1話 森の中から
更新は相当後になると思いますが、作者が個人的にいまのせておきたいと思ったので投稿させていただきました。
拙い文ですがよろしくお願いします。
少年は道に迷っていた。いや、正確には道に迷いこまされていた、だろうか。少年は異常なほど伸びきった草をかき分けながら森を進んでいた。明け方に森に入り、まだ半日もたっていないはずなのに、その森のなかはどんよりと薄暗い。
「まいったなぁ…」
額と首元から出た汗を気怠そうに拭う。季節は春のはずなのに夏のように蒸し暑い。その事が少年の体力を少しずつ奪っていた。
流石に歩き疲れたのか足を止めて、肩に背負っていた袋からタオルと替えの服を取りだす。着替えた服は先程までの服装とは異なっていた。重みのある胸当てやメイルなどは一切ない、軽装といってもまだ足りないほど。むしろ、着た服の枚数や重みなどは日常の服装に近い。その上に小麦色の下が長めのコートに身を包む。ちょうど足先のブーツと首から上、顔が見えているといった形である。
「よし、やるか」
少年はそう言って袋を背負い直してーーーー
姿を消した。
同時にたった今少年がたっていた場所から強風が巻きおこる。木々の枝が激しくしなり、その幹さえも目にわかるほどに大きく揺れる。落ち葉や小石はバラバラに飛び散りながら巻き上げられ、伸びきった草は強風によって地面と並行と成るほど押さえつけられる。
まるで嵐が過ぎ去ったのかのようだった。
しばらくして強風がやむと、息を切らした少年が姿を現した。
「これだけ、…………走っても、…………ハァ…ハァ、…抜けられないなんて、……」
彼は突然、「ああーーっ!負けたぁーー!!」と声をあげたと思うと地た面に大の字に体を投げて叫ぶ。
「ミミーっ!俺の負けーっ!ここから出してー!」
すると、森の先程までの風景が嘘のように一変した。木々のガサガサ揺れ動く音が大きくなるに連れて視界が明るくなっていく。気づくと、明るい日の光が枝の間から差しこんできていた。
少年の周りにも光が当たり始める。突然の眩しさに少年は目を瞑った。
ウフフッ、アハハッ、とイタズラが成功して満足したというような小さな子供の声がこだまする。どこからともなく聞こえていたその声は雑草を分ける音と共にはっきりした声になった。
「ヤッター!!ボクの勝ちーー!!」
声の主は少年の頭上をクルクルと飛び回る。
薄く半透明な左右対称の羽、人の大人の手ほどの大きさの体長は彼女の可愛らしい容貌と相成って、彼女の周りが光で彩られているかのように見えた。大抵の人間なら初めてその様子を見るだけで悩殺されてしまうだろう。しかし、少年にはそんな妖精少女との出会いに感動している様子はない。
「ミミさ、こんなにホイホイ俺に姿見せてていいの?『妖精って姿見るのも奇跡だっ!』ていうイメージがあったんだけど…」
「ボクは許可が出てるからいーの!お母さんから『少しは学習しなさい!』なんて言われてるし、学びの一貫ならきっと怒られないもん」
「………ああ、そう……」
少年は目に見えるほどに肩を落とす。確実に話の内容からして世間知らずを直してこいと言われているようなものだ。それを悟ったライトの表情からは心底呆れたといった感情が見受けられた。
「と、とにかく!ボクはやっとライトとの勝負に勝てたんだ!半年前の約束覚えてるでしょ!絶対守ってね!!」
ミミの方もそんな意味合いがあると分かっているようで、少しばかり恥ずかしげにしていた。
ライトがミミと出会ったのは半年前。森でライトが薬草を採取している時だった。突然森が薄暗くなり、夜になったのかと思ったライト。彼が急いで走って森を抜けようとしたとき、ミミの魔法を破った所から始まる。
その当時からミミは姉からもう少し外の世界を知りなさいと言われていたので、外にでるために色々と特訓をしていた。そして最初の腕試しの標的として狙ったのがライトだった。
本人曰く、
「薬草を取りに来たただの一般人に見えた」
ということだから、一応自分の実力を未熟とした上で実行しようとしたのだろう。残念ながら、実力の前に人を見る目の方が未熟だったわけだが。
そうして、ミミがライトを迷わせることができるようになるまで特訓の手伝い、もとい勝負をすることになった。
勝負とは先程までやっていたこと、つまり妖精の魔法の一つ、森に相手を迷いこませる魔法を使ってライトを森に迷いこませることができるか、というもの。実に半年間勝負を行ってきてライトは一度も負けたことがなかった。以前勝負したのが少し間を空けて一ヶ月前。そのときはまだ二時間ともたなかった魔法持続時間が半日もつようになるとは驚くべき成長である。
また、同時にそのときに二人の間である約束がされていた。それは、
「俺が負けたときはミミと一緒に町を見て回る、だっけ?」
ミミが負けたときはその一日の薬草の採取をやってもらう。そしてライトが負けたときはミミに町を案内する。それが二人が交わした約束だった。
○○○○○○○○○○○○
「あー、やっと帰ってこれた」
