第四話!
「おし!ちょっと待たせちゃったな。初日は四人か、まあまあかな。じゃあ、始めに俺らの簡単な紹介を。俺ら六人の顔は覚えてるかな?説明会に出た顔ぶれなんだけど。あと、二年はもう二人いるけど今日は来ないんで。向こうから、宮下、相馬、荒井、山下、田口で、俺が鬼頭。とりあえず今日はよろしくな!」
背中に漕艇部と刺繍がしてある青いジャージを着た六人を代表して話し出した鬼頭さんは、説明会の時に爽やかに部活の説明をしていた人だ。一番右側にいる宮下さんが説明会のときにオールを持って立っていたすごくでかい人で、真辺よりもでかそうだな。その隣の少し大人しそうな相馬さんが腕立て伏せをしていて、一番最初に崩れてしまった人だった。それでもしっかりと筋肉は付いているので、全然筋肉の無いヒョロヒョロの俺と比べるとかなり逞しい。で、荒井さんがけっこう太っていて、山下さんがロン毛で、田口さんが眼鏡をかけている。パッと見はこんなところかな。名前いっぺんに覚えれるかな?
「まだ艇長と艇指揮が来るまで時間あるから、ざっとカッターについて説明するわ。質問はどんどん聞いてくれてかまわないから。まず、カッターてのは本来、大型船の事故やらの時に船から退去したり、海に投げ出された人を助けるために使用する救命艇というやつだ。だから、普段使用することは全くと言っていいほど無い。それに、救命を目的に造られているから、競技用に造られたレガッタなんかと比べると全然スピードは出ない!もうビックリするくらいに!それでレースしようってんだから物好きもいたもんだ。」
へえ〜、鬼頭さんがカッターの話をしてくれる。すると、黒木が手を挙げて、
「はい!質問です!どのくらいの距離でレースするんですか?」
「おう。レガッタのレースは直線だけど、カッターは750m地点で回頭して折り返す1500mで速さを競うぞ。ああ、回頭ってのはUターンするって思っていい。レガッタには無い勝負どころの一つ!これは艇長の腕の見せ場だな。艇長ってのはカッターの舵を取る人のことで、いわゆる船長だ。カッターに乗っている間は、クルーは艇長の指示に従って動かなくてはならないからな。ちなみにクルーってのは漕ぎ手とか乗組員全員のことな。」
ぽんぽんと聞きなれない言葉が出てくる。その説明を頭の中で整理するので精一杯で、質問なんて思い浮かばない。黒木たちも同じ状態で、鬼頭さんの説明を聞いているようだ。
「そのクルーが12人、それに艇長と艇指揮を合わせて計14人。これで一つのチームの出来上がりだ。あー、あと艇指揮ってのはクルー12人が漕ぎを合わせるために、掛け声を掛ける人のことだ。12人が好き勝手に漕いでたら合わないから、結構重要だぞ。まだ艇長達は来ないみたいだからどんどん説明するぞ。しっかりついてこいよ。」
「うい〜す。」
なんとか返事をする。早く漕ぐとこを見たいが仕方がないよな。どうせ知らなきゃならないことだから、頑張るぞ…。
「え〜っと、クルーの説明の次は…。」
「ポジションとかか?なら今度は俺が喋らしてもらうけぇ。」
「あ、そう?じゃあ任せるわ荒井。」
はたから見ても太っちょの荒井さんが、説明を始める。
「まずカッターは、と言うか船は進行方向側をの前側をおもてと呼んで、逆に後ろ側をともと呼ぶ。船首と船尾って聞いたことあるじゃろ?漢字は同じで船首、船尾って感じになるけぇ。で、船の進行方向を向いて右側を右舷、左側を(さげん)て呼ぶ。だから、カッターの前方、後方、右側、左側を、おもて、とも、右舷、左舷って言うことになるけぇ。まあ、船乗りにでもなろうって奴には常識じゃろう。」
前とか後ろじゃだめなのか?てことは、黒木は別として、大場と真辺はこれくらいなら分かるんだろうな。漕ぐことに関してスタートは一緒でも、予備知識があるのとないのでは後々(あとあと)違うかもしれない。頑張って覚えよう。
「そして、ポジションはまず細かく番号で1番〜12番まである。人が座れるように板が張られとるじゃろ、一番おもて側の右舷が1番で、隣の左舷が2番。一番おもてから二番目の右舷が3番で、左舷が4番。それで、順番にともまできて12番が一番とも側の左舷でラスト。」
