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黒い十字架  作者: 月姫
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第一章 神の予言

black night-夜闇-


 黒い携帯電話が部屋の中で鳴り響いた。

不機嫌そうに電話を開ける。この電話にかけるのはあいつしかいない。

「なんだ。」

「不機嫌だな。寝不足か?」耳元でからかわれさらに不機嫌になる。

「昨日の仕事が手こずったからだろう。少しは責任を感じろ。」

「はいはい。その仕事だよ。今回はもっと手ごわい。気をつけろ。」

彼の声色がいつになく硬いのを感じ取った。

「わかった。」

だが、ふと頭をよぎった質問に電話を切るのを忘れていた。

「?どうした?」

「・・・バリス。いつ闘いは終わるんだ?」

バリスと呼ばれた電話の相手は、苦笑混じりに答えた。

「それは君次第だよ。お姫様。」

 電話は一方的に切られた。からかわれた気がする。最後の一言でものすごく嫌な気分になった。

 時計の針は夜の2時を指している。行かなくては。

 彼女は部屋を飛び出した。


school day-学校-


 眠い。究極に眠い。

 東条 凛はあくびを何とかこらえながら、授業を聞いていた。昨日の仕事は思ったより、早く終わった。どうやらあいつの取り越し苦労だったらしい。役に立たない「相棒」だ。たまには安息の日々がほしいのに。あの男の得意げな顔と昨日の最後の一言は特に癇に障る。

 「東条さん、どうしたの?不機嫌な顔して。」

突然、呼びかけられたが、眠さのせいか、動きは緩慢だった。

 「・・・・いや、何でもない。」

 聖マリア・アンクル学園。ここは私にとっていい隠れ場所になっている。当初は、こんなところにいたら息が詰まると思っていたが。ここはカトリックの由緒ある学園。この学園では規律は絶対、毎日マリア像の前でお辞儀すると言う行為は今でも気にくわないが、しかたない。

