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スロースターター

作者: 水聖

「秋企画」で書いた「メッセージ」の続きです。

今回は駿也目線で。


オレの名前は谷本駿也。

陸上部だった親父が「足の速い子になるように」と願ってつけた名前らしい。

その願いは、半分くらいは叶ったかもしれない。


中距離から長距離は結構速い。

高校のときは県大会にも出場して、セミファイナルまで行ったこともある。惜しいところで入賞は出来なかったけど。


でも、短距離は苦手だ。


理由は、スタートでいつも出遅れてしまうから。


「スロースターター」これが、当時のオレにつけられたあまり有り難くない通称だった。



スタートするとき、前だけをみていればいいのに、つい周りを見てしまい、それでどうしても一歩遅れる。

短距離走におけるこの出遅れは致命的だ。

そして、つい出遅れてしまう悪いクセは、競技だけにとどまらなかった。




三上奈央に会ったのは、高校に入ってからだ。

同じ市の中学出身で、最寄り駅が隣り。


当然、顔をあわせる機会が多く、自然と親しくなった。っていっても、世間話を交わす程度だったけど。

三上はすごい美人ってことはないけど、色白で可愛い顔をしているし、明るくて話題が豊富だから、一緒にいて楽しかった。


高2のときには同じクラスになって、話す機会も増えた。

たまに学校から駅まで話をしながら帰ったりしたこともあって。こういう関係がずっと続くといいな、なんて勝手に思っていた。


でも、この関係は突然終わってしまう。


理由は、隣りのクラスで三上と同じテニス部の奴が、三上に告って、ふたりが付き合い始めたからだ。


同じ電車の中、仲良く並んで腰掛けて楽しそうに話している二人を見るのがイヤで、いつも乗っている車両を変えた。


そう、間抜けなことに、こういう状況になってオレは初めて三上に惚れていたことに気づいた。

オレが先に告白していたら三上はどうしていただろう。

もちろん断られたかもしれない、でも、こんなに、情けないような惨めなような、なんともいえない気持ちにはならなかったかだろう。


オレは後悔した。

でも、もちろん今更どうにもならないことだった。



ほんと、スタート遅いよな、オレ。




多分、本気の初恋と初失恋。

三上との思い出はほろ苦い。


オレと三上との、というより、オレの三上への一方的な思いは、これで終わり。


の、はずだった。



それから、三上に関して、新しい思い出はとくにない。


このことがあってから間もなく、オレにも彼女が出来て、三上のことはもう気にならなくなった。

彼女とは、いろいろあって3年の夏に別れたけど、その後も何人かと付き合った。


三上のほうも、たぶんいろいろあったのだろう。

たまたま同じ大学だったから、何度かキャンパスで見かけた。いつの間にかテニス部の奴とは別れたようで、オレの全然知らない男と一緒だった。だけど、特になんとも思わなかった。

三上のことは、もう、遠い思い出にすぎない。

そのうち、きっと忘れてしまうだろう、そう思っていた。



けれど、3年後、突然かかってきた1本の電話で、オレは思いがけず三上と再会することになる。


楽しい再会ではなかった。



それは、彼女の親父さんの葬儀の席だった。




久しぶりに見た三上は、ちょっときれいになっていたけど、とても儚げで辛そうに見えた。

泣いてはいなかった。

まだ、泣けないんだろうな、きっと。

オレにはそれがよくわかる。



三上と仲のよかった柴田に聞いたところによると、親父さんはガンだったらしい。

まだ50代の前半で、進行が早かったことと、忙しく働いていて検査が遅れたこともあり、見つかったときには、手遅れだったとか。

しんどいよな、それ。


親って、いるのが当たり前だと思っているけど、いなくなるとその当たり前のことが、どれだけ有り難いことだったかがわかる。

12のときに、突然おふくろがいなくなったときは、どうしたらいいのかわからなかった。

葬式が終わって、納骨も済んで頭では「死んだ」って理解しているつもりなんだけど、どこかで、どうしても「これは何かの間違いだ」と思っている自分がいて。

でも、何ヶ月かたって、どんなに待ってももうおふくろは戻ってこないのだと思い知ったとき、初めて泣いた。


今でもよく覚えている。

それは、中学の制服が配達されてきたときだった。

一緒に店に採寸に行ったとき「入学式が楽しみね」って言っていた。そのおふくろが事故に遭ってあっけなく逝ってしまったのは、それから一週間後のことだった。


真新しい制服を抱きかかえて思い切り泣いた。

もう、これを着たオレと入学式に出てくれる母親はいない。その事実の重さを初めて実感した。

忘れかけていた、辛い記憶。

弔問客に挨拶する三上を見て、鮮明に思い出した。


いつも明るくて、ニコニコしている三上しかオレは知らない。

でも、きっと親父さんが亡くなるまで、泣いたり挫けたり、そんなことがあったんだろうな。だけど、これから本格的に辛くなったときに彼氏が傍にいて力になってくれればそれでいいと思う。


思い切り泣いたあとは、きっとすっきりする。

オレはそのことも知っている。

きっと、また笑えるようになる。

時間はかかるだろうけど、きっとなる。


頑張れよ・・・。


それは10月半ば頃のことだった。


ありえないほどの猛暑が終わると、突然寒くなってきた

秋物の服が欲しくなり、出かけた先で、オレは偶然三上を見かけた。

赤いカーディガンがよく似あっている、紅葉みたいな色だな、とオレは思った。


三上はひとりだった。まだ早い時間帯だから、ここで待ち合わせなのかもしれない。

彼氏の誕生日が近いんだろうか、熱心にメッセージカードを見ている。

と、突然目元を拭い、そこを離れようとした。

ひょっとして、泣いてる?


「三上!」


思わず声をかけてしまった、見られたくなかったかもしれない、まずかったかな。

だけど、振り向いた三上は、いつもの笑顔だった。

知り合いに会ったとき、反射的に笑顔を作ってしまうんじゃないだろうか、何故かそんなふうに思った。


連絡先を交換して、しばらく当たり障りのない会話を楽しむ。考えてみれば、こうやって話すのは、高2で三上に彼氏が出来て以来のことだ。

なんだかなつかしいし、楽しい、でも。


「それでさ、三上」

「なに?」

「その、大丈夫か?」


余計なお節介かもしれない、けれど、そう言わずにはいられなかった。


「大丈夫って、あ、見てた?」


三上はちょっとバツが悪そうな顔をした。


やっぱり見られたくなかったのだろう。

いつも笑顔を絶やさない三上。そりゃ、そういうところイイと思うけどさ。

それってしんどくないか?


まさか彼氏の前でもそれやってるんじゃないだろうな、だったらやめろよ。

余計なお世話って思われてもいい、それだけは言いたかった。


でも、なんて切りだしていいのかわからないまま会話は進んでゆく。


オレが実のおふくろを亡くしていることを三上は知らなかった。

まあ、普通だったらわざわざ言うことでもないよな。


親父の再婚話のあと、しばらく会話が途切れた。

話題変えるチャンスかな、オレは思い切って聞いてみた。


「三上、今日はデートとか?」


彼氏の前で無理したりするなよ。そう続けるつもりで振った話題だった。

だけど、三上の答えはあまりにも意外なものだった。


「ううん、彼とは先月別れた」


え・・・?



先月って。

こんな不安定な状態の彼女を放り出したのか。

いや、振ったのは三上のほうかもしれないし、そもそもオレが口出しするようなことでもないんだけど。


「ごめん、オレ、空気読めなくて」


いずれにしてもあまり思い出したくないことだったに違いない。


「いいよ、気にしないで。言われなかったら思い出しもしなかったし」


意外にも三上はあっさりそう言った。

そして、何が面白かったのか突然弾けるように笑いだした。

うーん、なんでここで爆笑するのか、理解不能だけど。

でも、無理に作った笑顔じゃなくて、三上が心の底から笑っているのがわかった。

つられてオレも笑い出す。

たいして面白いことじゃなくても、三上と一緒だと楽しい。

出来ればもう少し、いや、いつまでも話していたい、そんな気持ちだった。


「じゃあ、これからどうするんだ」


暇だったりしないかな、なんてこっそり期待したりして。


「友達と映画見にいくの。そのあとごはん食べて、帰りは夜かな」


残念。ま、そうそううまくはいかないよな。

でも、連絡先聞いたから、これからはいつでも連絡できる。


三上は手を振りながら帰っていった。

気のせいかもしれないけど、さっきより元気になっているような気がする。


そうだ、買い物。すっかり忘れていた。

通路を歩いていたら、メッセージカードのワゴンが目に止まった。

そういえば、さっき三上はこれ見て涙ぐんでいたんだ。


色とりどりのカードの中でも、ひときわ目を引く、鮮やかな紅葉のカード。

なにか、親父さんとの思い出があるのかもしれない。

彼氏との思い出だとは思えなかった、いや、思いたくないのか。

三上のことは長いこと忘れていたのに、やっぱりまだ好きなのかな。


さっき聞いたばかりの三上のメアド。

ちょっと迷ったけれど、思い切ってメールしてみる。



奈央へ

今度一緒に紅葉見に行かない?

