月の砂 (創作民話10)
昔のことです。
ある村の森の奥深く、男が泉の湧き水を桶に移していると、そこに見知らぬ女があらわれました。
「わざわざ、ここまで水くみに?」
女がたずねてきます。
「母が病で伏せておるんだ。せめてうまい水をと思うてな」
まともな食い物も食べさせてやれない。すべて貧乏のせいだと、男は話して聞かせました。
「でしたら、その水を水瓶に張って、月を映してごらんください」
「月を映すだと?」
「さすれば、月の光が金の粒となるでしょう」
「まさか……」
「翌朝には、水瓶の底に月の砂が沈んでおります。それを集めて売り、母様に孝行してください」
女はそう言い残して立ち去りました。
その夜は満月でした。
――やってみるか。
男は母親に水を飲ませたあと、残りを水瓶に移して庭先に置きました。
月が水瓶の水面に浮きます。
「これで金の粒がとれるとはな」
男は半信半疑で月を見上げました。
翌朝。
おどろくことに水瓶の底に、わずかですが金の粒が沈んでいました。女が話したとおりになったのです。
男は金の粒を集めました。
それからその金の粒で、さっそく薬を買って母親に飲ませ、滋養のあるものも食べさせました。
その晩。
男は桶二つに水をくんできて、二つの水瓶に水を張りました。水瓶を二つにすれば、倍の金の粒がとれるのではと考えたのです。
それぞれの水瓶に月が浮きます。
ですが翌朝にとれた金の粒は、水瓶ひとつ分の量と変わりませんでした。それぞれが半分になり、それは何度やっても同じでした。
ある月夜のこと。
男は家の庭先で、いつものように桶の水を水瓶に移していました。
と、そこへ。
「母様の具合はいかがでしょうか?」
あの女があらわれました。
「すっかり元気になった。あんたが教えてくれた月の砂のおかげでな」
「よろしゅうございましたね」
女がうなずいてほほえみます。
かたや男は、この女の正体がずっと気になっていました。ただの女でないことだけは確かなのです。
「ところであんた、ここらあたりの村の者じゃねえようだが、どこから来たんだ?」
それとなくたずねてみました。
女が月を指さします。
「月から?」
男はおどろきました。
ですがすぐに、女が月の者だと信じました。
なにせただごとでは、月の光が金の粒になるなどありえないことなのです。
「どうかこのことを」
「むろん、だれにもしゃべらん」
「いいえ、そうではありません」
女が意外なことを口にします。
ほかの者にも月の砂のことを伝えてほしいと。そして最後に頭を下げました。
「みな、食べることにこまっておりますので」
「すまぬが、それはできぬ」
男は首を振りました。
みなが水瓶に泉の水を張れば、おのれの取り分がそれだけ減ってしまいます。
「そうですか……」
女は悲しみに満ちた目をして、男の前から立ち去っていきました。
それとともに空はにわかにかき曇り、黒い雲が月をおおい隠していきました。
翌朝。
男は知ることになります。
水瓶の底にあるのが金の粒ではなく、そこらにある砂と同じであることを。
さらには……。
それまで集めていた金の粒も、すべてただの砂に変わっていたのでした。