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とある女騎士達の会話

作者: @素朴

女騎士達が会話するだけの短編です。

一万字あるので、中途半端に時間持て余している時にでもどうぞ!

「ねぇ……最近くっころってあんまり聞かないわよね」


 勤務中唐突に口を開いたのは、お姫様の護衛に配属されて三年目の女騎士だ。


 露出多めの鎧に身を包む彼女は、綺羅びやかな金髪が自慢の女騎士である。


 スタイルに自信があるのだろう。最近登用が増えてきた女騎士の中でも、ヘソ出しスタイルの鎧を身に付けているのは彼女一人しかいない。


 ちなみに二十八歳、独身、彼氏なし。


 ヘソを出していられるのも時間の問題だ。


「はぁ? 突然なんだよ」


 それに答えるはもう一人の護衛の女騎士。こちらも配属三年目で、ヘソ出し女騎士とは同期である。


 真っ赤な髪に勝ち気な印象を与えるつり目。


 粗野な話し方だが、実力は折り紙付き。並の男性騎士であれば歯牙にも掛けないほどである。


 ちなみに最近の悩みは、男性騎士よりも逞しく育ってしまった太ももだ。


「だから、最近くっころって聞かないわよねって」


「いや、言ってる意味はわかるんだけどよ」


「じゃあ何よ」


「はぁ……まぁ、最近は魔物の動きもあまりないし、平和そのものだからなぁ」


 彼女達は今、通常の勤務であるこの国のお姫様の護衛だ。


 とはいえ、お姫様は基本的に一日中部屋に篭っているため、彼女達は部屋の外、扉の左右に直立不動で立ち続けている事が主な仕事内容だ。


 王族の護衛をする騎士が、勤務時間の最中に私語など許されない。


 しかし、この時間王や王子などは公務をしており、今この場には彼女達二人と、部屋に篭っているお姫様しかいない。


 配属されて三年。多少の私語は誰にも咎められないことを知っている二人は、遠慮なく仕事と関係のない話をし始める。


「平和なのはいいことなんだけれどねぇ」


「刺激がないっちゃそうだけどな」


「別に刺激が欲しいわけじゃないわよ。くっころが欲しいのよ」


「いや、意味わかんねぇし」


 赤髪の女騎士のそっけない態度に、金髪の女騎士は少し拗ねたような表情を作る。


「マッチーが冷たい」


「マッチー言うな。あたしの名前はマチルダだ」


「知ってるわよ。長ーい付き合いだもの。腐れ縁ってやつね」


「けっ」


 赤髪の女騎士ことマチルダが不貞腐れた姿に、金髪の女騎士は少しばかり溜飲を下げた。


 金髪の女騎士が言ったように、彼女達は三歳からの付き合いだ。


 お互い本気で拗ねていたり、不貞腐れている訳でないことはわかっている。


「で、話戻すけど、マチルダは最近くっころしたって女騎士の話聞いたかしら?」


「いや、聞かねぇなぁ……リリアンヌは?」


 リリアンヌと呼ばれた金髪の女騎士は、少々勿体振る素振りをする。


 うーん……。と言いながら人差し指を下唇に当てる仕草は、ある種妖艶さを感じさせる。


「ないわね」


「勿体振っといてそれかよ」


「最初に言ったじゃない。最近くっころって聞かないわよねって」


「お前のそういうとこ嫌いだわー」


 大げさなくらい大きなため息を吐く同僚を見て、リリアンヌは優しく微笑む。


 そんなリリアンヌを見て、マチルダも思わず笑顔になった。


「マチルダはくっころってやったことある?」


「ねぇなぁ」


「知ってるわよ。どこの勤務地に行っても、配属になってもあなたずぅっと横にいたもの」


「それ、お前にも言えることだけどな」


「ほんと、腐れ縁よねぇ」


 しみじみといった具合にそう言ったリリアンヌは、不意にアンニュイな表情を浮かべる。


 そんなリリアンヌに、マチルダはどうしたどうしたと顔を覗き込む。


「はぁ……くっころしてみたいわ」


 突然そんな事を言うリリアンヌに、マチルダは心配して損したと内心ため息をついた。


「何言ってんだよ」


「だって、折角女騎士になったのよ? 一回くらいくっころしてみたいと思わない?」


「そりゃまぁ……そうだけどよ」


「でしょ~。もうそのために女騎士になったと言ってもいいくらいだわ」