ライトは先程までいた森に最も近い町、グエノに帰ってきていた。城壁などと言うようなでかい堅苦しい石壁などとは縁がないのどかな町だ。必要な店は揃っているが規模は村が少々大きくなった程度。周囲も野原や丘などで囲まれている平和な土地なせいか、すむ人々も穏やかな人ばかりだ。
ライトはいつも懇意にしている宿に直行する。普段なら少し寄り道して屋台で色々と買うのだが、今日はそれをやると色々とまずい。
「すいません、いつも通りで一部屋お願いします」
「おお、お前さんか、今日は遅かったな。なんかあったか?」
店主に聞かれ、少し心臓が高鳴るが、不自然な顔をしないように善処する。
「いえ、今日は森の奥まで入ってしまって。途中で迷ってしまったんですよ。でも、そのお陰で袋も薬草で一杯です」
そういって、ライトはパンパンになった袋を掲げる。
「そいつはよかったな。ほれ、鍵。いつも通り2階の左の部屋だ」
「ありがとうございます」
ライトは鍵を受けとって階段を上る。そして、部屋に入ると大きく息を吐き出した。
「はぁーーー、どうにか通り抜けられた…。ほらミミもう出ていいぞ」
するとパンパンに膨れていたバッグから
やつれにやつれてしまったミミがはい出てきた。
「し、死ぬかと思ったぁ……」
「まぁ良かったじゃないか、一応外に出られて」
「それでもバッグに押し込められるのはおかしいと思う!」
ミミがビシッ!と指をライトに突きつける。「ごめんごめん」と、笑うライト。
「でも何でわざわざボクを隠して町にはいったの?」
ミミは「なんで?」とばかりに首をかしげる。対してライトは困ったように苦笑した。
「んー……どういえばいいかな………」
新大陸。
それは約百年前に発見された大陸だ。当時の船乗りたちが新しい航路を見つけようとして、偶然発見された。と、文献に載っている。
最初に新大陸を発見したのはリギア帝国。資源として乏しい鉄鉱石等が得られると判明した新大陸をすぐさま開拓することに決定した。
名のある冒険者、豪農、貴族、学者その他様々な身分をもつ人々が新大陸にわたった。最初のうちは海の沿岸の土地を拓いていくのみだったが、長い時間を使って内陸にもその手を伸ばしていくことになる。
新大陸には帝国の土地では見られない動植物が自生、生息しており、研究の方はいっそう進むことが予想された。しかし、それに反して開拓はいっこうに進まなかった。というのも、新大陸には開拓民では到底太刀打ちできない大型の猛獣や、先住民である獣人種がいたからである。
彼らは内陸の開拓に抵抗した。そのために帝国は重要な人材や物資を次々と失ってしまったのだ。
そのあとも帝国が新大陸への移民を募集したり、冒険者ーー今では開拓者と呼ばれているがーーが新しい土地を開拓しているがそれから時間がたっても開拓は大きく進むことはなかった。しびれを切らした帝国は新大陸に軍を投入。新大陸側と帝国の戦争が始まることとなった。
当初優勢だった帝国は破竹の勢いで進軍し内陸の半分近くまで軍を押し進めた。なんといっても軍の銃や大砲を用いた集団戦法に新大陸側はなす術がなかったのである。しかし、その勢いも止められることとなった。なぜなら、新大陸側の獣人達、さらには竜、それまでお伽噺だけの存在であったエルフや妖精たちがまとまって抵抗し始めたからだ。彼らは魔法や人にはない身体能力を駆使し帝国軍に反撃した。さらにそれだけではない。帝国軍の兵器を奪取し、それらを自分達で扱い始めたのだ。
思わぬ猛反撃にあった帝国は軍を内陸から海岸やその周辺一帯の開拓地まで引いた。そこで、新大陸側は思わぬ要求をする。戦争の中断、つまり、休戦である。敗色濃厚だった帝国軍に対してこれは願ってもないことだった。
「……で、今年で休戦が始まって10年とちょっとってところかな」
ライトはそこで一旦説明を切る。
窓から外を見やると既に日は沈んで、辺りが暗くなっていた。ライトはもうこんな時間かと思い、説明を終わらせようとミミの方を向く。
しかし、
「スーー、スーー」
質問をして来た等の本人は既に夢の中に入っていた。
「あらら、寝ちゃったか………まだ質問に答えてないんだけどなぁ……」
そう言いつつ、ライトはハンカチを取り出してミミにかける。
ミミが気持ち良さそうに眠るのを見てから、ライトは自分に言い聞かせるように説明を続ける。
「……………休戦は悪いことじゃなかった。
でも、帝国は休戦に出向いた新大陸側の交渉人を罠にはめて、その存在を消したんだ」
その顔はどこか悲しげで、遠いどこかを見据えているようだった。
その後、交渉は決裂と発表した帝国は新大陸側を攻撃し、新大陸側は敗走を続けた。なぜなら消された交渉人は新大陸側の重要人物、全体の統括者だったのだ。
頭を失った集団は脆い。ほどなくして新大陸側は敗北した。再び交渉の場が設けられ、表向きには休戦したことになっているがそんなものは名目上のもの。
元々新大陸にいた人種、種族はことごとく差別や迫害を受けている。
「だから、ミミを隠さなきゃいけなかったんだ」
その一言で、ライトは誰も聞いていない説明を終える。
重くなった夜の静けさだけが、ライトの言葉を受け止めていた。