             駿也


送信ボタンを押す。

ファーストネームを使うのは初めてのことだ、彼女はどう思うだろう。


返事はすぐにきた。


駿也へ

いいよ、いいスポット探しといてね。

              奈央


向こうもファーストネームだった。


心臓の鼓動が速くなる。


やっぱりまだ、好き?いや違う、そうじゃない。


オレは高校のときの三上じゃなくて、さっきまで一緒に話していた、今の奈央が好きなんだ。




それから1週間ほど後の平日、オレは奈央と紅葉を見に行った。



「あまり有名じゃないところのほうが静かで落ち着いているからいい」と奈央が言うので、オレは昔まだおふくろが生きていたころに家族で行った貯水池に行くことにした。

実家からは少々遠いが、大学からは電車とバスを乗り継いで、1時間ほどで着くところだ。

水辺に沿って紅葉がずっと植えられていて、水面に映る真紅の葉は、ため息が出るほど綺麗だった。有名な観光地ではないし、平日の昼間だということもあり、人も少なくてゆっくりと景色を堪能できる。


奈央はすごくはしゃいでいたけど、まだ、なんとなく無理をしている気がした。


でも、ちょっと足を伸ばして丘の上に上り、展望台から一面の紅葉を見下ろしたとき、突然泣き出した。

空いているとはいえ、やはり人目もあるし、正直、ちょっと焦った。でも、オレの前で本当の自分を見せてくれたことは、すごく嬉しかった。

思い切り泣いたあと、ハンカチで顔を拭った奈央は、化粧が落ちて子供みたいな顔をしていた。

きれいに化粧した奈央もいいけど、この顔も好きだなと思った。



この後、オレと奈央は頻繁にメールのやり取りをするようになり、二人で会うことも増えた。

5回目のデートでキスを交わし、それから程なくして、奈央の部屋に泊まった。

すごく寒い日だったけど、奈央の体を抱いていると、温かくて幸せな気分だった。

奈央の寝顔はとても安らかで、それもまた幸せなことだった。


どちらかが好きだと言ったわけじゃない。

付き合おうと言ったわけでもない。

ただ、なんとなく、そういうことになった。


大学でも一緒にいる時間が増えて、「谷本の彼女」「奈央の彼氏」とお互い認識されて、お互い否定することもなく、時間が経過してゆく。

それは、居心地がいいともいえるけれど、どこか落ち着かない気分だった。


そう、例えていえば、スターターの合図がなく始まってしまったレース。

あるいは、フライングがあったのに、ホイッスルが鳴らないまま続いてしまっているレース。

そんな感じ。


このままでいい、と思う気持ちと、このままでいいんだろうか、と思う気持ちが心の中でせめぎ合っている。


一度レースを止めて再スタートするほうがいいのかもしれない。

そういう思いは確かにある。


でも、そうすることがオレは怖かった。


オレは昔とは比べられないくらい今の奈央を好きになっていて。

奈央の気持ちを確かめる勇気をもてずにいた。


奈央にとってオレは、辛いときに寄りかかる杖のような存在にすぎないのかもしれない。だとしたら、オレが「好き」と奈央に告げることは彼女にとって負担なんじゃないだろうか。


いや、綺麗事だ、それは。


たとえそうであったとしても、オレは奈央を手放したくない。

だから、このまま今の関係を続けていたい。

でも、やっぱり奈央にきちんと「彼氏」だと認めてもらいたい。

相反する思いを抱えたまま、時間だけがどんどん過ぎていった。



12月半ば、大学が冬休みに入るとすぐに奈央は実家に帰った。

クリスマスを一緒に過ごしたいという気持ちは強くあったけれど、オレは止めなかった。親父がすでに再婚し、新しいおふくろとの間に子供までいるオレの家と違い、奈央は一人っ子だし、連れ合いを亡くしたばかりのおふくろさんを一人にするのは忍びないだろうと思ったからだ。


だけど・・・


これは言い訳なのかもしれない。


クリスマスイブに奈央を誘って「そんな関係じゃない」と言われたら。

本音はそれが怖かった。

意味のない引き伸ばし、結果の先送り。

オレは狡いのだろうか・・・・。




クリスマスイブ、オレは近隣の大学合同のクリスマスパーティに参加することになった。

理由は同じゼミの岡島にパーティチケットを売りつけられたからだ。


あまり気乗りはしなかったが、とくに予定もないし、ひとりでいるのはさすがに侘しい。

合コンまがいのクリスマスパーティなんて、数少ない女子の争奪戦になるのは目に見えているが、どうせイケメンに持っていかれるに決まっている。

お互いあぶれた者どうし、酒でも飲んでウサ晴らしをすることになるのだろうが、まあそれでもいいか。


会場に着くなり、先に来ていた岡島が興奮した様子で近づいてきた。何かあったのかな。


「谷本!すっげえカワイイ子が来てるぜ。クリスマスイブにあぶれている女なんかブスばっかりだと思ってたけど、来て良かった。先輩に無理やりチケット押し付けられたときは腹が立ったけど、幸運って思ってもみないところに転がってるもんだな」


