第五章 闇の森(2)
翌日も、朝から愉快な踊りを披露した。
しかし、お金と笑いを手に入れることが出来ても、肝心の情報は手に入らない。今日も、集まった人たちがクモの子を散らすように去っていく。それが、どうも嫌だった。自分の元から、誰かが去っていくのは怖い。
日が傾き始め、最後の踊りを踊った後、いつものように観衆に声をかけた。
「些細な情報でも構いません。どんな病気でも治すお医者さんを知っている方はいませんか」
今日も、反応なし。そんな医者、知っていたら病気で死ぬ人はいなくなる。今の医学では治らない病気は山ほどある。
諦めて、今回集まった小銭を袋に詰める。もう入りきらないほどいっぱいになっていた。嬉しいことは嬉しい。こんな特殊能力があったというのは良い誤算に違いない。話題を呼んで、昨日来た人が友人を連れ再び足を運び、どんどんと観衆が膨らんだ。
それでも、情報がない。やっぱり、こんな血筋を矯正してくれる人なんて、いるわけない……。
ラーラがため息をついていると、ひとりの女の子がちょこちょこ近付いてきた。
「あたし、しってる。なんでも治すおくすり作ってる人」
金色の髪を二つに結った、五、六歳の女の子。ラーラはしゃがんでその少女の顔を見た。
「ほんとう?」
少女はうなずく。そこに、同じ髪の色をした女性が慌てて近付いてきた。
「こら、変なこと言わないの」
少女を抱き上げる。おそらく母親だろうと見当をつけたラーラは急いで立ち上がった。
「待ってください。変なことでもいいんです。教えてください」
その母親は少し迷ったように、川に視線を移した。そして、辺りを気にして小さな声で言った。
「ウソか本当かわかりませんよ。ただ、そういう噂があるっていうだけで」
うんうん、とラーラはうなずく。初めての光明だ。
「あの、山、見えます?」
指差したのは、川の上流の山だった。大きさが分からないから、遠いのか近いのかわからない。
「あの山に、どんな病気でも治す科学者がいるっていう話です。そこには他に人も住んでいて、その科学者のおかげで平均寿命二百歳とか」
「凄い……」
「でも、実際その山を登れる人はいないんですよ。ふもとの森が、とても迷いやすくて辿り着けないとか。だから、人が住んでいるかも怪しいんですけど」
ためらった割には、結構しゃべってくれる。人がいるかもわからない山の中の村なんて、まるで自分の村と同じではないか。
「それに、その科学者、ものすごい変わり者らしいですよ。一人では行かない方がいいかもしれません。喰われちゃうかも」
その時、天文時計がごーん、と重い音を鳴らした。
「もう帰らなくちゃ。それじゃあ。十分気をつけてくださいよ。私は責任持てませんからね」
そそくさと二人はラーラから離れた。少女はばいばい、とラーラに手を振る。つられて、ラーラも笑顔で返した。
喰われちゃうかも、という言葉に自嘲する。
別に、落ち込まない。そんな暇はないと、ラーラは早速荷物をまとめにかかった。路銀はたっぷり貯まったし、ここにいる理由もない。
すると、隣から声がかかった。あの中年の男性。
「よかったな、ねえちゃん。身内に病気のヤツがいるんだろ。これで助かるじゃねぇか」
ぷっくり出たおなかにギターを乗せた男性は、本当に祝福しているのか怪しい顔でねぎらってくれた。
「はい。どうも、お騒がせしました」
すると、その男性はふん、と鼻で笑った。
「本当に。お客ぜーんぶねえちゃんに持ってかれたよ」
あはは、とラーラはごまかし笑いをした。
「でもよ……あまりに真剣だったからさ。その科学者がいるといいな」
それ以降、男性はラーラの方向を見ることもなかった。
ラーラはぺこり、と頭を下げ、橋を去っていった。自分から、誰かの元を去るのも寂しかった。
ふと、誰かの視線を感じ、振り返る。たくさんの人がいて、誰もがラーラを見ているような気がする。背筋が凍りそうな、恐ろしい気配だった。肌の色が黒い異国の人が、こちらを見ているよう。旅人にあんな厳しい視線で見られる理由は特に無いので、気のせいだろう。きっと、ずっと踊っていたから面白がっているだけだ。そう言い聞かせる。そうでなければ納得出来ないくらい、恐怖を感じる視線だった。
ひとつ、ため息をつく。
人の多さに疲れたのかもしれない。気を取り直し、歩き始めた。
目指す先は、側に見えるあの山。
山、というのは近くに見えて、実は距離がある。ということを、ラーラは初めて、身をもって実感するはめになった。
明日まで待って、準備を整えてから来ればよかったと後悔したとき、すでに辺りは暗闇に包まれていた。しかも、すぐ側には店も家もない。野宿決定だ。
そのとき、もう一度視線を感じた。畦道で立ち止まり振り返ると、遠くに男性が立っているのが見えた。薄暗くて、誰だかわからない。けれど、感じだ。
ヴィックだ。あの視線の正体は、彼だったの?
