第十五話!
GWに入って学校が休みになり、俺は朝から練習に出ていた。一年生は本来、GWは完全に休みで寮生も実家に帰省している。夏まで休みがないかもしれないので、今だけは休みを満喫して来いということらしい。俺以外の一年はみんな休んでいる。俺は実家に帰ってもとくにやることもないし約束もないので帰らなかった。
「おらぁ!おもてファイト!」
「おっしゃ!ともファイトー!」
『おらきたぁ!』
ドン!というキャッチの音を響かせながらカッターが沖に出艇していく。Aクルーは練習で出て行ってしまった。12本のオールがきれいに揃ってる。俺もSTとして最初よりは合わせて漕げるようになったと思うんだけど…。バテてくると自分のことでいっぱいいっぱいになってしまう。まだ試合を漕ぎきる体力がついていない。今のままじゃ、試合が終わるまでオールを握っていることもできないと思う。あ〜俺も漕ぎたい…。練習したい!
「ねえ、帰るでしょ?ついでに毛布持っていくの手伝ってくれない?」
物思いにふけっていると深川に荷物持ちを頼まれた。こいつもGWなのに実家に帰らなかった。
「毛布って座るところに巻くやつのこと?どうするんだ?」
カッターのそれぞれのポジションには座るところに毛布を巻いてある。それが無いと直に硬い木の板に座ることになり、先輩の話では尻の皮がむけてしまうらしい。それはそれは恐ろしいことになると田口さんが語っていた。
「これからは洗う暇がないから、Bクルーが休みのうちに洗うんだって。」
そうなのだ。Bクルーは一年が7人で大半を占めてしまっているので、GW中は二年生はAクルーに一緒に乗って練習しているのだ。俺は邪魔になるからと乗せてもらえなかった。
「わかった。どうせ寮に帰らないといけないしな。女子寮前でいいか?」
「うん。じゃあこっちね。」
そう言って自分の前にある毛布の塊のでかい方を指差す。てか倍以上あるじゃん!
「深川さん、これちょっと多くないですか?」
「え?でも、私は一回しか行かないのに加納に二回も運ばせるのも悪いし…。」
「あー、俺のノルマは決まってるわけね…。わかりましたよ。」
ポンツーンから寮までは約200mある。気合い入れていかないときついな。深川はさっさと自分の毛布を持って歩きだしてしまう。
「ちょい待てい。一緒に行かないと女子寮前で何やってんだって感じになるだろ!」
「えー、じゃあ早く来てよ。」
待つ気ゼロかい!一気に持ち上げて深川に追い付く。重い!寮までもつかな…?一方深川は涼しい顔で運んでいる。
そういえば深川はどうして漕艇部に入部したんだ?入部前は、鬼頭さんにべったりで狙ってますって感じで、もっぱらの噂になっていたくらいだけど。いざ入部すると意外と大人しい。艇指揮としての仕事もしっかりやっているみたいで、俺らが陸トレをしている時にも高瀬さんになにやら教わっている姿をよく見る。今だって本当は休んでいてもいいのに雑用をしている。
「うい〜、ここでいいか?」
女子寮の玄関の前にある柵の門のところまで持ってきた。男子はこれ以上入ってはいけない。途中、落とした毛布を深川に拾ってもらったりもしたが何とか持ってこれた。いい筋トレになりましたよ。
「うん、ありがとう。もう今日は終わるの?」
「いや、ちょっと走ってこようと思ってる。カッター乗せてもらえないんじゃ、それくらいしか思いつかないし。」
深川は毛布を抱えて女子寮に入っていく。え〜、自分で聞いてきたのに無視ですか?深川って何考えているのかいまいちわからん。
深川が戻ってきて二つ目の毛布の塊を持っていく。一生懸命って感じじゃなくて、黙々(もくもく)とこなしている。
「なあ、深川はどうして漕艇部に入ったんだ?」
再び戻ってきたところで、いい機会だから聞いてみることにした。
「……加納は何で入部したの?」
「俺か?俺はまあ、一目惚れ。去年の夏休みに見た漕艇部に心打たれてさ、もうこれしかないって思っちまったわけ。」
「ふ〜ん。じゃあ私も同じかな。」
「同じ?そうなの?鬼頭さん目当てとかじゃなくて?」
予想と違う答えに少しびっくりする。
「うん。私の場合はここに入学してからだけど。練習しているのを見てかっこいいと思った。艇指揮のよく通る声にすごく引かれたの。鬼頭さんのことはカモフラージュかな。女子で漕艇部に入るって言ったら意外でしょ?」
「たしかに女子で漕艇部はイメージないな。」
「だから、先輩目当てって言っておけばそんなもんかなって思うと思って。…それに、なんだか本気ってさ、言うの…恥ずかしいよ。」
少し照れながら、はにかみながら言う深川は今まで見た鬼頭さんにアピールしていると思った笑顔や、先輩に媚びているときのぶりっこや、クラスメイトと過ごしている時とは比べ物にならないくらい魅力的に見えた。
そうか、入部してから大人しいと思っていたのは何のことはない。深川がそれだけ真剣だったのだ。だから今も真剣にやっているからこそ、黙々と仕事をしていたんだろう。
「そっか、…なんか俺ちょっと誤解してたわ。悪い。深川も真剣にやってたんだな。」
「まあね。別に加納が謝ることじゃないよ。でも、恥ずかしいからクラスでは言わないでほしいな。」
「俺は別にいいと思うけどね。わかった言わない。漕艇部の一年のやつらには言ってもいいだろ?」
「…それくらいならいいかな。でも先輩には言わないで。」
同じように本気でやっている先輩には言ってもいい気がするけど。
「鬼頭さんには言ってた方がよくない?深川が近づくたび警戒してるぞ。」
そういう俺に悪戯っぽい笑顔で。
「それもなんか楽しいでしょ?あたふたしている鬼頭さんてかわいいし。」
お前は悪魔か…。いや小悪魔だな。鬼頭さんはあまり女子とじゃべるのが得意ではないらしく、同じ漕艇部の三年の高瀬さんと吉本さんとも普通にじゃべることができるようになるまでだいぶかかったらしい。
「あのごつい鬼頭さんがあわてる姿は確かに面白い。俺も楽しみができたな。じゃあ俺は走りに行くわ。仕事の邪魔して悪かったな。」
「ううん、べつにいい。じゃあね。」
そう言って最後の毛布を抱える。女子寮に入ろうとする背中に俺は声を掛ける。
「深川!」
「え、何?」
「頑張ろうな!」
少しキョトンとした後。
「…うん。」
満面の笑みを返してくれた。くそ、かわいいじゃねえか!
深川も本気で漕艇部に入っていることが分かってよかった。一年の八人目の仲間だったってわけだ。むっちゃ気合が入る!どこまででも走って行けそうな気分だ!