なんだ、こいつもチケット売りつけられたクチか。それにしてもずいぶん失礼な言い草だ。あぶれてるのはお前もだろ、人のこと言えるのかよ。まあオレだってそうだけど。


岡島に引っ張られるようにしてオレは会場の中ほどに進んだ。

正直に言うと少しばかり興味はある。

たとえ好きな子がいても美人の顔を拝みたいと思うのは男の性だ。

顔を見るくらいなら別に構わないだろうし。


「あ、いたいた、ほらあの子」


岡島が指差すほうを見ると、赤いパーティドレスを着た、髪を夜会巻きにしている女の子の後ろ姿が目に入った。後ろ姿だけでもスタイルがいいのはよくわかる。


でも・・・。


あの後ろ姿に見覚えがある気がするのはオレの錯覚だろうか。


いや、まさか・・・。


視線に気づいたのか、彼女が振り返った。その目が大きく見開かれる。間違えようがない。


「シュン?シュンだよね。うっわぁ、なつかしい、すごい偶然。元気だった?!」


周りを取り囲む男を掻き分けるようにして彼女がこちらに近づいてきた。


「みき・・・・」


「え、なに?知り合い?マジで?」


岡島がオレに聞いてきたが、答える余裕すらなかった。


「高校の同級生なの」


オレに代わって彼女が答える。


そう、彼女。

沢口美希はオレの同級生で、初めて出来た彼女で、ファーストキスとセックスの相手で。

そして、オレが初めて夢中になった女だった。


高2の夏。

告白すら出来ないまま三上奈央に失恋してから、たぶんひとつきも経っていない頃。

オレは沢口美希に告白された。

「ずっとグラウンドで走る姿見てていいなと思ってたんだ、よかったら付き合って」

そう言われたときは夢じゃないかとすら思った。


美希は当時から目立つタイプで、オレなんか眼中にないと思っていた。オレはもちろん美希を知っていた。学年どころか学校中でも指折りの美人だったからだ。

クラスも違えば部活も違う。ほとんど接点がないから美希がオレの名前を知っていることすら奇跡的とも言えることだった。


もちろんOKした。

現金な、と思われるかもしれないが、美希に告白された時点で、三上のことはすっかり頭の中から消え去ってしまっていた。


それから美希との仲が深まるのはあっという間だった。

美希は積極的だったし、オレも美希の魅力に抗えなかった。

会うたびに抱き合って、求め合って。

人生の真夏のような日々だった。



そして1年後。

オレと美希は別れた。


理由は、あまりもベタだけれど、受験だった。

そろそろ本腰を入れないとまずいから、しばらく距離を置こう。

そう提案したオレに美希はこう言ったのだ。

「女と付き合ったくらいで落ちる大学なんてやめちゃえば?」

この言葉にオレは逆上してしまい「だったらいっそきっぱり別れよう」と言ってしまった。


本当は別れたくなんかなかった。美希を手放したくなかった。

今だったら他にいくらでもやりようがあったのに、致命的な一言を自分から言ってしまった。

オレは若かった、若すぎた。たぶん美希もそうだったのだと思う。


あの時、美希は推薦が決まりかけていた。受験の苦労のないお前に何がわかる、とオレは思ってしまった。


美希が推薦を受けていたのは、学部は違うが、今オレの通っている大学だった。


オレは必死で勉強した。晴れて合格したら、改めて美希に付き合いを申し込むつもりだった。そうして合格通知を受け取ったとき、オレは意外な話を耳にする。


美希は結局推薦を辞退し、他の大学への進学を決めていた。


遅かった、なにもかも



オレたちの道は、もう分かれてしまっていたのだった。




「ミキさんっておっしゃるんですか?」


岡島の声で、オレは現実に引き戻された。


「ええ、沢口美希です、どうぞよろしく」


あでやかに微笑む美希は高校時代よりさらに美しくなっていた。


「岡島雄太です!いやあ、谷本にこんな美人の知り合いがいたなんて。まさか彼女だったなんてことないですよね、ははは・・・」


息が止まりそうになった。岡島、お前何言い出すんだ。


「さあ、どうだったかしら」


美希は岡島の質問をかわしたが、目はこちらに向いていた。緊張で喉がひりつく。


「あ、でも、こいつはダメですよ。最近彼女出来たから」

「へえ、そうなの?」

「そうそう、同じ大学。たしか社会学部だったかな。そうだ、美希さんも知ってるかもしれない、同じ高校って言ってたから。なあ、谷本」


美希の言葉は完全にオレへの質問だったが、答えたのは岡島だ。どうやら予防線を張ったつもりらしい。


「わあ、興味あるなあ。ねえ、その彼女ってあたしの知ってる人?」


さすがにこの質問に答えられるのはオレだけだ。


「知ってるよ。高校のとき、部活がお前と同じだったから」

「あ、わかっちゃった。三上さんだ。あたりでしょ」

「正解」

「高校のときからわりに仲良かったもんね。長いの?」

「いや、まだ2ヶ月くらい」


「そう、そういうことなんで。彼女持ちは放っておいてあっちで二人で話しませんか」


そう言ったのはもちろん岡島だった。相当美希が気に入っているらしい。



だが、そのとき


「なんだ、美希ちゃん。ここにいたんだ。みんな待ってるよ、戻ろう」


スーツの似合う、長身のイケメンが美希に声をかけてきた。


「あ、ヒロヤ、ごめん。高校のときの知り合いに会ったから、ちょっと話してたの。じゃあね、シュン!」


美希はそう言うと、イケメンに伴われて去っていってしまった。


まあ、予想通りの展開だな。


美希もオレも、もうまったく別の人生を歩んでいる。

でも、オレにとって美希は人生の1ページに強烈な印象を残していった女だった。



元気そうで、よかった。



その後、パーティでオレと美希が言葉を交わすことはなかった。

岡島から何度も「声をかけろ」と言われたが完全に無視した。美希のことは思い出にするにはまだ生々しすぎるし、今現在のことを語り合うにしても話題が思いつかない。


遠くから見ていると、美希の周りはつねに男が取り囲んでいたが、さきほどの「ヒロヤ」とかいうイケメンがさりげなく他の男をブロックしているのがわかった。

あれが美希の現在の彼氏なんだろう、なかなかお似合いだ。




パーティは2時間あまりで終わり、その後は各々二次会へと流れていったが、オレは岡島を残してまっすぐ部屋に帰った。

たいして面白いメンバーではなかったし、一晩隣に寝てくれる女の子を捜すなんて気分にも到底なれなかった。



奈央に、会いたい。


奈央が戻ってきたら正式に交際を申し込もう。曖昧なままの付き合いを続けるのはもういやだ。

そう思ったのは、美希に会って、何か吹っ切れたからなのかもしれない。




部屋に帰ってしばらくした頃、奈央からメールが届いた。


“駿也へ   メリークリスマス。どうしていますか?わたしは久しぶりに母とクリスマスケーキを食べました。考えたら中学生のとき以来だったりして。母はとても楽しそうにしてました。でもやっぱり頑張って楽しく振舞ってるような感じもあったけど。わたしは駿也のおかげで今はとても素直な気持ちでいられます。いつもありがとう   奈央より”


心がふわっと温かくなるようなメールだと思った。

オレはやっぱり奈央が好きだ。



“奈央へ   今、義理で出席したクリスマスパーティから帰ってきたところ。あまり面白くはなかったけど”


そこまで打って手を止めた。美希のことは書くべきなのか、そうでないのか、少し迷った。

奈央は高校時代、オレと美希が付き合っていたことを知っているのだろうか。

でも・・・。


“会場で珍しい人に会いました。奈央も知ってる人。戻ってきたら話します”


別に隠すようなことでもないし、オレと美希はもうとうの昔に終わった仲だ。

奈央と美希は同じテニス部だったし、確か3年のときはクラスも一緒だったから懐かしいだろう。


オレは送信ボタンを押した。

それから、何通か他愛のないメールのやり取りをして、お互いに“おやすみなさい”と打ったところで、携帯を閉じる。

少しばかり寂しいけれど、奈央とはかなり気持ちが通じあえている、そう思えた。



その夜、時刻が11時を過ぎたころ、携帯が鳴った。

メールではなく通話を知らせる音。今頃誰だろう。

ディスプレイに映し出された名前を見て、オレは息を呑んだ。

どうして今更・・・


「もしもし」

“あ、シュン。こんばんはー!”


若い女性の声、少し酔っているのか、かなりトーンが高い。


“携帯番号、変えてなかったんだね”

「ああ、お前もな」

“ふふふ、びっくりした?”

「ああ・・・」


声の主は、オレのもと彼女。

沢口美希だった。



美希と別れてから3年半近く。その間に美希から電話があったことはない。

オレのほうも一度も美希に電話をかけることはなかった。

それなのに。


“相変わらず冷たいよね、シュンは”

「どういう意味だよ、お前酔ってるな」

“もう、うるさいなあ。いいじゃんイブなんだから酔ってたって。あたしが言いたいのは、久しぶりに会ったのに挨拶だけとか冷たいじゃんってこと”


絡み酒かよ、参ったな。


「何話したらいいかわからなかったんだよ。それにお前彼氏連れだったじゃないか」

“カレシ?もしかしてヒロヤのこと?”

「確かそんな名前だったな。背が高くてスーツが似合う」

“ヒロヤはカレシじゃないよぉ。トモダチってか、保護者。それより、ねえ、シュン”

「なんだよ」

“シュン、ほんとに三上さんと付き合ってるの”


どきりとした。

その点は自分でも自信がないことだったから、そこを美希に突かれるのは少々痛い。


“返事がないのはどういうことなのかなあ。付き合ってるのになんで合コンみたいなパーティに来るわけ?”

「チケット押し付けられたからだよ」

“ふーん。で、もうそういうカンケイなの?”

「ノーコメント。お前、しつこいぞ」


何故今さら美希がそんなことを聞きたがるのか理解できない。


“そうだとしても、付き合ってるとは限らないよね。もう大人なんだから、恋人じゃなくてもセックスすることぐらいあるし”


美希の言葉が胸に突き刺さった。

確かに、大学に入ってから明らかに男女関係はラフになった。

付き合ったり別れたりもスパンが短くなったし、一夜限りの関係も何度かあった。

そう、オレが奈央との関係に自信が持てずにいるのは、自分自身がそういうことをしてきたからだ。

たとえ奈央がオレに恋愛感情を抱いてなくて、人恋しさから肌を合わせただけだとしても、そのことを責める資格はオレにはない。

わかっていた、けれど。


そのことを直視したくなかった。


奈央はオレを愛している、だからオレと。


そう、信じていたかった。

“ねえ、三上さんって今どうしてるの?”

「今現在どこにいるかって話?」

“うん”

「実家。夏に親父さんが亡くなったばかりで、おふくろさんがひとりで寂しいからって、冬休みの間中ずっと帰ってる」

“ふうん、カレシよりお母さん優先なんだ、三上さんって親孝行なんだね”


なんというか、いちいち美希の言葉が胸に痛い。


オレは奈央の彼氏なのか、そうでないのか。

先送りしてきた問題のツケがいま回ってきているのだろうか。


“つまり、三上さんはそこにいないんだ”

「ああ・・・」


嘘をついても仕方がない。


“ねえ、シュン”

「なんだ?」

“なんなら久しぶりにしてみる?あたしも今夜空いてるし。ひとりじゃさびしいでしょ”

「な・・・」


衝撃のあまり携帯を取り落としそうになった。


「何言ってるんだよ、悪酔いしすぎだろ。早く寝ろ!」


確かにイブに独り寝はさびしいが、美希をそういう対象にしたくはない。奈央を裏切りたくない気持ちもあったけれど、それ以上に美希との思い出を壊したくなかった。


あの頃、本当に真剣に美希のことが好きだった。大学出たら結婚しようとまで思っていた。他にもう好きな女がいるのに、今、欲望のおもむくままに美希を抱いたりしたら、あの頃の純粋な気持ちまでもが汚れてしまう、そんな気がした。


“はぁい、わかりましたぁ。おやすみ、シュン”

「ああ、おやすみ」


あっさりと電話は切れた。美希にしてみれば、ちょっとしたジョークのつもりだったのかもしれない。人騒がせな奴め、昔からいきなり何を言い出すかわからないところがあったけど、今でも変わっていないんだな。

びっくり箱みたいな女。でも、そういうところが好きだった。




オレはもう高校生じゃない、未成年でもない。

選挙権だってあるし、他人に迷惑さえかけなければ、酒もタバコもAVもなんでも許される年齢だ。

いっぱしの大人。そう思っていた。

だけど、成人式に出席する新成人たちが、決して大人ではない、むしろガキ丸出しではしゃぎ回るように、20歳の誕生日を迎えたからといって、すぐに大人になるわけじゃない。


オレがどれだけガキだったか、どれだけ物事を何もわかっていなかったか。


この時のオレは全く気づいていなかった。



その後、美希から電話がかかってきたことはない。

ただ、メールが1通届いた。


“ごめん”


いまいち意味がわからなかったけど、この間、酔って電話かけてきたことかな、と思って


“なにが?”


って返信したけど、答えは返ってこなかった。




年が明け、冬休みが終わりに近づく。

もうすぐ奈央が帰ってくる。

帰ってきたら、告白しよう。

そう決めていたのに・・・。



年明けから、突然奈央からのメールが届かなくなった。

こちらからメールしても返事は一言だけ。

電話で「会いたい」と言っても、「忙しい」とか「用事がある」とかでやんわりと断られる。


なぜ急に奈央の態度が変わってしまったのか。

オレのほうに原因があるとは思えない。念のため、メールをすべて確認してみたが、奈央を怒らせるようなものはなかったと思う。


だとすれば、態度が変わったのは奈央の事情だ。

奈央がオレとの関係を断ち切りたいと考えるようになり、メールのやり取りをうとましく思うようになった、そういうことなんだろうか。


親父さんの死から立ち直り、もうオレは必要なくなった。

あるいは、他に好きな男ができた。

どちらも十分考えられることだ。

このまま引いたほうがいいのだろうか、いや、やっぱりいやだ。


たとえ、辛い結果が見えているのだとしても、このまま終わりたくはない。

奈央にきちんと気持ちを伝えて、きっぱりと振られる。

考えただけで胸が疼くが、ここを曖昧なままにしておくと、いつまでも心の中に棘が刺さったような気分が続いてしまいそうだ。



1月の半ば、バイトの帰りにオレは奈央の住むワンルームマンションに向かった。


この数年間の思いをすべて奈央に伝えるために。




女のマンションの前で、帰ってくる彼女を待つ。

しかも、表通りからは死角になる建物の陰で。

この図式はどう見てもストーカーじみていて気が引けるが、オレはどうしても奈央と直接会って話がしたかった。


奈央がオレを避けるようになった理由。

鬱陶しくなったでも男が出来たでもいい、いや、オレにとってどっちも良くはないが、奈央が自然に笑える状況なら、オレは黙って身を引く。


でも、これはオレの希望的観測なのかもしれないが、なんとなくそうじゃない気がした。

メールの文面が素っ気ないのは、気持ちを隠すためなんじゃないか。電話に出てくれないのは、つい本音を喋ってしまうことを恐れてるんじゃないか。

そんな気がして仕方がない。


奈央との付き合いはまだ浅いけれど、それでも奈央がどんなタイプの人間か、多少はわかるつもりだ。

奈央は人を傷つけること、自分が傷付くことを恐れて、なかなか本音で人と向き合えない。


高校時代、オレは奈央のことを元気で明るくて気さくな子だと思っていた。そして、実際、そういう奈央が好きだった。だけど、それはたぶん、自然なものではなく、奈央が身につけた処世術なのだったろう、今のオレにはそれがわかる。


