12.お洒落な店で買えるバームクーヘン(滋賀)
倉敷 晴明
我ら悪魔72柱が仕える現在の主。
はたから見てると分かり難くいが、魔術に関して優れた才能を持っている……本当に分かり難いが。
しかし、才能豊かな主でも生まれた頃から魔術を使いこなしていたわけではない。
晴明には魔術の師匠がいる。
土御門 冬華
晴明にとって妹的ポジションであり、俗に言う幼馴染枠。
彼女が来訪した際に、短いやりとりの中にチラリと出てきた存在。それが師匠。
晴明の師匠
氏名、性別、容姿、年齢と全て不明。
その場にいたセイルが聞いた限りでは、少々破天荒な存在、くらいな印象しか抱かなかった。
だが、本日セイルは考えを改めた。
晴明の師匠は破天荒ではなかったと。
◆
6月。
梅雨が続いた中、やっとの晴天に晴明はセイルと共に滋賀県のとある施設。
草原の中を走る石の路は奥へと続き、その最先には横に大きな建物が。
壁は白く、所々見える支柱は木材。
そして、大きな屋根は草が生い茂げり、指輪物語のワンシーンにも出てきそうだ。
外国の感じというより、ファンタジー感が満載。
「おお。ジブリに出てきそうだな」
セイルもその外観にテンションが上がっている。
同じような発想こそすれ、連想先は異なるようだ。
2人がそう思ってしまう程に、見るからにこちらの好奇心をくすぐるお洒落さ。
しかし、今回は観光に来たわけではない。
そもそも、ここは何の施設かというと、
「これがただのお菓子屋ってんだから凄いよな」
力の入った店構えにレジャー施設と初見は勘違いするが、ここはただの甘い物を売ってる食品店なのである。
そもそもの施設が広い。
お土産コーナーだけでなく、店内飲食スペースや庭園などとかく広い。
ここの名前はラ コリーナ近江八幡。関西人ならクラブハリエと言えば大体伝わる。
地元の人には、非常に大変苦しく言うのも烏滸がましいが当たり障りの無い予防線を張る程に申し訳ないのだが、言わせて頂きたい。
あの滋賀にこんなお洒落な店あったのかと思うほど、力が入っている店である。
「Instagram用の写真撮ってくれ晴明」
そう言ってセイルがスマホ押し付けてきた。
いつのまにスマホ買ってたんだ?と思いつつも、スマホを受け取る。
まあ、昨今は赤ん坊の臍の緒とセットでスマホが付いてくると言っても過言ではない程に、スマホは生活の必需品である。
地獄でも繋がるのか甚だ疑問だが。
インスタで良く見かけるポーズをするセイルを、晴明は建屋が入るようナイスアングルで撮ってやる。
「現世謳歌してんな。フォロワー何人?」
気になったのでスマホをセイルに返す際に聞いてみた。
「3万」
「結構いってるな、おい」
「いや、まだまだだ。シトリーもやってるぞインスタ」
「ああ、前にうち来たあのロリ悪魔。フォロワー凄いのか?」
「53万」
「まさかのフリーザ様」
らしくもないお洒落着にポーズを不思議には感じてたが、対抗心燃やしてたのねセイル。仲が悪いのか良いのやら。
興味本位でシトリーの投稿を見してもらう。
……犬、スタバ、ビーチ、複数名の女子との飲み会、ディズニー、夜景、ライブ、etc etc………
「写真越しでも分かる程に満喫してやがる……」
結構知らん間に手広くやってらっしゃる。何気にコイツが1番人間界謳歌してない?