 昼はまだいい。姿を隠す必要も、おわれる必要もないのだから。


night work-夜の仕事-


 凛は夜になると、高校の制服を脱ぎ捨て、黒い服をまとう。

 銀色の腕輪。服の中に隠し持つ数々の武器。武装した彼女はもはや凛ではない。黒天使のレビアとなるのだ。

 今日も、例の仕事だとバリスに言われ、夜の1時だと言うのに、夜闇を走っていく。彼女の仕事。それは夜魔ーレイファントーを狩ることだ。

 夜魔は、人の悪の心にとり憑き、他の人間の魂を吸う。魂がなくなれば人間は死んでしまう。彼女の使命は、心にとり憑いた夜魔を人を傷つけずに抹殺することだった。

 レビアはしばらくして立ち止まった。向こうから人影が見える。よたよたと歩く人影はレビアを見つけると、うなり声をあげて、飛び掛ってきた。

「・・・・また雑魚か。いくらやってもキリがないな。」

彼女は耳の十字架のイヤリングを外した。

「アベル・クロス」

その呪文と共に、黒い大きな十字架が現れた。彼女はそれを夜魔の胸に突き刺して唱えた。

「デュカリオス!」

黒い煙が光に照らされて消え、人影はゆっくりと倒れた。

「バリスのやつ、最近読みが外れてるぞ・・・。」

彼女はそういうと、夜闇から姿を消した。帰ったところで、仕事の後は絶対に寝れないのだが。


devil-悪魔-


 暗い聖堂の中で男達は話し合っていた。

「あの黒天使のせいで計画は全くはかどっていない。」

「あれを殺すことが先決かもしれないぞ。」

「だが、我らの力はまだ完全に覚醒していない。そのためにもイビルとホーリエスを探さなければ。」

「しかし・・・・。」

 その時、一人の男が何かを抱えて入ってきた。抱えられているものは、人間の赤ん坊のように見えるが背中に小さな白い羽根がある。

「それは?」話し合っていた男の1人、べラスが尋ねた。

「見ればわかるだろう?天使の赤ん坊だ。その魂を生贄に、ある程度力を取り戻せる。」

「ガートン。黒天使のせいで、計画が思うように行かない。先に奴を殺そう。」

べラスと言い争っていた男が同意を求める。

 ガートンと呼ばれた天使の赤ん坊を持って現れた男は、首を横に振っていった。

「だめだ。黒天使は生かしておく必要がある。

 心配するな。黒天使にくっついてる守衛ーガルディアンーは今、予知が出来なくなっている。俺が情報を錯綜させているからな。

 黒天使より先にイビルとホーリエスを探すんだ。そうすれば、我らは真の力を手にいれられる。」

 そういうと、祭壇の上に、天使の赤ん坊をのせ、ガートンは叫んだ。

「我らの神、ガルロン!この血と引き換えに我らに力を!」

 すると、頭上から巨大なドラゴンが現れ、天使を引き裂いた。そして、祭壇に、人数分の黒い玉を残して去っていった。

 祭壇に残ったのは、天使の血と小さな黒い玉。彼らは、その黒い玉に天使の血を付け、それを呑み込んだ。

 彼らの黒い瞳が金色に変わると、彼らはその場から消え去った。


trouble-トラブル-


 徹夜五日目はさすがにきつい。まともに授業も聞いてられない。凛ははあとため息をついた。

 バリスの情報が外れているせいで、凛はかなり振り回されている。3日目の夜は夜魔なんかあらわれなかったし。だが、バリスはよほどの事がない限り、現世に来ることはない。

 そこへ先生が見知らぬ生徒を連れて入ってきた。ブラウンの瞳。その瞳の色に似合わない黒髪。童顔と言えばいいのだろうか。彼女の外見は高校生というより、中学生の方が妥当だと思わせるぐらいだった。彼女は、照れくさそうにお辞儀をし、

天野あまの沙織です。よろしくお願いします。」

と言った。

 彼女はすぐに、教室の生徒達に馴染んだ。転入5ヶ月の私とは対照的だ。彼女の天使のような笑顔と、親しみやすい感じが、他の生徒達に受け入れられたのだろう。

 昼休み。凛は、徹夜五日間の疲れを癒すため、深い眠りについていたのだが。教室の尋常でない騒ぎに目を覚ました。不機嫌そうに机から頭を上げると、二人の男子が狂ったように格闘している。いや、正確に言うと、一人の男子が、もう一人を容赦なく殴っている感じだ。その彼の目が気になった。

 うつろな瞳。それとは対照的に怒りを感じさせる口元。嫌な予感がした。

 凛は、二人の傍まで来ると二人を引き離そうとした。

「やめろ二人とも!」

殴られていたほうを、後方に押しやり、うつろな瞳の少年の腹に外したイヤリングを突き立て小さな声で、

「デュカリオス・・・。」

と唱えた。

 次の瞬間、瞳に生気が戻った彼の体が傾いだ。その反動で、彼が凛の服の袖を掴んだ。そのまま倒れる彼の動きに合わせ、袖の破ける音がした。彼が倒れたとき、凛の腕があらわになっていた。

 彼女は、その瞬間、腕を隠し、教室から飛び出していった。教室からざわめきが起こる。倒れた男を保健室に運ぶ男子生徒。他の生徒は凛のことが気になった。

「なあ・・・東条、さっき泣いてなかったか?」

「そんな気がするけど、制服破られて泣くかな?あの東条さんが?」

 沙織は、そんな生徒達の声を聞きながら、凛が走っていった廊下の方向を見ていた。凛の腕に何かが見えたのだが、あれは何だったのだろう?そんなことを思いながら。


tear-涙-


 凛はひたすら走っていた。泣きながら。腕を押さえて。屋上へと続く階段を上り続け、屋上にたどり着く。

 凛は、屋上に通じるドアを閉めると、床に座り込み、涙をこぼし続けた。悲しみがこみ上げてくる。見られたかもしれない。この腕を。腕には黒い模様が肩から腕にかけて描かれていた。