今のオレの奈央に対する気持ちは高校時代とは違う。元気で明るい、もちろんそういう奈央も好きだけど、無理して元気にしている奈央は見たくない。辛いときに泣いている奈央や、理不尽さに怒っている奈央、そのどれもが愛しいと思える。

オレに本音で、本気でぶつかってきてくれる、そういう奈央が好きだし、すべて受け止めてやりたいと心から思う。



二人で紅葉を見に行ったあの日、眼下に広がる見事な真紅とオレンジと緑のグラデーションを見た途端、手すりにしがみついて奈央は号泣した。オレは焦ったけど、嬉しかった。そしてあれ以来ずっと奈央は本来の自分でオレに接してくれていた。

きっと亡くなった奈央の親父さんが、オレと奈央の絆を深めてくれたに違いない。そう思った。



イブに奈央からオレに送られたメール。



“わたしは駿也のおかげで今はとても素直な気持ちでいられます。いつもありがとう 

奈央より”


奈央の言葉に嘘はない、と思う。




でも、だとしたら何故、今殊更にオレを遠ざけようとする。


奈央・・・。

胸の奥に針で刺されたような痛みが走る。



何で・・・

何があったんだ。


オレが奈央への思いに浸っていると、通りの方から複数の足音が近づいてきた。

奈央が帰ってきたのだろうか。だとすれば誰と?


建物の陰に身を隠しながら、オレは思いを巡らせていた。


オレがなぜ、通りから見えない場所でこっそり待ち伏せをするという、あまり褒められたものではない、もっと言えば「卑怯」と取られかねない行動を取るに至ったか。

言い訳をするつもりはないが、少しだけ「弁明」させてもらうと。


もしも、まあ考えたくないことではあるが、もしも本当に奈央に男が出来ていた場合、一緒に仲良く帰ってきたマンションの前に別の男がいたら非常にマズい事態に陥るのは必至だ。

オレと奈央は正式に恋人宣言をしたというわけではないが、キスもセックスもした仲だし、そのオレの姿を前にして完全無視を決め込めるほど奈央は度胸が座ってないだろう。


鉢合わせした挙句、修羅場に突入ということも十分考えられるし、そこまでいかなくても、気まずい雰囲気になり、奈央とその男の関係にヒビが入るかもしれない。そんなことは是非避けたい。

奈央に失恋してしまうのは非常に切ないが、オレのせいで奈央が新しい恋を失なってしまうのはもっと辛いし、申し訳ない。

一時的かもしれないにせよ、奈央と過ごす幸福な時間をプレゼントしてくれた奈央の親父さんにも、申し開きができないじゃないか。


だから。

もし奈央が男と一緒だったら。

ここは辛い気持ちをグッと堪えて、奈央に見つからないように黙って姿を消そう。

そして、奈央には祝福のメールを送って、奈央のことはきっぱりと諦めよう。


オレとしては、そこまで悲愴な決意を固めて今ここにいるわけだ。



マンションの前で足音が止まる。

緊張で速くなってしまった呼吸を整えながら通りの方を覗うと、そこには奈央がいた。

奈央はひとりじゃなかった。


でも、男じゃなくて数人の女友達と一緒だった。


情けないが、オレは安堵感でその場にへたり込みそうになってしまった。

よかった・・・。

さっきは必死でカッコいい別れのことなど考えていたのだが、本当に男連れでマンションに帰ってくる奈央の姿を見てしまったら、取り乱さずにいられる自信なんかない。



女の子たちはマンションの前に着くとそのまま立ち話を始めた。

何を話しているのかというと、ナントカ教授のネクタイのセンスは最低だとか、どこぞの美容院の美容師がイケメンで腕もいいとか、何とかいうブランドが一足早く春物のセールを始めたとか、失礼ながらおよそどうでもいいような話が延々と続き、オレはうんざりしてきた。


奈央は自分からはあまり喋らず、友達の話に相槌を打ったり、時折笑い声を挟んだりしていた。

そういえば、奈央は高校の時からあまりそういう「いかにも女子です」みたいな話はあまりしないほうだった。お互い運動部だったから、テニスの話や陸上の話が多かったし、TVのニュースの話題とか、読んだ本についての話とかもよくしていた。

だから男のオレでも十分ついていけたし、楽しかった。

奈央も、楽しそうだった、な。



でも、今は。

何かちょっと無理してないか?

奈央の笑顔が、秋にモールで会ったとき、咄嗟にオレに向けた笑顔に似ているような気がして、オレは気になった。


奈央、今、楽しいか?


それにしても、女の話は長い。

もしかして、このまま奈央の部屋で話の続きをするつもりなのだろうか、だったら出直したほうがいいかな、オレがそう思い出した頃。


「じゃあ奈央、またねぇ!」


女の子の一人がそう言って手を振り、他の女子たちもそれに続いて手を振りながら駅のほうへと歩いていった。

奈央はしばらくの間、笑顔で手を振っていたが、彼女たちが角を曲がると、真顔になって小さくため息をついた。

やっぱり、あまり楽しくはなかったんだな。


「奈央!」


ちょっと寂しそうにマンションに入ろうとする奈央をオレは呼び止めた。

振り返った奈央は一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔を作り


「あ、谷本くん。久しぶり」


と言った。


なんだよ、それ。


奈央が作り笑顔をしたこと、オレのことを苗字で呼んだこと。オレは二重に傷ついた。


この3ヶ月で近づいたと思っていた奈央との距離。それが一気に開いてしまった。そんな感じだった。


「どうしたの。急に」


そう言いながらにっこり微笑む奈央にオレの胸は張り裂けそうになった。

奈央、今、笑える気分じゃないだろ。さっき溜息ついたのをオレは見てるんだ、なんでそんな顔が出来る?

オレの前では正直になってくれよ、それとも、もう無理なのか。


いや、ここで挫けてる場合じゃない。

オレは告白しにきたんだ。

どんな結果になっても、決心してきたんだから。


「奈央に、話があって来たんだ」


そう言うと、奈央はちょっと眉間に皺を寄せて、考え込む仕草をした。


「そう、わたしも谷本くんに話さなきゃいけないことがあるの」


話さなきゃいけないこと?

これだけの決意を固めて来たのにも拘わらず、オレは奈央の言葉に動揺し、言葉が出なくなってしまった。


「あのね、谷本くん。今までありがと」


今までありがとう。

・・・って、どう考えても別れ話の切り出し方だ。


「でもね、もういいよ。わたし、元気になったから。谷本くんにはすごく感謝してる」


頭が混乱して、何を言ったらいいのかわからない。

感謝?そんな言葉は要らない。

オレは奈央が好きだ、だから奈央のそばにいたい、それだけなのに。

奈央の態度と言葉は完全にそんなオレの願望を拒絶するものだった。


「谷本くんがいなかったら、わたし、こんなに早く立ち直れなかったと思う。でも、もう大丈夫。だから、だからもう・・・」


いやだ、やめてくれ。


奈央、その先は聞きたくない。


奈央はそこで、言葉を切り、オレを見つめてにっこりと微笑んだ。

オレにとって生涯で一番切なく辛い好きな子の微笑だった。

奈央の次の言葉は間違いなく決定的な別れの言葉のはずだ。聞きたくない、耳を塞いでしまいたい。いっそこの場から消えてしまいたい。


だけど、オレの腕は上がらず、足は地面に縫いとめられたように動かなかった。


奈央が再び口を開く。


「だから、谷本くんはもうわたしに構わないで、自分の好きな人を幸せにしてあげて」



・・・は?


“私に構わず好きな人を幸せにしてあげて”って。

オレの好きな人は奈央だ。だから奈央を幸せにしたい、とかおこがましいけど、奈央が幸せになる手伝いをしたいと思っている。

でも、その奈央が“わたしに構わず”って言うのは意味が通らない。

すっかり気が動転してしまったオレは


「オレの好きな人って、だれ?」


と、後から考えれば思い切り間抜けな質問を奈央に投げかけてしまった。


「え?」


奈央はオレの質問に戸惑ったのか、ちょっとの間目を瞬かせた。

そして、次の瞬間。

眉を釣り上げ、頬を紅潮させた。


「ふざけないで!こっちが真剣に話してるのに、なんなの、その態度!!」

「な、何怒ってるんだよ」


突然の奈央の怒りにオレは狼狽えたが、同時に少しほっとしていた。

今の顔は奈央の「素」の顔だ。取り繕った笑顔じゃない。

今なら奈央と本音で話せる、そう思った。


「駿也のそういう中途半端な態度が女の子を悩ませるんでしょ、あんなきれいな彼女がいるのに、同情して他の女の子に優しくしたりするから、無駄に期待してかえって辛い思いをするの、わかった?」


いえ、わかりません。


きれいな彼女って誰だよ。前の彼女と別れたのは奈央とモールで話した日の一か月以上前だし、その後の揉め事もなく今では友人の一人として普通に付き合えている。その上彼女には新しい彼氏だっている、どこをどうしたってヨリが戻るなんて要素はありえない。

ただ、奈央が何か誤解していることだけはわかった。


それに。

今、奈央は無意識にオレのことを「駿也」と呼んだ。

つまり、無意識下では、オレは奈央にとって、まだ「谷本くん」じゃなくて「駿也」だってことだ。

そのことがオレに勇気と落ち着きを取り戻させてくれた。


「悪いけど、本当に心当たりがないんだ、奈央はオレの好きな人、誰だと思ってるの?こういう言い方をするってことは、奈央の方には心当たりがあるんだろ?」


努めて冷静に奈央に質問したのだが、それで奈央の怒りはさらに増してしまったようだ。


「わたし、駿也がそんな人だとは思わなかった。優しくて温かい人だと思っていたのに、そんな見えすいた嘘をつくなんて、ずっと駿也だけを好きでいる沢口さんが可哀想じゃない!」



え?