「というか、この一緒に写ってる女子達誰だ?悪魔……じゃねえな」
「どうせどこかで引っかけたんだろう。手が速いからな」
さすが色欲担当。見習いたい。
フォローしようかな。……いや、俺の場合だとシトリーにはブロックされる未来が目に浮かぶ。
「セイルはシトリーのアカウント、フォローしてるのか?」
「してないが、されてる」
「シトリーにインスタやってるの言ったん?」
「いや……顔出した写真を一度も上げてなかったのに、私の手がチラッと映った写真アップしたら私と特定されて即フォローされた……」
「…………あ、愛されてるやん」
「………………」
「すまん。キラーパス過ぎて上手い言葉出んかった」
無言の笑顔を向けられたが、目の奥が決して笑ってない。思わず顔をそらす。
現実もSNSみたいに簡単に補助できればいいのだが、そんなうまい話は無い。
晴明は逃げるように店の中へと足を進め、セイルも……ふぅと諦めの息を吐いて晴明に続く。
木製の入口の扉を開けた先、ふわりと甘い香りがセイルを迎える。
「店内が甘い香りで包まれてるな」
強い香水のような鼻につく甘さではなく、優しい仄かな甘み。店内もファンタジーかと思ったが、そうではなく現代的。落ち着きのある清潔感溢れる空間が広がっていた。
そして、入口のすぐ右を見れば、甘い香りの正体がそこにあった。
……そういえばお菓子屋と言っていたが、何を売りにしてるのやら?
焼き菓子特有の香ばしい匂いなのでケーキか?と思いながら、セイルは確認しようとそちらに近づく。
セイル達が向かう先はガラス張りになっているコーナー。ガラスの向こうには、清潔感溢れる調理場が。そこで菓子を実際に焼いてるところが見え、他にも人々がその光景を見ようと集まっている。その菓子の正体は一目瞭然であった。
焼き菓子。ケーキと言えばケーキであった。
だが、それよりも目が行くべきは丸太のようや大きさ。というか、香りなかったら丸太にしか見えなかった。
それは、ケーキと言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、長く、そして大雑把すぎた。
それは、正に丸太だった。
クリームは無い。
デコレーションは無い。
フルーツも全く無い。
円柱状のケーキ生地だけで構成され、丸太のように太く、1m以上の長さ。
ケーキ両端から棒が出ており、ケーキの中心に棒が刺されているのが分かる。焼きたてなのか両端から出ている棒を支えに、吊るして荒熱を取っている。一本でもとんでもない迫力、それが6本。
ガラスの向こうで吊るし並べられ、想像の斜め上を行く菓子の出迎えに些か面くらうセイル。
「どこだったか……見たことがあるような……」
何だったかこれ?と見慣れぬ菓子に疑問を浮かべるセイルに晴明が答える。
「バームクーヘンだよ。ドイツのクリスマスマーケットで見たことない?」
「そうかそれだ。どうりで既視感があると思った」
しかし、
「クリスマスでも無いのにバームクーヘン?あれか、日本だと他の神の誕生祭にもバームクーヘンを食べるのか?」
「ちゃうちゃう」
たしかにその理論だと八百万も神様いるし、祝う場合365日バームクーヘンは必要不可欠ではあるか。
ここでバームクーヘンについてご説明。
今ではコンビニやスーパーなどで簡単に手に入るバームクーヘン。本場はドイツであり、ドイツ語で「木のケーキ」という意味である。
日本に持ち込まれたのは、第一次世界大戦頃。
捕虜として来日したドイツ人の菓子職人カール・ユーハイムによって持ち込まれ、広まっていた。
これが後に神戸に本拠地を置く有名な製菓会社の株式会社ユーハイムへとなった。