 そのとき、バリスが傍に来た。

「レビア、大変な事に・・・。って・・・どうした?」

いつもとは違う様子の相棒が、心配になる。

 凛は嗚咽を抑えながらいった。

「腕・・・・見られたかも・・・・。」

それでバリスはすべてを悟った。凛を抱き、子供をあやす様に言う。

「大丈夫だ。俺はここにいるよ。腕の事なんか気にしなくていい。誰も見てないさ。だから・・・もう泣くな。俺がついてるから。」

 凛はバリスの胸に顔をうずめ、とめどなく溢れる涙が頬を伝うのを感じた。どれだけ強がっていても、こんな些細な事で泣いている自分が情けなかった。いつだって自分は現実から逃げている。なのにバリスは・・・。

 バリスの胸は温かかった。

                 

emergency-緊急-


 バリスは凛が落ち着くと、静かにこうきり出した。

「俺の予知が奴らに邪魔されて使えなくなってる。しばらくは予知は無理だ。それと奴らはあの計画を実行する気だ。・・・・エデン・パレスが崩壊した。」

「なんだと!?そんなばかな!」

 凛は心臓が跳ね上がった。エデン・パレスが崩壊?あの、強い力を持つ結界がなくなるなんて。

「奴らの力はまだ覚醒していないはずだ!なのになんで!?」

凛はバリスに詰め寄った。

「奴らは天使の血を生贄に、黒の神つまりガルロンに力をもらったんだろう。それしか考えられない。それより問題なのは、奴らがイビルとホーリエスを探していることだ。」

「・・・闘いの天使と光の天使、それを黒き物が手に入れた時、天地は滅びる・・・・あれを現実にしようというのか。たかだかレイファントの分際で・・・。」

凛の顔はあざ笑うような声とは裏腹に怒りを表している。

「レビア。俺には今予知の能力はないに等しい。だが、これは異常事態だ。俺はガルディアンとしてお前を守る義務がある。俺も闘いに協力する。」

 凛はバリスの言葉を聞いて、青ざめた。

「ダメだ!奴らが力を取り戻しつつあるなら、ガルディアンのお前と私では力の差がありすぎる。それに私は守ってもらわなくても・・・・もう守られて一人ぼっちになるのはイヤだ!」

凛の悲痛な叫びが何を表しているのか、バリスは知っていた。だが。

「それでも、それがガルディアンの務め・・・・。」

「お前は義務のためだけに私の傍にいるわけじゃないだろう!」

 凛の顔をみて、バリスははっとした。凛の頬に涙がつたう。

「私は・・・・もう・・・誰も失いたくない。」

凛は、流れる涙を止めようと顔を袖でぬぐった。そして、強い口調で言った。

「お前は、戦いが終わるのは私次第だといったな。奴らがその気なら、こちらにも考えがある。黒天使としてではなく・・・アイスシェリアの姫として。」

「・・・・何考えてる。まさか・・・。」

 バリスの声が震えた。

「もうこれしか方法はない。エデンとアイスシェリアを救うには・・・。」

 凛は決意を固めていた。

                  

seal-封印-


 バリスは凛によく考えろと釘を刺して、消えた。

 凛は教室に戻る気になれなかった。あんな姿をみんなの前でさらしてしまった。帰ったら、どんな目で見られるか。そう考えて、凛は屋上を去り、教室に戻らず家に帰った。

 家に帰って彼女は銀色の腕輪を手に取った。腕輪には、天界の言葉が刻まれている。その言葉はある物の封印を解く為に王族のみに伝わった言葉だ。

 凛は机の一番下の引出しから小さな箱を取った。不思議な紋様が彫られたその箱を開けると・・・・その中には、妙な形をした黒い十字架のネックレスが入っていた。十字架の長い方の先は二つに分かれ、鎌のような形をしている。表に、箱に描かれていたのと同じ紋様が彫られている。