突き飛ばして、ケガをさせたことを怒って追いかけてきたんだ。あんなことをしておいて、姿を消したのだから当然だ。ヴィックだって男なのだ。ラーラは何をされるのだろうと、恐ろしくなった。
ラーラは顔を青ざめさせ、すぐにきびすを返した。森に逃げよう。あそこならば、ヴィックを受け入れないかもしれない。
走り出し、森を目指した。遠く感じた森も、思いっきり走ることでようやく辿り着く。
その間、追いつかれやしないか、何度も後ろを振り返った。
しかし、暗いせいか、ヴィックはなかなか追いついてこなかった。ヴィックはすぐに立ち止まり、きょろきょろと辺りを探る素振りを見せていた。ラーラは見えるのに、彼には見えていないのか。もしかしたら、自分は普通の人よりも夜目が利くのかもしれない。だから、逃げ切れた。
森に入り、大きな木の陰に身を潜め、息を整える。
そこは、ラーラの村の入り口にあるような森だった。うっそうとしていて、音も光も吸収してしまうような闇を携えている。
ごくり、とラーラは喉を鳴らす。
自分の住む山の森よりも、気のせいか広そうだ。しかも、あの女性はこの森を迷いの森だなんて言っていたし、ちゃんと辿り着くことが出来るのだろうか。ヴィックをまくつもりが、自分が迷ってしまうかもしれない。
しばらく森の入り口の木の陰で立ち止まる。
けれど、ここにいても仕方ない。というか、怖い。ヴィックが来る。会いたいけれど、そんなことを言っている場合ではない。今は、ヴィックが怖かった。
いや、しかし。臆病風に吹かれてはいけない。
昨日まではいい宿で眠ったんだし、一日二日寝なくてもいい。そう判断し、ラーラは闇の森へと足を踏み入れた。大好きな人から逃れるために。
さすが、闇の森。
昼間でも、その森は明るさを取り戻すことはなかった。それは、ラーラたちの村のふもとのあの迷いの森とは大きく違うところだった。
森の奥深くに進んでいたつもりが、いつの間にかスタート地点に戻ってしまうのだ。ヴィックも同じように迷っているのだろうか。それとも、諦めてくれただろうか。そうなると、もう会えないかもしれない……そう考え、どんなに罵倒されてもいいから、ヴィックに会いたくなってくる。それどころじゃないのに。嫌われることが今までなかったので、人から怒りを買うということが怖くてたまらない。
ヴィックに嫌われたら、どうしていいかわからない。
それならばまだいい。もし、毒が効いていなかったらと思うと、会うことは出来ない。毒が聞いているだろうが、絶対とは言いきれない。自分を信じられない。もう、あんな怖い思いなどしたくない。
ラーラは、すでに三日、この森をうろついている。
そして、また、夜がやってきた。昼間でも暗闇とはいえ、夜の闇はもっともっと深くなる。
街に戻るのも億劫なので、毎日ここで野宿をしていた。お金がなくて野宿するのと、お金があって野宿するのでは、ラーラの意識が違っていた。気分的には「野宿してあげている」という余裕があるため、ひもじい思いはしなかった。けれど、ここは闇の森。恐怖はある。ヘビやクモなどは、たいして恐ろしくはない。
ただ、眠るのが、とても怖い。
その間に、森に吸い込まれて、二度とここに戻ってこられなくなってしまいそうだった。
そんな時は、あの絵本が心の支えになってくれた。絵本を抱きながら眠ると、不思議と安堵感が生まれた。大丈夫、ここに戻ってこられる。毎日毎日、絵本はラーラの腕に抱かれていた。まるでヴィックに抱かれているかのような心地になる。優しかったころのヴィックに。
四度目の朝を向かえ、しっかりと握っていた絵本をザックに戻す。薄暗いので、いくら目をこすっても視界は拓けない。これでも、ヴィックよりは見えているはずだ。ヴィックはもう、諦めた。きっとそうだ。それにしても、体が痛い。
正直、引き返してちゃんとしたところで眠りたかった。
しかし、街に戻ることは出来ない。ヴィックに会ってしまう。
どうにかして、この森を抜けないと、とは思うのだけど、なにせ木に寄りかかって眠る毎日なので、足も腕も腰も頭も……とにかく全身が痛い。ヘビはやたら出没するし、虫も何度口や鼻に入ってきたか。