縁起物としてお土産などにも向いており(京都の京バウム、長野や青森のりんご丸ごとバウムなど)、日本におけるバウムクーヘンはドイツを凌ぐほど浸透している。
むしろ、ドイツでは時期限定であまり売られておらず、クリスマスでもない限りは滅多に食べない。
ドイツ人の中には、日本に来て初めてバームクーヘンを食べる人も多い。
日本視点で例えると、ドイツ行ったら年中どの店行っても鏡餅が売られてる感じに近いか。
「クリスマスマーケットでもチラッとだけ見たことはあったが。こんな丸太みたいなのだな」
「悪魔なのにクリスマスマーケット行くん?」
「悪魔は催物が大好きだからな。人間があんなに愛に盛って盛り上がっていたら行くだろ」
聖歌をBGMにホットワインを楽しむ悪魔を頭の片隅で想像しながら、晴明もガラスで区切られた調理場を見る。
バウムクーヘンは製法が特殊なため普通のオーブンでは作れず、バウムクーヘン専用のオーブンが存在する。
作り方としてはいたってシンプル。
①棒に液状の生地を付けます。
②回しながら焼いて全面焼きます。
③その上に更に生地を掛けます。
あとはひたすら①~③を繰り返すだけ。ちなみに、やろうと思えば卵焼き用フライパンなどで家で作れる。
バームクーヘン専用オーブンはこれを自動で行ってくれるのだ。
2人の視線の先に、そのオープンの中で自動でくるくるとバームクーヘンが回っており、生地が付けられては焼かれ、付けられては焼かれている。
そのオープンの前には完成したバームクーヘンが吊るし並べられ、子供でなくても引き寄せる壮大な迫力がある。
「クラブハリエは人気を博してて関西の百貨店とか高島屋とかに行けば買える。けど、ここに来れば焼きたてのバームクーヘン食べれるのが売りでな」
「ふむ、確かに美味しそうだ。………ところで」
セイルはバームクーヘンから180度ぐるりと視線を変える。
バームクーヘンと対となる先、そこには
「何故、あっちで和菓子が売られているのだ?」
羊羹、まんじゅう、どら焼き、団子、モナカなどなど。
同じ建物内、バームクーヘンが作られ販売しているスペースの真逆に、本格的な和菓子達が大手広げてそこにいた。
まるで異国の路地に迷い込んでしまったような感覚。
……まあ、日本で生まれ歴史がある菓子屋なら、始めから洋菓子を作ってたとは限らないか。
「クラブハリエとやらは元々は和菓子屋だったりするのか?」
「いや、厳密には菓子屋ですらなかった」
「………んん?」
「クラブハリエの出自は面白くてな」
クラブハリエ。
それは200年以上前に遡る。
クラブハリエの始まりは洋菓子屋ではなく和菓子屋────ではない。
初まりは、甘味とは全く関係の無い農作物の種を扱い売買する「種屋」であった。
その種屋は明治になり、何を思ったのか種屋の7代目が和菓子店で修行を積み、和菓子店に商売替えしをした。そして、種屋から「種家」という和菓子屋へと変貌。
では洋菓子屋はどこから顔を出したのか。
それは種家のご近所さんが関係している。
更に時代は進み、昭和初期。
種家の近所にはアメリカ人のウィリアムという人が住んでおり、その勧めで洋菓子の製造を開始した。
これがのちのクラブハリエの基となった。
「種屋は和菓子店『種家』となり、そして2023年現在クラブハリエを経営する『株式会社たねや』となったんだ」
「壮大な話だ。……その中で一番は7代目が転職したのが面白いな。何があった?」
「それは思った。親族、絶対戸惑っただろうな」
「……ところで、バームクーヘンもウィリアムの勧めなのか?アメリカ人なのだよな」
お、そこ気づくか。
そう、クラブハリエ。今でこそバームクーヘンで知られているが、バームクーヘンに力を入れ始めたのは2000年頃の話になる。
