第二十一話!
艇庫の外に出ると、大きな白い船が桟橋に向かってくるのが見える。あれが栄清丸。二年前に新造された栄清高校の練習船で、うちの海青丸より一回り大きい。
「加納こっち!」
桟橋でBクルーの一年と二年が並んでいる。黒木に呼ばれて俺、瀬戸、真辺は横に整列する。
「でかいな、あの練習船。」
「だよね、海青丸がものすごくボロく見える。」
海青丸も普通の漁船なんかに比べると遥かに大きくて立派なのだが、いざ栄清丸を前にするとかなり見劣りしてしまう。黒木がハッキリと声に出して言ってしまうので、俺たち漕艇部の後ろに並んでいる海青丸の乗組員の先生方が苦笑いを浮かべている。
大きな船体がゆっくりと桟橋に近づいてくる。おお、近くで見ると迫力あるな。栄清丸の甲板から栄清高校の学生がこちらを見ているのがわかる。100人以上乗っているらしいので大人数だ。あの中に漕艇部もいるんだな。
栄清丸は桟橋から10mほど離れた位置で桟橋に平行に並ぶように停船する。すると、桟橋に平行なまま桟橋に船体を寄せてくる。
「すご!船って真横にも動けるの?」
驚いた黒木が整列したまま俺に、声だけで聞いてくる。
「スラスターってのでカニ歩きができるらしいぞ。」
漕艇部に入ってから船のことにも興味を持ちだした俺は、たまに航海科の大場や真辺にいろいろ教えてもらっている。そうでもしないと、桟橋やカッターの上では専門用語が多いので覚えられない。その点、航海科は普段授業で習うことなので楽らしい。
栄清丸がゆっくりと桟橋に接岸する。カッターに付いているフェンダーとは比べ物にならないくらい大きな緩衝材を使って接岸の衝撃から船体を守る。その衝撃で桟橋が揺れている。ボーっと見ていたら急に揺れるのでバランスを崩しそうになる。無事に接岸完了。
下船のためのタラップを固定すると、続々と栄清の生徒が降りてくる。これからは各部によって試合場所が異なるので各々で移動となる。漕艇部はもちろん桟橋でやるので移動しなくていい。
「「「こんちはー!」」」
俺たち漕艇部は元気よく挨拶する。一応、お出迎えってことになってるから仕方ない。本当は準備で桟橋にいるなら見栄えがいいからやれって学校から言われたからだ。
先頭は野球部が降りてくる。バット担いでるからわかりやすい。その次はなんだ?バレーかバスケってとこか、背の高い奴が多い。羨ましい限りだな。次は……っとサッカー部。やっぱりボールとか持ってくれると分かりやすいよな。
「「「ちわー!」」」
大きな声で挨拶をしてきた黒いジャージを着た一団。こいつらが栄清漕艇部だ。黒いジャージだと聞いていたし、足元は大半がサンダル。決まりだな。背中には漕艇部の文字が白い刺繍であつらえてある。
「「「こんちはーっす」」」
俺たちも挨拶を返す。栄清の部長と思われる人が一歩出てくる。今はまだ三年生が来ていないので鬼頭さんが代表して挨拶をしている。これから練習をしてもらってから昼前に試合開始。初めての試合。むっちゃドキドキしてるわ。
黒いジャージの一団の中に荷物を持たされて、そろいのジャージを着ていない者が数人いる。たぶんあれが一年だ。海青院の漕艇部も、チームカラーの青いジャージを着ているけど、俺たち一年はまだ青ジャージをもらっていない。
「よろしく、これがうちのメンバー表です。そちらのはもう、もらっているから。」
「わかりました。さっそく練習でいいですか?」
栄清の部長からメンバー表をもらった鬼頭さんは、その紙を艇指揮の高瀬さんにわたす。そして、カッターを止めてある場所に栄清のみなさんを案内していく。俺たちも行ったほうがよかったかな?
「高瀬さん見せてくださいよ。」
待ってましたとばかりに瀬戸がメンバー表に食いつく。鬼頭さんの手伝いもしなくてはいけないと思いつつも、やっぱり気になる。
「さてっと……、うわさのルーキーは……。これだ、大神 拓海。Aクルーの12番。」
ふ〜ん。やっぱりAクルーか……。
「って、12番!?STなの!?」
「うお、ビビった!いきなり大声出すなよ。あれ?さっき艇庫で言わなかったかな。」
「言ってねえよ!……そうか、よりによってSTかよ。」
「誰がSTなん?」
聞いてきたのは俺の大声に寄って来ていた柳原だ。
「お、STがそろった。栄清の12番がうわさの大物ルーキーなんだよ。」
やっぱり得意そうに説明する瀬戸。
「ほんなら、加納のライバルやん。きばりや。」
「わかってるよ。でもAクルーとBクルーでいきなり差があるけど。」
そんなことを話していると、栄清のAクルーからでかい人が近づいてきた。
「すいません。テーピングってありますか?少しでいいんですけど。」
真辺よりは小さいけど、170cm後半はありそうだ。どう見ても一年の俺たちに、敬語を使うってことは同じ一年か?黒いジャージもたしかにデザインが若干違う。じゃあこの優しそうな坊主頭のこいつが大物ルーキー?
「はい、テーピングならあるよ。」
「ありがとうございます。」
俺たちの近くにいた高瀬さんが、テーピングを出してくれている。人のよさそうな奴だ。背中に刺繍は無い。
「あいつは違うぞ。」
瀬戸が俺の後ろから囁く。
「大物ルーキーってのがピッタリだけど?」
「9番から降りてきたの見てたから間違いない。メンバー表に一年の徳山 元気って書いてある。」
Aクルーに二人も一年がいるのかよ。じゃあどいつがうわさのルーキーなんだ?