足にはマメも出来たし、服も体も汚れている。マメからは出血が止まらない。些細な傷でも、治らなくなってしまっていた。昔はこんなことなかったのに、毒を飲んで以降、そんな体質になってしまった。
体勢を整えるべきか、とも思うけれど、ラーラは意地になっていた。ヴィックに会うのも怖い。それに、街に戻ったら負けを認めたような気になってしまう。勝ち負けの問題でないことは百も承知。でも、そうでも思わないと嫌になってしまいそうだった。
とりあえず、今日もここで休もう。代わり映えのしない風景の中、野宿場所を決定する。
ザックから乾いたパンを取り出し、少し口に含む。ゆっくり噛んで、流し込む。水筒の水はもうなくなっていた。毒を飲んでから、食事量もだいぶ減った。食べ過ぎるとお腹が痛くなってしまう。
意地を張ってもしかたない。食料もこれで最後だし、水がなくなったのは痛い。体も完全に戻ったわけではない。朝起きたら、いったん、引き返すか……ヴィックもいないだろうし。
ラーラはうとうとし始めた思考で気の緩んだことを思っていた。ザックの中にパンを放り込むと、瞬時に眠りの世界が訪れた。仮眠の時間のようだ。
どれくらい眠ったか、森の中では判断できなかった。でも、漆黒の闇ではない。おそらく、朝か、昼だろう。さて、そろそろ起きないと。目をこすり、ぼんやりと開く。
「あ、起きた」
横から、ひょい、と長い髪の少女が現れた。ここの森に来てから誰にも会わなかったので、ラーラの口はうまく動かなかった。
「あ、わわわ」
「あわわ、って。そんなに驚かなくてもいいじゃない」
ふてくされたように言う。
年頃は、声の調子からするとまだ十四、五才といったところか。長い髪はラーラと同じくらいで、腰まである。その毛先のほうだけ、微妙にカールがかかっていた。薄暗い森の中でも、きらきら輝いているように見えるから、金髪なのだろうか。
ふと、自分の髪に目を落とす。……まるでヘビみたい。森の中何度もヘビに遭遇し、追い払ってきたラーラは背筋を凍らせた。
そんな森で野宿できるって、やっぱり神経が図太いんだな、と自分に呆れた。そうでなくてはこんな旅をしようとは思わないだろうけれど。
ラーラはその少女に声をかける。一度、口の中を唾液で湿らせてから。
「あなた、どこのどなた?」
その問いかけが面白かったのか、少女は笑う。
「あたしは、この山の上のほうに住んでいる、バニラっていいます。そういうあなたは、どうしてこの森を何日もうろうろしているの?」
どうして知っているのだろう。驚いた顔でバニラを見ると、ああ、と上を見た。
「森の神様が言ってたの。どうしても、森を抜けたい人がいるから助けてあげなさいって」
すると、周りの木々がざわざわと揺れた。風はないのに。
さらに驚いてバニラを見ると、金色の髪を揺らす。
「すごいでしょ。あたし、森の神様とお話が出来るの。ここはね、村の人間以外は誰も入れないの。ただし、あたしと一緒なら別だけどね。あたしは森の神様に愛されているから」
「はぁ」
なんと言ったらいいものかと、ラーラは言いよどむ。
どうやら、冗談抜きでバニラには妙な力があるらしい。
そこで、橋の上で聞いた話を思い出す。
『あの山に、どんな病気でも治す科学者がいるっていう話です。そこには他に人も住んでいて、その科学者のおかげで平均寿命二百歳とか』
と、いうことは、バニラはその不思議な一族の一人、ということになるのだけど。
まじまじと見るが、表情まではわからない。バニラは居心地が悪そうに肩をすくめた。
「それより、おねーさんの名前は?」
「あ、ラーラって言います」
色々なことを調べて、自然に覚えたのは、『街に住む普通』の人にはファミリーネームがあることだ。
しかし、ラーラの村にその名前を持つ人はいない。それで区別する必要もなかったし、少数の部族では意味もなかったのだろう。
だから、バニラにファミリーネームを問われるのを少し恐れていた。でもバニラはそれを聞くこともなく、立ち上がってラーラに向かって手を出した。
「なんか、用があるんでしょう? あたしの村まで案内する」
にこにこと、邪気のなさそうな顔で言う。ラーラはようやくこの迷路のような森から抜けられるとほっとしていた。もしかしたら、バニラにもファミリーネームはないかもしれない。
