朱雀伝 この目で見させてもらおう
一日経った。
賊共がどうなったかだと?
決まっている。全滅だ。
あの後のマコトの戦いぶりは流石としか言いようがなかった。マコトの話は聞いているだろう?
マコトの話の最後で言っていた、戟を持った手馴れ(奴は妙な所で話を切る癖がある)の構えを一振りで崩し、斬首した後は、いつもの戦い方。説明すると、全く止まらずに、ただひたすらに斬り続けたのだ。
相手に突っ込み、一刀両断。防御なんぞしても、半端な腕力では弾かれ、次の瞬間にはこの世には居ない。
止まらず、常に走り回れる程度の凄まじい持久力と、どんな敵でも突っ込み、どんな逆境も楽しむ程の、強靭な精神力。マコトの強さはここにある。
じゃあ、俺はどうなのかだと?まぁ、そのうち言うとしよう。
料理屋で、また俺達五人は集まっていた。
町では軽い英雄扱いだ。悪い気はしない。良い気もしないが。
「んで、天の御使いってヤツだけどもよ。オレらはそんなたいしたモンじゃねえと思うぜ?」
と、マコトが言う。店から七輪的な物を借りて、するめ(本当にするめかは分からない)を炙って食っている。
コイツは何かを直火で炙って食うのがお好みなのだ。
「まぁ、その通りだな。違う世界から来たのは事実だから、俺達が御使いであることは否定しない。だが、魔法・・・いや、仙術と言った方が良いか・・・なんてものは使えない。マコトの武力は半端ではないし、俺もおつむの出来には、それなりの自信があるがな」
と、俺が言うと、張飛が残念そうに言った。
「えー・・・仙術使えないのかー・・・。お兄ちゃんダメダメなのだ」
「ご期待に応えられず、申し訳ないな」
そんな残念そうな顔されては謝るほか無いが、事実だからどうしようもない。
「それでも、誠君の強さと、雄二君の頭の良さは本物だし、二人が天の御使いだって事は間違いないよ!」
「まぁ、そうだが」
俺は一服したくなって、煙草をポケットから出そうとした。が、公共の場での喫煙はマナー違反だ。我慢しよう。
1800年以上前でも、礼儀は大切だ。
代わりに茶を飲みつつ、マコトの様子を見る。さっきから随分と静かだ。
「よう!おっちゃん!調子どうよ?バアサン。咳き込んでんじゃねぇか。体大事にしろよ?孫が悲しむぞ。
あ、すんませーん。女将さん。酒、ある?」
猛烈に抜刀したくなってきた。アイツは、あの性格からか、人と仲良くなるのが上手い。昨日のうちに、町の連中全員と仲良くなってしまった。
頑固でしられる親父とさえも、大笑いしながら酒盛りをしていた。(賊の脅威から解放されたことで、少しオープンになっているのかもしれないが)
だからって、重要な話をしてるのに、なぜ別の席に移動してまで仕立て屋の親父と酒飲んでんだこのボケ。
まぁ、良いさ。腹がいっぱいで気分が良い。コイツを話に加えると厄介な事が起きると思おう。
それを回避できたと思えば良い。
「それでね、雄二君、誠君」
劉備が切り出した。
話は逸れるが、この世界では忌み名(本来は違う漢字で表記するが面倒なのでこちらを使う)はどうなっているんだろうか。忌み名とは、劉備なら備、関羽なら羽、張飛なら飛のつまりは名前だ。このころの中国では忌み名で呼ぶことは、非常に失礼な事で、幼馴染でさえ字で呼び合う。
だが、俺達は普通に忌み名を口にしている。良いのだろうか。
「昨日も説明した通り、私たちは弱い人たちが傷つき、無念を抱いて倒れることに我慢が出来なくて、少しでも力になれるのならって、そう思って今まで旅を続けていたの」
つまり、明確な目標が無いまま旅を続けてきたと。中々に無茶な女だな。
「でも・・・・・・三人じゃもう、何の力にもなれない。そんな時代になってきてる・・・」
「宦官の横行、太守の暴政・・・そして弱い人間が群れをなし、さらに弱い人間を叩く。そういった負の連鎖が強大なうねりを帯びて、この大陸を覆っている」
と、関羽が続ける。1800年前でも人間のやる事は変わらないって事か。当然だがな。
「もう、三人じゃ、何も出来なくなってるのだ・・・」
「でも、そんなことで挫けたくない。無力な私たちにも出来ることはあるはず。だから、雄二君、誠君」
そこで一旦切り、劉備は力強く言った。
「私たちに力を貸してください!」
俺は押し黙る。まだ、何かを言うタイミングではない。マコトがいつのまにか戻ってきていた。
「天の御使いであるあなたが力を貸してくれれば、もっともっと弱い人たちを守れるって、そう思うんです!
戦えない人を・・・力無き人たちを守るために。力があるからって好き放題暴れて、人のことを考えないケダモノみたいな奴らをこらしめるために!」
そういって、俺達を見つめる劉備の瞳はただひたすらに真っ直ぐだった。興奮により、少し潤んだその瞳はじっと眺めていたら、吸い込まれてしまいそうな瞳だった。
彼女の信念というか、そういった類がどれだけ無垢で、強力なものか。それを知らしめるような。
「それ」は、俺の心に激烈な衝撃を与えた。
この世界の汚さを、俺は嫌になるほど見ていた。こんなひたむきで、真っ直ぐな瞳と信念を久しぶりに見たのだ。
本気で、心の底から誰かの力になりたい。その言葉の逆らいがたい迫力と、どこか不思議な魅力のようなものを俺は感じていた。
「なるほど・・・。面白い」
「どーすんよ。ユージ」
マコトが聞いてきた。決まっている。
「乗るぜ。お前達の理想が現実になる瞬間、この目で見させてもらおう」
三人の顔がパッと明るくなった。
「しっかし、天下獲りかぁ。面白くなってきやがったじゃねェの」
「だな。俺たちの力を、この大陸の連中に見せ付けてやろう」
マコトは頷いた。俺と同じで、大きな事を成し遂げるのが大好きな性質なのだ。
「まず、どうすんだ?」
「千里の道も、一歩から。俺達の一歩目は、売名だな」
マコトが不思議そうな顔をする。
「つまりだな・・・・・・俺達は今の所、天の御使いを自称する迷子二人と、理想と力を持つ町娘三人の集まりにすぎないんだよ。迷子と町娘を天下人にするには、少しずつ成り上がっていく必要がある。そのためには、名声を轟かせる必要がある。こんな世の中だ。手っ取り早い方法がある」
マコトはニヤリと笑った。
「つまり・・・・・・黄巾共を、潰してまわるってことだな」
「そうだ。そのためには、人がいる。人を動かすには、金がいる。幸いな事に、俺達はこの世界では珍しい物をたっぷりと持っている。そいつらを売り払い、金を集めて兵を得るぞ。そうして、各地を戦い歩いておけば、『劉玄徳』の名前が知られることになる。そうすりゃ、世の中は俺達の動きを注視する。即ち、俺達に共感したり心服する人間が増えていくという訳だ。そいつを狙うぞ」
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