、買い替えにいくらかかることやら。


閑話休題(ししょうぶっころす)


とりま考察終了。

以上のことから、この飛蝗は倒せることが確定。


呪詛を元にバッタが無尽蔵に沸くと言われる魔術だが、それは比喩で無限に飛蝗が排出されるわけではない。

本当に無限であったら、わざわざ羽音を大きくして負の感情を向けられやすく、つまり、動力源の呪詛を確保し易いようにはしない。


コスト面もそうだ。今よりも強化された飛蝗を排出すれば、より確実に敵を殺せる筈だが、非常に弱い。

出来る限りエネルギーを節約するためであろう。

墓荒らしが魔術師でなく、一般人である盗賊の場合もある。魔術師でもない人間に対しても、強化した飛蝗を放つのはエネルギーの無駄だ。

設定は弱く、倒せなかったら数を増やしていき、最低限のエネルギー消費で敵を倒す。

エジプトにおける墓に付き物なのはミイラ。つまり、死後生き返るための施し。それを守るための魔術となれば、長期間となることを視野に入れなければならない。


そのために魔術を極力簡略化、蝗害という共通の認識で飛蝗強化、必要最低限の呪詛消費に、新たな呪詛獲得の試み。そして、その呪詛を魔力に変換し、魔術を再行使。


つまり、このまま飛蝗を倒し続ければいつかは呪詛が尽き、魔術は発動できなくなる。


……とまあ、そんなシンプルに行けば良いけどね。


事実はその通りだが、本当に実行出来るかは別だ。

この魔術の術式はよく出来ていて、美しい。

無駄という無駄を削ぎ落とし、魔力コストを可能な限り下げている。


まともにやったら3日……いや、4日か。

不眠不休でもそんなにかかる。


「………よし」


セイルにお願いした足止め終了まで、残り1分。


「舞台魔法───【盧芸(Tomorrow)( Speech)】発動」





『……飽きた』


先から潰せど潰せど湧いてくる飛蝗たち。

悪魔であるセイルにとって倒すこと自体簡単なのだが、いかんせん単純作業なので飽きがくる。


……星2評価のソシャゲをやってる気分だ。


ただの魔術師であれば命が掛かってるので億劫になることは有り得ないが、ソロモン王に仕えた悪魔にとっては慣れたものだ。

アクビを噛み殺そうと顎に力を入れていると、背後から魔力の動きが。


……これが我が主の魔法か


“魔術”と“魔法”。

2つの違いとは他者が使えるものか、個人のみが行使可能に特化したものかである。

例えると。

引き算足し算掛け算割り算などの基礎的なルールが魔術。

それら基礎を使用し、自分にしか解けない公式を作り出す。その公式が魔法だ。


魔術師達は皆、始めは“魔術”を習得し、最終的には魔術師の到達点の一つとして自分だけのオリジナルの魔術、つまり“魔法”の構築を目指す。


晴明の魔力が広く深く、マンションの一室全体を覆い尽くすように、浸透していく。


「舞台構成───北緯35度東経105度」

「舞台風景───田園」


言の葉が紡がれ、魔法が世界に干渉する。


フローリングの床から突如稲が生え、天井付近には雲が発生。

セイルは突如2人を囲うように出現した稲に触れようとするが、


……幻術か


触れる事は出来ない。

しかし、これは一体何の意味があるのやら?


「情報選択───対象:呪詛魔術」

「情報付与───定義:飛蝗」

「情報介入───飛蝗1匹当たりの魔力消費量変更。及び数を1000に設定」


セイルが疑問に思う中、晴明が続けて詠唱を続けて、一拍。

そして、飛蝗が目に見えて変化した。


……おい、飛蝗が尋常じゃなく強くなったぞ!


