第二話!
トイレに寄ってから視聴覚室に行くと入口前はクラブ説明に来た上級生が、入っていく新入生に興味津津だった。品定めでもしているみたいで、説明前だというのにもう声をかけている人もいる。しつこく声をかけられてあたふたしている奴がいたので、そいつの肩に手をおいて、
「こいつともう部活は決めてるんです!すいません!失礼します!」
と、笑顔で元気よく答えて一緒に入口に入って行った。
「あ、ありがとう。」
俯いて答えている。かなり気が弱いのか、目を合わせることができないでいる。身長は同じくらいだ。
「気にすんなよ。でも、はっきり言わないと分かってくれないぞ。」
「う、うん。ありがとう。」
う〜ん、本当に気の弱い奴だ。ありがとうは二回目だし。
「加納!こっちこっち!」
黒木が呼んでいる。先に席を確保してもらっていたのだ。
「おう。黒木サンキュー!じゃあ。」
と、軽く手をあげて気弱君に背を向ける。
「…ありがとう。」
これで三回目だ。というか、ありがとうしか言ってない気がする。そういう奴もいるよな、と思いながら黒木の隣に座る。
「今の誰?知り合い?」
「さあ?何か困ってたから声かけただけ。お、始まりそうだな。」
マイクを持った学生が入ってくる。どうやら司会のようだ。
「あー、あー、てす、てす。それではこれからクラブ説明会を始めます。新入生のみんなはこれを参考に仮入部をしてみてくださいね。仮入部の期間は今日から二週間です。いろんなクラブに顔を出すのもオッケーですよ。まず一番手はダンス部のみなさんです。拍手〜!」
パチパチ―――。と、促されるまま拍手が起こると、ダンス部らしき女子が三人並んで入って来る。おおっ、かなりかわいい子が揃っている。この日のために選び抜かれたのだろう。
「私たちダンス部は、踊りが好きな人なら大歓迎です!大会にも出場することがあるので、興味があったら第二校舎の屋上に見に来てください。男子でも女子でも気軽に来てください。では、一曲踊ります!ミュージックスタート!」
そう言って女子生徒が合図すると、視聴覚室のスピーカーから最近流行っている曲が流れだした。三人が踊りだす。息がぴったり合っていて、うまいと思った。
「へえ〜、あんなかわいい子がブレイクダンスか。ギャップがいいな。」
瀬戸が感想を言う。彼女たちが踊っているのはブレイクダンス。逆さまになって頭で回ったりする激しさ満点のダンスだ。ブンブン回っている。
「だな、まさかあんな踊りするとは思わないもんな。」
「かっこいい〜!俺ダンス部にしようかな〜。」
黒木がまた考えもせずに何か言ってるよ。
「やめとけ。お前じゃ、どじょうすくいがいいとこだ。」
「うわ、ひでぇな〜。」
などと、話していると彼女たちの踊りが終わった。
「はい。ダンス部のみなさんでした〜。今年の踊りも最高でしたね!さて、次は野球部のみなさんですよ!どうぞ〜!」
パチパチ―――。今度は自然に拍手が起こる。ユニフォーム姿の高校球児が五人駆け足で入って来た。なぜか、後ろの二人だけはバットとボールの入ったバケツを持っている。
「自分達は甲子園を目指しています!」
『目指しています!』
代表で一人が大声で言うのに続いて、他の四人が大声を張り上げる。正直、ちょっとうるさい。
「部員は、八人しかいないのでレギュラーになるチャンスがあります!」
『あります!』
いきなりの弱小校宣言に周りから失笑されている。そりゃそうだろう。
「自分達の練習を見てもらえれば実力が分かるはずです!」
『百聞は一見にしかず!』
おっと、ちょっとパターンが変わったなと思っていると。バットを持った一人が前に出てきて、おもむろにノックを始めようとする。え?マジで?
