第十九話!
「―――っだあ!はあ、はあ。」
筋トレ5セット目終了。もう腕が上がらなくなってきた。握力もなくなってきてバーベルを持っているのがやっとだ。
バーベルを逆手に持って肘を曲げ、腕の内側を鍛える筋トレ。バーベルを順手に持って下から胸の高さまで上げてから、頭の上までバンザイをするように持ち上げ、胸と肩まわりを鍛える筋トレ。腕を休ませるために腹筋と背筋。全部で4種類。全員での筋トレが終わってから一心不乱に自主トレをしている。
「もう上がろうぜ?先輩達はもう帰ったぞ。」
瀬戸が筋トレの後にもかかわらず、相変わらずの爽やかな笑顔で近づいてくる。
「おう、最後に柔軟だけしていくわ。」
座り込んで両足を開いたつま先に、左右逆の手をつけるように片方ずつ伸ばす。
「ちょっとやりすぎだろ?明日も朝からやるしきついぞ。」
「でももう、来週の日曜には試合だろ。全然時間が無いし。」
土日で学校が休みの日は朝から部活がある。朝は陸トレが中心で、ランニングと筋トレをして昼飯まで軽く漕ぐ。そのあとはひたすら漕いで漕いで、漕ぎまくる。おかげで新しい豆ができてしまった。今日の風呂も地獄のようだったな……。
「それに俺はみんなに比べて体力ないから、少しでも追いつけるようにしないと。今日の一本も最後まで合わせて漕げなかった。」
「一本は俺もダメだったな。最後は握ってるのが精一杯。加納もやっぱり一緒だったか。」
瀬戸は背も高く俺よりだいぶいい身体つきをしているが、それでも余裕がないのか。二年生もきつそうだったし当たり前か。
「だから少しでも力つけないと。一週間で意味があるかはわかんないけど、筋トレくらいしか思いつかないしな。」
「そうだけどさ、身体壊したら意味無いぜ。ほどほどにしとけよ。」
「いいんだよ。今まで本気になったこと無いんだから。こんなに本気でやろうと思えるものが見つかった。俺は運が良かった。」
「あ〜、何かクサイな。俺は帰るぜー。」
瀬戸は笑いながら部屋に帰っていく。お前はどうなんだ?瀬戸はどれぐらい本気なんだろうか?いつもひょうひょうとしていて、先輩をはじめ人に話を合わせるのが抜群にうまい。漕いでる時は俺からは見えない位置にいるのでわからないが、瀬戸が本気になっているところは見たことが無いと思う。
「待てよ。ラーメン食うだろ?」
バーベルを片付け瀬戸に追い付く。
「こんな時間に食うの?俺はパス。」
もうすぐ日付がかわるといった時間だ。確かに夜食には少々遅いかもしれない。
「筋トレして30分以内に夜食を食うと肉がつきやすいんだってさ。ちなみに鬼頭さん情報。」
「あの筋トレマニアの鬼頭さんか。あの身体はちょっと憧れるかも。でも俺はこんな時間には食えねえ。明日は十時に寮食前だよな。俺は寝るわ。」
瀬戸はそう言って部屋に入っていく。俺の部屋の二つ隣だ。さて俺もラーメン食べますか。
寮の部屋にはキッチンが無いので、各階に一部屋ずつある談話室でラーメンを作る。6畳分の畳のスペースと、もう半分が机のある台所のスペースを合わせて12畳ほどの部屋でテレビが一台置いてある。自分の部屋にはテレビは持ち込み厳禁なので、どうしても見たい番組がある時はここに来て、熾烈なチャンネル争いをしなくてはならない。今どきそりゃないだろうって感じだ。
「あ。ま、まだ起きてたんだ。」
談話室で深夜向けの面白くないテレビを見ながら、一人ラーメン(今日はしょうゆ味)を食べていると大場が入ってきた。
「おう。さっきまで筋トレしてたからな。早く食って寝ないとな。」
「あ、明日も、一日中、練習あるしね。……か、加納はさ、凄いよね。」
大場ともだいぶスムーズに会話ができるようになった。ひと月前に知り合ったばかりのころは、大場から話題を振ってくるなんてことは考えもしなかった。
「凄い?まあこんな時間にラーメンはあんまり食べないよな。でも食ってみると意外といける。」
大場に生返事を返しつつ、ラーメンをひとすすり。とんこつもいいけど醤油もありだな。
「ち、違うよ。ラーメンじゃなくて。」
「んあ?じゃあ何のことだ?」
俺はスープまで全部飲まなきゃ気が済まない。身体にはむっちゃ悪そうだ。
「れ、練習も頑張ってるのに、筋トレも、こんなに遅くまでやってる。」
「大場も頑張ってるだろ?一緒じゃねえかな。」
「い、一緒じゃ、無いよ。」
大場にしては大きくはっきりと言う。
「ぼ、僕もやろうと思ったんだ。で、でもだめだった。先輩の、練習には全然ついていけない。一本も、全然だめだ。筋トレも全然……。」
「そっか。じゃあ俺と同じだな。」
大場が俯いていた顔をあげる。
「俺もいつも、だめだと思ってる。今日の初一本は最悪だと思った。全然合わせられなかった。これじゃSTの意味がないっつうの。」
「そ、そんなことは無かったよ。すごくついていっているように見えたよ。」
「お世辞は言わなくていいぞ?」
「ほ、本当なんだ。お世辞じゃないよ。」
大場がお世辞が言えるほど器用じゃないってことくらいはもう、わかってる。スープまで飲みほした器を置く。
「おもてはともを見ることができるけど、ともからは見えないんよな。それって何か、不公平だよな。」
「そ、そうかな。でもそれはどうしようもないかな。」
「そうだな。大場がどんなに頑張って漕いでいても俺は全くわからないんだ。凄く辛くて、苦しくても気付いてやれないんだ。……それってなんか嫌じゃん?だからさ、そういうときは声をかけてくれよ。」
大場はきょとんとした表情で聞いている。なんか反応してくれないと言った俺が恥ずかしくなってくる。
「今日の一本で、俺に山下さんがBWから声掛けしてきたときになんだかワクワクしたんだ。けっこうきついと思ってるときだったけど、一番遠いところのBWに声を返そうとすると気合入れなきゃだろ?聞こえなかったら意味無いから本気で声出してさ、ちゃんと声が届くと凄く嬉しいんだ。そんときは辛いとか忘れられるって感じ。」
「そ、それはわかる。」
大場も同意してくれる。
「だからさ、大場もどんどん声出してくれよ。俺はこんなに頑張ってるぞってさ。ともの俺は気付かないから、一人の世界に行きそうになるんだよ。一人で漕いでるんじゃないぞ、みんなも頑張ってるんだって教えてくれよ。」
「わ、わかった。やってみるよ。声を出すのは、バテてもできる。て、艇長が、バテたら声出せって言ってるのは、そういうことかな。」
「そういうことだろ。おれもそう思うよ。」
もう時間は深夜の1時前だ。もう寝ないと明日がつらくなる。なにより体力を回復させねば。
「ご、ごめん。こんな時間まで話して。でも、話ししてよかった。ぼ、僕はとにかく、声出しをすることを、目標にするよ。おやすみ。」
大場はそう言って談話室から出ていく。なんか俺が一方的に喋っただけだったけど、まあ満足してくれたみたいだしいいかな。俺も寝よう。明日も一本やるかな?俺はとにかく合わせられるように頑張るぞ。




