表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塩の剣  作者: 風雷
38/48

第七章 塩の剣(1)

 剣神ウラの弟子は五人とも十人ともわれる。他ならぬ剣翁ロセもそうであるという噂があるが、事実ではない。弟子の誰も師の驍名ぎょうめいを越えることができず、その多くが師より先にこの世を去った。ウラは齢七十七まで生きたが、最晩年の弟子が王都クーンにいるという噂を聞いて、一人の青年がその男が住まうとされる小屋を尋ねた。青年の名はラァムといった。

 質素な小屋である。人が住んでいるのは確かだが、生活のにおいが感じられない。言うならば、気配が薄い。


「あんたが剣神ウラの弟子かい?」


 勝手に戸を開けて入るなり、酒気がラァムの全身を覆った。小屋の奥では一人の男が卓上の酒瓶を傾けていた。中は薄暗く、顔までは見えない。不思議と、ラァムは部屋を満たす酒の匂いを不快に感じなかった。彼が酒屋の息子というのもあるが、何より匂いに惰気がなかった。

 男は無言である。ラァムには気づいているようだが、相手にする素振りすらない。


「外の様子を知っているか? クーン正規軍が大敗し、このままだと王都に蛮族が雪崩れ込んで来る。戦が始まる前に調子の良いことを言っていた連中は、賢い者は都を捨て、阿呆は残って泣き叫んでいる。平時は己が力を誇示した者達も、戦となれば皆病や怪我を装う。ウラの弟子もそうなのかい?」


 言葉に棘がある。いや、罵詈ばりに近いだろう。


「このままではクーンは滅ぶ。あんたも剣神ウラの弟子なら、剣とは何のためにふるうものなのか、よく考えてみろ」


 すん――と、小さく鼻を鳴らす音。男は静かにラァムを笑った。


「興味ない。クーンが滅ぶのならば滅べば良い」

「……あんたも滅ぶ!」

「滅ばぬさ」


 そう言って、杯の酒を飲み干す。干せばすぐに次を注ぎ、さらに飲み干した。うわばみ(・・・・)である。やがて、杯に注ぎ切る前に酒が尽きた。そこで男はまだいたのかという様子で、初めてラァムの顔を見た。

 美男とは言い難い。大柄でも小柄でもない。ただ目つきだけが鋭い。己の内に潜む刃を抑える術を持たぬ若者である。韜晦とうかいを知らぬ歳の若者であれば、ラァムという男はさぞ眩しく見えるだろう。


「雑兵を斬るのも飽いた。戦力が欲しいなら他をあたれ」


 これで更に男に対して興味を覚えるところが、ラァムの人のさであろう。

 次に投げかける言葉を見つけるまでの間、ラァムは薄暗い部屋の中を眺めていた。


「これは――剣? いや、鞘か」


 剣士の家に剣が飾られてあるのならば何ら不思議はないが、ただ鞘だけがかけてあるのは奇妙である。これら六本の鞘(・・・・)は装飾が派手というわけでもなく、美しくもなんともない。奇妙な趣味というべきだろうか。


(いや、これは――)


 よく見ると、鞘に銘が入っている。いずれも違う刀匠のものである。その中にラァムでもよく知る名があった。


「刀匠オーボ?」


 天下の名匠の名を口にした途端、男の意識がラァムに向いた。


「中身は?」


 なるほど、オーボの鍛えた剣であれば、飾りもしよう。だが、何故鞘だけなのか。


折った(・・・)


 ただの一言。それが、ラァムという男の満腔まんこうに痺れとして広がった。オーボの剣を折る。何故そんなことをするのか。


(折ったのではなく、折れたのだ。ウラの絶技に武具が負けたのだ!)


 まるで雷に打たれたように、ラァムは立ち尽くした。先程の男の沈黙よりも長い時間、壁を眺めていた。そして、ひとつ妙なことに気づいた。

 壁にかけた鞘は六本だが、壁の留め具は七つある。ひとつ、飾られるべきものがない。いや、恐らくここには何かが飾られるはずだった。


「あんた、負けたのかい(・・・・・・)?」


 自嘲にも似た低い笑い。男は、静かに新たな酒瓶から酒を注ぎ、ラァムを招くようにして卓上に置いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