「なあなあ、自分がうわさの大物ルーキーなん?」
柳原が軽いノリで話しかける。ナイスだ柳原!
「いや、僕は違います。たぶんそれは大神君―――、彼です。」
徳山が指差す方向にカッターから降りてこちらに近づいて来る一年がいた。あれ、思ったより―――。
「あれが大物ルーキー?なんや、小さない?期待外れや。」
柳原が大神を小馬鹿にしたように言う。そう、一年でAクルー。しかも中学生の時から漕いでいたという期待のルーキー。どんな奴かと思えば、身長は俺と大して変わらないので160cmちょっとといったところ。体格も確かに筋肉がしっかり付いてはいるが、鬼頭さんにはほど遠い。大物ルーキーもこんなもんかと思っていると。
―――ガバッ!
急に徳山がものすごい形相で、柳原の胸倉を左手で掴み上げる。
「大神君を馬鹿にするな!」
「―――が、かはっ。」
徳山の手を払い逃れる柳原。
「げほっ、くそ!何するんや!」
「大神君のことを悪く言うのは許さない!」
さっきまでの優しそうな表情を豹変させて、大神を馬鹿にした柳原を睨みつける徳山。びびった〜。いきなりすぎるぞこいつ。
「ちょっと!やめなさい!」
今にも殴り合いでもしそうな二人を、制止しようと声を出す高瀬さん。俺も悠長に見てる場合じゃないな。
「やめろ、柳原。今のはお前が悪いだろ。」
「ほんとのこと言っただけや!小さい奴に小さいって言って何が悪いんや!ただの感想や!」
胸にチクリとくる言葉だ。俺は二人の間に入って、柳原をなだめようとするが逆効果だった。
「まだ、言うのか!」
柳原の言葉に再び怒った徳山が今度は殴りかかろうとする。てか俺もいるんですけど!
―――バン!
巻き添えを覚悟した俺は目を瞑ってしまったが、徳山の拳が襲うことはなかった。俺たちと徳山の間に割って入り、徳山を制止したやつがいる。大神だ。
「元気、落ち着け。お前が怒ることじゃ無いぞ。」
「で、でも、大神君を馬鹿にする奴は許せない!」
徳山を右手一本で止めた大神は興奮している様子もなく、淡々(たんたん)と話しかけている。
「いいんだ。俺が小さいのは本当のことだ。別に腹を立てることでもないさ。それよりお前が手を出して問題になったりして、お前が試合に出られなくなったら本気でお前を怒るぞ。」
「ごめん、そうだね。」
ふう、大神のおかげでなんとか治まったか。しっかし、こいつは俺と同じくらいの体格で真辺くらいでかい徳山を止めやがった。俺なら吹き飛んでるな。
「悪かった。試合前だって言うのに騒いでしまって。」
何事も無かったかのような涼しい顔で俺に向かって謝ってくる大神。
「いや、いいって。てか、もとはと言えばこいつが悪いんだしな。むしろ止めてくれて助かった。」
「わいはなんも悪くないで。そいつがいきなり突っかかってきたんや。」
「話がこじれるから、柳原は黙っていてくれ。」
わざわざ謝ってくれた大神にまで、食ってかかろうとする柳原を真辺に預ける。まだ何か言いたそうな柳原だが、真辺には敵わない。
「あんたがうわさのルーキーの大神だよな?俺はBクルーの―――。」
「ああ悪い、興味ないから。それに、先輩達が呼んでる。元気、テーピングは貰えたか?もう出るって言ってるぞ。」
「うん大丈夫、急ごう。」
俺の自己紹介には目もくれず、背を向けてカッターへ走っていく。
……。ま、急いでたんだから仕方ないよな。そんな悪い奴には見えなかったし。
「腹立ってるな?」
いつの間に俺の背後をとったのか、瀬戸が俺を見下ろしていた。見下ろされるとなんかむかつく。
「別に、そんなんじゃねえよ。」
正直、少しだけ腹は立ったがわざわざ言うほどのことではない。
「ちなみにここに来て一番最初の感想が、『俺より小さい奴もいたんだ。』だってさ。」
イラっ!うわ、今むっちゃイラっときた!ほんの1cmか2cmしか違わんだろうが!
「って、なんでそんなことが分かるんだよ!?」
「栄清のBクルーの一年と喋ってたから。しかも、自分よりでかい奴に負けるのは死ぬほど嫌だってさ。言い返せば、小さい奴はアウト・オブ・眼中ってこと。」
「クソむかつく!」
前言撤回!大神の野郎!実力は奴が上なのは確かだろう。俺もでかい奴に勝ちたいと思っている。だから、同じ思いを共有できると思って話しかけたのに!今まで、小さい奴とは分かり合えると思っていたが、考えを改めなければ。
「おお〜い!栄清が練習してる間にウォーミングアップするって!」
腹ん中をグツグツと煮えたぎらせていると、黒木が呼びに来た。
「……?加納はなんで不機嫌なの?」
「さあ?とばっちり食う前に離れた方がいいぞ〜。」
首を傾げている黒木に、意味あり気に笑いながら走っていく瀬戸。
がしっと黒木の両肩を掴み、
「黒木、絶対に栄清に勝つぞ!真辺も!気合入れるぞ!大神に興味無いなんて言わせねぇ!」
叫んで走る!走る!
「加納!?何?なんなわけ!?大神って誰!?」
「……行こう黒木。みんなが待ってる。」
わけがわからない黒木も真辺に促されてついて来る。
ああくそ!なんか気合入った!勝ってやる!絶対に!