ええっ?!


沢口さんって、沢口美希のことだよな。


なんで?

なんでここに美希の名前が出てくるんだ?!




もしかして・・・。

この間、美希から送られてきた、オレにとっては意味不明の「ごめん」のひとことだけのメール。

あれは・・・。


「奈央、沢口に会ったのか」

「うん、葬儀に出られなかったからって、この間うちに来て、お父さんにお線香あげてくれたの」

「それだけ?」

「そ、それだけって?」

「他に何か話さなかった?久しぶりだったんだろ」

「うん、話したよ・・・」

「どんな話したんだ」


そう問うと、奈央はまっすぐにオレの目を見つめた。

もう怒ってはいない、そして、作り笑顔でもない。真剣な表情


「ちゃんと沢口さんのこと、大事にしてあげないとダメだよ。あんなに駿也のこと好きなんだから」

「美希が、オレを?」

「うん」



奈央の言葉はオレにとって意外なものだった。

確かに高校のときに交際を申し込んできたのは美希のほうだが、付き合ってからは明らかにオレのほうが美希に惚れていた。

美希と別れたくなかったからこそ、「距離を置こう」と持ちかけたわけだし。


浪人なんかしたら、それこそ美希は手の届かない存在になってしまう。だから受験が終わるまで待っていてほしかった。

それなのに美希はオレに酷い言葉を投げた。それでも美希を諦めきれずに、美希と同じ大学に行きたい一心で、必死で受験勉強して。

その結果、見事同じ大学に合格した、と思い込んでいたのに。


美希は違う大学に、それもオレが猛勉強してやっと受かった今の大学より、さらに1ランク上の大学に入学を決めてしまった。

オレは美希に捨てられた、もう用済みの人間として。


同じ大学に行けないことがはっきりした時の


「そっか、じゃあお互いにがんばろうね」


という美希の励ましの言葉は、オレにとってはつきつけられた別れの言葉だった。


いや・・・。

オレがそう思ってしまった。


「ああ、お前もな。いいオトコ見つけろよ」

「言われなくても、シュンより数倍かっこいい彼氏見つけるよ。トーゼンでしょ」


美希の言葉も表情も屈託なく、とても明るくて「ああ、もうオレたちは完全に終わったんだな」と思った。今思い出してもものすごく切なくなる、本気で愛した女との別れ。


3年たって、美希と再会して。美希は確かにあの時に宣言した通り、オレより数倍かっこいいオトコといい感じの関係になっていた。

あのとき、オレは自分の気持ちに踏ん切りがついた。

勇気を出して、奈央に告白しようと。

なんとなく、美希が背中を押してくれたような、そんな気持ちになっていたんだ。


だけど。


それはオレの勘違いというか思い込みだったのだろうか。


美希。

教えてくれよ、お前の本当の気持ち。「美希は、何言ったんだ?」

「それは・・・」


奈央は困ったような顔をして俯いた。

多分、言いにくいのだろう。その気持ちもわからなくはないが、どうしても本当のことが知りたい。

もう、中途半端も誤解もたくさんだ。


「奈央、頼むよ。何があったか話してくれないか。決して悪いようにはしないから。でないと、訳がわからなくてオレも辛いんだ」


長い、沈黙。だけど、オレは待った。

奈央の気持ちが落ち着いて、本当のことを話してくれるまで、何時間でも待ち続けるつもりだった。


「あの・・・」


奈央がおずおずと口を開いた。


「わたし、知らなかったの。駿也と沢口さんが今でも付き合ってるって。だから、駿也の優しさについ甘えてしまって、沢口さんに辛い思いさせてしまったけど」

「なん、だって?」


奈央が何を誤解しているのか、ようやくわかった。

奈央はオレと美希がとうに別れているのを知らない。そして自分のせいで今オレと美希の仲がおかしくなってしまったことに責任を感じてオレから離れようとしている。そういうことなんじゃ・・・。


でも、やっぱりわからない。

なんでそうなるんだ?


「美希はなんて言ったんだ。オレは美希の彼氏だから手を出すなとか」

「そんなこと言ってない」


そうだろうな。美希は嘘をつくような女じゃない。今オレと付き合っていないのにオレのことを彼氏だとは言わないだろう。


「じゃあ、なんて?」


奈央はまたしばらく逡巡していたが、もう話したほうがいいと思ったのだろう。ようやく重い口を開いた。


「あたしは、高校のときからずっとシュンのことだけが好きなの、お願い、シュンを取らないで、って」


一瞬、息が止まりそうになった。

美希がオレのことをずっと好きだった?

あまりに意外すぎて、言葉が出てこない。


美希、お前バカだよ。

どうして、なぜもっと早く、オレ自身にそう言ってくれなかったんだ。そうすれば何があってもお前を手放すことなどなかったのに。

言えなかったのか、そうなんだな。


「女と付き合ったくらいで落ちる大学なんてやめちゃえば?」

あのとき、美希が言った辛辣な台詞。あの本当の意味は「シュンと会えなくなるなんていや」ということだったんだ。

でも、プライドが高くて意地っ張りの美希にそんなこと言えるはずもなかった。

それなのに、オレはその美希の気持ちをわかってやるどころか、何を言った?「きっぱり別れよう」だ。最低だ。

3年前のオレを思い切りぶん殴ってやりたかった。



3年前、オレが本当に美希に言いたかったこと、それは

「必ずお前の行く大学に受かってみせる。だからオレを信じて待っていてくれ」

だった。

だけど、オレはその言葉を言えなかった。それどころか。


どうして美希にあんなことを言ってしまったのか。

それはオレのケチなプライドのせいだった。


美希は高校のときから、校内話題に上るほどの美人だったが、それだけでなく、成績もトップクラスだった。

オレのほうは、顔は並だし、成績も悪くはなかったが、どうしてもトップ10には入れなかった。


「女王様と召使」


あまり「お似合い」とはいえないオレたちのことをそんなふうに揶揄されることもあった。

美希とオレは愛しあっているんだ、そんなやっかみ半分の雑音なんか気にしない。

そう思っていたつもりだった。


だけど、やはりどこかに美希に対する拭いがたいコンプレックスがあったのだろう。

美希の言葉は、そのオレのコンプレックスと、それとは裏腹のプライドを思い切り刺激した。突っ張ることしかできなかった。どうしようもない、ガキのオレ。



美希、お前の気持ちをわかってやれなくて、本当にごめん。

あのときに戻ってやり直すことが出来たらな。


でも、ごめんな、美希。

もう、時計の針は巻き戻せない。




「沢口さんにそんなこと言わせちゃダメだよ」


そう言った奈央の顔は微笑んでいた。

だけど、目が泣き出しそうに潤んでいる。

一生懸命、笑顔をつくろうとして、でも、それができない、そんな感じ。

そんな奈央がたまらなく愛しかった。



4年前も、オレはやっぱり奈央のことが好きだった。

でも、それは今の気持ちとは違う。

いつも人前では隠れている、奈央の本当の姿。

その姿を見せてくれたとき、オレは奈央のことを本気で好きだと思ったんだ。


「奈央」


オレは奈央の細い腕を掴んで引き寄せ、そのまま、しっかりと抱きしめる。

今、オレが好きなのは奈央だ。

その気持ちは、もう揺るがない。


いきなり抱きしめられた奈央は突然のことに驚いたのか、しばらくの間固まっていたが、我に返るとオレの腕の中から逃れようともがいた。

離したくなくて、腕の力を強める。それでも何とかオレを引き剥がそうとしていた奈央だったか、諦めたのか不意に抵抗をやめた。


「奈央」

「どうして?」

「え?」

「どうしてこんなことするの?」

「どうしてって・・・」


それは奈央が好きだからで・・・。

だけど告白する前に抱きしめたのはフライングだったかな。


「もう駿也に頼らないようにしようって心に決めて、電話もメールもしないようにしてたのに、こんなことされたらまたその決心が鈍ってしまうじゃない。また駿也に会いたくなって、話したくなって、それから」

「それから?」

「言えないよ・・・」

「なんで?」


奈央の顔を覗き込むようにして尋ねると、奈央は小さく頭を振った。それ以上は何も言ってくれなかったけど、奈央が本当はオレと会いたい、話したいと思っていてくれたことがわかった。それだけで勇気が沸いてくる。