バニラは変わった子のようだけど、ここまできたら、森の神の使いにも見える。
「あれー、おかしいな」
森の神の使いは、あっさりと道に迷った。
「ちょっと、あなたこの森まではあっさり来られたんでしょう」
「そうだよー。だって、たまに街まで遊びに行くし」
こちらの種族はラーラの所と違って、社交は自由なようだ。確かに、森の神云々だけで、別に誰かに迷惑をかける話でもないしな、とラーラはバニラに呆れつつ、朗らかなその姿に少し癒されていた。
ずっと難しいことばかり考えて、悲しい経験ばかりして、心はかなりぎすぎすしていたようにも思う。
「よく見えるわね」
ラーラと同じくらい、木にぶつかることなく進んでいくバニラに、賞賛の声をあげる。
「え、何が?」
自分の見えるものとそれ以外の人との違いが分からないらしい。説明は面倒だからはぶいた。
今は早いところ到着したい。喉も渇いた。森も薄暗い状態から、漆黒に変わろうとしている。
「ねえ、喉渇いた」
振り返り、バニラがラーラに言った。
「それは私のセリフ。もう水筒もからからなの」
「そうなんだ。じゃあ頑張らないとね」
すると、バニラは木に耳を押し付けた。
「……何してるの」
すると、バニラは口に人差し指を当てた。仕方がないので、しばらくおとなしくしておく。
数分たって、ようやくバニラは木から耳を離した。
「たぶん、こっち」
本当? という猜疑心の思いを顔に出すラーラの手を引き、バニラはずんずん歩いていった。
「バニラって、木と会話出来るの?」
ちょっとワクワクしながら尋ねると、少しラーラに顔を向けて言った。
「え、そんなことできるわけないじゃん」
「じゃあ、今のは何よ」
「なんとなく」
自由。
自由すぎる。こういう人とどう接していいかわからない。ラーラは面白いと思う反面、少し困っていた。
しかしそうなると、森の神様という話も胡散臭さが増したではないか。すべてはバニラの妄想なのか、それともとぼけているのか。
とにかく、疲れたからどちらでもいい。ラーラはただ後ろについて行くだけだった。人懐こいのか、バニラはずっとラーラの手を握っていた。
森を抜けるときは、一瞬だった。
明かりが見えた、と思うと同時に、息が止まるほどの光に包まれた。バニラの金色の髪がより輝きを増す。
しかし、そう思ったのもつかの間。すぐに明るさに慣れると、それはすでに夕方の薄暗い世界となっていた。
しかし、ようやく森を抜けられた。ラーラは開放感で、思わず深呼吸する。
「ラーラ、もうちょっと登ればあたしたちの村だから」
休む間も与えてくれず、ラーラは足をもつらせながらついてゆく。
「あの、ちょっと聞きたいことが」
「んー?」
「つい最近、私の他に誰か来た?」
先に、ヴィックが到達していたら危険だ。ラーラは足を止めると、バニラもそれに習う。ようやく顔を見た。可愛らしい、丸顔の女の子。
「来てないよ。さ、行こ行こ」
何かのステップを踏むように、バニラは歩き出した。
ヴィックは諦めたんだ。ほっとしたような、悲しいような。でも、これでいいんだ。ラーラは疲れた足を引きずりながらそれについて行った。
なだらかな傾斜の上り坂。山とはいっても標高は低い。さして辛い思いはせずに登ることができた。ラーラの村と一緒だ。
すぐに、バニラの言う村が姿を現した。それはラーラの村同様、コテージのような家が並ぶだけだった。丸太がむき出しになっている簡素な家で、大人が二人住む程度の広さしかない。それが、一定間隔を置いて十棟ほど建っている。人はラーラの村よりも多そうだ。
少し懐かしさを覚え、ラーラはその風景を見つめていた。久しぶりに、故郷に帰ってきたみたいだった。とはいっても、村を出てまだ数週間しかたっていない。この村だって、同じ国に属しているし、それだけで懐かしくなるなど情けない。
「あのね、ラーラ」
歩きながら、バニラは先ほどよりもトーンの低い声で言う。
「何?」
立ち止まり、バニラは振り返る。先ほどまでの、無邪気さを具現化したような顔ではなく、少し冷めた大人のような顔だった。よく見ると、バニラの瞳は深い緑色だった。
「さっきの、森の神様っていう話、家族にはしないでもらいたいの」
どうして、と喉まででかかったが、辞めた。事情があって話せないことがあるのは、ラーラだってよくわかっている。
