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塩の剣  作者: 風雷
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第四章 狂剣乱舞(6)

「どうしてこうも、剣を振る輩には阿呆が多いのか?」


 ヴィユーニと対峙したルーンは呆れたように言い捨てると、手に取った剣を抜き、鞘を投げ捨てた。

 ヴィユーニは右手で長剣を握り、やや脱力した姿勢で立っている。対してルーンは剣を両手持ちにやや左手に下げて構えた。膝下まで伸びた野草が剣先を隠している。


(重心がおかしい)


 構えを見ただけで、ヴィユーニはルーンの異様さを感じ取った。踏み込むべき左足に体重を乗せず、右足に体重がかかっている。それは良いのだが、あまりにも重心がわかり過ぎる。ヴィユーニが半歩詰めると、ルーンは右足が前にくるように一歩下がる。その際に何かがきしむ音がしたのをヴィユーニは聞き逃さなかった。


(義足か?)


 剣翁ほどではないにしろ、数々の伝説に彩られた三代団長ルーンが義足であるという事実は、初見で彼女の力量を見切ったつもりのヴィユーニを更に落胆させた。


「しっ!」


 先に動いたのはルーンである。女はまるで風に背を押されたかのように体を揺らしたかと思えば、それこそ突風のようにヴィユーニに向かって突っ込んできた。


(速い……が)


 カエーナとは比較する気にもならない速度である。ヴィユーニはルーンの突きに対応するまでの間に、敵の動きを細々と分析する余裕まであった。


(ココの方が柔らかい)


 義足でよくぞここまでの踏み込みを見せるものだと感嘆すべきところかも知れないが、互いに剣を持って戦う以上、そのようなことを考慮する必要はない。ルーンの体は抱けばきっと綿のように柔らかだろうが、彼女の身のこなしよりココの方が遥かに軽く、柔軟であった。


(打ち落として終わるか)


 旅の終わりを惜しみつつ、ルーンの剣を叩き落そうとした刹那、視界から敵が消えた。


「おっ――!」


 驚嘆は思わず声となって漏れた。視界はわずかに上方に跳んだ影をとらえていた。ヴィユーニは咄嗟に屈みこみ、振りおろしかけた剣の勢いを利用して背を庇った。

 鼓膜に響く金属音は、ヴィユーニの中で一つの歓喜として弾けた。


びやがった!)


 百戦錬磨のヴィユーニでも、頭上から攻撃を受けたのは初めてである。ルーンの跳躍は明らかに人間の能力を越えている。

 振り向き間際、ギィ――といった何かがきしむ音とともに、ルーンの突きがヴィユーニを襲う。ヴィユーニはこめかみをかするようにそれを避けると、背なに回した剣を打ちおろす。あるいは相手がカエーナであったならば、ヴィユーニはその必殺の返し斬りによって絶命していたかも知れない。

 ルーンは既に跳躍し、軽々とそれを避けた。


蜚剣ひけんという。憶えておけ」


 敵に手の内を明かす余裕を見せたルーンに苦笑すると同時に、ヴィユーニはまた防御に回らざるを得なかった。直上からの攻撃がこれほど不得手だったとは、彼自身驚きであった。そもそもそのような奇抜な戦法を使う者は、ボリアには存在しなかった。

 突き殺せばよいではないか――と思いがちだが、相手も体重をかけての突きを繰り出してくるのだ。勢いがあり、下からの攻撃を弾きやすいのもルーンなのである。

 ヴィユーニはルーンの裾が翻ったところを、まるで思春期の少年のように凝視した。

 彼が観ていたのは義足である。次いで驚いたのはその異様な形状にあった。鉄や木の棒を足に付けた簡素な物とは違い、ルーンの義足は乙の字に曲がっており、地を踏み込む瞬間、しなやかに折れ曲がってバネの役割を果たしていた。これが、彼女の跳躍力を倍増させていたのだ。一体どのような強靭な樹木を用いればこのような兵器じみた義足が出来上がるのか。今それを考えている暇はない。

 ルーンの着地点から飛びのき、そこを狙おうとするのだが、敵は着地の衝撃を利用してまた飛蝗ばったのように跳躍する。巨漢のカエーナではこうもいかないだろう。体重が遥かに軽いルーンにして初めて成せる芸当である。


(だが――)


 ヴィユーニは懐をまさぐると、投擲とうてき用の短刀を取り出し、跳躍を始めたばかりのルーンに向かって投げ飛ばした。ルーンはそれを当然のように払い落とす――が、着地前の一瞬の隙をついて、ヴィユーニが襲い掛かる。


「甘いぞ!」


 ルーンは敵の斬撃が繰り出されるより前に地面を踏み込み、ヴィユーニに突進する。跳躍時の勢いもあって、この時の速度はカエーナの突進にも劣らない。

 カエーナのような膂力と、落竜覇らくりょうはのような神速の切り替えしがルーンに備わっていれば、彼女の剣はヴィユーニに届き得ただろう。ヴィユーニが彼女に対して取った行動は、それだけでルーンがココやカエーナよりも数段劣る剣士であることを如実に表していた。

 突進したのである。ルーンの突きを剣の腹で反らしつつ、ヴィユーニは女のふくよかな肉体に抱きつくにはあまりにも荒々しい速度で、ルーンに激突した。


「あぅっ!」


 地面に尻もちをついたルーンの視界が瞬時に奪われた。覆いかぶさるようになったヴィユーニが左手で目を覆ったのだ。彼はそのまま腰に差した短刀を抜くと、ルーンが暴れ始める前に冷たい切っ先を首元に当てた。

 勝負あった。


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