第四章 旅立ち(1)
村につくなり、ラーラはすべてをグロリアに話した。寝ずに待っていたグロリアは、充血させた瞳をさらに赤くさせた。
「本当にごめんね。ラーラを信じて話すべきだった」
顔を覆い、声をくぐもらせるグロリア。そんな母の姿を見ていられず、目を閉じて首を振った。
「聞いていたら、それはそれで興味を持って街に下りてしまったかもしれない。後悔はやめよう。ヴィックさんは生きているんだから」
二人は、とりあえず、と椅子に座った。なんだか、グロリアがいつもより優しい。けれど、いつものように厳しく、明るくしていて欲しかった。いつもと違う日常は、不安さを煽るだけだ。
「あのね、母さん」
森で泣きながら考えたことを口にする。
「何?」
「もしかしてこの種族を私たちの代で終わらせるつもりだったの?」
グロリアは言葉につまる。そして、顔を伏せながら声をしぼりだす。
「……その通りよ。あまりに不幸な出来事が続いたから。街の人にも、不信感を与えてしまったし……。森が守ってくれていなかったら、もしかしたらその人たちに滅ぼされていたかもしれない」
ラーラは複雑な気持ちだった。それは、悲しいことのようにも思えたし、こんなことになるぐらいなら、種族が滅亡しても仕方のないことだとも思えた。
「本当は、母さんたちの代で終わるつもりだった。いいえ、ずっとずっと、先祖様はそう思っていた。けれど、恋すること、人を愛することは止められなかった」
誰かの命を犠牲にしなければいけない種族など、滅んでしまえばいいのに。
先祖たちはずっと、その思いにかられ生きてきたのだろう。
「実際、この種族の人口は減った。残りはここにいる十人だけ。不思議なことに、女しか生まれないの。そうじゃないと、種族同士でこの不幸な出来事が起こってしまうからかしらね」
悲しく笑うと、グロリアは伸びをした。
「とにかく、あなたも体を休めなさい」
「平気だよ」
「ダメよ」
グロリアは母親の顔で厳しく言った。その顔がヴィックの母親の面影と重なり、ラーラはまた目頭が熱くなった。
でも、もう、泣かない。
「ゼフィラのところに行きたいの」
グロリアは沈んだ顔を見せそうになったが、すぐに笑顔を取り繕った。
「そうね。ラーラが一番親しかったんだから、勇気付けてあげなさい。ゼフィラはあなたと違って繊細だから、いろいろショックを受けているかもしれないわ」
やっぱり、この村ではゼフィラが優遇される。でも、それでいい。
「ゼフィラは、私の妹だから」
その言葉に、グロリアは驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。つられてラーラも笑った。
その後、軽く食事を摂った。落ち込んだからといって食べないわけにはいかなかった。
けれど、さすがにグロリアは腕を振るうことなく、パンとジャムが食卓に並ぶだけだった。二人は無言でそれを口に運ぶ。
ヴィックが一人で住む部屋よりも、少しだけ狭い家に、身を寄せ合うようにして生きてきた。
「私、この村のこともっと知りたい。教えて」
ぼそぼっそとしたパンを唾液で湿らせながら噛む。うまくしゃべれず、ラーラは水を飲んだ。
「母さんたちはなにも知らないの。これ以上は、本当に何も」
グロリアは首を振る。ほとんど村から出たことが無いのだから、それも仕方ないのかもしれない。ラーラは歯がゆくて思わず唇をかみ締める。それならば、とため息とともに口を開く。
「どうにかしよう、って思わなかった?」
グロリアは、ちらり、と窓の外を眺め、ラーラに視線を戻した。そして、潤んだ瞳を隠すようにうつむいた。
「私たちは、世界と関わりあいたくなくなってしまった臆病者なの」
悲しそうに呟き、パンをかじる。
世界と関わりあいたくないという気持ちはわかる。未遂に終わったものの、あの絶望を、もう二度と味わいたくないのはラーラだって同じだ。けれど、それでは前に進めない。
「私、調べようと思う」
グロリアはパンをかじる手を止めた。
「調べるって、何を」
「私や、母さんやみんなが、将来、自由に生きていける方法を。普通の人間になるための方法を探す」
しばし沈黙したグロリアは、視線を落とした。手はテーブルの上で、パンをいじっている。あまり食は進まないようだ。
「それは、いつの時代の人だって調べてきたわ。それでも解決法なんて見つからなかった」
「でも、時代は変わっているの。海の外には違う世界もある。もっと広い世界がある」
海、といって、あのニオイを思い出した。潮のニオイ。胸に下がる小ビン。
果たせなかった夢を叶えたい。
「怖くないの? 世界が」
ラーラはうなずいた。不思議と怖いものなんかなかった。小さく微笑むと、グロリアは頼もしそうに娘を見た。しかし、顔をしかめる。
「反対よ。今回はよかったけど、いつ悲しいことが起きるか」
「うん……」
それはそうだ。しかし、どうしても黙ってなどいられない。
諦めたように、紅茶を飲んだ。しかし、ラーラの好奇心は、一度発動したら止まらない。
どうしよう。どうしたら、みんなが幸せになれる?
咀嚼するリズムに合わせ、頭をめぐらせる。
そこで、思わずそのリズムを止めた。
いい案が浮かんだ。これだ、これなら……!
そう思うと気合が入り、とにかく自分が元気でいることが一番だと思った。そうすれば、おいしくない食事だって食べられる。
世界は恐しくなんかない。私たちの未来を作るためならなんでもやる。
気合を入れ、ラーラはパンを飲み込んだ。