「わかった。絶対に言わない」
強い言葉で言うと、バニラは安心したように笑顔になった。
「うち、大家族だからうるさいけど、勘弁してね」
再び、ラーラの手を引き歩き出す。その後姿は、先ほどまで見ていた邪気のない背中ではないように思えた。
バニラはあるコテージの前に立ち、ドアを勢いよく開けた。
「ただいま!」
「おかえりー」
奥から、恰幅のいい女性が出てきた。手を前掛けで拭いている。髪の毛は、バニラと同じ金色で、短くカットしていた。
「これ、ウチのおかーさん」
というやいなや、バニラの頭ははたかれた。
「親に向かって『これ』っていうんじゃないよ」
「もー、いちいち叩かなくてもいいじゃない」
ぷー、と膨れる。その顔を、バニラの母は呆れた様子で見ていた。
「いつまでも子供みたいな真似して。……ところで、そちらの美人さんは?」
美人、三回目だ。褒め言葉って、女性に言われてもドキドキするものなんだ、とラーラは顔を赤らめながら自己紹介する。
「ラーラと言います」
「ふうん。黒い髪って珍しい。この辺の人じゃないみたいだね。どっから来たの? 何しに?」
矢継ぎ早の質問に、ラーラは動揺してしまう。どこまで正直に言うべきか、決めていない。そこで、バニラが口を挟んでくれた。
「森の中で何日も迷っていたから、連れてきちゃった」
バニラの助け舟に、ラーラはほっと胸をなでおろす。身長は、ラーラよりちょっと小さいくらいだが、頼もしく見えた。
「あんた、また人を拾ってきたのか」
呆れた口調と、しかめた眉。どうやら、バニラはいつもこんなことをしているらしい。そう思ってバニラを見ると、ぶんぶんと首を振る。
「まだ二人目じゃない! いつもだれかれ構わず連れてきてるみたいな言い方やめてよ」
二人連れてくれば十分だろう。でも、拾ってもらった手前、何も言えなかった。
「でもねぇ、ウチには泊めるところなんて……」
「あ、私はどこででも寝られますから」
あの森で野宿したのだから、もう怖いものはない。しかし、バニラの母はとんでもないと、首を横に振る。
「お客さんを放り出すことなんてできませんよ」
「それなら、あの家がいいんじゃない? 今は誰も住んでないし」
「そうだねぇ。雨風しのげるし、ウチのうるさいのがいるよりも落ち着くんじゃないの? 夕飯はウチで食べてもらうことにしよう」
どうやら、話がスムーズに進んでしまっている様子。置いてけぼりを食らわされたラーラは、戸惑いながらその二人のやり取りを見つめていた。
「じゃあ、ラーラにはそこに泊まってもらおう」
「そこって?」
尋ねると、バニラはにっこり微笑んだ。
「まあまあいいじゃない、細かいことは気にしなーい」
二人そろって、あははと笑う。
「ちょっと、待って。なんで隠すの」
さすがに、神経の図太いラーラでもその言動には不安が付きまとう。
「あたしもラーラと一緒にそこに寝泊りするから安心して」
ね、と腕を組まれる。
「いやいやいや、なんで安心とかそういう話に……」
「こら、バニラはただ朝寝坊がしただけでしょうが」
母にとがめられ、バニラは肩をすくめた。
「だって、ひとりじゃ……ねぇ」
なぜか、この親子は目配せをしあう。
「だから、何があるの、そこ」
ラーラの問いに答えたのは、家のドアだった。
「ただいまー。あ、おきゃくさんだっ!」
その謎の家について追求することも叶わず、泥だらけになって帰ってきた子供たちに囲まれてしまった。
「おねーさんどっからきたの」
「おねーちゃんの友達?」
「遊んで遊んで」
何人いるだろう。ラーラは目でその金色の頭を数え始めた。
短い髪二人、長い髪三人。男の子二人と、女の子二人のようだ。
「ごめんねー、弟と妹たち。ほら、あんたたち、挨拶なさい」
「こんにちわっ」
合わせた声が新鮮だった。ラーラの腰に腕を巻きつけて、離れようとはしない弟たち。髪の毛を興味深げに触る妹たち。なんて懐っこい兄弟なんだ。ひとりっこのラーラには到底理解できない世界だった。
「ど、どうもこんにちは。ラーラです」
確かに、この騒がしさと人数じゃ、この家に泊まることは無理そうだ。
けれど、いったいどんな家なんだろう。ラーラはもみくちゃにされながら不安でいっぱいだった。




