11.サウナで有名なスーパー銭湯(熊本) 後編
〜しばらくして〜
風呂を済ませ、館内着に着替えた晴明は2階スペースへ。
上った階段のすぐ右にレストランスペースはある。
レストランとは言っているが普通よくあるような飲食スペースと違い、ここは壁などのしきりがない。2階スペースの一角にカウンターがあり、付近に椅子と机が設置されてるだけだ。フードコーナーを想像するのが近いか。
なので初見はどこ座れば良いのか困りがち。
辺りを見回せば、同じく館内着を着たセイル達を発見。
「すまん、待たしちまったか」
「いや、私たちも今しがた出たばかりだ」
「そうか、そりゃ良かった……ところでそっちどした?」
何故かセイルの向かいで座るバルバトスが渋い顔をしていた。
「天下の大悪魔様がこんなだるんだるんの服を当たり前のように着てるのがな……まだ受け入れがたくてよ」
「なんだ、リラックスできるだろ」
セイルはそんな反応に異議を申し立てているが、思うに自分がそれを着ている事がではなく、ライバル的存在が何の疑問を持たず館内着着ているのがショックなのだろう。
バルバトスの気持ちも分からんでもないが、それは置いといて館内着素晴らしいよね。
これによって忙しい日々とはシャットダウンされ、完璧に心の底から解放されるアイテム。
セイルと晴明は館内着の素晴らしさを伝えるが、結果は色々諦めたバルバトスが出来上がっただけだった。
これ以上考えるのもアホらしくなったのだろう。諦めたバルバトスが晴明を催促する。
「ほら、座れよ。サッサと飯食おうぜ」
「それもそうだ。バトーは何か注文したのか?」
「テキトーにコイツと同じのにした………って、おい待て。何だその呼び方は」
「ん?バルバトスだと長いし、外出時用の渾名にしてみたんだが」
嫌ならやめるけどと言うと、バルバトスは呆れたようにため息を吐く。
「別に構わねえよ。で、主君『外では晴明呼びで良い』……あー、晴明は何食うんだ?」
そろそろ夕飯時。
このまま米付き定食セットを頼むのもいいが、折角のサウナ後だ。
ここは奮発してアルコールチャージしたい。
「んー、アジフライを単品。あとビールだな」
「はい、水」
いつの間にか水を取りに行ってくれてたセイルが戻ってきた。セイルが注文したものが気になったので、
「サンキューなセイル。なあセイルは──」
「マーボー定食だ。元祖の」
「やっぱり」
セイルに伺うと、ふんすと鼻息を荒げて食い気味での返答。
セイルが麻婆豆腐をチョイスした事に、バルバトスは尋ねる。
「……そんな人気なのか?」
「まあ、美味いのもあるんだが」
晴明とセイルは目を見合わせて、ある人物を思い浮かべる。
「タイゾーだ」「タイゾーだな」
「?」
ドラマ『サ道』おすすめです。
◆
「お待たせしました〜」
セイルは従業員の声に振り返る。
晴明よりも先に注文していた私たちの麻婆豆腐が運ばれてきた。
お盆に乗せられ運ばれたのは、麻婆豆腐(元祖)定食。
ミニサラダ、揚げ餃子が2つと餃子用タレ、味噌汁ご飯。
そして、平たい大皿に主役の麻婆豆腐が鎮座している。
中華料理独特のスパイシーな香りがサウナで空いたお腹の
底から刺激してくる。
「では、お先に」
どうぞどうぞと晴明の返答を聞き次第、レンゲを握り大皿に注がれた麻婆豆腐を掬う。
バルバトスも私を真似て、麻婆豆腐を食べに取り掛かる。
まずは米と食す前に単体で。
赤い輝きをコーティングされた豆腐を十分に冷ましてから一口。
「───アチッ!」
