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『浮遊』

「泳げる様になりたいんです、お願いしまーす」

「…………………………」

「ちょ、なによかその顔。怖いから止めて……下さい」


 確かに見開かれた白い瞳は恐怖を誘う。魔法使い本人は意識せず、珍しく珍しいモノを見る様な顔で珍しい依頼者を見ていた。

 燃える様な赤髪を短くし、衣服も行動しやすそうなモノだ。快活と言うのがまさに似合うだろう、16か17才あたりの少年……いや、少女だろうか?


「仲間のみんなはふつーに泳いでるのに、私だけどーしてもダメなのよ。水に浮かないって感じで」

「…………………………」


 魔法使いが何も言わなくとも、赤髪はその口を止める事は無い。石造りの椅子に座りながら、机に置かれていた菓子に手を伸ばしている。


「太ってるとか、そういうのじゃないと思うんだけど。だって私と同い年で胴回りが二倍はあっても泳げる子がいるのよ? 名前忘れちゃったけど……あ、この焼き菓子おいし。あなたが作ったの?」

「…………………………」

「あー、お菓子と言えば、最近学校からの帰りに友達と一緒にお菓子屋寄っちゃうんだよなぁ。ダメだーって思っててもどうしても食べに行っちゃって。その所為なのかなぁ、最近胸ばっかり大きくなって走る時邪魔で邪魔で」

「…………………………」

「そんな事言ってると、友達に睨まれちゃうんだけどね。寄越せー寄越せーって。魔法使いさんはそういう事無いの? って男の人にはある訳無いか。そう言えば男の人って胸が大きい方が好きって聞くけどその辺は?」

「…………………………そろそろ、願いを叶えて良いだろうか?」


 多少辟易した様な声色を出し、赤髪の言葉の洪水を止める。

 赤髪もうっかりしていたと言った顔をして、ぺろりと舌を出す。


「ごめんごめん、なんかあなた話すのってなんとなく楽だからさー」

「それは良かった。で、依頼は何であったかな」


 本当に珍しく、彼は心底呆れているのかもしれない。それを声色以外に見せないのは、枯れていると言う事なのかもしれない。


「んーとね、とりあえず水に浮ける様になれればいいや。後はなんとかするし」

「水に、浮く…………ふむ、ではこの魔法か?」


 少し迷った後に、赤髪の手を握る。黒髪の少女と違い、日焼けと鍛錬の痕が見れる強い美しさを感じ取れる。


「女にもすんなりと触れるんだ、意外」

「何か言いたい事でもあるのかね?」

「いや、童貞っぽかったから」


 今度こそ。白皙の顔が石膏の様に固まる。

 この趣味を始めて以来、依頼を投げ出してしまおうかと思った魔法使いであった。


「あ、図星だった? それともまさか童貞だから魔法使いに――――」

「君に授ける魔法は『浮遊』。試しに、浮いてみたまえ」

「は? ――――ッキァアァァ!?」

 赤髪の身体が浮いたのを確認し、手を離し操作を放棄する魔法使い。次の瞬間、洞窟であるにも関わらず、まるで誰かが意図的に吹かせた様な風に巻かれ、赤髪は頭を洞窟の天井にしたたか打ちつけられる。



「いったぁ~……今の、絶対ワザとでしょ!」

「相性は悪くない様で何より。後は君次第だ」

「聞けよ!」

「断る」


 ギャーギャーと騒ぐ赤髪を無視し、突風を吹かせて洞窟の外へおいやる魔法使い。


「ちょッ、バカ! 見るなアホ! 上向くな!」

「私には女性の下着を見て興奮する趣味など無いよ。ましてや君なら尚更」

「こっのぉぉぉぉぉ! 覚えてなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 罵声を放つ赤い風船が飛んでいく姿を眺めながら、溜め息を一つ。


「……騒がしい客だった」


 文句も一つ。ああいった女性を煩わしいと思うのは、やはり彼の性格であろうか。

 とは言え、全否定している訳では無い事を、口元が示していたが。


 暫くして、また呟く。


「しかし、泳ぎたいと願われてもな。私もどの様に泳いでいるのか知らぬのだから、あれで良いのかも分からない」







「あの後大変だったんだからね。飛んでる鳥に捕まってようやく地面に降りれて、その後また風に飛ばされたりして。自分で調節出来る様になるまで三日は掛かったんだから、もうお腹空いてお腹空いて」

「それが私の洞窟に侵入し勝手に調理を始める理由になるのかね?」

「仕方無いじゃん、帰ろうにも飛ばされそうで怖いし、ここなら一応暮らせそうだからさ。私は浮くなりなんなりして寝るから大丈夫でしょ? あ、この鳥食べないなら貰うわよ」

「調節出来る様になったと言っていただろう。帰りたまえ」

「か弱い女の子に一人で帰れだなんて冷たいなぁ。もっとこう、年上らしく包み込むような感じに」

「魔法が与えられた者には身体に細工をしている。獣や野盗の類であれば君の拳に耐えられはしまい」

「つれないなぁ、そんなんだから童貞魔法使いなのよ」

「よろしい、ならば表に出よう」

 

「冗談だからすみませんそんなにこやかにしないで下さいお願いします」

「何を言ってるのかね、笑みと言うのは友好的になる為の素晴らしい表情だ」

「笑顔って威嚇の表情が転化したものじゃなかったっけ?」

「分かっているなら何故その舌を動かせる?」

「質問に質問で返すとテストで点数貰えないんだぞ!」

「学校も試験も何も無い身には関係無い話だよ」

「お化けかお前は!」

「残念、魔法使いだ」


 その後、舌戦を繰り返すも、赤髪の少女――リンが魔法使いの洞窟に居座る様になったのは言うまでも無い。

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