9、名古屋の喫茶店(愛知)
「うげ」
「どうした我が主」
晴明の苦虫を噛み潰したような声にセイルが反応する。
見れば何やら手紙を手にしており、封の印はどこかで見たような……。
「ああ。千葉のホテルに行くキッカケになった手紙か」
以前晴明が読んですぐに燃やした手紙と同じ印が施されている。
「……仕事の依頼。名古屋で神隠しの犯人探しだ」
「その反応から見るに、内容からして断れないのか?」
「内容というより送り先がな」
中を抜き取って送り先が書かれた封筒をセイルに投げる。
パシリと取ったセイルは名前を見ると、
「土御門……下の名は知らない者のだが。土御門とという事は冬華の血族か」
「俺ん家、土御門家の分家でな。といっても分家も分家だが」
その初出しの情報にセイルはチラリと晴明を見るが、晴明は書類に目を落としておりセイルと目を合わせない。
セイルは主の反応にその点に関しては深掘りせず、話を促す。
「ノルマでもあるのか?」
「いや、義務じゃないから断れる。ただ俺が仕事をする上で、土御門の恩恵を受けてる部分あるからな。この仕事やらないと、分家筋というのもあって後々面倒くさいことになる」
「……それはノルマでは?」
「違う。ノルマより厄介な押し付けと言うんだ」
セイルがうへぇとなんとも言えない同情の顔を向ける。
自分の顔なので見えないが、間違いなく晴明もセイルと同じうへぇ顔をしていることだろう。
はあとため息を吐きつつも、送られてきた十数枚の書類に目を通して仕分けする。
セイルはかつての千葉の時を思い出しながら、晴明に訊ねる。
「今回は燃やさないのだな」
「交通費申請書と宿泊費申請書が同封されてる」
ペラーンと紙を見せる。
「……秘密結社のそういう裏側、見たくなかった」
「年末調整とかあるからなあ」
一応表向きは企業として見せてるからな。
最近経費で落としにくくなってんの、どうにかしてくれんかね。
「日本だから古風なのは期待するが、こういうのではない」
「PCで経費申請できればどんだけ楽か」
日本らしいと言えば日本らしいか、と何とも言えない顔をするセイル。
紙のメリット挙げるとすれば、ウイルスでフリーズすることは無いって所か。
ボヤあったら1発だが。
ようやるよ、本家の事務も。
モチベーションは上がらないが、とりあえず遠出の準備する。
「長期の遠出になると思うが、セイルも今回の仕事付いてくるか?領収書必要だから新幹線移動になるけど」
冬華の協力もあり、晴れて土御門を通して正式なライセンスが登録されたセイル。
そのこともあってか、丁寧にセイル分の費用申請書もある。
冬華あたりが気を回してくれたのだろう。
対するセイルは「仕事」よりも「新幹線」のワードに反応したようだ。
「新幹線……それは良いな。一度乗ってみたかったのだ。こういった機会でもない限り乗ることもないし」
そりゃ瞬間移動なんて使えたら乗る必要ないもんな。
どうやらセイルは乗り気になったようで、移動の準備に取り掛かる。
「それでどこに行くのだ?」
「名古屋」
◆
新幹線にて数分で掃除を終わらす清掃員の匠の技術と、カチカチ新幹線アイスにセイル大変感動しながらも、無事名古屋に到着。
そも、今回の仕事の依頼内容は「神隠し事件の迅速な解決」である。
いくつかの女性行方不明事件がそれぞれ関係の無い別々の犯行かと思われていたが、実際には全て同一の人物によって起こされていることが判明。
その事件解決に白羽の矢がたったのが晴明というわけだ。
既に被害者の共通点などから、土御門の情報部で犯人の絞り出しは行われていた。
それから3日後。
深夜2時、名古屋の路地裏でセイルと晴明はぐったりしていた。
「つ、疲れた……」
「あの犯人、人気No. 1ホストに扮して、人攫いをしていたとはな」
「飲みの席で身辺情報の収集に、アフターで人目の無いところへってか……神隠しにはもってこいだな」
神隠しの犯人は客から話を聞き出し、騒ぎになりにくい人物の目星をつけてから犯行へ。名古屋近辺の女性ばかり狙うと足が付き易い為、期間を置きつつ遠くから訪れた者や、引越し間際の女性を敢えて狙い、名古屋を離れてから実行することもあったそうだ。
……まあ、犯人の記憶•情報操作にアラがあったから発覚したのだが。
