第六章 臆病者のロマヌゥシア(4)
翌日、三代団長ルーンはクーン剣士団の主だった者を議場に召集した。
集まったのは団長ルーン、テーベ、カルカラ、ミトラの四人である。
ルーンは三角巾で右腕を吊るし、左手で杖をつきながら辛うじて歩いている。普段は鞘を杖代わりにしているが、さすがに今の状態では歩くのに難儀したのだろう。傍らには彼女を補佐するサシャの姿がある。
ルーンが席に着くと、他の三人も椅子に腰を下ろした。早速、ミトラがルーンに向けて言う。
「カエーナは欠席します。代わりに私が参りました」
「許可しよう。アヴィスの姿が無いが?」
ルーンに話を振られたカルカラは首を振った。
「昨日から全く連絡が付かぬ。ミトラの方がよく知っているのではないか?」
「いえ、私は何も――」
「負けたのがこたえて田舎に帰っちまったんじゃないか?」
軽口を叩いたテーベをカルカラが睨む。
「おお、怖い」
「アヴィスの件は聞いた。ミトラ、お前が部下を貸したようだが、何故止めなかった? カルカラ、お前もだ」
と、ルーン。
「まあ、待て。ココを殺され、カエーナが負けた。その上団長をいじめられたとあっては、黙っている方が無理な相談だろう? まあ、皆自業自得ではあるが――」
「テーベ、貴様!」
カルカラの叱声など笑い飛ばさんばかりに、テーベは大事な会議の場であるにも関わらず、爪を研いでいる。
「自業自得と言われれば、返す言葉もない。だが、私の件に関してならもう解決した」
ルーンに、皆の視線が集まる。
「こういうことだ」
ルーンはサシャが献上してきたヴェムとロローイの首について話した。カルカラ以外の皆がにわかには信じられぬという風に首を傾げた。
「ヴィユーニではなかったのか?」
「あの者なら私が打ち倒したと言っただろう?」
ルーンが目語すると、サシャが卓上に何かを置いた。折れた剣である。
「ヴィユーニのものだ。疑わしいならカエーナに確認してみるのだな。寝込みを襲った下衆の首も我が家の門前にかけてある。これも気になるなら見に来るがいい」
テーベがひゅう――と、口笛を鳴らし、左隣に座るミトラに耳打ちした。
「これだからクーン女は怖い」
あるいは普段のミトラなら吹き出すところかも知れないが、今の彼は表情を崩さず、ルーンを注視している。
(誰も信じてはいまい……)
ココやカエーナ、更にはアヴィスを一蹴するような手練れをルーンが打倒できるとは到底思えない。ミトラが訝ったのは、他の面々の表情に微妙な暗さを見たからだ。
(まさか……信じるのか、こんな妄言を?)
団長の力量に信を置かないミトラを責めるのは酷だろう。この場において彼だけはあの夜に居合わせなかったのだから。だが、テーベやカルカラとて、結論だけはミトラと同じだった。ルーンはヴィユーニに敗北した。
何故ならば、ルーンが勝っていたのなら、ヴィユーニが生きているはずがないからだ。
「そのヴィユーニだが、団長に敗北して以後、一旦は王都を離れ、すぐに引き返した」
「財布でも忘れたのか?」
カルカラが喋るたびに茶々を入れるのはテーベの悪い癖である。
「引き返した先が問題だ」
「……シャオか」
「警吏総督はヴィユーニを逮捕するわけでもなく、南区の宿を提供している。これでは『どうぞ剣士団と喧嘩して下さい』と言っているようなものだ」
「カルカラの言う通り、シャオは明らかに我々を挑発している。これに乗るほどの愚行は無いだろう」
ルーンの言葉に、すかさずテーベが反発する。
「団長が言わんとしていることはわかる。だが、傭兵一人相手にこのざまでは、クーン剣士団の看板に傷がつく」
「テーベ、最初にクーン剣士団を愚弄したのココだ。それを忘れるな」
いつになく険しい顔つきでルーンが言うと、カルカラがそれに乗じるように畳み掛けた。
「実際に手合せした団長の意見では、ヴィユーニからこちらに喧嘩を売るような真似はしないだろうということだ。これに関してはカエーナも同じようなことを言っていた」
「それで、手をこまねいて見ていろと?」
「そういうことだ。団長はヴィユーニに勝利し、その勝利を穢した不届き者は誅殺された。下々の剣士達にも徹底して周知しろ。我々の敵はヴィユーニではない。剣士団の解体を企む警吏総督であり――」
「カルカラ!」
ルーンの叱声に、カルカラがハッと息を呑む。
(王か……)
誰が言わずとも、ミトラはカルカラが最後に言いかけた言葉を理解した。
「まあ、いいだろう。カルカラも不出来な副隊長にきつく言っておけ。だが、次に何か起これば誰も剣士達を止めることなどできんぞ。覚悟しておくことだ」
テーベが半ば脅迫じみたことを言ったが、ミトラが見るに彼は軽い言動とは裏腹に、自分から火の粉を振り撒くような愚を犯さない。恐らくルーンとしては、テーベの説得が最も困難だと思っていたのだろう。その証拠にミトラの意見など眼中にないように、ほっと胸を撫で下ろしている。
(俺は蚊帳の外か?)
そう思ったミトラは大人しく黙っている性質ではない。
「カエーナ隊にも徹底して周知しておきます」
何気ない言葉だったが、恐らくミトラの力量に不安を感じているだろうルーンに意識させるには十分だっただろう。
「そう言えば、カエーナの復帰はいつぐらいになりそうだ?」
この言葉が聞きたかった――と、ミトラは心中でほくそ笑んだ。
「胸の傷が深く、ひと月は立てぬと医者は言っておりました」
「ならばミトラ、その間はお前が臨時で隊長職に就け。辞令は追って下す」
「了解」
ルーンの何気ない一言にカルカラは眉をピクリと動かしたが、彼が反対する理由は無いと思っているミトラは余裕の表情である。
「嫁を貰ってその上昇進とは、小僧はヴィユーニに感謝しないとなぁ」
案の上、テーベが茶化すと、ルーンも興味を示したようである。
「おや、結婚するのか?」
「このような時分故、今すぐにとは行きませんが――」
「かまわん。吉日を選んですぐに娶ってしまうといい」
ミトラにとって、この言葉ほど予想外の収穫はなかっただろう。相手が二代団長エリリスの娘であると知れば、ルーンはともかくカルカラあたりが警戒しそうなものだが、ルーンという女は決して前言を翻さない。それがミトラにとって追い風となった。
「それでは今日はこれで解散だ。私は家で静養するよ」
ルーンは小さく欠伸をすると、サシャに連れられて議場を後にした。




