躾は最初が肝心です!
両親から婚約者の話を聞かされたのはつい一週間前のことだった。
丁度私の15歳の誕生日を迎えた直後だ。
相手は我が家と同等の伯爵の位を持つ家の次男で、私より3歳ほど年下の男の子だそうだ。
まあ相手がどのような人であれ、私には否という言葉の選択肢などない。
むしろこの年まで婚約者がいなかったのは奇跡のようなものだったし、私の友人の皆さま達もほぼ婚約者持ちで学園の卒業を待って結婚となるのが通常。
それに…政略結婚が当たり前の立場で、下とは言え、3歳差なのは、幸運だ。
友人の中には、父親より年上の後妻に迎えられる方やまだ生まれたての赤子に嫁がなくてはいけない方もいるのだから。
なので、年も近い、家の格差も無い、次男ということで婿に入りこの家を継いでくれるであろう方が婚約者だというのは幸運である。
まあ、相手の性格や容姿など気にならないわけでは無いが、そのようなものは最早二の次だ。
贅沢は言うまい。
大切なのは家同士の繋がり。
一族、領地の繁栄。
そのための結婚。
--大丈夫、わかっている。
「はい。承りました。」
温度の感じられない私の返事に、お父様は「うむ。」と満足げに頷き、お母様は「あとで私の部屋にいらっしゃい。」と艶やかに微笑んだ。
「失礼します。」
軽くノックをし、母様の私室へ足をすべらせる。
お母様は私の姿をチラリと視線で確認し、ゆっくりとティーカップをテーブルへと戻した後、私をソファーへ座るよう促す。
我が母ながら、相変わらず一つ一つの仕草が優雅な方だなと感心する。
「レーナ。いえ、エレーナ。貴女にこれを。」
愛称ではなく、改めて名前を呼ばれたことに一瞬驚愕しながらも、渡された書類に目を通す。
内容は、先ほど伝えられた婚約者の情報だった。
「レイ・ノースブルック…。」
名前を見てもいまいちピンとこない。
ただぼんやりと文字を追っているという感じだ。
「なかなか容姿は優れているらしいわよ。良かったわね。ただね…。」
そこには書かれていないのだけれど…と続いて言われた情報は、
奥様ネットワークにて得ている彼の評価だった。
自意識過剰。
男尊女卑。
12歳にして、すいぶんと尊大な性格に育っているらしい。
うん、なかなか面倒そうなお相手ですね。
そして奥様ネットワークとは、よくわかりませんが、なかなか楽しそうな予感がします。
「エレーナ、お相手を変更することはできません。わかりますね。ですが今後の夫婦生活を円満にさせるためのアドバイスを与えてあげることは出来ます。」
とニコリと微笑むお母様に、私は期待を胸に同じような微笑みを返した。
※※※
爽やかな風が吹き、庭に咲き誇る花々の甘い香りを運んでくる穏やかな昼下がり、婚約者との初顔合わせは我が家で行われた。
最初は両親を交えて簡単な挨拶と当たりさわりの無い世間話。
そして、場所を変えて、二人だけの庭でのティータイム。
その間、レイ様はずっと無言で不機嫌な顔を隠そうともしなかった。
いきなり両親に決められた婚約に納得していないのだろう。
その気持ちはわかる。
だけれども、それを態度に出すのはいかがなものか。
しかも相手の両親や本人の前で、だ。
12歳といえども貴族の一員なのに、自覚がなっていない。
これは…躾がいがありそうですわね。
チラリと周りに視線を送り、メイドや侍従の位置を確認してから、未だ不機嫌な婚約者に声をかける。
「レイ様、あちらに我が家自慢のバラ園がありますのよ。ご案内してもよろしいでしょうか。」
今にも否と答えそうだったが、笑顔で無視し強引に連れて行った。
さて、この辺でよろしいでしょうか。
レイ様を引きずりながら少し小走りにして、着かず離れずなメイド達をふりきり、バラ園に突入する。
我が家のバラ園は迷路になっており、中まで入り込んでしまえば、外からは見られない。
「ちょ!ちょっと待て、いきなりお前はこんなところに連れてきて何する気だ?!」
立ち止まった途端、いきなりレイ様が口を開いた。
あら、今日一日絶対口を開かないと思ってましたからびっくりですわ。
ですが…。
「お前ではありませんわ。私の名前はエレーナ。レーナと呼んでくださっても結構ですのよ。」
「はっ、ふざけんな!ババアの名前なんて誰が呼ぶか…って、うわっ!!」
お前呼びですら、アウトなのにもっとダメなババア呼びが加わりましたね。
私はまだ15歳になりたてのピチピチですわよ。そろそろ教育的指導しても良いですわよね。
即座にそう判断し、レイ様が感情のままに叫ぶ途中でひょいと足をかけそのまま肩を押し、後ろに尻もちをつかせた。
「あらあら、そのババアに転がされるなんて無様ですこと。」
クスクスと笑いながら、更に怒りで顔を赤くし、立ち上がろうとするレイ様の鳩尾に思い切り膝蹴りを入れる。
あら、少しスカートが捲れてしまいましたね。はしたないってお母様に怒られてしまいますわ。
「グッ、ゲホッ。」
少しはしたない行動でしたが、膝はばっちりとレイ様の鳩尾にはまったようで、綺麗な顔を苦しそうに歪めて蹲っておりますね。
さあ、ここからが肝心ですわ。
お母様の教えに基づいて、きっちりと未来の夫の躾を致しましょうか。
「さあ、躾の時間ですわよ、レイ様。」
…。
……。
………。
「エレーナ様、レイ様、そろそろお戻りを。」
遠くからメイドの呼ぶ声が聞こえてくる。
あら、教育的指導に夢中で、時間が結構経っていたのに気が付きませんでしたわ。
チラリと視線を下に向けるとほんのりと頬を赤く染め、恥じらっているレイ様が地面に転がっている。
ふふ、大分短時間でしたが、躾は成功のようですわね。さすがお母様です。
「うふふ、わかったていただけたかしら?私のこと。」
私の問いに乙女の様にさらに頬を染め、コクコクと頷いているレイ様。
「良い子ね。これから政略とは言え、婚約者となるのですから。仲良くやりましょうね。」
レイ様の目の前に手をすっと差し出すと、慌ててレイ様は立ち上がり、服についた汚れを払ってから、跪いて私の手の甲にキスを落とした。
それを見ながら、艶やかに笑ってみせた。
躾方法は、ご想像にお任せということで…。