「それはないわ~」


 厳しい訓練や難しい試験を経て、やっとなることができる騎士。


 そんな大変な思いをしてまでなったにも関わらず、くっころしたいために騎士になったとリリアンヌは言う。


 バカな同僚のアホな発言に、マチルダは呆れたように笑う。


「てかくっころを使う状況ってあれだろ」


「えぇ、あれよ」


 言葉を濁し、どっちが先に言うんだと牽制し合う二人。


 やがて先に口を開いたのはマチルダの方だった。


「オークとか山賊とかに捕まって、苗床とか性処理道具に使われる時だろ」


「そうそう! その時に……くっ……殺せ! って言うのよ」


「まぁ、殺してもらえねぇんだけどな!」


「そうなのよ! 結局女としての尊厳をずたずたにされちゃうのよね!」


「お前なんでそんなにテンション上がってるんだよ」


 くっころを話題に話せることが嬉しいのか、リリアンヌは食い気味にマチルダに話しかけている。


 ここが王族の生活圏だということは忘れているだろう。


「リリアンヌ的にはどういうシチュがいいんだよ」


「んー、やっぱりオークかしら」


「ゲヘヘー! オデノコドモヲウメー!」


「ぶふっ! あははははは! ちょっ、めっちゃ似てる! あはははははははは!」


「それは嬉しくねーなぁ! ははっ」


 マチルダのオークのものまねがツボにはまったらしく、リリアンヌはお腹を抱えながらヒーヒー言っていた。


 嬉しくないと言いながらも、マチルダも同僚が大笑いしてくれていることには満更でもなさそうである。


「ヒーっ、お腹痛い」


「冷えたんだろ、ヘソ出してるから」


「ち、違うわよー……ぷふっ」


「んで、オークっつーとあれだろ。囲まれて、グルグルされるやつ」


「そーそーそれよそれ」


「オークのきったねぇピーであたしらのアーンをズキューンされるんだろ? で、泣き叫んでも気絶しても、代わる代わるズキューンされるやつ」


「まっ、女騎士にとっては常識よねぇ……てかあなた、なんで自分でピーとかアーンってモザイク入れてるのよ。ズキューンに関してはモザイクにすらなってないわよ」


「ズキューンに関してはあたしも言ってから、これはないわって思ったから言うな」


「あら、マチルダちゃんってば乙女ね。ズキューン!」


「「あははははは!」」


 女三人寄れば姦しいと言うが、彼女達は二人だけで騒がしい。


 勤務中で、私語などしていれば怒られる職に就いているにも関わらず、微塵も堪えることなく笑い声を上げる二人。


 くっころの話題で興に乗ってきた二人は、ちょっとしたことで笑ってしまう。


 ちなみに、箸が転んでもおかしい年頃という諺があるが、それは女性の十代後半の事を指す。これでも二人は二十八歳である。


「はー、笑ったわ。ところで、あたし達女騎士は、オークに並々ならぬ期待を持ってるよな?」


「愚問ね」


「けどよぉ、実際オークに捕まって、いざズキューンされるってなった時に、オークのピーがちっさくて短かったらどうするよ」


「ちょっと、ズキューンやめてよ、ジワジワ来るわ」


「わりぃわりぃ。で、実際どうなんだよ」


「そんな血も涙も無いこと言わないで頂戴。絶対ビックサイズに違いないわ」


「なんだよその確信……まぁ、生娘のリリアンヌには、ちっさくて短かい方が痛くなくていいんじゃねぇの?」


 マチルダがそう言った瞬間、リリアンヌは整った顔を歪める。


「は、はぁ!? 誰が生娘よ! ち、ちち違うわよ!」


 明らかな動揺は肯定だとマチルダは受け取った。


 そもそも肯定などされなくても、三歳の時からの付き合いだ。リリアンヌが未だ男性と付き合ったことが無い事は知っている。


「そういうマチルダだって処女でしょ!」


 もちろんリリアンヌもマチルダの事はよく知っている訳で、当然のようにブーメランが突き刺さる。


「ち、ちげぇよ! あたしは自分より弱い男に抱かれたくないだけだ!」


 やったらやり返される。


 幼馴染に隠し事と嘘はできないのである。


「あなたより腕っぷしの強い男って……騎士団長か副団長くらいじゃない……」


「おっさんはやだなぁ……」


 お互いに放った言葉の拳は、ノーガードでお互いの頬を撃ち抜いた。


