第二十三話!
「おらぁ、声がねえー!!一年は声途切らせるな!!二年は盛り上げて行けよ!海青ファイト!」
『おっしゃ!!』
艇長の声に、自分が声出しを忘れていることに気付く。やばい、自分の世界に入ってしまってた。俺だけじゃなく、皆も同じような状況なんだろう。漕ぐことで頭がいっぱいになる。
「柳原ファイト!」
「おっしゃ!加納ファイトー!」
「おっしゃあ!」
隣で黙々と漕ぐ柳原に力を込めて声をかける。STの11番の柳原は誰にも合わせる必要は無いが、一定のピッチで漕がなければならない。ピッチが速すぎても遅すぎても、余計に体力を使ってしまう。だから柳原は、自分の世界に入り込んでしまう頻度が高い。それを防ぐために、俺は意図的に柳原に声をかけることにしている。
「―――あいよー、あい!あいよー、あい!」
力いっぱい叫ぶ艇指揮の声。この声とSTの動きを頼りにクルーは漕ぎを揃える。艇指揮は試合中ずっと声を途切れさせること無く、叫び続ける。ある意味では俺達クルーより過酷なポジションだ。
「おもてぇー!元気出して行け!―――やぁましたー!お前がだんまりでどうする!」
「オラきたあー!メインも声出せよー!」
『おっしゃー!!』
「そろそろ回頭行くぞー!左舷注意しろ!」
艇長の声にクルーの間に緊張が走る。回頭旗にオールを当てたらそこで失格。左舷のクルーをプレッシャーが襲う。
「練習通りやれば大丈夫だ!落ちつけー!」
鬼頭さんができるだけ明るく声をかける。
「回頭用意!」
『おらきた!』
「左舷櫂立てぇ!」
左舷BWの山下さんが号令を叫ぶ!
左舷のクルーは漕ぐのをやめて、すばやくオールを立てていく。佐藤と黒木もうまくできたみたいだ。俺も躊躇することなく握ったグリップを床に叩きつける。
―――ガゴンッ!
ブレードが跳ね上がりオールが立ったところで両手で支える。
よしっ!練習通り!
回頭旗を左舷ギリギリでかわす。こわっ!あと10cmほどしかない本当にギリギリ!半田さんの回頭技術はすごい!
「旗にも気を付けろ!」
―――!!そうだった、風になびく旗にあたっても失格だった。あわてて確認したが、幸いにもなびくほど風は吹いていない。
「左舷は仕事したぞ!右舷回せぇ!」
『おっしゃ!』
回頭旗をかわし終えた荒井さんが咆え、右舷が必死で艇を回す。その間約五枚。右舷しか漕いでいないので、カッターは横揺れしながら回頭をする。その揺れの中で左舷のクルーは、立てたオールを倒し、ローロックに戻す。倒した時の勢いで、今度は逆にグリップが跳ね上がってしまうので、グリップを足で軽く踏むようにして足の力で勢いを殺す。何度も練習したおかげで、試合中でも慌てることなくできた。黒木がなんか騒いでるけど大丈夫だろ。俺には他の心配してる余裕はない!
左舷はオールを戻したらすぐさま用意だ。もうすぐ右舷が回頭を回し終える。
「左舷行くぞ!用意!」
『おら、きたあ!』
豆が痛む両手でオールのグリップを握り締める。練習で飛んでいたのは、痛みを気にして力が弱まっていたからだ。右舷が回頭し終わった直後の一枚目はカッターが旋回中なので、いつもより漕ぐときの抵抗が多い。だからそれに負けない、力のあるキャッチが要求される。豆が痛いからって力を抜いたらますますキャッチは入らない。覚悟を決めろ!
―――っ!!視界の隅に栄清のカッターが見える。やっと回頭を終えたばかり。差は縮まっている!
大きく息を吸い込み気合を入れる。絶対に追いつく!
「まえっ!」
キャッチを入れた瞬間に、ものすごい反動がグリップを握った両手に襲いかかる。ミチミチッと、何かが千切れるのを感じる。指をグリップにめり込ませる気持ちで握り締める。声にならない悲鳴を噛み殺す。絶対に力を緩めない!俺は勝つ!
―――ドンッ!
今まで感じたことの無い、力強く爆発したかのようなキャッチの手応え。オールがしなるのがわかる。筋肉が張った腕を伸ばして思いっきり引く。激痛が走る両手でハネをとる。息の上がった身体で返す。柳原とタイミングはドンピシャ!その勢いでキャッチ!
―――ドバッ!
さっき感じた手応えじゃない。でも今は柳原に合っていることが一番。俺ができる中で、STとして優先すべきは合わせること。そして追い抜く!
「回頭で追いついたぞ!このまま抜くぞぉー!!」
『うおっしゃーーーー!!!』
艇長の声に気合をみなぎらせるBクルー。
「メイン、ファイト!頼むぞお前ら!」
「おっしゃ!相馬も気張れよ!」
「おらきた!鬼頭ファイト!」
「まかせろぉ!おら、海青ファイトォ!」
『おっしゃぁ!!』
二人の掛け合いに触発されるように、皆が声を掛け合う。半分を過ぎたところで体力はほとんど使ってしまった。でもそれを忘れるくらい盛り上がってる!これが試合か!練習の時とは全く違う。前向きになれる雰囲気だ!これなら俺は頑張れる!絶対に勝ちを諦めない!




