第五章 七本鞘(6)
二人の男が夜の野を奔っている。途中、何度も振り返りながら、その度に恐怖と疲労で顔が歪む。
遥かに王都へと至る街道が見える。ここは本来人が通る道ではない。それなのに二人は竜を捨ててひた奔った。
「畜生! ロローイ、お前がいらぬことをしたせいで!」
男の一人――ヴェムが前方を走る男を罵る。
「奔れ、ヴェム。話はそれからだ!」
ロローイの息も絶え絶えである。二人は肩ほどの高さまで野草が生い茂っている場所まで来ると、大きな岩の陰に身を潜めた。
ザッ――ザッ――と、追跡者の足音が近づく。それは二人が息を潜めるすぐ傍で一度止まり、恐らく周囲を見渡した後、更に先へと向かっていった。月が満ちかけているが、草間に隠れている分には見つかりはしないだろう。
ヴェムは地に伏せながら、月光に照らされた追跡者の姿を見た。
闇に溶けるような黒衣である。頭には幾重にも布を巻いていて、わずかに黄金色の長い髪が漏れ出ている。
追手の気配が消えてからしばらくの間、二人は微動だにできなかった。ロローイがわずかに顔を上げて周囲が無人であることを確認するまで、ヴェムは生きた心地がしなかった。
ようやく人心地ついたヴェムが口を開く。
「見たか、ロローイ? ありゃ一体何なんだ?」
「黒装束に黄金の髪。ありゃペイルローンの暗殺者だ」
ペイルローンの暗殺者と聞いて、ただでさえ血の気の引いていたヴェムの顔色が更に蒼くなった。ペイルローンは東海岸を拠点に大陸全体に展開する商家集団だが、自らの国家を持たない彼らは独自に武装している。特に南国でも恐れられているのが、ペイルローンの武装組織が養成した暗殺者である。ナバラ王国の要人で彼らの毒牙にかかったと噂される人物の名を挙げると瞬く間に両手の指が足らなくなる。
「何故、ペイルローンが俺たちの命を狙う?」
ここはクーン人の王国である。だが、そこにすらペイルローン系の商人が進出している。ヴェムが問うたのは、ペイルローン商人の恨みを買った覚えはないということだ。
「恐らく雇われたのだろう。まさか、ここまで徹底しているとは思わなかった。こうなれば南海を越えてナバラまで逃げるか?」
「畜生! 畜生ッ! 小金に目が眩んだせいで――」
突然、ヴェムの声が途切れた。驚いて振り向いたロローイの表情が、一瞬にして恐怖に凍りついた。
ヴェムはまるで磔になったように大岩に背をぴたりと当てたかと思うと、そのまま首を引っ張られるように徐々に腰を上げた。両手で首をかきむしりながら、声にならない呻きを上げるヴェムの首が中ほどで急に萎んでいた。まるで見えない糸に吊るされた人形のように――
「うああっ!」
悲鳴をあげたロローイの見上げた先に、漆黒の衣に身を包んだ者の姿があった。
第五章「七本鞘」了
第六章「臆病者のロマヌゥシア」へ続く