「奈央、オレが今日何しにきたか、さっき言ったこと覚えてる?」

「あ、話があるって」

「うん」

「ごめん、あたしばっかり話して。なに?」


奈央に正面から見つめられると、急に心臓の鼓動が速くなった。

よく考えたら、真面目に女の子に告白するのは人生初だ。

落ち着け。通じる、通じないにかかわらず、きちんと自分の今の気持ちを伝えるんだ。

オレは深呼吸すると奈央の顔を見つめ直した。

ええと、でも。

どう切り出したらいいのか。


確かにオレはここに告白しに来たんだけど。


最初はストレートに「好きだ、付き合ってほしい」って言うつもりでいた。

フライング気味にキスとか、まあ、それ以上のこととかしてしまったけど、決していいかげんな気持ちじゃなくて、本気で好きだから、これからも一緒にいてほしい。

そう言うつもりだったんだ。


だけど、奈央が「オレと美希がまだ続いている」と思っている以上、まずはその誤解を解くことが先決だろう。

今「好きだ」とか言ったら確実に奈央を怒らせてしまうような気がする。


迷っているオレを奈央はちょっと小首をかしげて待っている。

つい「可愛いなあ」とか思ってしまう。

振られたら、かなり長い間引きずりそうだ。とか考えてしまうあたり、自分のヘタレさに情けなくなるが、いつまでもこうしているわけにもいかない。


「あの、ちょっと誤解があるようなんでまず説明するけど、オレと沢口は高3の時に別れてるから」

「え、そうだったの?」


奈央は意外そうな顔をした、ってことはやっぱりそう思われてたのか。


「ちゃんとした彼女がいるのに他の女の子とその、キスとか、そういうことはしない。二股かけたりしたこともない。その点は信じてほしい」

「あ・・・」


オレの弁解というか、説明を聞くと奈央はちょっと赤くなった。


「ごめんなさい。わたし・・・」

「わかってくれたならいいよ。何も言ってなかったオレにも責任があるから」

「本当にごめんなさい」

「いいって」


オレは、ちょっと泣き出しそうになりながら何度も頭を下げる奈央にかえって申し訳ないような気分になっていた。

確かに二股をかけたことはないが、ノリとか雰囲気でそういうことをしてしまったことはあるから、そこまで謝られるようなことでもない。


よし、とにかくこれで誤解は解けた。

あとは告白するだけだ、勇気出せ、駿也。


「でも、どうして別れちゃったの?沢口さんと。お似合いだったのに」


オレが口を開きかけたとき、不意に奈央が言った。


「え・・・?」


当時さんざん「不釣合い」だと言われていた美希とオレのことを初めて「お似合い」だと言ってくれる人が現れた。

有難いことといえばそうなんだけど。

それを言ったのが、今現在オレの好きな子っていうのは、なんていう皮肉なんだ。

やっぱり奈央にとってオレは「男友達」以上の存在ではないのだろうか。

情けなさに、その場にへたり込みそうになったがなんとか耐えた。


「高3のとき、受験のことで意見が分かれて。それでまあ、オレも若かったし、売り言葉に買い言葉で大喧嘩になって、それっきり」

「そうだったの・・・」


奈央は、俯き加減で何か考え込んでいるようだった。

何考えているんだろう。いや、それより。

オレにとって大事なのは過去より現在だ。


「奈央、あの・・・」「ねえ、だったら・・・」


奈央が何か言いかけ、二人の言葉がぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい。なに?」

「いや、奈央からどうぞ」


オレの言うことは決まっている。その前に奈央の考えを聞きたかった。


「うん、じゃあ。あのね、それ誤解だったんじゃないのかな。たぶん、沢口さん、しゅ・・谷本くんと別れたくなかったんだと思うよ。だって、もう3年も経つのに、わざわざわたしのところにまで来て“好きだから取らないで”なんて言うくらいだもん」


確かに、あのときのことは誤解だった、だけど・・・。

美希のことはわからないにしろ、オレにとってはもう終わったことなんだし。


「ねえ、まだ間にあうよ。沢口さん、きっと谷本くんが戻ってきてくれるのを待ってると思う。だから・・・」

「だから、オレにどうしろって?」


オレは奈央の言葉を遮った。

辛くてそれ以上聞いていられなかった。


「オレに美希とヨリを戻せって言うのか?!なんでそれを奈央が言うんだよ!」


やばい、情けない話だけど、マジで涙が出てきた。


「少しはオレの気持ちも考えてくれよ!今、オレが誰のことを好きか、なんで考えてくれないんだよ・・・」

「駿也・・・」


突然叫びだしたオレに、戸惑っている奈央の顔を見つめる。


「奈央・・・」

「なに?」

「オレは奈央が好きだ・・・」


人生初の告白は、人生で最悪の告白になってしまった。




奈央はよほど驚いたのか呆然としている。

オレが奈央のことを好きだなんて、想像したこともなかった、そんな表情だ。

自爆したかな、やっぱり・・・。


「あの、そんなに意外?」


沈黙に耐えられずそう聞くと、奈央はやっと我に返ったようで、小さく頷いた。

ちょっとばかりショック。これでも結構アピールしてきたつもりだったんだけどな。そこまで相手にされてなかったのか。


でも、それは仕方ないことだ。

秋に奈央とモールで話してからこの3ヶ月あまり、オレはとても楽しかった。短い間だけど夢を見ていられた。


そうだよな・・・。

夢はいつか覚める。

だったら自分でピリオドを打って、現実を受け止めないといけない。

そう思ったら、変な気負いが抜けて、とても自然な気持ちになれた。

今だったら、自分の思いを素直に伝えられる、そう心から思った。


「奈央はきっと知らないと思うけどさ、オレは高校のときから奈央が好きだったんだぜ。もちろん美希と付き合う前のことだけど、家、わりと近かったからよく電車で一緒になったろ。そのときに奈央と話すのがすごく楽しくて、でも、そのときは好きだなんて気づいてなかった。だけど、奈央が・・・なんていったっけ、あ、そうだ、テニス部の田辺。奴と付き合うようになって。それがすごく辛くて、初めて奈央のことが好きだったんだ、って自覚したんだけど。もう手遅れだった」


初のマジ恋と初失恋。

まさか今になって当の本人に話すことになるなんて思ってもみなかった。


「それからしばらくして、なんの気まぐれだか、美希がオレに告白してきて。失恋したばかりなのに節操がないって思われるかもしれないけど、オレも美希のことが好きになって。かなり真剣に付き合ってた。だから、別れることになったときはショックだった。それから何人かと付き合ったけど、3ヶ月以上続いたことなくて。もうあんなに誰かを好きになることなんてないかもしれないと思ってた」


今告白したばかりなのに、元カノのことを「本気で好きだった」なんて言うのはおかしいのかもしれないけど、何も隠さずに全部話したいと思った。

何かひとつでも伏せたままにしておくと、そこから嘘が始まってしまう、それは嫌だ。

奈央と付き合いたい、奈央に愛されたい、その気持ちは確かにある。

でも、だからといって、自分に都合のいいように話をもっていけば、本当の気持ちは伝わらない。

結果はどうあれ、今のオレの気持ちをすべて奈央に伝えたい。

そのためには、過去の美希に対する思いを避けて通ることはできない。


奈央は何も言わないけれど真剣な表情でオレの話に耳を傾けている。

それがオレに勇気をくれる。

オレは奈央が好きだ。

これが今一番伝えたいこと。奈央がオレのことをどう思っているかはこの真実とは関係のないことなんだ。

今、やっとそれがわかった。

「そんな時、モールで奈央を見かけたんだ。最初は声をかけるつもりなんてなかった。もう、奈央には奈央の、オレにはオレの人生があるんだし、それが交差することになるなんて思ってもいなかったからさ。でも、奈央が泣いてるのに気づいて、思わず声をかけてしまった。奈央が泣いているところなんて見たことがなかったから気になって。でも、奈央、オレの顔みたとたんに笑ったろ。その時思ったんだ。高校のときから奈央はいつも笑顔で明るかったけど、それは頑張って明るく振舞ってるんじゃないかって。それがなんだか切なくて、頑張らなくても明るく笑えるようになるといいなあ、とか思ったりして。うまく言えないけど、昔とは違う気持ちで奈央のこと見るようになってた。昔よりもっと深いところで奈央のことを好きだって思うようになったんだ。でもさ、情けない話だけど」


オレはそこで言葉を切って小さくため息をついた。


「大学に入ってから、遊び人、とまではいかないけど、わりと気軽に適当に女の子と付き合うようになって。まあ、向こうも同じようなもんだったけど。そのときは“好き”とか“愛してる”とか、軽々しく言いまくってたんだけど。いざ本当に好きな人が出来たら全然言えなくて。怖かったんだよな、告白して断られるのが。でも、好きな気持ちは抑えられなかった。だから奈央がイヤがってないのをいいことに先に既成事実のほうを積み重ねていってしまった。なんていうのかな、そうしていけばいつか周りもそして奈央自身もオレのことを彼氏って認めてくれるんじゃないかな、とか甘いこと考えてた。狡いよな。でも、そんな卑怯な自分に向き合いたくなかった。時々自己嫌悪に陥ったりしながらも勇気が出ずに奈央と中途半端な関係を続けてきたんだ、今まで・・・でも、そんなオレの気持ちを美希に見抜かれていたんだ」


美希の名前を出したときに、一瞬、奈央の表情が強張ったけれど、奈央は何も言わなかった。


「美希に会ったのはクリスマスパーティーの席だ。偶然で、お互いびっくりした」

「あ・・・」


奈央が驚いたように顔を上げてオレを見た。イブのメールのことを思い出したんだろう。


「そう、イブのメールで話した“会場で会った珍しい人”それが美希」

「そうだったの・・・」

「うん。で、パーティーの席で、一緒に来てた奴が“オレには彼女がいる”とか言い出してさ、どうも美希のこと狙ってて、予防線張ったらしいんだけど。その時につい美希に奈央のことオレの彼女だって言ってしまったんだ」

「え・・・」


奈央はさらに驚いたらしく目を丸くしていた。でも、どうやら怒ってはいないようだ。ちょっと安心して、オレは言葉を続けた。


「まあでもその時は人目もあったし、大したことも話さずに終わった。オレも“元気そうだな”くらいにしか思わなかった。でも、夜遅くに美希から3年ぶりに電話があって、いきなり“本当に三上さんと付き合ってるの”って聞かれた」

「なんて答えたの?」

「何も答えられなかった。奈央のことをオレの彼女っていうのはオレの願望でしかないからさ。その後奈央がどこにいるか聞かれて“実家に帰ってる”って言ったら“彼氏よりお母さん優先するなんて親孝行だね”って言われてさ、かなり痛かったな、あれは」


