第六話!
「バッチこーい!」
センターが声を出している。名前は…、覚えてないや。まだ入学して一週間だしな。6回裏六対四、ツーアウト、ランナー二塁三塁。バッターボックスに立ち、目の前にいるピッチャーに集中する。スタンスは肩幅でバットを軽く肩に担ぐように立つ。
「加納ー!シングルでいいぞー!一点確実にいこー!」
あの野球部、さっきからうるさい。俺が思いっきり打ってもたいして飛ばないのは、自分でも分かってる。ピッチャーがセットから下手投げでボールを投げた。ゆるい山なりの軌道。一番打ちやすいショートの頭上を越すイメージで、バットをミートに徹して軽く振る。
キン!
金属バット特有の音がして、ボールは三遊間をゆるいライナーで越えていく。その間に三塁ランナーがホームイン!二塁ランナーは三塁ストップ。レフト前ヒットで一打点なら上出来だよな。もうちょいで四時限終わるよな〜。学食って今日はカレーうどんだよな〜。とか考えていると黒木が打ち上げてスリーアウト。
「よーし!今日はここまでにしなさい。道具を片付けたら各自で終わるように。」
授業があと五分で終わるので、白髪の体育教師は全員に終わりを告げる。一点差だったのに惜しかったな。一昨日に続いて二連敗か…。次は勝つ。
「よう、絶好調だったな十割打者!」
道具を片付け終えると、瀬戸が話しかけてきた。
「まあ、体育のソフトボールでなんて大したことないけどな。アウトになるの嫌だし。だけど体育ってまだ二回目だろ。」
「でも十割って加納と柳原だけだぜ。」
「ああ、あのセンターね。」
元気のいい奴がいると思ってたけど。柳原は確か関西の出身で、関西弁で喋っていた。背は170cmに少し足りないくらいで、何かスポーツをやっていたか、身体つきがしっかりしていて絞れている。
「その柳原だけど、どうも漕艇部に興味あるみたいよ?」
「お、マジで?…それってどっからの情報?」
「え〜と、ほらあの二年生の田口さんだっけ?昨日二年生の部屋に遊びに行ったときに言ってた。」
「ふーんそっか、後で声掛けてみるかな。」
瀬戸は上級生に受けが非常に良いので、寮でちょくちょく部屋まで招かれているらしい。漕艇部の仮入部にも顔を出していて、とりあえず漕艇部に入部するつもりのようだ。俺もあれから三回漕艇部に行っていてもう二年生に名前も覚えてもらった。黒木、大場、真辺もほぼ決定のようで、他にも仮入部に来ている奴はいたけど俺の知る限り入部する奴はいないようだった。柳原とは一回も漕艇部では会ってはいなかった。
「ねえ、加納君だよね?」
瀬戸と学食に行こうと、下駄箱に来たところで声をかけられた。髪の長い知らない女子だ。
「ああ、そうだけど。」
「私、航海科一年の深川 栄子。大場君に聞いたんだけど、加納君て漕艇部に入るんだよね?」
航海科の生徒三十人に五人しかいない女子のうちの一人のようだ。深川も体育だったようで、Tシャツにハーフパンツが似合っている。そこそこかわいいな。
「一応そのつもり。なに?興味あるの?」
「うん、体験入部ってまだやってるよね?」
「ああ、今日はやらないって言ってたから明日ならやると思うよ。」
「そうなんだ!ありがとう!」
そう言って深川は走り去って行った。なんか慌ただしかったな。でもやっぱり女子がいた方が気合入るよな。
「深川さんはな、二年生狙ってるらしいよ。」
瀬戸が、にやにやしながら説明を始める。
「漕艇部の体験入部に行く気ってことは、どうやら鬼頭さんに狙いを絞ったみたいだぜ。」
「女の考えることはそんなんばっかりかよ。ていうか、お前の情報網が恐ろしいよ…。」
テンション上がったと思ったら、すぐにダウンだよ。なんだかな〜。
「てか、人の情報ばっかり集めてどうすんだよ?」
「いや、特にどうこうするつもりはないけどさ。まあ、たまに掃除当番代わってくれたらいいかなって程度だよ。」
「なに?それって俺のことか?お前、俺の何を掴んじゃってるわけ!?」
「ああ、うそうそ。冗談だから。それより学食行こうぜ。昼休み終わっちまう。」
言いながら瀬戸と学食へ向かう。瀬戸のやつ、むっちゃ笑ってるし。絶対何か知ってやがるな。そのうち聞き出さなくては。