 彼女はそれを箱からだし、首に下げた。

「これの封印を解くときはきっと・・・ガルデ・バセルー崩壊の日ーだろうな・・・。」

凛は、ぼそりとつぶやいた。

 今は、バリスの力が役に立たないのだから地道に夜を見張るしかなさそうだ。それまでに睡眠をとっておこう。彼女は、ベットに横たわり、静かに目を閉じた。


power-力-


 次の日、凛は制服の下にネックレスをつけたまま学校へ行った。昨日の夜、気配をたどりながら夜魔を退治していた彼女は彼らの力が強まっていることをまざまざと見せ付けられた。

 今まで自分の足元にも及ばぬほどの力だった彼らは、ゼバールと呼ばれる中級階級の夜魔の力に進化していた。人の内側に入っているだけしか出来なかった今までの夜魔と違い、攻撃態勢ーとがった爪と牙ーを出すことが出来るようになっていたのだ。凛が苦戦を強いられたことは言うまでも無い。今も、肩口に切りつけられた傷が痛みを持っている。

 教室に入ると全員が一斉にこっちを見ていた。昨日の事を不審に思っているに違いない。彼らの目線を軽く受け流し、自分の席に座る。

「聞いたか?また出たってよ。」

「何が?」

「ブラック・エンジェルだよ!昨日で5人。どんな奴なんだろうな?」

 また始まった。男子生徒はいまや「ブラック・エンジェル」に夢中だ。もちろん、それが凛であることなど、思ってもいないだろうが・・・。

 天野沙織が彼らに不思議そうに聞いてきた。

「ブラック・エンジェルって?」

「沙織ちゃんはまだ知らないんだっけ?夜になると現れる悪い奴をやっつけるヒーローだよ。暗いときにしか現れないから黒天使ーブラック・エンジェルって訳。まあ、悪い奴っていっても、悪い心を持ってる人ってことになるのかな?でも、ブラック・エンジェルが倒すと、悪の心がなくなるみたいな?」

まるで、何もかも知っているといわんばかりの口ぶりだ。悪の心は人間である限り無くならないのに。

 その時、先生が入ってきた。

「突然だが、転入生を紹介する。入りたまえ。」

促されて入ってきた、生徒をみて、凛は目を疑った。


guard-守護-


 「紅月ケイです。よろしく。」

 何もかも見透かしたようなグリーンの瞳、女子生徒の目をひくブラウンの髪、ほっそりとした体型の割には、鍛えられた体。そして、凛の嫌いな人をからかうような声。よく知っているその顔で、彼はみんなに挨拶する。

 女生徒の輝くような瞳と男子のがっくりとした表情を尻目に、彼は凛の横にある開いた席に座った。

「よろしく。」

彼は口の端でくすりと笑う。凛はケイー人間に化けたバリスーをにらんだ。

 昼休み、ケイの席は女生徒に囲まれていた。凛は不機嫌だった。そこへ、2人の男子生徒が近づいてきた。クラスメートの小早川徹と高島涼だ。小早川は何かと凛に話しかけてくる。機嫌の悪いときに限って。

「東条、昨日早退してたね。」小早川がいつものように話しかける。

「昨日、突然教室飛び出していったけど泣いてたの?」

「徹!やめろよ!誰にだって話したくないことがあるんだよ。」

「だけどさ・・・。」

 「泣いてない。」

凛は二人の会話を氷のような冷たい声でさえぎった。

「あの状況で泣く必要があるか?一度視力検査にでもいったらどうだ?」

そう言うと、凛はケイの席へ近づいた。女生徒に囲まれていたケイは彼女に気がついた。

「どうかした?」

ケイは席を立って、凛を見た。凛はケイの腕を掴むと有無を言わさず、教室の外へ引きずり出した。

 「ふざけてるのか?」

凛は鋭いまなざしで、ケイをみた。

「ふざけてなんかいない。」

ケイの顔がバリスの真剣な顔になる。

「お前の決意はよくわかった。だからもう何も言わない。その代わり、俺も協力することを許可してくれ。お前を守り抜くとあの日誓っただろう?」

 バリスのまっすぐな瞳が胸を刺すように痛かった。彼はもう決意している。自分のためなら命も惜しまないだろう。彼はいつだってそうやって何かを守ってきた。自分はずっと逃げてきた。運命から。悲しみから。心の痛みから。

