第十話!
…今日は…はっ、遂に…、入部…はっ、はっ…一日目…だ…。はっ…はっ…、別に…興…奮して…る訳では…ないっ…はっ…。…もう少し…はっ…だっ…。
「よーし、お疲れ!加納は意外と持久力はあるみたいだな。中学は陸上部だったよな?」
「…は…い。でも…鬼…頭さん…二年…の夏まで…です。…はー、はー。」
「はは、悪い悪い、他が帰ってくるまでしばらく休んでな。」
――― あー、やっと息が整ってきた。
入部一日目は、一通り自己紹介をしてから、男子部員全員でのロードワークからだった。夏前までは、一年生の体力が練習についていけないため、AクルーとBクルーの練習メニューは分けることが多いらしい。最初は顔合わせってことのようだ。男子部員は三年生が十一人。二年生が八人。一年が七人で全員で二十六人だ。女子は三年生が二人いるだけで桟橋に集合しているらしくまだ会っていない。でも、高瀬さんには会っているので、もうあと一人しか女子はいないのか…なんか切ない。
俺の順位は十五位だった。寮のまわりを囲むように道があるのでそれを三周し、寮の裏の山の坂道を登ってきたところがゴールだった。三周はいいペースで走れたけど、坂道が鬼のようだった。壁のように見える坂は100m以上続いていて、着いたと思ったらそこからさらに右に左に曲がりくねった坂道が待っていた。坂道で何人かに抜かれてしまった。なんとか歩くことなく走り切ったが、最後の方は歩いてるくらいのスピードしかなかった。
「きつかったな!この坂はあかんて。なあ?」
俺より先にゴールした柳原が声を掛けてきた。卓球部だからと甘く見ていたが、鍛えられた身体はさすがに伊達ではない。
「…ああ、心が折れるかと思った。柳原は何位?」
「俺は九位やった。もう少しで相馬さん抜けたんやけど、ラストスパートでやられた。」
こいつ九位かよ!俺より全然速い!黒木も俺より速くて十三位。やっぱり元陸上部ってだけじゃちゃんとスポーツやってた奴には敵わないか。中学二年の時にやめてから、特に何もしてなかったし、三年の夏以降はこの高校に入るために勉強漬けの毎日だった。真辺は俺のすぐ後ろにいて十六位。でかいのに速いな。
「いたた、足パンパンになってもうた!」
「はは、だよねー。カッチカチやぞ!」
柳原の悲鳴に黒木が一昔前に流行っていたギャグを披露。くそ、こいつら元気ありすぎ!俺はしゃべる元気も無いっつうの!
「じゃあ、下りるぞー。走って下りるなよ。しっかり歩いて下りろよ。」
三年生で漕艇部主将の島谷さんの声に全員が坂道を下りていく。一番最後にゴールした佐藤は、まだ息が整ってないようで苦しそうだ。大場も最後から三番目で体力がついていかないようだ。そういえばブービーは三年の土屋さんだった。土屋さんは太っているので遅いのかと思ったが、どうも本気で走ってはいないようだ。大場は軽く抜いてしまうだろう。瀬戸も本気で走ってなくて二十一位でゴールしていた。三年生はあまり本気で走っていないので、本当は俺より速い人がほとんどだ。そりゃ皆さん筋肉ついてガッシリしているのだ、今の俺が敵うはずがない。それどころか、同じ一年でも柳原とはかなり差が付いている。
「復活したか?」
「あ、鬼頭さん。なんとか大丈夫です。」
鬼頭さんは一位だったらしい。この人に追い付くことはできるのか?今の俺には目標にならないくらい高い所にいる人だ。
「そういえば何で下りるときは歩くんですか?」
島谷さんの言葉に疑問を持っていたので質問してみる。
「あー、それは、歩いた方が疲れるから。走っちゃうと足に体重がかかる前に次の足を出して、その勢いで下りていっちゃう。でも歩いて足で体重を受け止めてから次の足を出すようにすると、足の筋肉に大きな負荷がかかる。一歩一歩踏みしめるように意識すると効果がでるぞ。」
言いながら足に体重を掛けるように歩いて見せてくれた。
「へえー。そんな理由があったんですね。全然知らなかったです。」
「加納は元陸上部だろ?そういうの教えてもらわなかったのか?」
「俺は、勝手に走っていただけなんで。練習方法とか考えたことなかったんですよ。」
「そっか、練習はきついけど手を抜くと半分も意味を成さないから頑張れよ。今日見てて、加納が一番伸びると俺は思ったから。」
「え、そうなんですか?でも柳原の方が全然速いですよ。たぶん瀬戸も本気で走ったら俺より速いと思います。」
悔しいが自分が思ったことを正直に言う。
「かもしれないけど、俺は加納に期待したいな。あと大場にも頑張ってほしいね。俺も入部当時はひょろひょろだったからな。ちょっとダブって見えるわけよ。」
「えっ!鬼頭さんが!?冗談ですよね?」
言いつつ鬼頭さんの身体を確認する。背は170cm少しあるくらいで高いわけではないのだが、Tシャツから覗く腕は丸太のようにでかく見える。胸や肩の周りもしっかりと筋肉がついていて見事な逆三角形だ。
「ほとんど毎日筋トレしてたら、こんなんなっちゃっただけだから。加納も頑張れば大丈夫だから!」
「俺は無理かと思いますが…。」
そんな話をしながら坂道を下りて行った。このあとは桟橋でカッターに乗るらしい。待ちに待った本格的な練習がついにできる!鬼頭さんのように俺も本当になれるのだろうか?でも、期待してくれているってのは嬉しい。少しでも期待に応えられるようにやるぞ!全力で!