熱々餡に不慣れなバルバトスが冷まし切れぬまま口にしたのか、晴明がバルバトスに水を手渡す。
本来であれば、私も助けるべきだろうが、先ほどの一口で食欲に火がついてしまった。
バルバトスを横目に麻婆豆腐以外にも手を出していく。
揚げ餃子を一つ、箸で掴み上げ、
───カリッ、ザグザグ。
焼き餃子も良いものだが、揚げもまた良し。
何よりこの揚げによるカリカリ食感がたまらない。
もう一つ、今度は付属のタレを付けて。
──ぺとり、ザグザグ
ここの餃子用タレはラー油や醤油などではなく、麻婆豆腐と同じくとろみのついた中華タレ。
パプリカパウダーの入った甘酸っぱい中華ソースに付けて食べれば、味が深くなる。
揚げ餃子もあっという間に食べきってしまい、いざ本題へと取り掛かる。
ここの麻婆豆腐には「本家風」と「元祖風」の2つある。
元祖はガッツリ濃いめの味がついて日本風麻婆豆腐。
これは単品ではなく、米と共に食せば更に上手くなる。
対して本家風は、元祖よりもあっさり目で、旨さの中の純粋な辛さを堪能できる本場風麻婆豆腐。
サウナと水風呂のローテーションで体力とエネルギーを消費し身体が、炭水化物をくべろと訴えている。
一旦味噌汁を挟み、ホカホカと湯気が立っている白米をレンゲで掬う。
レンゲに白米を乗せた状態で、更に麻婆豆腐もすくう。
湯気がたつ白米と熱々のとろみ。
間違いなく熱いのは分かりきっているが、食欲という獣が牙を剥きはやる気持を抑えきれず、レンゲをすかさず口へ。
「───ほっ」
やっぱりまだ熱すぎた。分かりきった結果。
セイルは熱さを誤魔化そうと口の中で試行錯誤する。
義経の八艘飛びの如く口内あっちこっち豆腐が転がされ、次第に熱さが退くと共に、味が広がっていく。
「ふぅ……美味い」
「ん、初めて日本米食ったが、何かと一緒に食うと美味いな」
見ればバルバトスも麻婆豆腐の熱さに対応し、堪能している。
バルバトスは白米が入った器を手にし、その上に直接麻婆豆腐をかけて口に運んでいた。
「今度、バトーを丼ものに連れてくのもアリかもな」
と、食べっぷりを見ていた晴明がそう言うと、バルバトスが反応。
「どんもの?」
「大きな器に米入れて、その上に直接具を乗せた料理でな。まあ、そのまますぐ食えるんで、昔ながらの日本式ファストフードだ」
それも良いなと思いつつ、セイルは手を止めず黙々と麻婆豆腐に没頭。
ここの麻婆豆腐。
その中には豆腐以外にも、野菜が入っている。
それは緑の輝きを放ち、しかしネギではない。ニンニクの芽である。
豆腐と共に運ばれるのは、ニンニクの芽のシャキシャキとした食感と野菜特有の甘味。これが麻婆豆腐に緩急をつけてくれる。
掬う。食べる。掬う。食べる。掬う。食べる。
食べれば食べるほど口に運ばれるまでのスパンが速くなっていき、勢いよく食べると思わずむせてしまいそうに。
ホアジャオの後を引く痺れが心地よし。
辛い、だが、しっかり旨い。
これこそ美味しい麻婆豆腐。
折角流した汗も、麻婆豆腐により内側から温められ、額から汗が落ちる。
……この後、また風呂に行くか。
そんな事を思いながら、最後の一口を口に収めた。
◆
麻婆豆腐を食す2人を尻目に、ずっと食欲を我慢していた晴明は注文の品が届くと共に手を伸ばす。
キンキンに冷えたビールジョッキをむんずと掴み、即座に傾ける。
グビッ、グビグビグビ!とビールを勢いよく喉に流し込む。
「───ッッッッカァア〜〜〜!美味い!」
サウナ後の開幕アルコールは効く!
喉越し爽快!