 「・・・・わかった。許可する。ただし、学校では幼馴染と言う事にしておくぞ。それから、ここでは凛と呼べよ。」

凛はため息混じりに言った。


indication-気配-


 凛は、バリスの手に天界の言葉が書かれた指輪を握らせた。

「これは・・・。」

「ガルディアンとしての正式な力が要るだろう?私に協力するんなら。」

その指輪は、ガルディアンと任命されたものが、その任務をまっとうするまで外す事の無い物だ。

「それがないとガルディアンの半分程度の力しか出せない。それじゃ、私の協力にはならん。自分の身ぐらいは・・・自分で守れるようにしておけ。」

 凛はそう言うと、教室に戻った。



 放課後、帰ろうとしていた彼女の耳に、争う声が聞こえた。聞き覚えのある声。確か同じクラスの、月城晶とかいう男子生徒の声だ。

 「何してる?」

凛の冷ややかな声で、争っていた男子生徒2人が動きを止めた。

「こいつが、お前の事、気味が悪いって悪口いったんだ!だから・・・。」

晶は、凛を傷つけないように言葉を選んでいるようだった。

 月城晶。彼は、クラスでは常に問題児。暴力が主な原因だが。ただ、彼なりに優しい面もあり、友達思いだ。問題児と言われる割には、悪い連中と絡むようなことも無い。

「私は別に気にしない。ただ、それを暴力で何とかしようというのはどうかと思うが?力は憎しみしか生まない。力を使うのは、大切な誰かを守るときだけにしろ。陰でこそこそ悪口を言う奴はもっと最低だがな。」