 先程までのテンションが嘘のように、二人はがっくりと項垂れる。


「この話は止めようぜ……」


「そうね……」


 少しの間無言だったが、リリアンヌが何かを思い出したらしく、そうだわ! と手を叩いた。


「私ね、ちょっと許せない事があったのよ」


「あん?」


「くっころって女騎士の特権よね」


「当たり前だろ。男との縁がなさ過ぎて頭おかしくなったのか?」


「あなた一言多いのよ! ……じゃなくて、最近、というか結構前かららしいんだけど、姫騎士っていうのが存在するらしいの」


「姫騎士だぁ!? なんだよその欲張りセット! 姫か騎士かどっちかにしろよな!」


「そうなのよ! ほんとムカつくわよね! でもね、その姫騎士……使うらしいの」


「使うって……まさか!?」


「そう! 姫騎士はくっころを使うのよ!」


「ナンダッテー!」


 グッと拳を握りしめ、怒りを顕にするリリアンヌ。


 そのリリアンヌの衝撃的な話を聞き、マチルダは目を大きく見開いた。


「なんだよそれ……許せねぇ……!」


「わかるわその気持ち。わたしもその話を聞いた時腸が煮えくり返ったわ」


 二人の瞳には、憎悪にも似た怒りの感情が浮かび上がっていた。


 くっころは女騎士にのみ許された特別なものだと、二人は認識していたのだ。


 そこに現れた姫騎士という存在。二人からすればそれは、自らの獲物を横から掻っ攫おうとする泥棒猫にしか思えないのだ。


 謂わば敵である。しかも強敵。


 自分達は女の騎士でしかない。故に女騎士。


 しかし、姫騎士は姫でありながら騎士なのだ。


 力の差は歴然。核の違いは圧倒的である。


 怒りに感情を支配された二人だが、やがてその差に愕然とし、落胆する。


 勝ち目はないと。


 そう悟った二人が次に取った行動は、慰めである。


「ま、まぁ、うちの姫さんなら大丈夫だろ」


「え、えぇ、そうね。一日中部屋に引き篭もってるうちのお姫様なら、間違っても騎士なんてできないもの」


「だよな! 姫さんひょろひょろだしな!」


 実際お姫様は線が細い。


 ひょろひょろと言うには語弊があるが、厳しい訓練をこなしている二人からすればひょろひょろだ。


「そうね……ただまぁ、あれだけ食べておいて、しかも引き篭もりなのにあんなに細いのは納得いかないけど」


「わかるわぁ~」


「しかも皆、何故かお姫様は病弱とか噂しているけど、あんなにガッツリ食べる人は絶対に病弱じゃないわよ」


「それもわかるわぁ~」


 二人はほぼ一日中お姫様の部屋の前で護衛をしている。


 そのため、彼女の部屋に運ばれてくる食事の量を知っていた。


 その量は、身体が資本でよく食べる二人にしても、あれは食べきれないという量なのだ。


 目測で成人男性の五倍はあった。それが毎回食べ残しなどなく、お姫様は平らげているのである。


 そんな食事量で、尚且引き篭もりなのに、お姫様には贅肉と思しき肉が付いていないのだ。


 二十八歳女子には納得いかないのも無理ないことだろう。


 ウンウンと頷き合い、お互いの思いを共有している二人に、第三者から声がかかった。


「二人とも何を話しているのよ……」


 鈴の音のような、聞けば誰もが心穏やかになるはずのその声は、完全に呆れていた。


 現在この場にはマチルダとリリアンヌしかいないはずだ。


 それなのにも関わらず、自分達に声がかけられ、二人は大げさなくらいに驚き、扉から後ずさった。


「おおう!? ビックリした」


「し、心臓に悪いわ……」


 声の主は、彼女達の護衛の対象。


 この国のお姫様であり、つい先程まで話題の中心だった人物だ。


 そのお姫様が扉を開け、心底呆れた様な、はたまた困惑気味に眉を寄せ顔を出していた。


 引き篭もりで有名な彼女がこうして声をかけてきたことは、配属されて三年、初めての事だった。


 よく手入れされた髪は光っているのではと錯覚する程の艶があり、長いまつげに宝石のような瞳は見た者全ての視線を釘付けにするだろう。


 身長はやや低めだが、それに合わせるようなスタイルは若くしながら芸術品のようだった。


「ひ、姫様!?」


 声を上げたのはリリアンヌだ。