耐久性も、速度も、威力も桁違いに上昇した。


先が本当に虫レベルの強さだとしたら、今はまるでライフル弾。硬さは金庫並。

食われなくても、飛んできた飛蝗に当たるだけで致命傷になり得る。それが一気に宝石から1000匹出現した。


主の為の時間稼ぎも、難易度が急激に上昇。

噛み殺していたあくびなど遠の彼方へ去っていき、思わず冷や汗を流しながら対応に急ぐ。


セイルが振り向いて「やるなら先に言え」と言わんばかりに晴明を睨むと、さして悪びれた様子もなく「めんご」と片手をあげて軽めの謝罪。


あの詠唱を聞くに、間違いなく晴明が飛蝗の魔術に干渉して、術式の一部を掌握したのだろう。


しかし、弱体化するのではなく、相手を強化するメリットは───。


『…………ああ、なるほど』


晴明の意図を朧気ながら推測したセイル。

その背後で晴明が新たな動きに移り、セイルは飛蝗に注意しながらもチラリと晴明を観察する。


晴明は懐から短剣と白い仮面を取り出した。

短剣の方は魔力も感じられない、何の変哲もない一品。

対して、仮面。こちらは白色であるが、のっぺり平面ではなく、よくよく見れば口や目などの凹凸が有り、形作られてはいる。


その染色のない未完成の仮面を顔につけ、短剣を構える。


約束の5分まで、残り10秒。

装着した仮面を中心に、晴明の身体へと魔力が巡り───いや、魔力が貼り付いていく。


「情報選択───対象:倉敷晴明」


セイルよりも前へ、飛蝗に向かって踏み出す。


「情報付与───定義:劉猛将軍(りゅうもうしょうぐん)


その姿は現代にとって異質。


晴明は鎧を纏っていた。


それは日本古来の物ではなく、かつて中国で使用されていた異国の鎧。

輝きを放つ煌びやかな甲冑を揺らし、短剣を振りかざす。


───ギチチチチチチチチチギチギチギチギチギチギチギチッッッ!!!


セイルの攻撃の手は既に止まり、堰き止められていた死の濁流が晴明へと殺到する。

我先に、群集先頭の1匹が飢餓を満たさんと晴明に飛び掛かり、



「演目完成───【駆蝗神(くこうしん)】」




ストン………と晴明の短剣が振り下ろされ、1匹の飛蝗の首が落とされた。

それに、伝播するように、


「───人生は(Life’s but)歩く(a walking)影法師(shadow)


同時に1000の飛蝗の首が千切れた。

晴明の詠唱が終わると共に羽音は鳴りをひそめ、ぽとぽとと頭の無い飛蝗が床に落ちていく。


宝石からの飛蝗の排出は止まり、以降魔術が発動する事はなかった。





「伝承や神話を元にして、()()()()()()()()()魔法か。面白い」

「日々の準備が面倒くさいけどな」


魔法は解かれ、晴明は甲冑の姿から普段の姿に戻っていた。

セイルも人間モードに戻り、2人はベランダで夕陽を眺めながらだべっている。


晴明の魔法【盧芸(Tomorrow)( Speech)

強制的に創り上げた舞台に上げ、敵や魔術に干渉して役を与える。

そして、その役に対しての天敵を構築し、敵の弱点を作り出してそこを突く。


今回、晴明が自身に付与した役は劉猛将軍。

中国で蝗害を退け駆逐する者として信仰されており、飛蝗にとっての天敵である。

付いた信仰の名は【駆蝗神】。


「途中バッタを強化したのも、結果的にそうなっただけで、動力源である呪詛を使い果たす為にしたものだな」

「綺麗な術式だったからなあ。無理矢理無駄を追加して、1匹当たりの魔力消費量を上げてやった」


術式に干渉と言っても、100を0にするような大きな変更は出来ないので、細かく細かく小さなところから干渉して崩していく。


「あとは『飛蝗を殺す象徴』の将軍となって、1匹でも倒せば戦闘終了。受けた魔術を他の飛蝗に共有して分散させるのが裏目に出た結果だな」

「我が主よ。魔法の根底はマクベスを基にしてるようだが、それだけでは無いだろ」

「能楽や中国の象形拳、エクソシストの降霊術。グリム童話なんかを諸々参考に作った」

「多国籍だな。もっと陰陽師みたいな技が出るかと期待してたのに、残念だ」

「何でだよ」


なんて一通り話して、無言になる2人。

そして、仲良くため息を吐きながら後ろを振り向く。


割れたガラス。

外れかけの扉。

ボロボロの家具。

そして何より、バッタの死骸の山。


「……ベランダで現実逃避も無理あるか」

「我が主よ。この死骸の処理は」

「魔術性のゴミだから普通に捨てるわけにもいかないし」


そこら辺に捨てるのなんて、もってのほか。

本来こういったのは土御門家が管理する陰陽師協会に依頼するのだが。


「陰陽師協会に頼もうにも、届出無しの師匠による不法侵入物で違法だから無理だし」

「傍迷惑な」


2人はジーとバッタの山を見つめ、この後の作業の面倒くささを想像する。


おもむろに晴明はキリッ気合の入った表情をして、セイルを見ると


「…………セイル、主として命令す」

「断る」

「せめて最後まで聞けよ!」


もう疲れに疲れたので、今は掃除したくない。

セイルにお願いして漫喫にでも逃げようとしたが、断られた。


……俺、契約主だよな?

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