バームクーヘン自体は1900年中期から売られてこそいたが、そもそもの話、洋菓子部門であるクラブハリエは赤字続きの振るわぬ毎日であった。
和菓子部門の『たねや』が主力であり、クラブハリエは常に順風満帆追い風いっぱいではなかった。
赤字を脱すべく心機一転、一念発起、一発逆転の策として力を入れたのが、まさかの遥か異国のお菓子バームクーヘン。当時のバームクーヘンは贈答品くらいで、パサパサであまり人気が無いというのが共通の認識だった。
「そこはかとなく7代目と同じ匂いがするな」
「クリームもフルーツもない生地オンリーで勝負するの勇気いるよな。ちなみに当時はモンブランとかが人気あったみたい」
「勇気が凄いな」
何故そこに?と思うような行動精神は、遥か昔の種屋7代目の如く、生まれた環境の場外へ飛び出る精神構造が色濃く引き継がれたためか。
普通は不安になってアレもこれもと付け足したくなるもんだが。
かくもバームクーヘンに一点賭けの全ベット。
いざいざ我らが関ヶ原へ参らんと、多くの従業員に渋い顔され反対されながら辿り着いた先は百貨店。
背水の陣の中、クラブハリエは当時では画期的な売り方で工夫をした。
「大勝負に勝つために、店先に丸太のようなバームクーヘンをずらりと吊るし並べたんだ。お客にとっては魅力的だよな」
「まさにこの店と同じ構図か」
ただでこそデカいのに、それがズラリと並べられては近寄らずにはいられまい。
そして、寄ってきたお客に、力を入れて作り上げたバームクーヘンの味を知ってもらうべく試食を提供。
そして、現在は和菓子部門を凌ぐクラブハリエと至ったのだ。
「……朝ドラで一本いけそうだな」
「そうなったら絶対7代目が人気掴みそう」
◆
開幕で話はしなかったが、そもそも何故今日ラコリーナ(クラブハリエ)に来たのか。
それは、
「なあ、セイル。これ、同僚達の中で苦手そうな奴いる?」
「どれどれ……大丈夫だな」
悪魔たちに手渡す贈り物を買いに来ていた。
前回、バルバトスに言われたのもあって挨拶は大事だと学んだ晴明。
「そこまで気にしなくていいぞ。この前、抹茶味のキットカット持っていったら喜んでたくらいだし」
「反応がYouTubeでたまに見る外国観光客やん」
「納豆みたいな発酵系ゲテモノじゃなければ大抵は食べる。………あ、聖水は好き嫌い分かれるな」
聖水。
その名の通り、聖なるパワー込められた霊験あらたかな水で、バチカンで製造された一級品であれば少量でも低級悪魔を祓うことが出来る。
だが、72柱クラスの悪魔には聖水ぐらいじゃ効かない。
というか、そもそもの話だが、
「嫌いは解るけど、好きってどういう?」
「全くダメージないが、口に入るとピリッとした後にツンと来るような刺激は感じてな。その刺激を好きな奴がいるのだ」
「タバスコじゃないんだから」
「たまにピザに数滴聖水かけて食べてる」
「もうそれはタバスコじゃないかな」
タバスコ使えよ。エクソシストが泣くぞ。
なんだろうか、悪魔は刺激に飢えているのか。
そんな悪魔たちが、この日本っぽい土産を喜んでくれることを祈る。
「……日本っぽいか?ドイツ発の菓子だろ?」
「ドイツの祝祭用菓子を魔改造してるのが日本っぽいじゃん」
2月に豆を撒いたら、次は甘い異国の豆でバレンタイン。
年末にはターキーの代わりにケンタッキーとクリスマスケーキ食べて、次はお餅と年越し蕎麦。
日本神の異文化もろもろ受け入れバッチコーイ環境によって生まれた、この混沌。これぞ日本だろ。
「ま、純日本ぽいの求めてる奴もいるだろうし。和菓子とバームクーヘン半々買っとくか」
どら焼きも良いが栗饅頭も美味しいので、和菓子コーナーも見ていき、あらかた買っていき土産が揃う。