 その声音にはどうしてここに!? というニュアンスが含まれていた。


 先に声を上げたのはリリアンヌだったが、彼女が何も言わなければ先にマチルダが声を上げていただろう。


 マチルダは先を越されてしまったので、姿勢を正すに留めた。


「何を驚いているの? ここは私の部屋なんだから、私がいて当たり前でしょ」


 普段部屋から出てこないことなどおくびにも出さず、何を当然の事を言っているのだと、お姫様は言った。


「い、いえ……姫様に声をかけられたのは初めてだったもので……」


「そういうことね。いえ、あなた達の話し声があまりにも大きかったから」


「あ、そういうことですか。つまり盗み聞きしてたのですね」


「うわぁ~まじか」


「違うわよ!」


 女騎士二人の言い方に、扉を少しだけ開けて顔を出していたお姫様は、勢いよく扉を開き声を荒げる。


 が、すでに調子を戻した女騎士二人には、そんなお姫様の怒りなどどこ吹く風である。


「いやだわ姫様……引き篭もりすぎて心の中が陰気になってしまったのね」


「だよなぁ、あたし達の話盗み聞きしてるなんて」


「きっと、扉に耳を当てて聞いてたのよ」


「うわぁ~ないわぁ~」


「違うって言ってるでしょ! あなた達がくだらない話を大声でしていたからよ! 嫌でも耳に入ってきたの!」


 お姫様の叫びに、女騎士二人の頬がピクリと跳ね上がった。


 そしてゆっくりと彼女に向けられた視線は、およそ護衛対象に向けられる視線ではなかった。


 剣呑さを孕んだ瞳からはハイライトが消え、真っ直ぐにお姫様を睨みつけた。


「くだらない話? くだらない話ですってぇ!?」


「おいおいおい! いくら姫様でも言って良いことと悪いことがあるぜ!? んでもって、くっころがくだらないってのは女騎士には絶対に言っちゃいけないことだ!」


「な、何よ……」


 怒っていたのはお姫様だったはずなのに、今は女騎士二人の剣幕に気圧されていた。


 そんな彼女に二人は、まるで悪い子に言い聞かせるかのように語り出す。


「いい? お姫様。くっころは女騎士にとって憧れであって、生きがいなのよ」


「その通りだ。あたしら女騎士が酒の席で話すことと言えば、八割がくっころの事だ」


 ちなみに、残り一割が上司に対しての愚痴で、一割が結婚したいという話題だ。


「くっころをした女騎士は皆の憧れの的。英雄的存在として崇められるのよ」


「くっころは何よりも誉れだ。何よりも尊い勲章なんだよぉ!」


「えぇ……」


 お姫様ドン引きである。


 が、二人にはそんな事お構いなしである。


「はぁ……所詮引き篭もり娘にはわからないのね」


「だな。蒙古斑も消えてねぇ小娘にはくっころの素晴らしさがわからねぇみたいだ」


「ねぇ……私はこの国の姫で、あなた達はこの国の騎士よね?」


 二人のあまりにも不遜な態度と物言い、それと二人が憤っている理由に、お姫様は怒るよりも困惑していた。


 そんな彼女に、女騎士二人は鼻を鳴らす。


「ふっ、所詮は引き篭もりで世間を知らないお姫様ね」


「だな。女騎士とくっころの事を知らないとはな」


「まぁでも、私は安心したわ」


「何がだ?」


「だって、この姫様なら間違っても姫騎士なんて存在になれるはずがないもの」


「あぁ、そういうことか!」


 二人はそう言って心の安寧を維持する。


 このお姫様であれば、女騎士という存在を脅かす姫騎士にはなりえないと。


「なんだかとってもバカにされてる気分だわ……それに、姫騎士って何よ」


 二人の態度にムッとするお姫様。


 しかし、リリアンヌとマチルダは気にする素振りすら見せない。


 お姫様が姫騎士にはなれないだろうと安心している二人は、これぞ大人の余裕と言わんばかりに姫騎士の説明をし始める。


「姫騎士は姫でありながら騎士でもあるっていう欲張りな存在よ」


「あぁ、しかも女騎士であるあたし達の特権、くっころを使うらしいぜ」


「まっ、姫様なら間違っても姫騎士にはなれないでしょうし?」


「だな。年中引き篭もってる姫様なんて、剣すら振れないだろうからな!」


 あはははは! と声を揃えて笑う二人に、お姫様は更にムッとする。


「ムカつくから教えてあげるけど、私が引き篭もっているというのはただの情報操作よ」