もう一口ビールを堪能していると、麻婆豆腐を食べ終えたバルバトスが共に運ばれてきたアジフライに視線を向けていた。
「日本のフィッシュandチップスか、これ」
麻婆豆腐も堪能していたのて、食に興味を持ってはくれたのだろう。嬉しい事だ。
バルバトスがそう評した料理はアジフライ。
アジの半身が3切れ、つまりは1匹丸々+半分。
それがパン粉をつけて揚げられ、ビールを装備した晴明にはアジフライが黄金色に輝いて見える。
「試しに食ってみるか」
「良いのか?」
どうぞと一切れ差し出す。
バルバトスは箸で掴むとガブリと噛み付く。
「……美味いな。タラと比べたら硬めだが、十分身が柔らかいな」
俺もビールを置いて、アジフライにガブリ。
ビールで爽快になっていた口に、油と魚の旨味が乗った脂が津波のように広がっていく。
サクサクの衣の中から肉厚のアジ。
魚臭さはなく、アジの旨みがストレートに来る。
揚げ過ぎてガチガチの身ではなく、身がふわふわしてる。
そして、もう一度ビール。
「ふぅ〜幸せ」
今度はタルタルをたっぷりつける。
それを目敏く見ていたバルバトスも気になったのか質問してきた。
「なんだ。卵サラダかと思ってたがソースなのか」
「バトーも試してみな」
ここのタルタルは他とはちょっと異なる工夫がされている。
バルバトスのアジフライにも晴明はタルタルを乗せてやり、バルバトスはそれを食す。
タルタルソースを付けた事で卵の旨味とまろやかさ。そしてマヨネーズなどの酸味がアジと融合してコクのある旨味に。
そして、アジフライのサクフワの食感の他に、何かザクッザクッと小気味の良い音が。
「なんだ?ピクルス……にしては硬いな。それに独特の甘味」
咀嚼を繰り返し、しばしザキザキ食感を楽しむバルバトスに答えを教える。
「らっきょ」
「らっきょ?」
エシャロットなどは聞いた事があるだろう。
エシャロットはらっきょの手前を指す。
意外と日本人でもこれを知ってる人が少ない。
ちなみに、らっきょはニンニクの仲間である。
タルタルソースの酸味によりアジフライの消費はサクサクと進んでいく。
半身3切分もあったのにあっという間に無くなってしまった。
「あっもいう間に無くなっちまったな」
そう言ってバルバトスは店員が回収しやすいように皿を机端に寄せようとし(本当に気が効く)、しかし晴明は待ったをかけた。
「おいおい、まだ残ってるぞ」
「あ?もう骨しかねぇじゃねえか」
訝しむバルバトスを尻目に箸を持つ。
箸がむかうさきあ、尻尾付きの中骨が揚げられて置かれていた。
それを半分にボッキリ折り、口にヒョイ。
バリボリバリボリ
「うめうめ」
「……………」
「……いや、そんな浅ましい子を見た顔しないでよ。骨、骨せんべいなの」
ほら見てみとセイルを指さす。
「うまうま(バリボリ)」
残っていた尻尾付きの方の骨を咀嚼していた。
……あ、バトーがうなだれた。
バルバトスのリアクション見てたら、初対面の頃のセイルを思い出す。懐かしいものだ。
今となっては遠い過去の姿だ。
「なんだ晴明。その目は(パリボリ)」
「いや、別に」
晴明は目を逸らしてビールを流し込んだ。
◆
「今日はここで過ごします」
「あ?帰んじゃねえのかよ」
まあ、別に良いがとバルバトスはそう言って辺りを見回す。
そこには廊下にズラリと並ぶ1万冊以上の漫画が。
この施設は24時間営業で、寝泊まりもできる。
女性専用ゾーンもあるので、安心して寝れる。
そう言って晴明は「明日の朝まで自由行動で」と言い残して再度風呂に浸かりに行った。
「しかし漫画ねぇ。そんなに面白いもんか?」
正直サウナでいい気分なので少し眠気もある。
ただ、同族が熱中している物ということで興味はあり、そして折角来たのだから見ないのも勿体ないかという感情もある。
