第五話!
「ラスト三枚!一枚!二枚ラスト!櫂上げ!」
半田さんの声に六人が漕ぐのをやめる。あ、すごいとばかり思ってあっという間に終わっていた。次はしっかりと見なくては。
「ようし、身体は温まったか?じゃ、50いくか!」
「ちょっ、今日は六人しかいないんすよ!?半田さん!半端ない重さですよ!」
眼鏡をかけた田口さんが抗議の声を上げている。漕いでいた他の二年生も同意見のようで、皆さん訴えかけるような目で半田さんを見つめている。
「う、そんな目で見るなよ。…じゃあ、ロング30枚!これならいいだろ!用意!」
『おらきた!』
「さすが半田さん!」
と、鬼頭さんがよいしょして、
「寮にいる時とは別人みたいだろ?」
と、山下さんが俺達一年に笑いかける。
「まえっ!」
ドンッ!
再びカッターが衝撃に揺れる。勢いよく漕ぎだした二年生の六人だが、やはり人数が半分しかいないからなのか、カッターの速度はなかなか出ない。六人もかなり苦しそうに漕いでいる。
「あいよー、あい!あいよー、あい!」
艇指揮の高瀬さんの声に合わせて一枚、また一枚と、漕ぐたびにスピードが上がっていく。5枚ほど漕ぐとスピードは一定になり、先ほどとはうって変わって軽快な漕ぎに変わる。
内側の片足を上げたフォームで、尻を浮かせて握ったオールを身体ごと前に突き出し、艇指揮の最初の「あい」に合わせて力強くオールを海面に叩きつける!そして、「よー」の声に肘を伸ばして背中を反ってオールにぶら下がり、背中から座っていた場所に横になるように倒れこみ、最後の「あい」で伸ばしていた腕を身体に引き付けオールを最後の最後まで力強く引き切るとオールの先が海中から顔を出す。そこからすぐさま腹筋を使って身体を起こし、その勢いで再び尻を浮かせてオールを突き出し、「あい」に合わせてオールを海面に叩きつける。ほとんどノンストップで動き続け、動きが途切れることはない。しかも、六人の動きがぴったりと合っているので近くで見ているとものすごい迫力だ。迫力と言えばもう一つ。
「右舷ファイトぉ!」
「おっしゃ!左舷ファイト!」
『おっしゃ!』
この声掛けだ。どうも気合いを入れるためにやっているみたいで、今のようにポジションを叫んだり。
「宮下ファイト!」
「おっしゃ!鬼頭ファイトぉ!」
「おらきたぁ!!」
個人の名前を叫んだり、いろいろとバリエーションがあるようだ。声掛けと言うよりは掛け合いだ。声を掛けられたら声を掛け返している。腹から声を出して叫ぶので、始めのうちはかなり驚いてしまった。
「ラスト三枚!一枚!二枚ラスト!櫂上げ!」
艇長の号令で六人がオールを座っている反対側に引き込み、握っていなくてもオールが外に出ていかないようにしてから思い思いに休憩を始める。
「やっぱり六人じゃキツイって!せめてもう二人いればなぁ…。」
「仕方ないよ。あいつら二人はAクルーだから。」
田口さんがもらした呟きに、相馬さんが答える。
「つってもさ〜、同じ二年だろ?」
「お〜い。一年が来てんだからそんな話してんなよ。」
田口さんを半田さんが制止する。少し込み入った話なのだろうか?
「…お、そうだ一年ちょっと漕いでみるか?ちょいお前来てみ。」
「え、俺ですか?」
「そう、まあせっかく来たんだから触って行けよ。」
鬼頭さんに言われて俺は鬼頭さんの座っているところまで行く。確かこのポジションは左舷の6番だ。
「じゃあここに座って、左足は上に上げてな。んで、オールのグリップを左手は先の細くなってるとこを逆手で持って、右手は太くなり始めのところを順手で持って。」
言われるがままにオールを握る。
「そう、そう。もうちょい両手をくっつけるように持ってな。」
「結構オールって重いっすね。」
「そうか?これはFRPだから軽いぞ。木オールの方がめっちゃ重いから。」
「FRPって何ですか?」
「強化プラスチックのことらしい。俺もよくは知らんけどな。それじゃあ、オールが動かなくなるとこまで思いっきり前に突き出してみ。」
握ったオールを腕を伸ばして一杯まで突き出すと、前屈をするみたいに身体を伸ばさなくてはならない。
「かなりキツイです。」
「もっと浅く座ってみ。深く座りすぎてる。どうだ?その体制からブレードを海面に垂直になるように入れて、腕を伸ばして寝るように背中を倒す。寝るって言っても顔は上げとけよ。そうそう、腹筋で耐えないと後ろに落ちちゃうから我慢しろよ。」
「なんとか頑張ります。」
いいながら少しプルプルしている。座っている場所は20cm位しかない板なので、耐えられなかったら落っこちてしまう…。
「で、寝きったら腕を曲げてオールが動かなくなるとこまで引ききる。そうするとブレードが出てくるから、今度は腹筋で起きつつ腕を伸ばしてオールを突き出す。そしたらまたブレードを海面につけて寝るように引ききって、腹筋で起きて突き出す。これを繰り返し続けるのが漕艇部ってやつだな。」
鬼頭さんに言われるようにやってみる。
「なんだかさっきの皆さんとは全然違いますよね?」
「まあな!それは基本の動きだから。いろいろと細かいことをやってるわけよ。それは、漕艇部に入ったら追々(おいおい)な。」
「あとブレードって海につけるあの平べったくなっている所でいいんですよね?」
「そうそう言ってなかったか、海に浸かる部分がブレードで、握ってる部分がグリップだから。」
話をしながら、いくらか漕いでみる。少しやっただけで掌が赤くなっている。それを見て鬼頭さんが、
「あ〜、手は豆だらけになるから。握力無かったり、手が小さいと苦労するぞ。」
「そうなんですか…。どっちも該当する場合はどうしたらいいですか?」
「頑張れ!」
「…はい。」
どうやら頑張るしかないようだ…。俺以外の三人も二年生に漕ぎ方などを教えてもらっている。黒木は田口さんに、大場は相馬さんと山下さんに挟まれている。真辺は宮下さんに教えてもらっている。でかい真辺とさらにでかい宮下さんが一緒にいると少し怖いんですけど…。
「ようし、じゃあそろそろ帰るか。今日はちょっとでいいだろ?まだ何日かあるしな。」
「そうですね、俺達も練習しないといけないし。」
半田さんに聞かれて鬼頭さんが
「じゃあ、ちょいちょい帰るぞ。ロング30枚!用意!」
『おらきた!』
「まえ!」
「あいよー、あい!あいよー、あい!」
ドンッ!
「おもてファイト!」
「おっしゃ!ともファイト!」
さっき俺が漕がせてもらった時とは全く違う、力強い漕ぎでカッターが進んでいく。俺もこんな風に漕いでみたい。