 フフンと得意げに胸を張って言いのける姫様に、二人はポカンとしていた。


「何よその顔は」


「いやいやいや、いくらバカにされてムカついたからって、一国のお姫様が嘘はいけねぇよなぁ」


「バカにしてる自覚はあったのね! それと、嘘じゃないわよ!」


「じゃあその話が本当だと仮定して、姫様は普段引き篭もっている訳ではないのね?」


「そうよ」


「じゃあ普段何してるんだよ」


 本当の話だと仮定してと言っている割には、二人は全くお姫様の言葉を信じていなかった。


 所詮引き篭もり小娘の戯言。くらいにしか考えていないのだ。


「騎士よ」


 ドヤァと可愛らしく威張るお姫様。


 見る人が見れば、その愛くるしさに悶絶するだろうが、二人には微塵もその魅力が伝わらなかった。


 それどころか、胡散臭いものを見る目しか向けられなかったのだ。


「何よその目は!」


「いやぁ、流石に嘘つくにしても、もっとマシなこと言えないのかよって」


「そうねぇ……」


「ぜんっぜん信じてないわね! いいわ、これは機密事項だけど、あなた達がムカつくから教えてあげる」


 きっとこのお姫様は、引き篭もり過ぎて誰かと話をしたいのだと二人は思っていた。


 自分達の仕事は彼女の護衛だ。護衛対象が話し相手を所望するのなら、それに付き合ってやるのも仕方ないと考える。


 しかし、そんな彼女達の余裕は、すぐさま瓦解することとなる。


 お姫様には剣の才能があった。それと、自身の身体能力を向上させるための、身体強化の魔法の才能もずば抜けていた。


 優しいお姫様は、自分に民を守る力があるのならばと、騎士団に混ざりその力を遺憾なく奮ったのだ。


 ただし、その素性を伏せて。


 普段のお姫様は、部屋に引き篭もっているという事にして、実際は騎士団に同行していたのだ。


 引き篭もりという情報操作は、部屋の前に護衛まで置くという徹底っぷりで。


 そして、お姫様は騎士団に混ざる時、フルフェイスのヘルムで顔を隠し、一切の言葉を発しない。


 顔や声はわからないが、小柄な体型から女かもということは、騎士達の中で噂されていたことだ。


 素性を隠したお姫様は、その類まれなる才能から数多の功績を残してきた。


 一言も話さないクールな、それでいて実力が飛び抜けている彼女に、騎士達は男女問わず絶大な信頼と憧れを寄せていた。


 その騎士のことはリリアンヌもマチルダも知っているし、他の騎士同様信頼と憧れを抱いていた。


 それが、このお姫様だと言うのだ。


「いやいや、ありえねぇだろ」


「そうねぇ……確かに筋は通ってるけど……」


「はぁ……」


 結局話しても信じてもらえなかったと、お姫様はため息を吐く。


 そして次の瞬間、マチルダの首筋には剣が宛てがわられていた。


 他でもないマチルダ自身が腰に下げていたものである。


「は……?」


「えっ……」


 二人には何が起こったのか知覚することすらできなかった。


 が、目の前のお姫様が剣を握っている姿を目にし、理解してしまった。


 曲がりなりにも十年以上騎士としてのキャリアを積んできた二人だ。今の所業は誰にでもできるものではないことを悟ってしまう。


「はい、これで信じてもらえたでしょ」


 対するお姫様は満足そうな顔をしていた。


「あなた達のその顔が見れてスッキリしたわ。あ、私が騎士をやってることは内緒ね。はい、剣は返すわ」


 そう言って無造作に手放された剣は、寸分違わずマチルダの腰にぶら下がっている鞘に収まった。


 唖然とする二人を尻目に、お姫様は先程バカにされた事を思い出し、二人にとって残酷な事実を突き付ける。


「そうそう、あなた達が言ってた姫騎士ね。私は姫だし、騎士もやってるから、まさにその姫騎士ってやつよね」


 リリアンヌとマチルダには、ニッコリと笑みを作るお姫様が悪魔の様に見えたことだろう。


 二人の顔には絶望が浮かんでいた。


「う、そ……だろ……」


「そんな、まさか……」


 否定したかったが、残酷な現実はまざまざと二人の心を抉った。


 姫騎士という存在が、こんなにも近くにいたなんて……と。


