10.サウナで有名なスーパー銭湯(熊本) 前編
熊本のサウナ聖地
「あっちぃ〜。コレでまだ6月とか冗談だろ」
外出から帰ってきた晴明。
梅雨独特のジメッとしたまとわりつく暑さに億劫になりながらも足を進める。
……今セイルが部屋いるし、冷房効かせてるはず。マジサイコー
悪魔さまさまだと考える晴明に対して、誰かいれば間違いなくそんな事で悪魔使うなやとツッコミを入れるだろう。
汗で服が貼り付きながらも、何とか自分のマンションに辿り着く。
これで一息吐けると扉を開け、
「ああ〜、涼し〜………くねぇ。クソ暑」
外と変わらず暑かった。
むしろ家の方が暑かった。
……セイルのやつ、エアコン切って外出したのか?
そんな事も考えたが、セイルが部屋の中にいるのは契約の繋がりで分かった。
「おーいセイルー?」
返事が無い中、リビングに繋がる扉を開けると、
「あ」
「………………」
リビングには頭から血を流して倒れている女性と、その側に立つのはセイル。
その手は鈍い輝きを放つ赤に染まっていた。
俺が戻ったことに気づいたセイルは何か言葉を続けようとしたが、
「………ちょっと失礼」
いつもと変わらぬセイルの顔を見て、晴明は手を上げて待ったをかける。
そして無言でスマホ取り出して、
──スッ……トゥルルルルル♪
「あ、もしもし警察ですか」
「待て待て落ち着け我が主」
「いやあああ!口封じされるうううううっ!」
「本当にヤメろ」
「あ、はい……(スン)」
ふざけたらガチトーンで釘刺された
◆
あわや科捜研のお世話になるかと思ったが、よくよく見れば血溜まりとは別の異様さが目に入る。
倒れてる褐色肌の女性、見れば外国人のように見えなくもないが、ニョキッと頭から角が生えてる。
もしかしなくも、悪魔だこいつ。
容疑者であったセイルは、実の所倒れた悪魔の応急処置をしていただけであった。
晴明はホッと一息つく。
「一時的とは言え心臓キュッとなったぞ。死体の後処理とか超面倒くさいし」
「そっちの心配が先に出るあたりやっぱり魔術師だな我が主よ。……そもそも、我が主の防衛術式が発動したせいでこうなったからな」
「明確な敵意や殺傷度高い攻撃に反応するよう設定してただけだし……うわ、エアコンイカれてる」
身の危険が常に隣り合わせである魔術師にとって、拠点に仕掛ける防犯対策は常識であり、それは晴明も例外ではない。
……同業者が気づきにくく隠密性高めるために電力を基点とした仕掛けだったが……考えもんだなこりゃ。
家主の意図通りにしっかり発動したが、その余波でエアコンがヘソを曲げてしまった。
その現状を理解し、うだる暑さが倍増しだ。
恐らく自力で修理出来なくないが、その前にやるべきことがある。
横を見れば、倒れていた悪魔が目を覚ました。
ため息を吐きながら、俺の術式の被害者、つまりは新顔の悪魔に問いかける。
「で、そもそもだが。どなた?」
「……バルバトス。序列8番のバルバトスだ」
……これまた有名どころが来たな
まだ痛むのか、頭を押さえつつ億劫そうにバルバトスは名乗った。
だいぶ威力強めの罠だった筈だが、もう動けるようになるとは。頑丈だ。
晴明は女性の姿であるバルバトスの容姿を観察する。
噂に聞こえしバルバトス。なるほど、男性ではなく女性の姿であることに僅かながら疑問を抱きもしたが、その姿を見れば納得だ。
バルバトスはロビンフットのモデルにもなったと言われており、バルバトスの格好は使い込まれているマントにブーツ、そして一本の羽根が飾られたハットを身につけ、狩人の姿をしている。
それら装飾を着こなし、我が物としているすらりと伸びた肢体。獲物の息の根を刈り取るために鍛えられているのが見てとれ、美しさと共に危険性を孕んでいる。さながら、研ぎ澄まされたナイフか。
身長も晴明とどっこい、いや少し高い。
「女性」である、という事よりも「狩人」「肉食獣」「強そう」「危険」という印象が先に頭に浮かぶ。
アルテミスしかり狩猟の権能を持つ女性というのはおかしな話でもないし、狩場である山や森の権能を持つ女神は日本でもメジャーだ。
この悪魔を女と油断したその時には、気づく間も無く首をもぎ取られているだろうよ。
───だが、そんなビッグネームな悪魔は何故俺ん家で倒れてたのだろうか?