「はいはい―――。ノックはやめてくださいね〜。野球部さん、毎年ダメだって言ってますよね〜。退場で〜す。」
司会がそう言うと、黒服の男たちが入ってきて野球部を担いで退場させていく。
「今年もダメか!来年こそは―――!みなさんグラウンドにぜひ見に来てください!」
『来てください!』
慌ただしく退場していった。どうやら、こういう趣向のようだ。
「けっこう面白いな。上級生にとっては、ちょっとしたイベントになっているみたいだな。」
瀬戸が笑いながら話しかけてくる。
「ああ、ていうかまともな説明って無いんかな?」
「いいじゃんか〜、面白いことはサイコー!」
黒木はご満悦だ。
「次は卓球部のみなさんです!」
ゴロゴロ―――。と、卓球台を押して入ってきたところで、
「残念〜!卓球台はアウトです。退場〜!」
またもや黒服の男たちが現れて、卓球部と思わしき男子を担ぎあげていく。いきなり退場をくらっている。会場からは笑いが起きているが…いいのかこれで!?
「さあ次はテニス部ですが、壁打ち始めたら退場ですよ〜。気配すら許しません。」
そう言われて出てきたテニス部の男子と女子は、苦虫を噛んだような顔で普通にクラブの説明をしていた。
そのあとも、水泳部が水着コンテスト(男子の部)を始めようとして新入生以外の外野に大ブーイングを受けて退場になったり、相撲部の回しがきわどいことになって退場していったり、バレー部の主将が新入生に一目惚れして告白!→玉砕!→涙ながらにクラブ説明。と、他にもネタなのか本気なのか分からない時間が過ぎて行った。
「みなさんそろそろ終わりが近づいてきましたよ〜。次は漕艇部です。どうぞ!」
お!やっと俺の本命がお出ましだ。まず、ぬうっと入ってきたのは人ではなく、でかい棒の先端だった。あれ?このパターンは退場コース?
「う〜ん、オールはバットと同類の小物とみなしセーフです。」
すかさず司会のジャッジが入る。男子が担いだその棒の先端は、水をかくために平べったくなっていて、反対側は握るために円柱状になっていた。そのあとに五人が続いて入って来ると。そのうちの四人が無言で四つん這いになって、腕立て伏せの構えを取る。
「いち、に。いち、に。―――。」
オールを担いだ男子が野太い声でカウントを始めると、四人が無言で腕立てを始める。
「我々漕艇部は、カッターと呼ばれる小型艇を12人で漕いでスピードを競います。誰もが初めてなので、スタートラインが一緒です。だから自分の頑張り次第で上を目指すことができます!今まで運動部じゃなかった人も大丈夫!先輩たちがやさしく教えてくれますよ。また、漕艇部は別名でカッター部とも呼ばれたりするので、好きな方で呼んでやってください。」
五人の中で腕立てをしていない一人が、さわやかに笑顔で説明を続けているが、周りの雰囲気とマッチしていない。野太いカウントに合わせて腕立てをしているのだが、30回あたりから苦しそうな息がもれだしている。
「はぁ、はぁ。―――。」
「くっ、うー。―――。」
こんな呻き声の中、さわやかスマイルで説明している。異様な光景だ。あ、右端の人が上がりきらずにプルプルと震え、苦悶の表情を浮かべている。頑張れ!名も知らぬ漕艇部員!頑張れ!もう少しだ!…上がったー!あ〜、次のカウントでだめそうだ〜。あ、潰れた…。
「―――と、こんなところです。興味があっても無くてもいいので、練習船桟橋に見に来てください。冷やかし大歓迎です!大きな練習船、海青丸が目印です!」
笑顔でそう言って出ていくと、腕立てをしていた四人が肩で息をしながら後に続き、最後にオールを担いだ部員が終始、無表情のまま出て行った。応援することに気を取られて、全然聞いてなかったよ。
「あ、ありがとうございました〜。今年はいつにも増して異常なテンションでしたね!みなさん大丈夫ですか〜。終盤に来て辛いところだとは思いますが、あと少しなのでお付き合いください。次に紹介するのは―――。」
「なんかウケるね漕艇部。一回、見に行こうっと。」
「だな、これは見に行かないといけないな。」
黒木と瀬戸はちゃんと聞いていたようで興味を持っているみたいだ。よし、食いついてくれてよかった。一人では少し心細いと思っていたのだ。
「だろ!だから言ってたじゃんかよ。じゃあさっそく今日、桟橋に見に行こうぜ。」
「いいよん。女子もいたりするかな?筋肉モリモリな!」
「いや、筋肉は余計だ。」
などと、あれこれと話をしてそれからの説明はほとんど聞いていなかった。やっと、漕艇部に触れることができるのだ。あの夏休みに感じたドキドキを思い出して、はやる気持ちを抑えるので精一杯だった。