「姫様が姫騎士だってことはわかったわ……で、でも……くっころはしないわよね?」


 最後の望みだとばかりに、リリアンヌはくっころに縋った。


 それはマチルダも同じだ。


 最悪このお姫様が姫騎士だと言うことは認めよう。それでも、それとくっころは別だ。


 しかし運命は、そんな二人をあざ笑う。


「くっころ? したことあるわよ」


「なんですってぇ!」


「なんだとぉ!」


 見事にハモる二人の絶叫。


 お姫様は慌てて耳を塞いだ。


「な、何よ、びっくりするじゃない」


「何よじゃないわ! ふざけんじゃないわよ!」


「くそがぁ!」


 激昂した二人は即座に抜剣した。


 お姫様は護衛対象であるが、あろうことか二人は彼女に剣を向けていた。


 こんなことをすれば打首は免れないだろう。しかし、冷静でない二人にそんなことを考える余裕などなかったのだ。


 女騎士にとって、くっころとは全てなのだ。


 まだ経験したことのないくっころ。それを、目の前の姫騎士という泥棒猫はやったと宣った。


 これが許さずにいられるか。否!


 先のやり取りでも力の差は歴然。


 それでも、それでも女騎士にはやらねばならぬ時がある。


 それは、オークに囚われ囲まれた時と、姫騎士という天敵を目の前にした時だ!


 が、怒りに抱かれた思考の中、僅かに残ったくっころに対する思いが、彼女達を冷静にさせたのだ。


「マチルダ。私このお姫様が本当に許せないけど……」


「あぁ、言わなくてもわかるぜ。あたしも同じ気持ちだ」


「な、何よ……」


 突然剣を向けられたお姫様は、身構えながらも困惑の表情を浮かべていた。


「姫様はくっころを経験しているのよ」


「あぁ、姫様はピーをアーンのズキューンされてるんだよな」


「ピーとかアーンとかズキューンって何!? てか私くっころはしたけど、ギリギリのところで逃げたからぁ!」


 お姫様の疑問に二人は答えることはない。


 そもそも彼女の言葉が耳に入ってないのだ。


 今の二人には、お姫様がくっころ経験者だという事しか頭にない。


「この小娘……いえ、この御方は、貴重な生くっころを経験している御方よ」


「いくら憎き姫騎士でも、生ズキューンされたんだよな」


「だから! ズキューンって何よ!? てか生って付けないで! なんか嫌!」


 お姫様には二人を瞬殺することができる。


 それ程の差があるにも関わらず、彼女は目の前の女騎士二人に恐怖すら感じていた。


「是非お話を聞きたいわ!」


「あたしもだ!」


 二人はお姫様に向けていた剣をしまうと、手をワキワキとさせながら、ジリジリと彼女に忍び寄る。


「ひぃっ! ちょっ、来ないで! 来ないでぇ!」


 顔を引き攣らせ、お姫様は一歩後退する。


 しかし、くっころの実体験を聞きたい二人は、その一歩の間に二歩忍び寄る。


「さぁ姫様、私達未経験者に是非生くっころの実体験をお聞かせ下さい!」


「色んなズキューンを経験してるんだろ。あたし達はそれが知りたい!」


「嫌、来ないで!」


 くっころに飢える女騎士の気迫に、お姫様は上手く身体を動かすことができない。


 やがて互いの距離が埋まると、お姫様は女騎士に両脇を固められた。


 そしてズルズルと部屋の中に引き込まれて行ったのだ。


「さぁ姫様、たっぷりとお話しましょうね! ズキューン!」


「今夜は寝かさないぜ! ズキューン!」


「いやぁああああああああああああああああああああ! てかズキューンって何なのよぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 その日、クレッセンコロリア国の王都オークンに聳え立つ王城に、お姫様の絶叫が響き渡った。





「父上、ズキューンとは何なのでしょうね」


「わからん。が、とてつもなく業が深い響きを感じるな」


「そうですね」


 ズキューン。

 ちなみに最近くっころの話を聞かないのは、お姫様がハリキリ過ぎてオークの数が激減したからだということをリリアンヌとマチルダは知らない。


 お読みいただきありがとうございました!

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