さらりと認識阻害魔術をかけ、セイルに渡していく。
「こんなもんかな……。セイル頼む」
「うむ、【Gate】。ほいほいっと」
セイルの能力で土産だけを先に俺の部屋に送る。
これで目的は一様終えたが、ただ帰るのは勿体無い。
「さてと、焼きたてのバームクーヘン買って食おうぜ」
「やっとか。終始気になってたところだ」
セイルも楽しみにしていたようだ。
まあ、あの迫力ある光景見てたら味も気になるよな。
「さっきの土産コーナーで買えるのか?」
「そこでも買えるけど、奥でも買えるからそっち行こ」
今いる土産コーナーの建物でも十分に凄いが、まだまだラコリーナの手前しか堪能していない。
更に奥へとセイルを連れて進むと、
「ほぉー、広いな」
土産コーナーを抜け扉を開けると、開いた空間が出迎えた。
コロッセオように円形状の緑ある広場。
外径に沿うように、建物と、そこから繋がる屋根付きの通路が弧を描いて建っている。
バームクーヘンから離れた筈なのに、微かにだがまた別の甘い香りが届く。
2人は通路を通り更に先へと進むと、また新たなゾーンに侵入した。
「いやはや、分かってはいたが手が込んでいる」
「周りに高層ビルも無いから景観もいいし」
緑を抜けると今までは少々毛色の違った建物が。
大型バスが入るほどの年季が入った(風の)ガレージ。
周りには色鮮やかで可愛らしい中古のバスとハイエースパンが置かれている。
かつての用途とは違い、レトロチックなデザインを残しつつ、ガレージ内にはチョコレート、紅茶、クッキーと豊かな売り物の甘味達が並べられ、ただでさえ格好の良い内装を更に煌びやかに装飾している。
ガレージから突き出るように置かれた赤色の二階建てバスも良い味を出している。
入口のファンタジー感とはガラリと変わり、近代的世界観。
これにはセイルも再度スマホを構えて撮影。
セイルがしばし写真撮影やガレージ内物色に気を取られていたので、晴明は先にバームクーヘンを買いに行っていた。
「はいよ、セイル。焼きたてバームクーヘン」
「お、すまない。……?ガレージ内を見た感じ、バームクーヘンは売ってなかったが」
「ガレージ横にハイエースあったじゃん。あの中に店員居て買えるんよ」
置かれていたハイエース。
その内の一台はただの飾りではなく、ちょっとしたフードトラック。バームクーヘン以外にもクレープなどもある。
「遊び心が尽きないな、ここ。……見た目は普通のバームクーヘンか」
晴明から手渡されたバームクーヘンは紙に包まれ、ほのかに温かい。
……何気に温かいの食べるの初めてだな。
コンビニやスーパーであった物は食べたことはあるが、だいたいは常温か冷。
どう違うのかと興味を持ちつつ、バームクーヘンを一口。
──ふわッ!
第一食感
に思わず戸惑うセイル。
「むぅ!……ん、柔らかいぞ晴明」
「やっぱり、ここでしか食べれない美味しさだな」
セイルの初々しい反応にくすりと笑う晴明。
再度確認のためにセイルは二口目を。今度はより意識しながら。
──ふわり
やはり柔らかい。スーパーで売られているバームクーヘンを十分に柔らかいと思っていたが、こうも比較すると差が歴然。
これは……そう、あれだ。枕だ。
従来がウレタン製の低反発枕だとすると、こちらは高級羽毛枕。冷やかしで入ったモール内の寝具屋で、初めて高級な羽毛枕を体験し、柔らかさに包み込まれた時と同じ。
「寝具屋行ってんの?悪魔なのに」
「ヨギボーとか買いに行った際、ついでにな。悪魔は夢の中で唆すこと多いからな。夢に介入しやすいように意外と寝具にこだわるぞ」
「Wi-Fiのルーターか何か?」
閑話休題
