3話 逃亡(1)
少女は道無き道を走っていた。ゴールなどまるで見えない、森の中の薄暗い道程。右肩からは血が溢れだし、激痛が襲う足も限界が近い。
しかし、止まるわけにはいかない。
「ーーーー…!!!」
「ー!、…。ーーー!!」
少女を追う者達の声がする。
どれも野太い野蛮な男達の声。それらは慌てているようだったが、少なくとも十人はいることを少女は確信していた。このままでは見つかる。
闇に放り込まれたような気持ちになりながらも、少女は走る。
「あっ…………!!!」
木の枝に足をとられた。踏み出そうとした足が前にいかない。体が前に投げ出される。転倒。
「ううっ……」
激痛に耐えながら体を引きずりそばにある木に体を寄せる。
肩から流れ出る血は一向に止まる気配がなく、同時にその量だけ身体中の力が抜けていくような感覚が少女を襲う。
「……みんな……」
少女の口から漏れたのは仲間を求める声。せめて死ぬ前にもう一度、願いと共に諦めが含まれた呟きだった。
自然と首から下げているペンダントに手にとる。木の繊維で編み込まれた紐に、このあたりでは貴重な石が一つついているだけの簡易な作り。
だが、少女にとってはかけがえのない妹からもらった大切なものだった。
「おいっ!いたぞっ!!」
「……っ!!」
見つかった。
今にも折れてしまいそうな足を踏み出す。流れ出す血が居場所を教えてしまっていたと少女が気づいたのはその時だったが、今はそんなことを考えている余裕は、ない。
「殺すなよ!生け捕りにしろ!」
男たちは容赦なく追いたてる。殺すなといっているものの使っているのは殺傷性の高い武器ばかり。
本当に殺す気がないのかどうかは怪しい。
「ちっ!捕まらねぇ!矢を使え!!」
その大声と、少し遅れて複数の風切り音が少女に迫る。周辺の木々に次々と鉄の刃が突き刺さっていく。
「ううぅっ!!」
矢の一本が少女の脇腹を掠める。致命傷ではなくともただでさえ満身創痍の状態だ。大きな傷には違いなかった。
それでも少女は逃げる。足を止めない。
もうかれこれ数時間はこの死の追跡を受け続けていた。
簡素な布で作られた少女の服は血の染み込んでいない場所の方が少ない。足も傷だらけで爪もところどころ剥がれている。もういつ倒れてもおかしくはなかった。
「もういい!銃だ!撃て!!」
突如背後から破裂音。少女の身体に緊張が走る。少女の仲間達もこの音と弾丸と共にいなくなっていった。
今度は少女の番。どんな命をも飲み込もうとする鉛の弾は少女の足をすくませた。
「ああっ……!」
一瞬。少女の足が止まりかけたその一瞬の間に弾が少女の右足を貫いた。足の支えがなくなり体は地面に突っ込む。
「ま、まだ…………」
捕まらない。捕まりたくない。その言葉を少女は吐き出すことはできなかった。
「あ"あ"ああああああぁぁっ!!!!」
追い付いてきた男達の内の一人が少女の手を思い切り踏みつけた。
続けて二回、三回。ボロボロになった鉄屑をすりつぶしていくような音と少女の絶叫が響き渡る。
「手こずらせやがって……矢も弾も金を食うんだ。お前にはその分も金になってくれねぇとなぁ?」
「でもお頭、これ以上やると本当に死にますぜ?今も相当やばそうですし」
「なぁに、こいつらはそんなんじゃ死なねえよ。死んだ奴いたか?」
「いや、死んだ奴はいないと思いますぜ、まぁ死んだら死んだで素材を剥ぎ取って売り捌けばいい金にはなりましょうや」
頭と呼ばれた男ともう一人は互いに愚劣な笑みをこぼす。
「そういえばこいつに似た小さい奴がいたな……姉妹かなんかか?」
「確かにそうっすね……どっちも上玉だし一緒に売れば相当高く売れるんじゃないすか?」
「それいいなぁ?ちなみに妹っぽい方はどうなってんだ?」
「多分今ごろはロハスの裏市の方に連れてかれてると思いますぜ。確か抵抗したから結構……」
「グチャグチャっすけどね」
その瞬間、少女のペンダントから目も眩むほどの青白い光が男達の視界を覆い尽くした。
好きなものこそ上手になるべきだと思うんです。
勉強なんて……