言われてカッターを見ると確かに、横に幅20cm位の板が一枚、人が腰掛ける位の高さに座れるように造ってある。それが1mくらいの幅で六枚あって、右舷の人と左舷の人で二人ずつ十二人が座れるようになっている。足元には15cm位の幅の板が斜めにはめ込まれている。座るとちょうど足の裏と平行になるようになっているので、足を思いっきり踏ん張れそうだな。
「お、艇長が来たな。よし、全員整列な。」
鬼頭さんが桟橋を歩いてくる人を見つけて全員に声を掛ける。見ると、青いジャージを着た男子と女子が歩いて来ていた。
「なあ、あれって寮生会長の半田さんじゃねえ?」
黒木に聞かれて俺も気づいた。あの強面の半田さんがどうやら艇長のようだ。
「みたいだな…。」
かなりビビってしまう。ビシッといてないと怒られそうで力が入る。
「その反応を見たところ、お前らって全員寮生か?」
「俺と黒木は寮生ですけど。」
「ぼ、僕も寮生です。」
大場も寮生のようだ。学科が違うので部屋の位置が少し離れているから知らなかった。
「…俺は、近いので実家です。」
真辺はどうやら寮生ではないようだ。四人の返事を聞いて鬼頭さんが話を続ける。
「半田さんは寮と部活じゃ性格変わるから安心しな。」
…?話をしていると半田さんと女子がカッターのところまで来ていた。
『ちわっす!』
二年生が挨拶をして頭を下げるので、俺達も続いて頭を下げる。
「なんだ、準備できてんならさっさと乗れよ二年。お、四人も来たんだな。半田だ。知ってる奴もいるだろう。一年はおもて側に固まって座っててくれ。」
半田さんに指示されて二年生四人がカッターに乗り込む。残りの二人は、桟橋に繋がれたカッターのおもてと、とものロープを外しにかかる。
「おもてってこの広くなってるとこでいいですか?」
「おう。上出来、上出来。あんま勝手なことはしないこと。」
カッターの舵のあるともに乗り込みながら俺の質問に答えた半田さんは、寮生会長の時と違って声に怒気もなく眉間にしわも寄っていなかった。部活では怖くないってことか!
「よし、全員乗ったな。じゃあ行くかな…。」
「ちょっと!私の紹介は?」
半田さんの立っている場所は、クルーが座っているところと同じ高さがあるので全員を見渡すのは容易だ。そのすぐ近くのともの低くなる所に立っている女子の先輩が、半田さんに話しかけている。
「おお、悪い悪い。こいつは艇指揮の高瀬な。」
「三年の高瀬です。一年生よろしくね。」
ショートカットの高瀬さんは俺達に小さく手を振っている。
「もうツバつけようってんですか〜?」
眼鏡をかけた田口さんが冗談を言う。
「違うわよ!」
「もういいか?いくぞー。きょうつけ番号!」
『3!4!5!6!7!8!』
半田さんの号令にクルーの六人が自分のポジションの番号を順番に叫ぶ。
「左舷櫂用意!」
左舷の三人が積み込んであったオールを漕げるようにカッターのふちに造ってある窪みにはめ込む。
「よし。おもて離して、とも離せ!」
三度の号令に、おもてを繋いでいたロープを持った相馬さんがカッターを桟橋から離すように、足でグッと押しながらその勢いのまま乗り込む。そして、とものロープを持った宮下さんが力強くロープを引っ張って、カッターに桟橋から離れるための勢いをつけてから、追いかけるように乗り込んだ。
「右舷櫂用意!左舷まえ!」
「あいよー、あい。あいよー、あい。」
右舷の三人が用意を始め、左舷は艇指揮の合図に合わせて軽く三回ほど漕ぐ。方向を定めるためにやっているみたいだ。
「両舷櫂上げ!じゃあ軽くいくぞー。ロング20枚!」
艇長の号令に六人は一旦漕ぐのをやめ、それぞれ板に尻を少しだけ掛けて、自分の前の板に内側の片足を掛け、外側の足は下に斜めに取り付けられた足場の板に掛ける。そして、握ったオールを腕と体全体で前の人に当たるぐらい一杯に突き出す。
『おらきた!』
六人の動きが止まり、漕ぎだすその時を待っている。その時カッターが、羽ばたこうと羽を広げる鳥のように見えた。
「まえっ!」
艇長の号令とともに、ドンッ!という衝撃が俺の身体を揺らした。これがカッターを漕ぐってことなのか!夏休みに初めて見たカッターは、熱く。しかしとても奇麗に見えた。しかし、間近で見るとこんなにも迫力が違う!すごい!
俺はもう漕艇部の虜になってしまったようだ。