彼女がこの部屋で攻撃しようとして罠で返り討ちにあったということしか分かってないので、答えを求めてセイルを見る。
その視線にセイルは答えながらもバルバトスの方を見る。
「バルバトスがこの部屋で魔法を使おうとしたのは、私との口喧嘩でキレたからだが、……本来の目的は我が主に一言あるそうだぞ」
「一言?なんかしたっけ?」
「違う。何もしてねえからイラついてんだよ。我らが主君」
ドスの効いた声で、そして晴明を睨んで言葉を続けた。
「テメェ……セイル以外全然呼ばねえじゃねえか!」
「……どういうこと?」
───もしかしてセイルばっか構ってヤキモチ?
「やだ照れちゃう」
「殺すぞアホが!普通、職場の上司変わったら一度は下の者と顔合わせするもんだろ常識的によ!」
「え、なんか思ったより真面目な理由でビビる」
アホって言われたけど、ぐぅの音も出ないしっかりした理由に自然な動きでごめんなさいする晴明。
確かに魔導書の正式な所有者になってから全ての悪魔と顔合わせはしていなかったが。
「悪魔にとって上司みたいな認識なの、俺?」
そんなにかっちりしてるん悪魔社会。
セイルにそれとなく聞くと「うーん」と考えてから、しかし、バルバトスの発言を肯定した。
「……まあ、そうとも取れる。ソロモン王も絶対的主従……というよりは雇用契約の形式に拘っていたしな」
「折角準備してた菓子折り、賞味期限が近くなっちまっただろうが!ほら、受け取れ」
「うわぁ本当にシッカリしてるぅ……ナイアガラ並み高低差のギャップがすごいぃ」
「こう見えてコイツ、72柱の中で1番の人格者だからな。というか語尾がおかしくなってるぞ我が主」
菓子折りの用意までしてくれてたとは。
しかもヨックモク、めちゃ好きぃ。
その口調と格好から想像できない礼儀正しさ溢れるバルバトス。4人の王を従えてる言うし、尚のこと上下関係を大事にしてるんだろうなあ。
彼女に対して顔合わせしてなかった申し訳なさを感じるが────しかし、こちらにも言い分がある。
「だってさ〜」
晴明は懐からゴエティアを取り出し、ペラペラめくって再度中身を確認する。
ゴエティアにはそれぞれの悪魔の特徴とかが事細かに書かれている。
それはセイルの「瞬間移動」のような能力や、バルバトスであれば「4人の王を従えている」などの内部情報。
そして、その他に悪魔の「性格・特徴」も書かれていて……
「お前らの中に裏切り考えるやついるじゃん。ガチで命狙う系の」
「「いるな」」
「しかも1人じゃなくて複数。けっこうな数」
「「普通だな」」
………………
「いや、それで気軽に呼べるわけねえだろ」
「我が主よ。『毒を食らわば皿まで』と言うだろ」
「男なら気概を見せろよ」
「乗ってるのが料理ならな。皿に乗ってるの料理が無くて毒オンリーなんだよ。隠れてねえんだよ」
下手すると皿すらなく、毒が皿にどーん!隠す気ゼロ。
悪意満載の奴らなんか呼びたくないのが本音だ………………なのだがなぁ。
バルバトスにこうも言われてしまったからには、いつかは顔合わせはしないと。
「了解したよバルバトス。改めて、土御門晴明だ。今後もよろしく頼むよ」
「おう、よろしく頼むぜ。じゃあ帰るわ」
………………ええ〜?
