第二十四話!
折り返してからどれくらい漕いだろうか?あと少しだとは思う。クルーからは進行方向が見えないので、残りの距離がわからない。
「とも、ファイトー!」
「おっしゃ!おもてファイト!」
『おっしゃー!』
握力がなくなっている。息も荒くなって、体力も残り少なく感じる。キャッチは勢いなどなく、ジャブっと海面に浸かる音がするだけだ。
「あいよー、あい!あいよー、あい!」
終盤になっても衰えることのない艇指揮の声が聞こえる。隣の柳原を見ることもできず、艇指揮の高瀬さんの声を頼りに合わせるのが精一杯だ。
「加納ファイトー!」
「おっしゃ!相馬さんファイト!」
「おらきた!海青ファイトー!」
『おっしゃぁ!』
返事を返すのが辛い。皆の声もスタート時に比べると元気は無い。それでも、腐ることなく漕いでいられるのは―――。
「よっしゃ、もう少しで並ぶぞ!気合じゃー!」
荒井さんが、左舷側から見える栄清のカッターを見て声を張り上げる。
そう。最初に許してしまったリードを縮めることに成功しているのだ。体力は限界だが、少しずつでも追い上げている。俄然、気合が入る!
「焦るなよ!落ち着いて合わせろ!このままのペースで追いつけるぞ!」
『おっしゃぁ!』
「ラスト30枚!最後まで漕ぎ切れ!」
『うおっしゃぁぁ!』
あと30枚!ゴールはもう少しだ!でも今のままじゃ負けてしまう。豆がつぶれて血が付いたオールを、頼りない握力ながらも精一杯握りしめる。
「あいよー、あい。あいよー、あい。」
「おらぁ!おもて、ファイトォー!」
『おっしゃあ!』
「とも、こいやぁ!」
『おらきたぁ!』
「よっしゃ!並んだぞお前ら!正念場だ!漕げ漕げぇ!」
『おっしゃあぁぁ!!!』
豆がいくつもつぶれて、手は痛い。足が踏ん張れず、引きの時に尻が上がらない。声も出せないくらいに、息切れしている。
でも!勝つ気はまだまだなくならない!オールもまだ持っていられる!だったら俺には、できることが残っている!柳原に合わせて少しでも両舷が合わせて漕げるように、それを第一に考える。がむしゃらに漕いでも、今の俺じゃたかが知れている。それなら、みんなを少しでもいい条件で漕いでもらう。!
「加納ファイト!」
「おっしゃ!海青ファイト!」
『おっしゃぁああ!』
誰に声を掛けられたかなんてもうわからない!だからとりあえず声を出す!
「抜ける!最後の根性見せろぉ!ラスト10枚!」
『おっしゃあ!』
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
あと10枚で終わる!艇長に声だけは力強く返す!
「いちまいっ!」
「あいよー、あい」
―――――ドブッ!
キャッチは弱い。
「にまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
引きも弱く、尻が上がっていない。
「さんまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
ハネには全く力が入らない。
「よんまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
返しは鋭さが無い。かろうじて合わせているだけ。
「ごまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドウッ!
艇長。カッターを操り、声を張り上げ、奮い立たせてくれる。
「ろくまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
艇指揮。いまだ衰えない声で、ピッチを刻む。
「ななまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドブッ!
メイン。一番負荷のかかる重要な、推進力の要。
「はちまいっ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドンッ!
おもて。クルーを盛り上げる起爆剤。
「きゅうまいラストォ!」
「あいよー、あい!」
―――――ドバッ!
―――パン!ピストルの火薬が音を響かせる。ゴールの合図。
ST。全員の漕ぎを一つにするペースメーカー。
ゴールのタイミングはほとんど同時。俺の位置からはどっちが勝ったのかわからない。
「―――櫂上げ!」
艇長の声に漕ぐのをやめる。体力の限界。オールを握っているのが辛い。漕ぐのに必死だと、感じなかった手の豆が痛い。いや、そんなことより勝てたのか?
「―――よし。両舷櫂立てぇ!」
艇長の鋭い号令。一瞬理解できなかった。回頭でもないのに櫂立て?左舷だけじゃなく右舷も?
理解より先に体が動く。疲れた腕でオールを跳ね上げるように立てる。隣の柳原も、ぎこちない手つきでオールを立てる。立てたオールを手で支えるのが辛いので、しがみつくようにして支える。
「よっしゃー!やったぜ!」
山下さんが叫ぶ。相馬さんとハイタッチ。鬼頭さんも荒井さんと喜んでいる。でかくていつも仏頂面の宮下さんも嬉しそうだ。艇長の半田さんは笑顔で胸を張って堂々としている。
俺も含めた一年は、ぽかんとしている。疲れ果てているというよりは、状況についていけない感じ。
「やったね!初勝利。」
艇指揮の高瀬さんが笑顔で言った。
―――ああ、そうか。勝ったのか俺達。ゴール後の櫂立ては勝ち名乗りだって誰か言ってたな。
やった!勝てた!遅れてやってきた嬉しさに思わずガッツポーズ。豆だらけの手はすごい痛いけど、今だけは忘れられた。
でも、すぐに不安が襲ってきた。確かに試合には勝てた。それは良かった。でも、俺はこのBクルーのために何かできたのだろうか?STとしての役割を果たせたんだろうか?それを考えると不安だ。精一杯やった。それは自信を持って言える。でもそれは自己満足でしかないのかもしれない。
「加納。よく頑張ったな。」
半田さん。それ、一番聞きたかったです。よかった、間違ってなかった。
「これで、ダメなところもわかってくるだろ。まだまだやることはある。頑張れよ。」
「―――はい。」
―――頑張ろう。俺はまだまだ頑張ろう。この嬉しさをまた味わうために。
―――漕艇部に入ってよかった。