バレないから安心したのもあるのだろうが、罪はこの度お日様の下へと引き摺り出された。
トドメを刺すべく、監視に臨んだわけだが。
「監視のためとはいえ、まさかホストで働くとは。犯人捕まえるより、ボーイの仕事で疲れたわ」
主に精神的に。
対してセイルは身体的、というか内臓的に。
「あれは肝臓とか諸々壊れそうだが、夢がある」
白い男物のスーツを纏ったセイル(男装ver)は酒で膨れた腹あたりをさすりながら、そう呟いた。
スーツ姿が似合う男装セイルは、ゴキブリが歩いている路地裏であろうと立っているだけで絵になる様であった。
短期間はいえ、ホストクラブに潜入することになった2人。
土御門の補助もありスムーズに雇われたが、俺がボーイで、そして何故かセイルは男装しホストとして雇われた。(ホスト名:セイラ)
……この采配は容姿の差だろうけども、少し悲しい。
とまあ、晴明の心情は置いておき、ホストクラブに潜入した犯人に近づくことができた。
目立たずに容疑者をしばらく監視してから、セイルに囮を頼み現行犯で捕捉する予定、だった。
晴明はセイルの働きっぷりを思い出す。
「セイルにとって天職だったな。この女たらし」
「私としては自然に振る舞っただけなのだがな。ふふっ」
目立たずに居る筈だったのだが、男装のプロで悪魔的美貌、更には乙女心を完璧にキャッチ。
一夜で容疑者を抜いて、その日の売上トップになりました。
そのおかげで2夜目にして、折角の狩場を荒らすセイルを疎ましく思った容疑者がセイルに呪いを掛けようと動いたから現行犯逮捕に繋がって良かったが。
意外と間抜けというか、いや、犯行がうまく行き過ぎて天狗になってたから軽率な行動をしたのだろう。
「女性の好感得るコツとかあんの」
「む?そうだな……感情の共感などもあるが、乙女心なんてマインスイーパーみたいなものだ」
「どゆこと?」
「ルール全く知らない初心者は『急に爆発した』『どこに爆弾あるか分からない』と言うが、ちゃんと節々に情報はある」
「深いな」
そんな雑談をしつつも、犯人の捕縛時に破損した壁や路地を直していく晴明。
既に犯人は再起不能にし、土御門傘下の陰陽師に引き渡しを終えた。
とまあ、ホスト『セイラ』の2日で電撃引退に終わり、伝説は幕を閉じた。
「で、このまま帰るか?」
「いや、一泊する」
折角の名古屋だ。
気になっていた所に行こうではないか。
◆
朝の8時30分。
寝ぼけ眼のまま歩くセイルに声をかける。
「セイル、行き過ぎ行き過ぎ。この小道」
「む。少し分かりにくいのだな」
シャッターが降りた開店前の飲食店が並ぶ通りを抜け、右へ曲がってすぐ。
見逃しそうになる細い石段の小路が横にあった。
「ここよ、ここ」
「……地元民でも、存在を知らなければ素通りしそうだ」
セイルが見つめる小路に、腰丈ほどの喫茶の看板が置かれていた。
【喫茶店 ニューホピー】
喫茶店の入り口が小路にあるのも趣あるが、何より店の建造物が良い味を出している。
セイルは珍しそうに店の外観を観察する。
「外観は和風だが……のっぺりした白い壁は独特だな。系統は違うがギリシャのサントリーニ島を連想する」
「土蔵をリノベーションしてるんだろうな」
「土蔵?」
土蔵とは。
骨組みは木製、外側を漆喰で壁が構成された日本の建造物であり、主に石灰が使われている。
サントリーニ島の有名な白い壁も石灰が使われているが、日本と海外の大きな違いは、日本の漆喰は、石灰の他に麻や海藻などの有機物が含まれている。
漆喰は不燃性に優れ、更に調湿•消臭の機能がある。
また、漆喰は水分が加わると微生物の繁殖を抑制し不活性化し、抗菌効果も含まれる。
ここら辺は多湿な日本に最適な効果であろう。
「今で言うところの倉庫だ」
「ほう、住まいではなく倉庫なのか。随分高性能な倉庫なのだな」
土蔵作るには非常に手間と技術がいるから、今じゃとんと見なくなってしまった土蔵。
しかし、良い外観だ。
実は、この店に関してはホストクラブ張込み時に先輩ボーイ田中君が勧めてくれたので、晴明も初なのだ。
「こう……隠れた店構えとか観ると入りたくてウズウズするのよ俺」
「私も分からなくもない」
仕事も終わり、お腹ぺこぺこも相まって、気持ちが逸る。
ではでは、いざ入店!