晶に忠告をしつつ、もう一人の生徒を睨みつけた。

 その時。気配を感じた。地に降り立つ黒い闇と、二つの光の気配を。


angel-天使-


 凛はケイに目配せした。ケイが頷く。彼も感じ取ったようだ。2つの気配を。だが、それを見つけるのは難しい。そして。早めに見つけなければ。

「ケイ、行くぞ。」

「はいはい。」

凛とケイは学校を後にした。


 凛達より早めに帰った沙織は家に帰るために暗い道を歩いていた。家に帰るには一番の近道なのだ。すこし、薄暗いが沙織はさほど気にしていなかった。

 しばらくその道を通っていて沙織は足をとめた。

「・・・・?」

この道はこんなに長かっただろうか?そして。自分より少し前から3人ほどの男がこちらに歩いてくる。

 怖い。ふいにそう思った。彼らのうつろな瞳がなんとなくそんな感情を持たせた。彼らは一歩ずつ沙織に近づいていた。沙織はあと来た道を戻ろうと後ろを振り返る。だが。

「・・え・・・?」

ほんの少ししか歩いていないのに道の出口はずっと後方にあった。恐怖が沙織を襲った。

「い・・いや・・・。来ないで!」

沙織は思い切り叫んだ。だが、男達は気にせずに近づいてくる。

「いやー!!」

思わず手を前に突き出した。その瞬間。なぜか男達が後退する。そして。

 「何やってんだ!」

後ろから強烈な蹴りが男達を蹴飛ばした。男達はさらに怯む。

「つ・・・月城君!?」

「天野・・だっけ?こんなところ歩いてるからこういうことになるんだよ!」

「ご・・ごめん。」

「今は謝ってる場合じゃない!逃げるぞ!」

その言葉に沙織ははっと我に返る。

「でも・・・!」

そう言って、沙織が指差す方向を見て晶は目を見張った。出口がかなり後方にある。そんなに長い道じゃないはずなのに。

「ど・・・どうなってんだ!?」

男達は勝機があると思ったのか、どんどん近づく。

「来るんじゃねー!!」

すかさず蹴りを入れる晶。だが、全く効いていないのか、男達は二人にじりじりと迫る。その時。

 「アベル・クロス。」

低い声と共に頭上に何かが飛んだ。

「デュカリオス!」

頭上から黒い十字架が男達に突き立てられる。男達はふらりと倒れた。

 「平気か?」

地面に降り立った女を見て、二人は声をあげた。

「え・・・東条さん・・?」

「東条!?」

凛は二人の驚きをよそに、黒い十字架をイヤリングに戻す。

 「バリス、どうだ?」

「幻覚領域を作り出すまでに成長してる。」

「そうか。」

凛は沙織と晶をじっと見つめた。そして唐突に言う。

 「月城。天野さん。ちょっと話がある。一緒に来てくれ。」

そう言うと、凛は二人の手を掴んだ。

「行くぞ、バリス。」

そう言うと、二人をつかんだまま、走り出した。

「あの・・どこ行くの?」

「東条!何なんだよ!話って!」

晶と沙織は同時に叫んだ。だが、凛は、

「家に着いたら話す。」

と言って、ひたすら走り続けた。



 ようやく凛の部屋に着くと、二人とも困惑顔だった。なぜ、連れてこられたのか訳がわからないといった感じだ。

「バリス、部屋に結界を。奴らに気づかれると困る。」

凛が言うと、バリスはくすりと笑った。

「もう結界は張ってる。早く二人に話をしないと文句言われるぞ。」

 凛は二人の傍に座ると、唐突に言った。

「訳もわからないまま連れてきて悪かった。でも、こうする他に無かった。

突然だが、私は、普通の人間じゃない。黒天使だ。」

沙織は男子生徒の話を思い出した。悪の心を消すダーク・エンジェル。

凛はかまわず続けた。

「そして、二人は・・・・天使なんだ。」

沙織と晶は驚愕した。

「東条、何言ってるか訳がわかんないよ。俺は普通の人間だ。後ろに翼も生えてないし・・・・。」

 凛は晶の言葉をさえぎった。

「言いたいことはわかる。でも事実だ。」

そういって、凛は、つぶやくように話し始めた。昔の事を。


past-過去-


 天界の天使が生息する場所には、2つの地域が存在した。エデン・パレスとアイスシェリア。

 エデン・パレスは、天使達の楽園だった。人々が想像しているような白い羽を背中につけた天使達が、暮らしているところだった。そのエデン・パレスの中にアイスシェリアはあった。

 アイスシェリアは、主に王族達が暮らす場所だ。王族以外の天使達も入れるが、それは緊急事態のみ。アイスシェリアには誰にも知られてはならない秘密があったからだ。

 聖域と呼ばれる小さな城に王位継承者を隠すしきたりがあった。そのしきたりはある言い伝えと共に長い間守られてきた。言い伝え。それは恐ろしい神の予言。

『千年に一度、黒い羽を持つ天使と黒い神の血を持つ悪魔が生まれる。悪魔と天使の闘いが起こる。闘いの天使と光の天使、それを黒き者が手に入れるとき、天地は崩壊する。ガルデ・バセルー崩壊の日ーが訪れる。それを止める事が出来るのは腕に黒き紋章をもつ王位継承者のみである。王位継承者は決してその正体を知られてはならない。』

というものだった。

 そして、黒天使のレビアが生まれた。彼女は黒天使であると同時に、王位継承者だった。

 父である王と兄姉以外は当初、黒天使を王位継承者とすることを拒んだ。

裁定人ーデフィルーが下した結論は、『王位継承者と認めるが、アイスシェリアには住まず、エデン・パレスで他の天使と共に暮らせ』というものだった。

 レビアはそれでもよかった。腕の紋章をひたすら隠し続け、他の天使たちに黒い羽を蔑まれても。

 だが、突如その幸せは消えた。


attack-攻撃-


 エデン・パレスは強固な結界に守られてきた。千年に一度生まれる黒の神ガルロンの血を受け継ぐ悪魔。その言い伝えを信じる王族達が何年もかけて築き上げた結界だった。その結界はアイスシェリアにもあった。