そう、あの言葉はオレの胸に突き刺さった。でも・・・


「見抜かれていたんだよな、本当はオレの片思いだって。でも、そう言われて決心がついた。玉砕してもいい、自分の気持ちをちゃんと奈央に伝えなきゃだめだ、ってそう思った」


オレは奈央を真っ直ぐに見つめた。


「もう一度言う。奈央、オレは奈央が好きだ・・・」


一気にそう言って大きく息を吐き出す。

伝えたいことはすべて伝えた。


もう、悔いはない・・・。




「そんな時、モールで奈央を見かけたんだ。最初は声をかけるつもりなんてなかった。もう、奈央には奈央の、オレにはオレの人生があるんだし、それが交差することになるなんて思ってもいなかったからさ。でも、奈央が泣いてるのに気づいて、思わず声をかけてしまった。奈央が泣いているところなんて見たことがなかったから気になって。でも、奈央、オレの顔みたとたんに笑ったろ。その時思ったんだ。高校のときから奈央はいつも笑顔で明るかったけど、それは頑張って明るく振舞ってるんじゃないかって。それがなんだか切なくて、頑張らなくても明るく笑えるようになるといいなあ、とか思ったりして。うまく言えないけど、昔とは違う気持ちで奈央のこと見るようになってた。昔よりもっと深いところで奈央のことを好きだって思うようになったんだ。でもさ、情けない話だけど」


オレはそこで言葉を切って小さくため息をついた。


「大学に入ってから、遊び人、とまではいかないけど、わりと気軽に適当に女の子と付き合うようになって。まあ、向こうも同じようなもんだったけど。そのときは“好き”とか“愛してる”とか、軽々しく言いまくってたんだけど。いざ本当に好きな人が出来たら全然言えなくて。怖かったんだよな、告白して断られるのが。でも、好きな気持ちは抑えられなかった。だから奈央がイヤがってないのをいいことに先に既成事実のほうを積み重ねていってしまった。なんていうのかな、そうしていけばいつか周りもそして奈央自身もオレのことを彼氏って認めてくれるんじゃないかな、とか甘いこと考えてた。狡いよな。でも、そんな卑怯な自分に向き合いたくなかった。時々自己嫌悪に陥ったりしながらも勇気が出ずに奈央と中途半端な関係を続けてきたんだ、今まで・・・でも、そんなオレの気持ちを美希に見抜かれていたんだ」


美希の名前を出したときに、一瞬、奈央の表情が強張ったけれど、奈央は何も言わなかった。


「美希に会ったのはクリスマスパーティーの席だ。偶然で、お互いびっくりした」

「あ・・・」


奈央が驚いたように顔を上げてオレを見た。イブのメールのことを思い出したんだろう。


「そう、イブのメールで話した“会場で会った珍しい人”それが美希」

「そうだったの・・・」

「うん。で、パーティーの席で、一緒に来てた奴が“オレには彼女がいる”とか言い出してさ、どうも美希のこと狙ってて、予防線張ったらしいんだけど。その時につい美希に奈央のことオレの彼女だって言ってしまったんだ」

「え・・・」


奈央はさらに驚いたらしく目を丸くしていた。でも、どうやら怒ってはいないようだ。ちょっと安心して、オレは言葉を続けた。


「まあでもその時は人目もあったし、大したことも話さずに終わった。オレも“元気そうだな”くらいにしか思わなかった。でも、夜遅くに美希から3年ぶりに電話があって、いきなり“本当に三上さんと付き合ってるの”って聞かれた」

「なんて答えたの?」

「何も答えられなかった。奈央のことをオレの彼女っていうのはオレの願望でしかないからさ。その後奈央がどこにいるか聞かれて“実家に帰ってる”って言ったら“彼氏よりお母さん優先するなんて親孝行だね”って言われてさ、かなり痛かったな、あれは」


そう、あの言葉はオレの胸に突き刺さった。でも・・・


「見抜かれていたんだよな、本当はオレの片思いだって。でも、そう言われて決心がついた。玉砕してもいい、自分の気持ちをちゃんと奈央に伝えなきゃだめだ、ってそう思った」


オレは奈央を真っ直ぐに見つめた。


「もう一度言う。奈央、オレは奈央が好きだ・・・」


一気にそう言って大きく息を吐き出す。

伝えたいことはすべて伝えた。


もう、悔いはない・・・。




にっこり笑って「わたしも好き」って言ってくれるか、それとも、済まなさそうに「ごめんなさい、気持ちはうれしいけど・・・」とやんわり断られるか。

今までの経過からして、どう考えても後者だろうが、それでも0.01%くらいは期待して、オレは奈央の答えを待った。

だが、長い沈黙の後、ようやく口を開いた奈央が言ったのはそのどちらでもなかった。


「あの、そんなこと言って大丈夫?」


だ、大丈夫?

どう解釈すればいいんだ、この反応は。


「だって、沢口さんが・・・」


奈央の次の言葉に軽い衝撃を受けた。なんでまたここに美希が出てくるんだ。


「美希とは3年前に終わってるってちゃんと言ったろ。聞いてなかったのか!」


苛ついて、思わず言葉が尖る。


「でも、今ならまだ・・・」

「まだ?何でそんなにオレと美希をくっつけたがるんだ?!オレと付き合う気がないならはっきり言ってくれ。中途半端はゴメンだ!」

「だって・・・」


奈央は何故か泣きそうな顔をしてオレを見つめた。


「だっておかしいよ、沢口さんよりわたしがいいなんて・・・。わたしより沢口さんのほうがずっと美人だし、自信に溢れててすごくかっこいいし。わたしなんて沢口さんに比べたら、ダイヤモンドとガラス玉くらいの差があるのに」


奈央の言葉に愕然とする。

確かに美希と奈央、客観的にみてどっちが美人かって言われれば美希のほうなんだろうが、そこまで言うほどのことでもない。奈央だって十分可愛いのに、なんでそんなに自分に自信がないんだろう。


「わたしね、苛められてたことがあったの、小学校の高学年のときなんだけどね。理由はクラスの女子のリーダーだった子と意見が対立したからなんだけど。そしたら、次の日から誰もわたしに話しかけてくれなくなって。卒業まで辛かった。でも、中学に入る前に引っ越して環境が変わったから、その時にね、決めたの。出来るだけ人の意見に逆らうのはやめようって、いつもニコニコして“うん、そうだね”って言っていれば誰にも嫌われることはないから」


そんなことがあったのか。

だから、つまらなくても辛くても人に合わせて笑顔を作っていたんだ。

オレの知らない小学生の奈央。

孤独に膝を抱えて泣いていたであろう小さな女の子を想像して胸が痛んだ。


「でもね、時々そんな自分がたまらなくイヤになるときもあったの。だけど、自分の感情の通りに行動するのはやっぱり怖かった。たくさん友達は出来たけど、結局、誰にも本音を話せないまま中学を卒業してしまったの。そして高校に進学して、テニス部で沢口さんを見たときはちょっとドキッとした」

「なんで?」


え、まさか胸がときめいたり・・・とか。

一瞬あらぬ想像をしてしまったが、奈央の表情を見ている限りそういう感情ではなさそうだった。どちらかといえば、少し辛そうな顔だ。


「美人で頭が良くて、スポーツもうまくて、性格は積極的で人をまとめるのが上手。小学校のときにわたしが苛められるきっかけになった子に似てたの。でもね似てたのは外見だけ、中身は全然違った」


奈央はふうっとため息をついた。

オレは告白の返事を促すことも忘れて、奈央の話に聞き入っていた。

奈央のことをもっと知りたい。

奈央を理解したい。

純粋にそう思った。



もう

自分のことはどうでもよかった。

「沢口さんはテニス部でも女子のリーダー的な存在だったんだけど、自分と意見の違う人を疎ましく思うなんてことは全然なくて、かえって“違う意見が出たほうが問題点がわかっていいから、どんどん反対してくれていいよ”って言ったりして。すごく格好いいな、って思った」


うん、確かに。あいつはそういうタイプだった。付き合ってるときにも「美希の好きなのでいい」とか「美希に任せる」とか言うと「あたしはシュンの意見が聞きたいの!丸投げするなんて怠慢は許さないから!」ってものすごく怒られた。


「わたしはサブリーダーだったけど、いつも笑ってなだめるばかりで、自分が情けなかった。沢口さんみたいになりたいってずっと思っていたけど、わたしはやっぱり勇気がなくて出来なかった。強くて自由な沢口さんのことが羨ましくて仕方なかったの、ずっと」


強くて、自由、か。

そうだな、オレもそう思ってたよ、美希のこと、高校時代は。いや、ついさっきまでそう信じていた。

でも、今ならわかる。

本当のところ、美希は強いわけじゃない。ただ、反対意見を出した奴をシカトするなんてプライドが許さなかったのだろう。


いつも「強い女」の鎧をつけていた美希。

それに対して、明るい笑顔で場を和ませていた奈央。

なんとなくわかる。奈央が美希に憧れていたように、美希も奈央のことが羨ましかったのかもしれない。


美希が奈央に会いに来た理由、それがやっとわかった。奈央にだけは負けたくない、そう思っていたのかもしれない。

もしオレの好きな相手が奈央でなければ、決してあんなことはしなかったに違いない。

そして自分のやったことで自己嫌悪に陥ってオレにメール寄越したのか。


でも、信じてくれよ、美希。

今オレは奈央のことが好きだけど、奈央とお前を較べたことは一度もない。

いつか、また会えたら、何ひとつ隠さずにすべて話せたらいいな。



しばらく口を噤んでいた奈央が、まっすぐにオレの方を見つめ、再び口を開いた。


「わかったでしょ。わたしなんか、全然価値のない人間なんだから、きっと後悔するよ」

「後悔なんかするわけないだろ!」


少し怒った口調でそう言うと奈央は驚いたようにオレを見た。

全く奈央といい、美希といい、なんでもう少しオレを信じてくれないかな。

てか、もっと自分の価値を信じろよ。


「奈央の話はよくわかるよ、美希は確かにそういう奴だった。そういうところが好きだった」

「だったらどうして?どうしてわたしのこと好きだなんて言うの、おかしいでしょ、そんなの!」

「美希のことは好きだった、でも、今オレが好きなのは奈央だってこと。単純明快な答えだろ」

「だからどうしてわたしなの?!わたしが可哀想だから?放っておけないから?自分も同じ立場だから同情してるの?」

「ちょ、落ち着けよ」


しんみりと過去を語っていたかと思ったら、いきなり興奮して叫びだした奈央にちょっと焦ってしまう。どうにも奈央の気持ちがわからない。


「わたし、同情を引いて好きな人を繋ぎ止めるなんてイヤなの!」



え・・・。

今、なんて?