◆
扉を開ければドアベルがからんころんと鳴る。
「いらっしゃいませー」
店に足を踏み入れると共にコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「階段を登って頂き、ロフトの席へどうぞ」
カウンター横の木製の階段を登ると、
「おお、意外に広いな」
見れば老若男女で全ての席が埋まっている。
開店から30分しか経過してないが、人気がうかがえる。
「ロフトの席……お、良い所だぜセイル」
見ればさらに奥、階段がありロフトに繋がっている。
ロフトには2組分の席があり、既に1組のカップルが座っており最後の一席であった。
「ギリギリセーフな上に、見晴らしが良い席とは幸先いい」
「朝だから大丈夫だろうと思っていたが、危なかったな晴明」
ホッと一息吐きながら2人は机を挟んで紅いソファーに座る。
「それで何を食べるのだ?」
「名古屋で喫茶店、しかも朝だからな。モーニングだよ」
モーニング。
その言葉にイマイチぴんと来てないセイル。
「それは……まあ、朝だからな。モーニング……あれか?朝食ということか?」
「簡単に言うと、名古屋の大抵の喫茶店は朝の時間はコーヒー頼むとトーストとかが無料で付いてくるんだ」
名古屋のモーニング。
朝限定のサービスであり、コーヒー代だけで更に軽食が付いてくる。
主に、トースト、茹で卵、ピーナッツ、サラダなどが付いてくるが、中には猛者がいる。
お粥だったり、うどんだったり、定食やバイキングもある。
売上回収できるのか不安になるほどのサービス精神旺盛な店も少なくない。
そう説明した後、メニューに手を伸ばし中身を拝見する晴明。
……さてさて、この店はどんな感じだ?
セイルにも見えるように横に開いて、2人で覗く。
「コーヒーは6、700円といった感じか。喫茶店のコーヒーなら無難な値段ではある」
「手描きのイラストってのが良いよな。写真より温もりありそうでさ」
そんな事を言いつつ、モーニングセットのページを見る。
そこにはセットで付いてくる内容がイラストで描かれ、初めて来店した人でも詳細が分かりやすくなっている。
「なあ晴明。この鉄板小倉トースト、美味しそうだな」
「確かに強くそそられる……朝頼めんのかな?いや、モーニングも捨てがたい……うーん」
そのため他のメニューも大変魅力的過ぎて、選択激ムズ。
なんだよこの鉄板小倉トーストって、トーストが黒ゴマトーストで上にあんこが乗っかってるってだけでも美味しそうなのに。
熱々鉄板の上に置かれて、更にアイスとコーヒーシロップだと。ヨダレだらだらもんだろうよ、おい。
「イラストは無いが、鉄板カレーパンに鉄板バナナトースト(夜限定)も……なるほど、金土だけ22時までやってんのか」
「どうする晴明?」
モーニングでなくても、全然こっち頼むのも有り。
しかし、
「……頼みたいのは山々だが、迎え入れるには胃の調子がな……当初の予定通り、今回はモーニングにしよう」
正直ホストクラブでの疲労がまだ残ってる。
食べるのであれば、このヘビー級そうな鉄板トーストを向かい入れるにはベストコンディションで構えたい。
それに田中君が折角勧めてくれたのもある。
今回はモーニングと洒落込もう。
「トースト1枚はコーヒー代のみ。トースト2枚とジャム•小倉付きではプラス160円か。大分安いのだな」
「コーヒー代プラス550円ならカレーか。コーヒー豆で炊いた米……想像出来ねえ」
メニューを見れば見るほど、魅力が溢れてこちらの欲を的確に突いてくる。
モーニングセットも、よくよく見れば「お飲み物代のみ」「お飲み物代 +◯◯◯円」と書いてあるので、コーヒー以外でもモーニングセット可能のようだ。
取り敢えず、2人は悩みながらもトースト2枚のモーニングセットを注文した。
ちなみに2人ともコーヒーに関して疎いので、無難にブレンドコーヒーのホットをチョイス。
注文後はコーヒー豆で彩られた机など、話しをしつつお洒落な店内を観察していた2人。
すると、
「見ろ晴明、鉄板小倉トーストが運ばれてるぞ」
「まじ?……ほんとだ。やっぱり朝から頼めんのか」
