ハッピーハッピーニューイヤー
残り1秒でのキス。
突然の出来事に、きっと梅ちゃんはきょとんとすることだろう。
そうなったら、俺は彼女を真っすぐに見て言うしかない。
きみのことが、ずっと好きだったと。
ハルはそのように考えていたが、現実は違っていた。
『ハッピーハッピーニューイヤー!』
TVでにぎやかに新年が祝われる中、食堂は静まり返っている。
短いキスを終えてハルが顔を離したとき、確かに梅子は真顔だった。
突然のキスに驚く様子も、照れる様子もなかった。
ハルは、彼女に思いを告げるべく、口を開きかけた。
それを遮るように、梅子がそっと手を添える。
2度目のキス。
それはハルからではなく、梅子からだった。
炬燵から膝立ちになり、その唇をハルに重ねた。
新年を祝う特番。
紙吹雪は、既に散ってしまっていた。
*****
ハルは、自室のベッドで目を覚ました。
部屋は、柔らかい光で満ちている。
時計を確認すると、既に11時を過ぎていた。
どうりでやけに明るいわけだと、ハルは納得する。
彼はベッドにうつ伏せになり、うんと伸びをした。
足先が、掛布団から飛び出してくる。
そのまま再び布団に伏せると、隣にいる梅子を見る。
まだ眠っている彼女の色白の背中は、呼吸のたびにかすかに動いているのが分かる。
その中央にある背筋は、絶妙なラインを描いて布団の中に続いていく。
ハルは、その何にも覆われていない梅子の背中を、しばらくじっと見ていた。
書き物机の椅子には、黒いスウェットと、小花柄の服が引っかけてある。
昨日どうやってここに来たか、ハルは実はよく覚えていなかった。
ただフラッシュバックのように、様々な場面がよみがえる。
布の触れ合う音。
スプリングのきしみ。
時おり耳に届く、絞り出したような声。
すがるように、胸元をつかむ手。
触れた内ももの、温かさと柔らかさ。
呼吸。
汗。
そして。
ただ思い出すだけでも五感が刺激されるような感覚を覚え、ハルは大きく息をついた。
体は、ぼんやりとした倦怠感に包まれている。
ハルは、梅子の背筋に指を置いてみる。
そのまますっと下に動かしてみても、梅子は眠ったままだった。
次は、鼻先をうなじの辺りに押し付けてみる。
鼻が冷たかったせいか、梅子が大きく身じろぎをした。
そのまま深く息を吸い込むと、梅子の匂いが鼻腔をくすぐる。
首にあたるハルの毛がくすぐったいのか、梅子はまだぼんやりしながらも笑っているようだった。
ハルは彼女の腰に両腕を回して密着し、耳元に話しかけた。
「梅ちゃん、おはよう」
「んー」
梅子は、まだ完全には目覚めていないらしい。
幸せそうに、むにゃむにゃしている。
「梅ちゃん、もう昼前だよ」
「そろそろ起きて、お雑煮食べようよ」
そう言うと、一拍置いて「食べる」の返事が返ってきた。
「あけまして、おめでとうございまーす」
いつものように食堂で向かい合って座り、ハルと梅子は簡単に新年の挨拶を済ます。
小さなお重に盛り付けたお節をつまみ、雑煮を食べる。
去年と、何ら変わりのない元旦であった。
初詣に行こうかという案も出たが、お腹も膨れているし、今日はゆっくり過ごそうということになった。
再びハルの部屋に戻り、DVDを見ることに決まる。
着替えた梅子は、クリーム色のニットワンピに黒いタイツを履いている。
「何でこういうのにするの?」
梅子が持ってきたのは、ホラー系の作品だった。
モキュメンタリーというドキュメンタリー風の手法を取って作られたもので、登場人物たちが謎の怪奇現象に巻き込まれていくという話らしい。
「だって…ずっと見たいと思ってたけど、一人じゃ怖いんだもん」
正月早々見るようなものではない気がしたが、梅子の要望が通る結果となった。
さっき起きたばかりのベッドに、だらだらと横になる。
一人と一匹は付かず離れずな距離を取って、ごろごろしている。
梅子は集中しているようだったが、手持ち無沙汰なのか、無意識にハルのしっぽをいじっている。
ハルはホラーにはあまり興味がないので、ただ梅子の横に寝転がっていた。
それはそれで、楽しいものではあった。
ベッドの柔らかさにだんだんと眠気が誘われ、ハルはごそごそと布団の下に潜り込んだ。
『キャアアアアアアアーッ』
TVから聞こえる悲鳴で、はっとして目を覚ます。
どうやら、少し眠ってしまっていたらしい。