この焼きたて。その柔らかさはシフォンケーキのようにフルフル。
従来とはあまりにも異なる食感に、バームクーヘンとは別ジャンルのお菓子を食べているかのような。目を瞑って出されたらバームクーヘンとは気付けない。
「味もくどくない程良い甘み。飽きがこない」
「この味が、お土産としても好まれてる理由かもな」
ただただ棒に生地をつけて焼いての繰り返し。
確かにその工程のみの筈で、見た目も丸太で、ズッシリしっとりの重量イメージがつきまとっていたが。
「どうやってこんなにフワフワにしてるのか?不思議だ。焼きたてというだけでは無いだろ」
「7代目から続く弛まぬ企業努力なんだろうな。和菓子の技術が使われたりして」
「あり得る」
あっという間に完食。
「焼き立ても良いけど、お土産のバームクーヘンはしっとりして、また違った美味しさなんだ」
「……自分達用にも買っておかないか晴明」
「そりゃ喜んで。ちなみに、別のゾーンにパン屋もあるけど行く?」
「何でもあるな」
そうしてパン売り場コーナーに移動し、物色。
内容はお洒落なパン屋によくある物が。お洒落だが、しかし、逆に言うと予想を裏切らなかった。
流石にネタが尽きたかと、少し残念になるセイル。
「セイル、これオススメだぞ」
「どれどれ……何だこれ」
そう言われて、晴明が指差した先。
数ある聞いたこともないカタカナ名記のお洒落パン達の中に、「異彩を放つパン」が。
それを目にしたセイルは思わず晴明に説明を求めていた。
まず見た目。球状だ。しかもデカい。
ソフトボール大の丸パンがずらりと並べられていた。
球。ただただ球。
飾りも模様も何も無い茶色の球があった。
「お洒落続きで、最後ヤル気使い果たしたのかパン職人」
「ははは。面白いのは見た目だけじゃないぜ」
未だ戸惑うセイルを置いて、むんずとトングでその球体パンを2つ掴み、トレイに乗せて会計に向かった。
それを買ったという事は、つまり食べるという事で、
「はい、セイルの分」
「……うむ」
持ってみて、改めて大きいのが分かる。
味が気になるが、セイルの口が動かない。
腹は空いている。問題は別で、攻め口が皆目検討付かない。
これが縦長や平べったかったら、食べ出しに困らないが、
……こうも球状だと、どこから行ったものか。
考えてみたら中々無いぞ完璧に球体の食べ物。
結局の所、どこから食べても答えは変わらないのだろうが、やはり戸惑う。
しかし、切り口を探そうと観察していた事で、ただのパンでない事を理解。2種類の生地で構成されている。
大本のバン生地はデニッシュだろう。そして、下の方が少し硬めで……これはクッキー生地か。
さながら、メロンパンを逆さにしたイメージか。
クッキー生地が下なのは、商品を置いた時に転がるのを防止するためか。
「もぐもぐ……どうしたセイル。お腹一杯か?」
「いや……」
未だ口にしないセイルを訝しむ晴明。
その反応を受けて、ついにセイルも挑む。
……ええい、ままよ。
テッペンから齧り付く。
咀嚼していき、やはりデニッシュ生地だったかと味わう。
しかし、見た目に反して味が普通だ。というかどちらかと言うと、少し味が物足りない。
続けて、二口目。
ここで異なる味がセイルの口に広がる。
デニッシュ生地の中に何かが詰められている。
濃厚な甘味。なるほど、デニッシュの味の淡白さは、この為か。よくマッチしている。
出てきた中身はカスタードクリームのような……いや、それにしては食感があるし、カスタードよりも後を引かない甘さ。
一体何だ?と、セイルが齧り開けた箇所を見る。
最初は分からなかったが、観察して次第に、
「ん?……うわっ」
バームクーヘンが。
バームクーヘンが、パンの中に入っている!