ジーと2人で階下で運ばれていく鉄板小倉トーストを眺める。
……やっぱり、実物見るとスゲー美味そう。
「……また来ようセイル」
「だな」
◆
「お待たせしました。お先にこちらモーニングセットになります」
ことりと2人の前にそれぞれ大きめの丸皿とコーヒーが置かれた。
コーヒーカップからの香りが2人の鼻孔をくすぐり、微かに残っていた眠気がすぅと退き、頭の中がスッキリとなった。
そのままコーヒーに手が伸びそうになるが、その前にモーニングセットの内容を観察する。
「しっかりとボリュームがあるな」
「これで160円ならお得すぎる」
丸皿の上にはサラダ、ジャムが塗られたトーストと小倉がのった胡麻トーストが2枚。そして中央にはピッタリ卵サイズの器に乗ったゆで卵が鎮座している。
「この卵の器。カリオストロの城でも出てたけど何て言うんだろうな?」
「それはエッグスタンドだ、晴明」
「あ、直球なネーミングなのね」
新たな知識を身につけながらも、フォークを手に取っていざ実食。
まずはサラダから。
サラダには胡麻ドレッシングがかけられたキャベツの千切りときゅうりの薄切り。
そして、横にそっと添えられたポテトサラダ。
フォークで無造作にキャベツを刺し、口に運ぶ。
──ザクッザク、シャキシャキシャキッ
取り立てて普通なサラダだが、奇をてらってない無難な味付けと噛んだ時の音が、疲労した体に良い。
ポテトサラダも一口。
ポテトサラダはマヨネーズが控えめで、芋の味が強めである。
居酒屋だともう少し塩味かマヨが欲しくなるところだが、今は朝。
くどくならないこの控えめな味は見事な采配だ。
ひょいひょいとフォークは進み、あっという間にサラダが消えてしまった。
次はゆで卵。
ゆで卵をむんずと掴み、殻を撒き散らさないよう慎重に割っていく。
……よくセイルはあんなスムーズに剥けるな。
セイルを見れば既に剥けきっており、ゆで卵を頬張っている。
「……(モグモグ)。晴明、塩」
「サンキュー」
セイルより受け取った塩を一振りして、俺もガブリ。
「お!」
ひとかじりして思わず声が。
中は半熟な君かと思っていたが、ハードボイルドの黄身とは。嬉しい誤算だ。
半熟卵は好きだが、最近はどこに行っても半熟に出会う。
久しぶりに会うしっかり硬派卵。
むせないように、ゆっくり咀嚼して味わう。
ゆで卵も完食。
「さてさて、次はメインのトーストだ」
「私は胡麻トーストから頂くとしよう」
「なら俺はシンプルな方から行こうかな」
ジャムが乗ったトーストを手に取り、そして驚く。
トーストの厚さは親指の第一関節を超える程厚く、しかしとてもフワフワなので軽い。
たまらずガブリ。
───ふわっ
分かってはいたが、ふわふわな食感。
ジャムの微かな酸味を伴った上品な甘味、そして咀嚼をしていくと、奥からトーストに染み込んだバターの旨味がじんわり口に広がる。
基本、家だと米だから、こういった機会じゃないとジャムトーストを食べない。
……久々に食べると、米じゃなくパンもいいなって思っちゃうなあ。
なんて思いつつ、トーストをもう一口頬張ると、胡麻トーストを堪能していたセイルから声がかかる。
「晴明。胡麻トーストの方も美味しいぞ」
「んむ?………ん、どれどれ」
胡麻トーストはジャムが乗ったトーストに比べると厚さは負けるが、それでも充分厚い。
胡麻トースト胡麻トーストと連呼しているが、内容としては黒胡麻が食パンに練り込まれており、口へ近づければ仄かに胡麻の香りが食欲をそそる。
そして、その胡麻トーストの上一面に隙間なく小倉が贅沢に塗られている。
……もう、食べなくても分かるやつやん。
出てくるよだれを抑えながら一口。
練り込まれた胡麻が口の中でぷちぷちと音を奏でながら、モグモグと十分に味わい、飲み込む。
「……うん。やっぱり美味いやつだ」
折角の胡麻トースト。
小倉の味で胡麻の味がまるっきり隠れてしまわないか不安だったが、それは杞憂であった。
小倉は優しい甘味で、あずき本来の味を感じられる。
そして噛んでいけば、小倉による甘味の中から胡麻の風味が広がる。
「以前食べた福田パンでのあんバターとはまた異なるのだな。あんこの甘さが控えめだ」