「………おい、主君。なんだその顔は」
「いや、素っ気なーって思って。折角だし何処か行って親睦深めようぜー」
「……?今の日本人は業務上での宴は嫌うと聞いてたんだが。違えのか?」
不思議そうに言うバルバトスを見て、晴明はちょいちょいとセイルを手招きして耳打つ。
「……あの子本当に悪魔?さっきから好印象しか湧かないんだが」(ヒソヒソ)
「その言い方は悪魔に失敬だぞ。天使と違って悪魔は契約をちゃんと守る律儀で有名だろ。……まあ、取り分けバルバトスは良い子ちゃんだ」(ヒソヒソ)
「聞こえてっぞ。……それで?行くのか行かないのか?早く決めろ」
「OK行こう!店は……ちょい待て。考える」
「あいよ。……おい、セイル。服貸せ」
「魔術で服変えれば良いだろう?」
「俺だってテメェの服を好き好んで着たかねえが、現代の服に疎いからな。あと、ダルい」
「最後が本音だろ。しかし、それなら晴明の服の方がサイズ的に良いだろうし……」
「ならそれだ。不自然にならないよう見繕ってくれ」
……なんか勝手に俺の服が借り出されてるが、今はどこに行くかだ。
普通に居酒屋、ってのも面白み欠ける。
どこにすべきかよくよく考え…………というか暑い。
エアコンが止まったままなので汗が止まらない。
汗を流してから店に……いや、シャワーの後すぐの外は尚更汗止まんなくなるし。
かと言って、服がベタついてるはマジ不快だ。
汗が流した分ビールは美味しくなるにはなるのだが………
「…………汗を流す、か」
その時、逆転の発想が晴明の頭の中で生まれた。
「なあ、バルバトス。今日って一晩中付き合える?」
「あ?時間なら問題ねぇが、どうした?」
「ひとっ風呂行こうぜ!」
「は?」
◆
「ここだ、ここ」
来た所は熊本県熊本市の入浴施設。
いかにもリラックス出来そうな名前が刻まれた看板。
サウナーの聖地と呼ばれるここは、とても有名で某サウナドラマでは最終回の舞台として選ばれた場所である。
しかし、バルバトスは訝しげな表情をしていた。
余談だが、バルバトスの格好はワイシャツにスラックス。男物を着ているが、いやそれが逆にか、海外刑事ドラマの仕事バリバリ出来る女上司感があり、ヤケに似合う。
これもコーディネートしたセイルの腕前か。
「……パッと見、ただの施設にしか見えねえ」
バルバトスは外観を見てホントにここなのか?と言いたそうな表情を向ける。
分かる、分かるよ初見は。
盛えてる街の真ん中にあるでもなく、近くにはドラッグストアとBOOKOFF、そしてセブンイレブンと弁当のヒライと、落ち着いた場所。
建物の外観もこれといって特徴は無く、知らない人にとっては有名な所とは気付けず通り過ぎるだろう。
「ま、入ろうぜバルバトス」
未だ訝しむバルバトスを引き連れて、いざ入店。
足を踏み入れたバルバトスはしばし店内を見回す。
「意外と……というか、内装綺麗だな。もっと年季が入ってるかと思ったぜ」
目の前の受付からしても分かるように、クラシックな黒で統一された清潔感ある落ち着いた内装。
入口近くにはサウナグッズが販売されており、サウナに力を入れているのが既に伝わってくる。
サウナに馴染みが無いと気づかないが、実は自動ドア入ってすぐにサウナストーブがオブジェのように飾られている。
外観からのギャップに、バルバトスの不安はだいぶ払拭したようだ。
「ここは温泉だけの利用か、追加料金で2階スペースも利用出来るか選ぶんだ」
そう説明をしながらロビーで3人分の受付を済ます。
もちろん2階スペース利用のコースだ。
2階には休憩スペースがあり、夜を過ごせる。
リクライニングシートで夜を越すのに抵抗ある場合は、追加料金を払い2段ベットのスペースに眠ることも可能。
余談だが、共有スペースの他に女性専用スペースもあるので、女性でも利用し易い環境が整っている。
「ほい、鍵」
「うむ」
「手につければ良いのか?」
鍵を受け取り、受付横の中央階段を登っていく。
2階へ上がった先、そこにはこの店名に値するリラックス出来る空間が広がっていた。
少し暗めの空間。
そこで館内着を着た面々が、酒を、漫画を、食事を、仕事を、うたた寝を、談笑を、ヨガを、マッサージを、各自それぞれのことをしている。
まさしくリラクゼーション施設。
ガンダーラはここにあったのか。
「やっぱり、2階登れば来たぞって感じがするな」
「おい、何だあれ?ヒモにぶら下がってるやつ」
「ヨガだよヨガ。ヨガスペースもあるんだよここ」
……初見は驚くよな、あれ。
現在晴明たちが居る2階のエリアではレストラン、漫画、マッサージチェアが使用でき、更に事前予約が必要であるがヨガ体験も出来る。
この設備だけでも来る価値はあるが、それでもこの施設1番の売りは別にある!