しかも2切れ。
その説明だけ聞くと、上手いのかと疑問だろう。
しかし、ゲテモノかと思ったが、中々どうして。
「うまいではないか」
「面白いよな、これ。初見者に食わせたいパンNo.1だろ」
中のバームクーヘン。
ただバームクーヘンが入ってるようだが、よく見れば黒いシロップが染み込んで、よりしっとりとさせている。
黒いシロップ、甘さよりも苦味が強く、正体はカラメル。
しっとりの甘さたっぷりバームクーヘンと、苦味のカラメルが相まって濃厚プリンのような味わい。
包むパンも敢えて甘さが控えめであり、ふわふわのパンとしっとりバームクーヘン、そして、
「土台のクッキーが良いな。食感を飽きさせない」
食べ進めれば進めるほど、サクサクのクッキー生地が耳に快音を告げる。
最初の一口目こそ格闘したものの、巨大なパンはあっという間に胃の中へ。
そして、食べ終えて改めて気づく。
もしクリームだったら時間が経つごとに中がべちょべちょになるが、これによって見事に防げているし、職人としてもクリームに比べたら包み易い。
食べている際中に、中を溢して服を汚す心配もない。
見れば晴明も食べ終えて満足気な表情。
セイルは今日の事を思い返す。
「全くもって予想を超えるな」
「だな」
「……本当にここ滋賀か?琵琶湖だけのイメージだったが」
「だよな」
激しく同意する晴明。
本当に余談であるが、通学路によくある「飛び出し太郎君」は滋賀出身である。
◆
本来ならこれでストーリーは終わる筈だ。
しかし、2人で滋賀の魅力を知った後に、やっとここで冒頭へと至る。
お忘れかもしれないが、晴明の師匠についてだ。
始めに語っておきながら、一切姿が出ずまま物語は進行。
姿どころか。
伏線も、影も、ミスリードも、ミステリーも、予告も、2人の話題にすら上がらず、何も全く無い。
それは「蛇足」に似ているが、だが決して違う。
それこそが晴明の師匠の体現であり、
こちらなどお構い無しに行われるそれは、物語にとっての「異物」に他ならなかった。
◆
クラブハリエを満喫し、帰宅してきた晴明とセイル。
部屋の机には先に送っておいた土産の数々。
晴明の手には自分達用のバームクーヘンが入った箱が。
「悪魔達用のお土産、いつ渡そう?」
「全員この部屋に呼ぶには狭いからなあ。明日にでも何名か代表者に渡して、後で残りの者と顔合わせするのはどうだ」
「そうするか」
さて、自分達のバームクーヘンは冷蔵庫にでも入
────ドパリンンンンンッッ!!!!!
いきなり窓が轟音をあげて割れ散った。
何かが飛来したようで、ガラス片が晴明の方へ飛来。
「……我が主無事か?」
「無事だ。けど、…………はぁぁぁぁぁ」
ちゃっかり買っておいた土産も防御してくれたセイルが晴明に近づく。
晴明には怪我一つ無かったが、何かを察したらしく深い深いため息を吐いた。
触れたく無いが、放置すると良い事ないので嫌々ながら、晴明は「窓を割った正体」に近づく。
それは太々しい顔をして、「来てやったぞ」と言わんばかりにクケーと鳴き声をあげた。
鳥類の鳴き声。その姿はよく知っているが、滅多に見ない鳥。
セイルも近づいてきて、それを確認する。
「……何故ペリカン?」
「コイツ、師匠の使い魔」
「師匠……前に言っていた存在か。いや、だとしても何故ペリカンを使い魔に?」
「何かしら運ぶのにコイツを寄越すんだよ」
あの人なりのシャレだろう。傍迷惑なだけだが。
「おい、俺何度も言ってるよな。入ってくる時は減速しろ───」
「ッグ、グゲ、ゲェエエエエ(ボトボト)」
「説教の途中で荷物吐き出すな!」
「最悪の運び方だな。封筒と、宝石?がヨダレでまみれてるぞ」
「クケッ!(パク)」
「あ、俺のバームクーヘン!?返しやが────」
「クケー!(パリーッン)」
ペリカンが晴明が持っていたバームクーヘンを咥えて、飛んで逃げた。
割れていなかったもう一枚の窓を破って。