チラリと横を見れば漫画を物色しているセイル。
ここは経験者に聞くべきかと、セイルに声をかける。
「セイル、何か見繕ってくれよ。おすすめはねぇのか?」
「おすすめ………………あるぞ」
バルバトスの質問に、しばしセイルは本棚の一角にあのタイトルを見つけて満面の笑顔で答えた。
◆
〜朝〜
「……ぅん?…………そっか寝落ちしてたか」
晴明がリクライニングチェアから体を起こし、スマホを見ると7時頃。
周りを見渡せばまだ寝ている客が目に入る。
欠伸をしながら頭をポリポリかき、ふと自分の胸の所に付箋が貼ってあるのに気づく。
「……『朝風呂』……セイルか」
端的にそれだけ書かれた付箋。
筆跡からセイルのものであるのが窺えた。
……俺も風呂行くか。
よっこいせと立ち上がり、漫画スペースを通り抜けようと歩く。
「………………」
「うおっ!?」
何気なしに漫画コーナー横の座席スペースを見ると、バルバトスがこてんと倒れていた。
「どうした?大丈夫か?」
確かに晴明は寝る前に、バルバトスがここに座って漫画を読んでいた姿をチラリと見ていたが、まさか一晩中読んでたのか。
思いがけない光景に何事かとバルバトスに近寄る晴明。
晴明のかけ声に反応は無く、だが観察するとどうやら寝落ちしただけのようだ。
ホッとしながらも、しかし、バルバトスのその顔は何かにうなされているのか眉間に皺が刻まれている。
「一体何が……ん?これは」
バルバトスに視線が行っていたので気づかなかったが、良く良く見ればバルバトスのすぐ近くには20冊ほど、ある漫画が積まれていた。
恐らくバルバトスが最後に手を取っていたであろう1番上にある巻数は22巻。
そして、その漫画のタイトルは「からくりサーカス」
自分もこの漫画の大ファンで、連載当時サンデーを買って毎週楽しみにしてた。
ので、理由分かった。
少し前の漫画なので、初心者が手に取るとは考え辛い。とすると、セイルあたりが勧めたのだろうと予測立てる。
おおよそ確信しながらも、確認のため22巻をめくる。
からくりサーカス。
読んだことが無い人のために、ざっくり説明すると、熱量込められた熱いシーンと涙なしには読めない感動のシーンが盛り沢山の名作。
だが、この漫画は絶望感とキャラの慟哭も凄まじいのだ。
それはもう容赦ない。感性豊かな子供の頃読んだので悪役の笑顔が記憶に深く刻まれている。トラウマと化す子もいただろう。
だが、それでも面白いし先が気になるのので読む手が止まらない。
思うに読む手が止まらず夜通し読み続け、疲労よりも興奮が優っていたが。
22巻で開いたページ。そこには衝撃の展開があり、それを受け止めきれずバルバトスは睡魔もあって倒れるように寝てしまったのだろう。
「う、ぐぐぅあ……」
悪夢でも見ているのか、バルバトスが唸っている。
名作なので他人に勧めたい漫画の1つだが、ただしバルバトスは漫画初心者である。
耐性が無い者にコレを勧めるとは、
「セイルの奴……悪魔だな……」
後でこの漫画を迷わず紹介したセイルを問い詰める晴明だった。
帰宅後
「鬼か」
「待て我が主。私も流石に迷ったが、やはりここは良い物を思い出として」
「20巻頃(中盤)は絶望の節目で、全40巻は一晩じゃ読みきれないの分かっててだよな。おい、こっち向け悪魔。………ちなみに迷ったと言ってたが、他には何を勧めるつもりだった?」
「宝石の国か、メイドインアビス」
どっちも絶望が売りの名作。
「確信犯だよ。何、バトー嫌いなの?」
「いや……正直自分が味わった綺麗な絶望は誰かに同じ思いをして貰って、共感したくないか?」
「それは分かる」
綺麗な絶望って初めて聞いたが、共感する晴明であった。
ちなみに、バトーはその日の内に魔界へ帰らずに、教えてあげた快活へ続きを読みに行った。