「セイル、風呂場でバルバトス頼む」
「任された。落ち合う時間はどうする?」
「そうだなぁ……いや、敢えて時間は決めないでおくか」
時間を設定すると、折角リラックスしに来たのに常に時間気にしながら風呂に入ることになる。
「先に出たら飯でも食って待ってようぜ」
◆
更衣室にてタオル片手に素っ裸になったセイルとバルバトス。
セイルはミロのビーナスを連想させる出るとこは出て締まるところは締まっているしなやかな肉体美。
それに対し、バルバトスは強かな肉体美だろう。腹筋は割れており、運動により健康的に絞られた身体。
どちらも同性でも目を惹く優れたプロポーションであるが、認識阻害の魔術により誰も視線を向けない。
「小さい方のタオル持ったか?」
「持ったよ。そんなに世話焼きだったか、お前?」
ロッカーの鍵の仕組みや風呂でのマナー、アメニティグッズの種類などとセイルはバルバトスに詳しく説明をしていた。
「折角の名所だ。ならば、同郷の者には良い思いを持って帰って欲しいだろう」
「…………。丸くなったな」
躊躇いなくそう発言したセイルにバルバトスは心の声が漏れていた。
その言葉にセイルはしばし固まり、腹の肉を摘む。
「………運動はしてるのだが、そうか?」
「そっちじゃねえよ」
不安そうにバルバトスのお腹と自分のお腹を見比べるセイルに、これで何度目かのため息をバルバトスは吐くのであった。
「さっさと行くぞ」
目の前の同族に呆れながらも、バルバトスは風呂への扉を開ける。
扉を開くと、湯による熱をはらんだ空気が体を包む。
そして入ってすぐ2人を出迎えたのは、
「……風呂ってロープがあるもんなのか?」
「いや普通は無いし、そしてあれは水風呂だ」
風呂場のど真ん中に背の高い浴槽。
階段付きの自分の肩ほど高い浴槽も珍しいが、更にそこには一本の太くて長いロープが天井から垂れてその浴槽に浸かっている。
あれについては後々なと言って、セイルはバルバトスをシャワーの方へ誘導する。
「このシャワー、壊れてねえか?ボタン押してもすぐに止まるんだが?」
「そういう仕様だ。それより、ほら」
「お、サンキ……なんだこの泥みたいなの」
「泥だ」
セイルから手渡された小さめな紙コップを受け取ると灰色の泥が入っていた。
何のためにとバルバトスがセイルを見ると、セイルは泥を顔に塗りたくっていた。
「うん?どした、バルバトス(べちょぬりべちょぬり)」
「…………ああ、泥パックか。美容方法の一つだな確か。いきなり過ぎて同僚がトチ狂ったのかと一瞬思ってな」
「ナチュラルにひどいな」
◆
晴明は顔に塗りたくっていた泥を洗い流す。
このスーパー銭湯では風呂場に泥パック用の泥が台に無料で設置されており、利用者はその台から使う分だけ掬って自由に使える。
今は男性も美容に心掛けている時代。
この泥パックサービスはありがたい限りだ。
「うーん……つるつるに、なったかな?」
いかんせん晴明は泥パックとか普段しないので、正直正しい塗り方とかは分かっていない。
それでも、普段やってないことが体験できるのは嬉しいばかりだ。
「さて、風呂に浸かるか」
晴明はしっかり泥を洗い流したか確認して、風呂に向かう。
本来のスーパー銭湯なら風呂がメインだが、この施設のメインは違う。
◆
セイルとバルバトスの2人は風呂に浸かった後、サウナの一室に座っていた。
しゅぅぅぅぅぅぅぅ…………
水が爆ぜ、蒸気が上がっていく音だけが静かに響く。
外からの光は遮られ、明かりがないサウナ内は注視しなければ歩くのもままならない程に暗くされている。
サウナ未経験のバルバトスでも、他のサウナと比べ明らかに暗過ぎるだろうと想像できる。
意図され作り出された闇。
しかし、その中に一条の細く儚い光が天井から差していた。
今にも消えそうな光は、熱気を上げる焼き石を照らしていた。
サウナの一室には平日の昼間とあってかバルバトスとセイルの2人しかいない。
「…………(のそり)」
不意にセイルが動いた。
セイルは光が差す方へ向かうと、そのそばに置いてあった桶の前で立ち止まる。
その桶には水が入っており、柄杓でそれをすくうと焼き石にかけた。
────ジュッウウウウウウウウウッ!!
