労働の昇段試験
親は弱い者いじめは止せと言うが、なら強い者なら良いのか。下校中に高校生と思われる男とすれ違った時に、『バーカ』と言われたので、顔面を4〜5発殴って転ばせて、右手を十字固めで脱臼させる。痛みで気絶したか、雑魚が! アハハ。
こういうヘタレオタが犯罪を犯すんだ。外れた右肩をグリグリして神経を傷付ける。
――土曜日、地獄の柔道タイム。やりたくない、つまらない、帰りたい。
『明日はいよいよ昇段試験だぞ。中学2年生で1級の者は松山、龍熊の2人だけだな?』
『うあ〜、日曜日も潰れるのかよ』
『やる気がないなら帰れー!』
『分かった、帰りま〜す』俺は更衣室に行こうとすると、『待て待て待て』と、先生が止めに入る。
『帰れって言ったじゃん』
『そういう事じゃなくて』
『意味不明』
『明日の9時に公民館で集合だ。初段を取ったら柔道を卒業していいよ』
『念書を書いて。大人は信用出来ないから』
先生は道場の事務室から紙とボールペンを持ってきて、“龍熊二谷が初段を取ったらクラブを辞めてもらう”と書いてくれた。
『これで良いかい?』
『俺の親にも話を通しといてね』
――昇段試験の日、俺は自転車で公民館へ行く。
『松山、おはよう。早いな』
『おはよう。龍熊だって早いじゃん。まだ8時半だよ?』
『労働が終わると思うと何かワクワクしちゃって』
『お前な〜、柔道をバカにするなよ? 昇段試験を軽く見てない?』
『楽勝だよ、アハハ』
『俺は自衛隊に入る為に真剣にやってるんだ』
『俺は労働の終わりと新作の格闘ゲームで頭がいっぱいだよ』
このチビ、身長155センチメートルなのに本気で自衛隊に入るつもりか、アハハ。
他の学校の生徒達が集まってきた。
――昇段試験が始まった。公民館の柔道場に20人くらいが集まる。礼で始まり礼で終わるとかどうでもいい。
俺の相手は妙に撫で肩でヒョロヒョロしてる。
『よろしくね』
『こっちこそ、よろしくね』
試験官が技名を言う。それに合わせて技を掛ける。支釣込足、体落、払い腰など。
次は乱取りだ。俺は一瞬の隙を突き、隅返を決める。一本だ。
相手からは小外刈で有効を取られただけだ。労働から解放される!?
――試験が終わり帰ろうとした時、『君が龍熊二谷君だね?』
『そうですが、何か?』さっさとゲーセンに行きたいのに邪魔くさいな。
『うちの高校に来ないかね? 隅返を決めるなんて! 君なら全日本が目指せるぞ』
『興味ないんで』俺は自転車に乗り、逃げるように去る。
これ以上の労働には耐えられない。それより新作の格闘ゲームだ。ワクワクするぜ。
戦績は6勝10敗。親にジュース代として渡された千円を遣いきってしまった。