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ダンシングガール

作者: 花南



○アンファンテリブル ○アリア ○花嫁 ○臥薪嘗胆 てんこもり ○パズル ○遺跡 ○夢 ○硝子 ○寄生虫 ○紫陽花 ○月食 ○ムーンウォーク


のうちから3つ以上つかう。



「ダンシングガール」


 その男は蠧魚みたいな男だった。いいや、害虫ならばまだ扱いは軽いほうだ、寄生虫のような男だ。

 そんな男の元に嫁ぐことになったのは、生まれたときからだった。お父さんはその人に復讐したかったのだ。私を育てることを、自分の人生も私の人生もすべてその復讐のために使った。

 お父さんはその男に好きな人を奪われたんだとか。だから好きでもない私のお母さんと結婚して、それで財産だけ持ち逃げされて子供の私が残ったとか説明していた。

 だから私はお父さんに邪魔扱いされていたんだ。だけどある日、私を使って復讐することを考えたみたい。

 お父さんは私に淑女としての教育と、毒を与えた。

 私は小さい頃からヘムロック(毒にんじん)を食べさせられて育った。体が毒なのだ。私を抱いた男は、みんな死に至る。

 お父さんが好きだった人が死んで、一年も経たないうちに、その男はお父さんが持っていった私との縁談を大よろこびで引き受けた。

 私はお父さんの復讐のために好きな人と交わることもできない体にされて、そして好きでもない男に抱かれる。別に悲観したことはないけれども、幸せだと思ったこともない。

 この男を殺したあと、私はどうするべきなのだろう。愛してもくれない父親の元に戻るべきなのか、それとも結婚することもできないままどこかへ姿を消すべきなのか。


 そうして嫁ぐ日がきた。

 私は綺麗なドレスを身に纏って、教会で偽りの誓いを交わした。

 さようなら、ゴミ男。さようなら、最低なお父さん。さようなら、私の清らかな体。


 その夜、私はベッドの中で男を待った。何度もお父さんに教えられたけど、名前なんてどうでもいいから覚えていない。だって過ぎ去る人ですもの。

 蒸し暑かったから窓を開けたわ。そうしたら不思議なことが起こったの。

 窓の外、つまり空中をね、歩いている男の人がいるのよ。しかも前に進むように見せかけて後ろに動くの。

「何をやってるの?」

 何故飛んでるの? より先に私はそう聞いた。

「ダンスの練習」

 男はそう答えた。

「月食の夜にね、ダンスする約束しているんだ。妖精たちはダンスに厳しいからね、しっかり練習していかなきゃ」

「どうでもいいわ。今から取り込み中になるから他所で踊ってて」

 私はぴしゃっと言ってのけた。男は首をかしげる。

「僕も取り込み中だよ、君がどっかいったら?」

 生意気な男だった。

「私は、どっか行けるなら行きたいわよ」

「そこにいなきゃいけないの?」

「そうよ。そのために、育てられたんだから」

 私が俯いてそう言うと、男は窓からぬっと体を中にいれてきた。そして私の体を軽々と持ち上げると、そのまま空を歩きだす。

「ちょ、ちょっ! 高い高い! おろしてよ」

「おろしたら死ぬよ? 首の骨折れるかも」

「地面におろして!」

「ねえ、ここからちょっといったところにある、遺跡知ってる? 全部硝子でできていてさ、月明かりできらきら光って綺麗なんだよ。そこでダンスする約束しているんだ」

「知らないわよ。ねえ、ちょっと。あそこで馬鹿男殺さなきゃいけないんだからあんたの御託に付き合ってる暇はないのよ!」

 男は気にせず私を抱いたまま空を歩く。

 私は落ちないように必死で男の首にしがみついた。

 やがて、少し開けたところに遺跡が見え始める。男は地面に降りて、そこで石床を見下ろした。

「これをね、こうしてこうするの」

 指示代名詞だらけの文脈。彼は石床をパズルのように動かし、真ん中のスイッチみたいな石を踏んだ。

 するとどうだろう、湖の真ん中にある硝子の遺跡まで、浮石が出てくるではないか。

 男は私を抱きかかえたまま、その石の上をかろやかに歩く。まるでダンスをしているかのように。私はもう下ろしてと言うのも馬鹿馬鹿しくなって、黙ってこいつがどこに行くのかを見ていた。