焼き石が唸りをあげ、更なる熱気がサウナ室に広がる。
数秒後、ムワリと蒸気の熱さがバルバトスに届く。
(…………これは?)
室内の湿度と温度が上がる中、しかし熱の他に清涼感ある香りを感じる。
バルバトスはふと思い出す。
……そういえばサウナの入り口。水に葉っぱついた枝束が浸かった桶があったな。
セイルが掛けたのはその水だったのかもなと考えながら、次第に無心へとなっていき、目を瞑って香りと音に集中する。
汗が沸々と肌に浮き出ては、雫となって下へと流れていく。
光は微か。
広いとは言えぬ空間。
蒸気で満たされ、熱気と湿気が身体に纏わりつく。
これが仕事中、または趣味の最中であれば不快極まりない環境だ。
だが、何故だろうな。
……悪くねえな。
もうしばしサウナを楽しむバルバトスであった。
◆
一方、晴明。
「ぷはっ!……よし、行くか」
サウナで十分に汗を流した晴明は、かけ湯をして水風呂に向かう。
大浴場の真ん中に鎮座する水風呂。
水風呂の浴槽は俺の身長より高く、入るために階段を上がる。
この施設の売りはサウナ。
そしてサウナに欠かせない水風呂も大きな売りとなっている。
晴明は水風呂へ浸かっていく。
足はジンと痺れ、それでも足を止めず奥へと進んでいく。
「やっぱ深いな」
晴明は水風呂内で立っている。それでも、座ってないにも関わらず、水が晴明の胸の位置まで来ている。
この施設の売りである水風呂は、とんでもなく深いのだ。
晴明は更に水風呂奥へと進むと、そこにはまだ下へと続く段差があり、そこへ足を踏み込む。
すると、ガボッと晴明の爪先から頭のテッペンまで水風呂の中へ沈んだ。
しばらくして、伸びた手が天井から水風呂に垂れているロープを掴み、晴明の顔が水風呂から出てきた。
ここの水風呂。
その深さはなんと、水深170cm!(※男子風呂側)
合法的に頭まで浸かれる深さ。
女子風呂側は160cmくらいだったか?たしか。
しかもただの水道水ではない。
天然のミネラルウォーターとして名高い阿蘇の伏流水。
この水風呂にはその天然水が100%使われている。
熊本市の上水道水は地下水で賄われており、政令指定都市としては世界唯一の恵まれた環境といえる。
なんと贅沢な水風呂だろうか。
……ああ、ビバサウナ。
晴明は水風呂を上がり、整う為に椅子の方へと向かった。
熱波のロウリュもいいが、アレに参加すると水風呂は混むし、更に椅子に座れないなんてこともあり得る。
勿体無いと思われようが、俺はあえてロウリュは参加しない。
座ってしばらく、背を預けて完璧に脱力する。
水風呂で冷えていた身体に血液が循環していくのを感じ。次第にほんのり暖かく。
……おお〜きたあぁぁ………
鼓動の音がドクッドクッとどんどん頭に響いていき、頭の中で思考がぐるぐると回っていく。
頭と身体が重く下へ下へと落ちていくのに反し、精神が上へと外れて浮かびそうな感覚で満たされる。
これよこれ。世界的に認められた合法ドラッグ。
初めて経験した際は「あ、やば」となり、ここで死ぬのではと不安になったものだ。
狩りをしていた縄文から進み、健康と安全で包まれた現代で死の恐怖を感じる機会は薄まってきている。
人はそれを求めて、ジェットコースターしかりお化け屋敷しかり、恐怖を、心臓の高まりを売買しているのだ。死が近いからこそ生を実感できる。
サウナとは、このギリギリを体験出来るのだ。
次第に鼓動が正常に戻り、思考もクリアになっていく。
しかし、お前が言うなやと言われるかもだが。
己から灼熱の中に行き、冷水を浴びて心臓に負荷をかける。
リラックスを求めて、負荷を掛けて生を感じる。
矛盾と解放、これこそがサウナだ。
その後も存分にサウナと風呂を満喫し尽くすのであった。
後半は明日投稿