DVDはちょうど終わったようで、画面にはエンドロールが流れている。
「ごめん、寝てた」
「どうだったの?」
ハルが感想を尋ねると、梅子はディスクを取り出しながら言った。
「うーん、オバケが出てこないのが逆に怖かったよ」
「本当の話みたいだった!」
「最後はね、女の人が引っ張られていっちゃうの」
何だかよく分からなかったが、ハルはふんふんと聞いておくことにした。
「わたしも昼寝しようかな…」
梅子は、小さなあくびをする。
「どうぞ」
ハルはそう言って、掛布団を持ち上げた。
一瞬ためらうような表情をした梅子だったが、ぎこちなくハルの隣に滑り込む。
「ねえ、どうしてそっち向くわけ?」
朝もそうだったが、梅子はハルに背中を向けている。
「だって…」
「だって、何?」
「…恥ずかしいんだもん」
梅子は、背中を向けたまま呟くように言う。
「恥ずかしいの?」
「うん」
「そっか」
ハルは、梅子を後ろから抱きしめる。
「ハル、わたし、もう寝る…」
あまりよく見えないが、どうやら相当照れているらしい。
対してハルは、一度こうなってしまうと、特に恥ずかしいとか照れるということはなかった。
「どうぞ」
「俺はもう眠くないから」
そう言って、布団の中で、あちこち手を動かしてみる。
「ハル、くすぐったい」
「そう」
ハルは、おかまいなしに続ける。
ハルと梅子は、並んで布団にくるまっていた。
梅子は、相変わらずハルに背中を向けたままだった。
外は既に薄暗く、部屋もずいぶん暗い。
「ハル…好きなの?そこ」
不意に、梅子が聞く。
ハルは、ぴたっと閉じられた梅子のももの間に手を差し込んでいた。
その感触を楽しむかのように、ときどき手を動かしている。
「うん、柔らかいし」
「じゃあ、胸とそこだとどっちが好き?」
「あー、それは甲乙付けがたいわ」
ハルは笑った。
「ねえ、ハル」
「うん?」
「お腹空いた」
「えー、梅ちゃん、燃費悪すぎだよ」
「だって、ハルが疲れさせるから」
「…すみません」
そう言われると、立つ瀬がなかった。
「じゃあ、ごはん炊くから…レトルトカレーでいい?お節の残りもあるし」
「うんうん」
もう少しこのままじっとしていたかったハルは、夕食は手抜きにすることにした。
梅子は、それでも構わないようである。
「ねえ、そっちにわたしのタイツある?」
「えー、どこだろ…ないけど」
「もー、ちゃんと探してよ」
「下がスースーするんだもん」
「スースーしとけばいいじゃん」
「暖めてあげようか」
「…」
梅子はやれやれという感じでため息をつき、何も言わなかった。
ようやくベッドから起き上がったとき、丸まった黒いタイツが布団の間から転がり落ちた。
予告通り、夕食はレトルトのカレーとお節の残りをつまむ形になった。
梅子はいつも通りに美味しそうに食べ、満足した様子だった。
食後、ハルと梅子はいつものように並んで後片付けをしている。
ハルには、梅子にまだ言わなくてはいけないことがあった。
「梅ちゃん」
「何ー?」
流しで食器を洗いながら、梅子が言う。
「あ、あのさ」
「うん」
ジャーッと水の流れる音が、ハルにはやけに大きく聞こえる。
「あの!」
水を止めて、梅子はハルを見る。
そのまま何も言わずに、ハルの言葉を待っているようだった。
「あの、俺」
「梅ちゃんのこと、好きです…」
結局、今に至るまで言えずにいた言葉だった。
「好きなの?」
「え?」
「大好きじゃなくて?」
真顔で梅子が聞いてくる。
「だ…」
「大好きです…」
言われるままに訂正してしまう。
もちろん、嘘ではないのだけど。
「ほんと、梅ちゃんはここぞってときに肝が据わって困るよ」
「何よ、それ」
「布団の下では、恥ずかしがってこっち向かないくせに!」
そう言って、ハルは梅子をくすぐる。
「もー、やーめーて!」
梅子が笑いながら言う。
ハルは、幸せだった。
「悔しいけど、ヒューさんには感謝だな」
「何の話?」
「ううん、こっちの話」
*****
「っしゅん!」
温泉地では、浴衣姿のヒューイがくしゃみをしていた。
「プリンスさん、湯冷めですかー?」
「いやー、誰かが噂しているのかな?」
逆ナンパされたグループと甘味を食べながら、ヒューイは笑って言った。
『ヤジマ作戦』は、おそらく成功しただろう。
これで、またハルくんをイジるネタが増えたなあ。
満面の笑みで、ヒューイはあんみつを頬張るのだった。