 硝子の遺跡の中庭は、たくさんの紫陽花で埋め尽くされていた。とても、綺麗だと思った。

「綺麗だと思った? 赤い紫陽花のところは死体が埋まってるんだってさ」

 いらない情報ありがとう。私はあんたが嫌いだ。

 そうして彼は、ダンスホールについたところで私を下ろした。

「ここだよ、ホール。広いでしょ?」

「まさかここで『僕のダンスを見ろ』とか言い出すんじゃあないでしょうね?」

「まあそれも悪くないかもね」

「悪いよ。すごく迷惑」

 腰に手を宛てて私が腹を立てると、男はひとさし指を立てて、時計を指差した。

「どうして硝子でできていると思う? これ自体がね、巨大なグラスベルなんだよ」

「グラスベル?」

「硝子をこすってやる音楽。知らない?」

 知らないよ。

 そのとき、秒針が十時を指した。硝子が、ベルベットの上をすべるようなやわらかく心地よい音を奏で始める。

 反響し、呼応し、また反響し、きれいなハーモニーがホールを埋め尽くした。

 ああ、この曲なんだったかな。アリアだった気がする。

「ここの領主さんね、すごく心が寂しい人だったから使用人をいっぱい殺しちゃったんだって。だけどこの遺跡は、綺麗なんだよね」

 青年はぽつぽつと呟く。

「複雑だよね。綺麗なだけじゃ、人間は終われないんだって。僕らとは違うんだ」

 あんたは何者なの? という問いをする前に、私はこの夢のような光景と、そして目の前の夢の具現化したような美青年を見て、言った。

「夢と現実は、違うんだよ」

 私の目の前にある現実は、慰めなんかでは消えない。

 青年は極上の微笑みを浮かべて、私に手を指し伸ばした。

「じゃあ、僕たちと同じになる?」

「は? 死ねってか。お前が死ね」

「口悪いね。別に僕は幽霊じゃあない。歴とした悪魔だよ」

 やっぱり人外だったか。私は舌打ちをする。

「君の望む未来を用意してあげる。僕は君のその生意気なところが気に入ったんだ」

 いらないところを気に入られた私は、少し躊躇した。こいつについていけば、人生少し変わるのかなって。それとも魂を抜き取られて地獄に落ちるのかしら、今とどう違うんだろう。

「やめておくわ」

「そう?」

 悪魔は私を止めようとはしなかった。

「助けてもらって『ちゃんちゃん』な主人公にはなりたくないの。私は、自分の足で歩く」

 きっぱりと言った私に、悪魔は微笑した。

「気が強いね」

「だから、帰るけどいいわよね?」

「どうぞお嬢様。でも忘れないで、僕はあなたのすぐ傍にいます」

 悪魔は私の鎖骨のあたりを突いて、言った。

「あなたの中にある、心の毒が僕の正体。たいそう甘美な、蠱惑的な毒なのです。だからあなたも食われぬようにゆめゆめご注意を」

 私はにやついて、悪魔の戯言をてきとうに笑い飛ばすとそのまま屋敷まで帰っていった。



***

「どうしたの? 月食がそんなにめずらしい?」

 相棒に声をかけられて、私は馬車に乗る足が止まっていたことに気づいた。

「昔会った悪魔が、私の毒は私をいつか呑みこむかもって言ってたのを思い出して」

「ふうん。あってるかもね」

 相棒の男は興味なさそうにそう言った。

 私はあのあと、蠧魚みたいな男を殺して、その後もいろんな金持ちの中を結婚しては殺して、遺産を奪って、そうやって富を築き上げた。相棒、と呼んでいる男は、唯一私に殺されていない貴族だった。

「その悪魔、僕に似てた?」

 笑った相棒に、私はべーっと舌を出して「全然」と言った。

 そう、あんたのほうがずっと優しいよ。ブスだけど。私も優しくなりたいな、できれば美人のまま。

 相棒はおかしそうに笑って、私を馬車に招き入れた。

 今日はダンスパーティーがある。

 踊れる足があるうちは、人生を踊り続けたい。

 私は私のダンスホールを自由に踊れるままでいたいんだ。だから、誰かに支えてもらって空を歩くのは、あれが最初で最後。

 おしまい。


(了)

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