これって、ひょっとして。

都合よく解釈してもいいのだろうか。




『好きな人を繋ぎ止める?』会話の流れからいうと奈央が好きなのはオレだってことになる?いやそんな、まさか。マジで?


「あの、奈央。その、好きな人って・・・」

「え、あ、あの。何でもない!」


奈央は狼狽えて、顔を朱く染めている。

その姿がすごく可愛くて、また抱きしめたくなってしまったけど、今そういうことをすべきじゃない、と思ってなんとか衝動に耐えた。


「奈央・・・」

「な、なに?」


オレはしっかりと奈央の目をみつめた。


「奈央、奈央の話はよくわかったよ。美希にコンプレックス持ってるわけも、自分に自信が持てないのも。でもだからって自分に価値がないなんで思わないで欲しいな。奈央が自分のことをどう思っていようとも、オレは奈央が好きだ。言っておくけど、オレ、奈央に同情したことなんか一度もないぜ。確かにオレも親亡くしてるから、奈央の気持ちはわかる。でも、それと奈央に対するオレの気持ちは全く別だ。今のオレにとって奈央は何にも代えがたい存在なんだ。だから失いたくない、ずっとそばにいてほしい。奈央はどう思う?オレと一緒にいるのはいや?」

「そんなことない・・・」


奈央は頭を振ったが、まだどこか晴れやかな表情ではなかった。


「ねえ、こんなこと聞いていいのかどうかわからないけど」

「いいよ、何でも」


おずおずと切り出した奈央の言葉に頷く。もう、何を聞いても、何を言われても怖くなかった。


「お互い好きだったのに、沢口さんとそんなふうに別れて後悔はないの?沢口さんのこと、もう好きじゃないの?」

「うーん・・・」


難しい質問だ。正直に言うと「好きじゃない」って言ったら嘘になる。でも、今、奈央に「今でも好き」って言うのも違う気がする。

何が違うのかな、ああ、そうだ。


「美希のこと好きか、嫌いかって聞かれたら好きだよ。でもそれは、一時期本当に好きだった人だから、決して嫌いにはなれないってこと。そして、幸せになってほしいって思ってるってことなんだ。だけど・・・」

「だけど?」

「そこに一緒に築きたい未来があるかって言われると、それはないんだ。さっき言っただろ、オレは奈央にずっとそばにいてほしいって。今、オレの未来にともにいてほしいのは美希じゃなくて奈央なんだ。美希には幸せになってほしい、でも、オレは奈央と幸せになりたいんだ。ダメかな?」


奈央は激しく頭を横に振った。

その目から涙が溢れて、頬を伝う。

もう、限界だ。

オレは奈央の体を引き寄せて力一杯抱きしめた。


ゆっくりと、奈央の腕がオレの背に回される。


「奈央、好きだ・・・」


もう今日何度この言葉を言ったことだろう。

でも、どれだけ言っても言い足りない気がする、そのくらい奈央のことが大好きだ。


「わたしも、好き・・・駿也が、大好き」


やっと聞けた、ずっと欲しかった一言に胸の奥が熱く震える。


スタートで出遅れて、長い長い回り道をして、でも・・・。

やっと、やっと捕まえた。


奈央・・・。

もう決して離さない。




あれから2ヶ月が過ぎた。

2ヶ月っていったら、美希以外の今まで付き合ってきた子だと、そろそろ最初の新鮮な気持ちが薄れてきて、倦怠期というか、お互い飽きてくる時期なんだけど。

奈央とは、少なくともオレは、だけど、全然そんなことにはならなかった。

なんていういか、時間が経つほどに、もっと思いが深まってくる。もっとずっと一緒にいて、たくさんの思い出を作りたい、そう、出来れば・・・。


「駿也、どうかした?」


視線に気づいて、奈央が話しかけてきた。


「あのさ。来週から春休みだろ。奈央はやっぱり実家に帰るのかな、と思って」

「うん、そのつもり」

「オレも今回は帰ろうと思ってるんだけど、一緒に帰る?」

「ほんと?うれしいな。春休みの間ずっと会えないのはさびしいな、って思ってたの」

「で、その・・・」

「なに?」


ここ2週間ほどずっと考えてきたことを言わなきゃならない。オレはちょっとドキドキしてきた。


「その時にさ、おふくろの墓参りに行きたいと思ってるんだ」

「うん、それがいいよ、お彼岸だもんね」

「それで、日付にはこだわらないから、奈央も一緒に行ってくれないかな」

「え・・・?」


奈央は大きな目を見開いてオレの顔を見つめた。

どう思われたかな、ちょっと心臓に悪い間だ。


「あの、いいの?一緒に行っても」

「奈央さえよければ是非一緒に来てほしい」

「行きたい!」


奈央の答えに胸が熱くなった。


「その後、もしよければオレの家に寄ってくれる?親父と新しいおふくろと、まだ幼稚園の弟がいるけど」

「え、何か緊張するなあ」

「やっぱ、いや?」

「ううん、うれしい」

「そっか、よかった」


ほっとして大きく息を吐き出した。けど


「だったら、うちにも来てね」


奈央の言葉に息が止まりそうになった。


「え?奈央の家に?」

「うん」

「うわー、めちゃくちゃ緊張する」

「あはははは、でしょー。さっきわたしもそうだったよ、お・か・え・し!」

「奈央―!」

「きゃ、痛いよ、駿也」


奈央を思い切り抱きしめる。大切な本当に大切な人のぬくもり。

手放したくない、ずっと。


「でも、今のは本気だよ。来てくれる?」

「もちろん。親父さんの墓参りもしたい」

「うん、そうしてくれるとうれしい」


うーん、でも、これはやっぱり、それなりの覚悟をしていくべきだろうか。

まだ、指輪買う金もないんだけど。


「あまり大袈裟に考えなくていいよ。普通に家に遊びに来てくれる感じで」

「そうか・・・」

「駿也ったら、何考えてたの?」


クスクス笑う奈央がすごく可愛い。

ほんとにさ、一生この笑顔を見ていたいって本気で思ってる。


そう、スタートは確かに遅かった。だけど、諦めずに走り続けていれば、追いつけることだってあるんだ。

これからずっと、二人三脚で走っていけたらいいな。


ゆっくりで構わない。

だって、人生のレースは、とても長いから。


   END




























「スロースターター」ようやく完結いたしました。

地味なくせに無駄に長い話にお付き合い下さった皆様、どうもありがとうございます。


もともとこの話は「メッセージ」という、去年の秋企画に書かせていただいた、短い話の別ヴァージョンのつもりでした。

「メッセージ」は奈央目線でしたので、今回は駿也目線で書いてみようかと。

で、「秋企画」主催のゆうさんに「奈央と駿也の話に続きはないのですか?」とのご質問もいただいたので、それに応える意味で、ちょこっと後日談とか付け足して、5回連載くらいにしよう、そう思っていたのですが。


それがどうしてこうなった・・・。


気づけば、発表済みの小説の中で、最も長い話になっていました。


最初の予定では、モールでの再会から紅葉デートを経て、恋人っぽくなったところで、春のお彼岸の頃に、花見を兼ねて双方の亡くした親の墓参りに行き、気持ちを確かめあう、という話のはずだったのですよ。秋企画の続編だから、春企画で「あれから半年」でちょうどいいし。

「メッセージ」もそうですが、テーマは「喪失と再生」で、大事なものを失ったもの同士が、互いに絆を深めあいながら、再び未来へと向っていく、そういう話だったはずなんです。


それがどうしてこうなった・・・。(2回目)


美希ちゃんですかね、原因は。

いつのまにかガチの三角関係の話になり、ページ数も期間もどんどん伸び。

春企画どころか、完結が秋だという・・・。

ほんとどうもすみませんです。


でも、ここまで書いても「書ききれていない」感があります。

駿也のほうは、もう十分に書いたのですが、奈央のほうは、うーん。

少しずつ駿也の存在が大きくなっていき、かけがえのないものになったくらいのタイミングで、強力なライバルが現れる。これはかなりしんどい展開で、書きたいといえば書きたいのですが、需要ないだろうな。

書くのもなかなかしんどそうです。


美希のほうもですね。

たぶん奈央にコンプレックスがあったと思うのですよ。美希は美人ですが「彼女」にするのは躊躇するというか、敬遠されてしまいそうな感じです。

(演技とはいえ)明るくて可愛い奈央のほうがモテそうです。

わたしはこの不器用な女王様が結構好きなんですが。


うーん、でも、やっぱりガチな三角関係は、書いてるほうのエネルギーがいります。

ドロドロになりそうですし。


爽やかな恋愛とかいいなあ、書きたいなあ。

でも、いつもなんか妙にリアルで生々しくなってしまうのは何故なんでしょうね。


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― 新着の感想 ―
[一言] それぞれの心理描写がとても共感できました。 性行為について触れられてましたが、まったくイヤらしくなく全編に渡って爽やかな雰囲気でした。 気になったところは、奈央の部屋の前で会ってからの話が…
2012/03/29 00:32 退会済み
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