「それにバターも少ない分、豆の味が感じやすい」
そう話し合いながら、お互い更に一口。
胡麻とあんこの風味のマリアージュ。
合わないはずが無い。
そして、甘味の余韻が口内に残っているうちにコーヒーを手に取る。
セイルも同じくしてコーヒーを手に取り、口に運ぶ。
……朝にコーヒーを飲むだけで、何でか優雅な気分になるんだよな。
それが気の休まる相手と一緒なら、殊更気分も上がる。
そう思いながら、カップを傾ける。
コーヒーも程よい酸味と苦味。
小倉の甘さを強調するために、あえて砂糖ミルク無しのブラック。
コーヒーに関して恥ずかしながら詳しくはないのだが、これは分かる。
「「……ふぅ」」
この一杯から漂う香りにより、至福の時間が作られている。
喫茶店のコーヒーは一杯のお値段が600円で、敷居が高いと感じる人もいるであろう。
だからこそ、このモーニングのシステムは素晴らしい。
モーニングがあるからと喫茶店のコーヒーを飲み、コーヒーの魅力に気付く人もいるはずだ。
……なんて講釈たれてしまったが、要約すると、
「……落ち着くな」
「……そうだな、晴明」
日々の喧騒を忘れ、コーヒーの味を堪能する2人であった。
◆
喫茶店での時間は、気づけばあっという間に終わってしまった。
ゆで卵、サラダ、
厚めのトースト(胡麻とプレーン)2切れ、
小倉orジャムorバターから2種類選択、
そしてコーヒー。
これで一人当たり、コーヒー代と追加分で770円。
他の店のモーニングなら400円でトースト・サラダ・ゆで卵など付いてる最高な店もあるが。
落ち着いた趣ある場所から満足感溢れる朝を始められるのだから、別ベクトルの最高だ。
ここでの時間を過ごせたのなら、とても安いものだ。
「さて、今日も頑張りますか」
そう言って小路から出ようと階段を降りようとした際、角から出てきた男性とぶつかりそうになる。
「───ああ、ごめんなさい」
「いえっ、こちらこそすみません!」
謝罪しようとした晴明であったが、気弱そうなその男性の顔を見て一瞬動きが止まった。
その男性はこの喫茶店を勧めてくれた田中君であった。
「……ほら、晴明。そこで立っていると邪魔になるぞ」
「ん?ああ、そうだな。どうぞどうぞ」
「す、すみません。ありがとうございます」
そう言って他人行儀に、田中君は店の入り口に向かい入店した。
来客を知らせるベルが鳴り、扉が閉まってから晴明はボソリと呟いた。
「こちらこそありがとう」
「……しっかり記憶が消されていたな」
はっきり言ってしまえば俺らは裏方、つまり異物。
こういった仕事の後は、決まって土御門の掃除部隊が懇切丁寧に痕跡を消去する。
完全に消すと記録に空白が生まれ、異質が際立つ。
そこで完全に消さず、この数日の出来事は誰かいたかは覚えているが、顔と名前を思い出せない処置が施されている。
……食の嗜好とか近くて話に花咲いたんだがなあ。
悲哀の念は晴明の内に無く、こればっかりはしょうがないと諦観していると、何やらセイルがポンと手を打ち納得した表情に。
「……ああ、なるほど。何故主に友達がいないのか分かった」
「いないじゃなくて、少ないな」
ここ重要。
「共通の趣味で盛り上がっても大体一般人。距離置かざるをえないか、記憶消去。ふむ、さもありなん」
「この業界って食に時間割くやつ、とことん希少なんだよ」
そんな時間あったら、研究か技術の邁進に没頭する方が無駄がないと考える輩ばかりだ。
食に拘る者もいるが、それは高級嗜好という意味合いで、キャビアトリュフフォワグラ的な。
何とか食の嗜好が近くても、殺し合う仲なんてことも。
「冬華はこっち側なんだが、気軽に飯も行けんし。ほんと、セイルが居て良かったわ」
100%本音で言うと、セイルはしばししてから手で顔を抑えた。
「どした。照れたのか」
「……本当にこの男、飯の為だけに我らを気軽に呼び出したのだなと再認識して」
「ああ、そっち……」
久しぶりに呆れられてただけでした。
その後、ぶらぶら名古屋観光して、味噌カツを食べに行った2人であった。
最近になり、モーニングセットが世界情勢から小説内の値段より値上げしております。