「せめて破れた窓から飛んでけボケー!わざと割ってるだろ!」
次来たら絶対焼き鳥にしてやると誓いながら、既に姿が見えなくなるまで逃げていったペリカンに向けて叫んだ。
意味は無いが叫ばずにはいられなかった。
いつになく感情剥き出しの主の背中を横目に、セイルはペリカンが残していった封筒を拾って中身を見る。
「……我が主よ。これこれ」
「次は何!」
「何か私の身分証が入ってた」
見せてきたものは運転免許証。戸籍票もセットだ。
「しっかり私の顔写真なのだが……え、怖っ。どうやって?」
「俺じゃないし、セイルについて話してすらないからな」
師匠とはここ3年会ってもないし、電話すらしていない。
本当にどうやってこちらの情報を把握してるのか。
いつも未来視してるのではと思うほど、急に、けどドンピシャで一方的に何かしら送られてくる。
「封筒に手紙も入ってた筈だけど」
「手紙、というか箇条書きのようなメモはあったが」
「それそれ」
セイルから受け取り、目を通す。
要約するとこうだ。
『セイルが師匠からの紹介という嘘の辻褄合わせのため書類を作った』
『冬華(土御門家)にこれを送れ』
『魔導書は大事に保管しろ』
『バームクーヘンは手数料として貰う』
『ただ、手数料として足りないから仕事任せる』
『退治と掃除頑張れ』
「仕事?掃除?何のことだ?」
「………(チラッ)」
後半の内容が不安しかない。
仕事と書かれてるが、詳細情報一切無し。
嫌な予感がしつつも、封筒と一緒に送られてきた宝石を見る。
こちらに合わせたのかと思うほど、視線を向けると同時にタイミングばっちしで宝石が割れた。
───……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
同時に、漂う瘴気。
セイルと晴明の額から冷汗が流れるレベルの呪詛が次第に満ちていく。
「おい、晴明これ。盗賊対策のエジプト系呪詛だぞ。しかも最高位の」
「多分どこぞの王族の墓からの出土品だな。うん」
瘴気が集まり、飛蝗の大群へと形作られていく。
そんな中、晴明はいそいそと買ってきた土産達を冷蔵庫に無理矢理詰めて、防御の封印をかける。
そして、一息付いて、
「あのドグサレ師匠が!!」
意味が無いと知りつつも、晴明は叫ばずにはいられなかった。
呪詛に纏った飛蝗の大群が此方を食い散らさんと襲いかかってきた。
その後、セイルの助けもあって早めに調伏出来たが、家具はボロボロに。
セイルの趣味グッズも、その例から漏れず。
こうして、セイルは思った。
晴明の師匠は「破天荒」ではない。
急に現れて気付けば消える「嵐」そのものであると。
とりあえず、
「会ったら絶対に足の小指の骨を折る」
「何故小指こだわりか知らんが、俺も手伝うぜセイル」
共通の憎い敵ができ、主と悪魔の親睦が深まった1日であった。
【盗碑飛蝗】
一見、魔力を感じられず、ただの宝石に擬態。基本的には無害。
しかし、『登録地点』から一定距離離れた場合、又は『登録者』以外が触れた場合に発動。
宝石内に溜め込んだ奴隷1万人分の呪詛を放出し、飛蝗の大群へと変貌する。
発動時半径100m圏内にいる生物を食べ尽くすまで機能は停止しない。
摂取した生物から消費した呪詛を補充するので、なるべく生きた状態を保持し、長い時間をかけて生物を摂取する。
機能停止後は『登録地点』まで戻る。
「いやコレ個人で対応するものじゃないだろ。正気か我が主の師匠は」」
「なんとか正攻法でエネルギー元の呪詛が尽きるまで倒し続けたけど……」
「……飛蝗の死骸の山がな」
「マジで萎える」
【師匠のペリカン】
荷物を運ぶ。早く飛ぶ。知能が高い。
以上。
「……これだけか?」
「ほんと謎なんだよ、アイツ。チェスで対戦したこともある」
「実は人が化けてるとかじゃないのか、それ。……ちなみに勝率は?」
「……ご、五分五分。おい、そんな哀れみの顔するな!」