第四章 狂剣乱舞(4)
明くる日の朝、来客があった。
ヴェムとロローイである。カエーナと一悶着あってからは、とばっちりを恐れたのか全く姿を見せなかった二人だが、ヴィユーニがロマヌゥの家に宿泊していることをどこかから聞きつけたらしく、わざわざ顔を見せたのだった。
「いきなりあのカエーナと喧嘩おっ始めたって言うんだから、そりゃ驚きますって」
笑いながらヴィユーニの肩を叩いたのはヴェムである。対してロローイはずっと無言だ。
「そういえば後金を払っていなかったな」
ヴィユーニが想像するに、二人が昨日姿を晦ましたのは間違いなく剣士団を恐れての事だろう。その危険を冒しに来た理由は何かと考えてみると、ロローイのがめつさ以外に思い当たらない。案の定、ヴィユーニが財布から金貨を取り出すと、彼の表情がわずかに和らいだ。
ヴィユーニはこれで二人と別れるつもりだったが、ヴェムが妙なことを言いだした。
「都内は無理ですが、近郊の名所なら案内できますよ」
「名所?」
「見晴らしのいい丘があるんでさぁ。伏竜殿と呼ばれてます」
「郊外に宮殿があるのか?」
「随分昔は貴族の別荘がありましたが、ナバラとの戦争で焼けちまいました。今は野原ばかりがありますが、あそこの景観には心を洗われますよ」
王都には観光目的で来たと言ったものの、ヴィユーニにそのつもりは毛頭ない。ヴェムには悪いが、ここは断って泊めてくれそうな宿を探してもらおう――と思ったところ、ロローイがヴェムを押しのけるようにして、ヴィユーニの耳元で囁いた。
「普段は退屈極まりない名勝地だが、三代団長ルーンは時折あの場所で遊んでいる。今日を逃せば次は遠い」
ヴィユーニは思わずロローイの顔を見た。まるで目的を見透かしたかのような言い様に驚いたのだ。
(どういう意味だ?)
目で問うも、ロローイは答えようとしない。ヴェムは気まずそうに次の言葉を探している。
「なるほど、そういうことか」
剣士団は任侠より性質が悪い――とはロマヌゥの言だが、まさしくその通りだ。これは団長ルーン直々の呼び出しに違いない。
「よし、行こう」
即決。確実に罠であると断言できる。だが、ヴィユーニの好奇心は死地に赴く恐怖に勝った。いや、元より生涯不敗の男であるから、そのような自覚すら無いのかもしれなかった。
ロマヌゥに別れを告げて、ヴィユーニは伏竜殿へ向かうことにした。ヴィユーニは事情を話さなかったが、彼が未だに王都を去らないことがロマヌゥには不満だったらしく、
「無茶するなよ。今日はお袋を弔うだけで精一杯だ」
と、遠まわしに説教を垂れた。
王都南門を出てから二十分ほど騎竜で駆けると、見晴らしの良い丘に着いた。
「我々は竜を繋いできますから、適当に散策なさって下せぇ」
そう言って、ヴェムとロローイは――穿って言えばこれ以上先に進むことを拒んだ。
「あそこに一本杉が見えるだろう?」
ロローイはヴィユーニの目的を心得た様に、丘の向こうを指差した。そこに何があるのかは一切口にしない。
ヴィユーニは二人に謝すと、一本杉に向かって歩き始めた。
(伏兵は無しか。いや……)
周囲に人の気配を感じない。だが、先日のカエーナとの戦いにおいては、あまりに距離があったとはいえ、一人の射手を感知し損ねたことがヴィユーニにとっては不満である。
カエーナに止めの一撃を与える瞬間、左手から空気を切り裂く何かを感じたヴィユーニは、咄嗟に後方へと飛び、カエーナを斬りつつ剣でそれを払った。手応えから飛矢であるのはすぐにわかったが、射手のいる方を見ると、二百歩は離れた向こうで点のような人影が目に入った。
(あんなに遠くから狙えるのか!)
去り際のカエーナが乱入者に向かって呼びかけたことで、ヴィユーニは射手の名を知った。
――神弓のテーベ。
「剣翁の孫達」の一角で、クーン剣士団を二分する勢力の一つであるテーベ派の首魁である。これまで神速で戦場を駆けてきたヴィユーニは、飛矢を警戒したことなどほとんど無かった。眼前で射られるならまだしも、相手の表情すらわからぬ遠さからヴィユーニに回避を行わせたという事実が、テーベの力量を如実に示していた。
かつて、ボリアで出会ったクーン商人は、剣士団最強の候補にカエーナ、シャモレイオ、アヴィスを挙げ、その上に団長ルーンを置いた。この中でヴィユーニが実力を確認したのはカエーナだけだが、ココやテーベの人間離れした武技を知った今となっては、クーン語で神と同じ意味を持つルーンという女もまた、ヴィユーニの興味を惹くには十分だった。
そのルーンを視界にとらえた時、ヴィユーニは妙な鼓動の高鳴りを感じた。




