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塩の剣  作者: 風雷
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第七章 塩の剣(2)

 ロマヌゥの死から五日、ヴィユーニは自分を支配する陰鬱さに嫌気がさしていた。


(後悔しているのか?)


 寝台の上で寝そべりながら、自分の手を見つめる。

 別にあの少年に恩義を感じていたわけではない。ロマヌゥは勝手に自分のことを泊めると言いだしたのだし、決して勝てない勝負を挑んで来たのも向こうの勝手だった。だが、それにしては妙に寝覚めが悪い。殺さずして退かせる方法はいくらでもあったはずだからだ。

 最初、ヴィユーニはロマヌゥを殺すつもりなど毛頭なかった。あの少年はどこかレーヴィに似ていたし、何より実力に見合わない気概すら感じた。だが、ロマヌゥの挑戦はヴィユーニに殺人を意識させた。そしてその通りになっただけのことだった。

 ヴィユーニの不愉快は、あるいはロマヌゥ程度の相手に傷を負ったことにもあった。カエーナやルーンのような手練れを相手に、ヴィユーニは一滴の血も流さず勝利した。クーンを訪れる前――塩原においてもそれは同じだった。

 夜風に当たりたくなったのは、そういったわだかまりが鬱陶しくなったからだろう。

 南区の繁華街は王都クーンが北方文明の中心地であることを感じさせる賑わいである。街を歩くのはほとんどクーン人だが、褐色肌のナバラ系奴隷や金髪碧眼のペイルローン系商人も多く闊歩かっぽしている。ヴィユーニは交易都市ボリアに少しだけ似ているこの南区の空気を好んだ。


「ちょいと、お兄さん!」


 後ろから明るい声で何者かが話しかけてきた。見るにナバラ系であり、歳は相当に若く見える。


「何か用か?」

「何か用かじゃないですよ。南区を若い男が一人でうろうろしているなんて、声をかけられない方がおかしいってもんです」


 男は妙に意味あり気な顔つきでヴィユーニの袖を取る。


「ささ、行きましょう。お安くしておきますよ」


 そう言われて初めて、ヴィユーニは男の目的を理解した。


(ああ、そういうことか……)


 何ということはない。娼館の呼び込みである。


「ナバラ系が好みですかい? それなら上物が何人も入ってますよ。ペイルローン女はちと高いですが、お兄さんには少しおまけするように言っておきます。ささ――」

「悪いがナバラ女もペイルローン女も飽いていてな」

「ありゃ、クーン女がご所望ですかい? それでも構いませんよ」


 男は半ば強引にヴィユーニの袖を引っ張る。ボリアでは女が直接道に立って男を誘うのだが、どうやらクーンの娼婦はボリアほど仕事熱心ではないらしいのが少しおかしかった。

 男が少し煩わしくなってきたヴィユーニは袖を振りほどいて断ろうと思っていたが、どうやら店はすぐ近くにあったらしく、男の方が先に袖を放してしまった。


「こちらです。どうぞ――」

「悪いが――」


 そう言いかけたヴィユーニは、店の二階からこちらを見下ろす者の視線に気づいた。

 見上げた先には、一人の女が窓辺から顔を覗かせていた。闇に溶けるような黒髪に、月光に映える美しい肌をしている。

 その女の傍に銀髪の少年の姿を見た時、ヴィユーニの心に小波が立った。


「ロマヌゥ……?」


 そのようなはずもあるまい。ナバラ系の遊女か、あるいは童僕かも知れない。

 気づけば、店に足を踏み入れていた。彼は呼び込みの男に問われるままに、たった今二階から自分を見下ろしていた女を指名すると、そのまま甘い香に抱かれるように奥へと進んで行った。

 呼び込みの男はヴィユーニが店の中に案内されるところまで見届けると、二件隣の酒場まで駆け込み、出入り口近くの卓に着いていた男に小声で話かけた。


「たった今、釣れました。カルカラ様に報告を――」


 そう言われた男はすっくと立ちあがり、店先に停めてあった竜に跨った。

 後に大陸中の吟遊詩人に歌われることになる、長い一夜の始まりである。


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