 レビアが生まれたのと同じ時期、その悪魔は生まれた。ガートンと言う名の悪魔。

 その報告を受けた王族達は、密かに計画を実行した。闘いの天使と光の天使の力を封印し、地上へと落とした。いつしか覚醒する日まで、悪魔の攻撃はないだろう。王族達はみな思っていた。

 だが。

 突如、アイスシェリアの城は崩壊した。悪魔の攻撃によって。黒い神の血。それは想像以上に強力な物だった。

 攻撃を仕掛けたのはごく一部の悪魔だった。ガートン率いる黒き血の四天王ーゼルビアスーは王族達を一瞬にして殺した。そして夜魔を地上にばら撒いた。二人の天使を探すために。

 アイスシェリアの王族をを守っていたガルディアンのバリスは、裁定人に黒天使と共に地上に降り、夜魔ーレイファントーを人々から遠ざけるように言われた。

 だが、裁定人の本当の狙いは、王位継承者がガートンたちに見つからないようにするためだった。ガートンたちは黒い血をもつ。夜魔とは違う強い血だ。もし、王位継承者が黒天使だと気づけば、容赦なく襲うだろう。その前に天界から黒天使を消し、彼らを足止めしようと考えたのだ。

 裁定人により、力のほとんどを封印された彼らは、夜魔と変わらぬほどの力になった。

 その封印は決してとけないはずだった。


light-光-


 凛が全てを話し終えたとき、沙織と晶は気の遠くなるような話だと思った。

 「それで、俺達が、その地上に落とされた天使って訳か?」

晶はため息混じりに聞いた。

「ああ。天使は他の仲間を気配で感じ取れる。まだ、力は覚醒していないが、二人とも間違いなく天使だ。」

凛の言葉に、沙織はそっと質問した。

「力が覚醒すると・・・どうなるの?」

「基本的には、普通の人間と変わらない。ただ、天使としての力が備わるだけだ。天使の力は様々だ。光の天使は悪を消し、光をもたらす。闘いの天使は闘いに長けていて、悪魔の力を無効化できる。」

それを聞いていた晶が疑問を投げかけた。

「待てよ。悪魔は俺達を捕らえようとしてるってさっき言ったよな?だけど、天使としての力は、悪魔に不利になるものばかりじゃんか。なんで、そんな力が悪魔は必要なんだよ?」

「あいつらは力がほしいんじゃない。」

凛は即座に否定した。だが、その後の言葉が続かない。

バリスが代わりに言った。

「悪魔がほしいのは、力じゃなくて、血だよ。」

その言葉に、晶も沙織も息を呑んだ。凛がため息をついて、説明し始めた。

「天使の血は、悪魔にも有益な力になりえるものだ。彼らがエデン・パレスを崩壊させたのも、天使の血を使って封印された力を取り戻すためだ。」

 エデン・パレスの崩壊。強固な結界を崩すほどの力を取り戻しつつあるということだ。どうすればいい。どうすれば・・・・。

 「東条、ちょっと聞きたいんだけど。」

晶の声で、凛ははっとした。

「なんだ?」

「黒天使の力は強くないのか?」

「それは・・・・。」

「悪魔がまだ力を取り戻してないんだったら、黒天使のお前なら倒せるんじゃないのか?俺達を巻き込まなくても・・・。」

「無理だ。」

晶の言葉をさえぎり、凛はうつむいたまま言った。

「私は・・・黒天使の力はガートンほど強くない。夜魔は悪の心を消せば、何とかなるが、ガートンは神の力を持っているような物なんだ。奴らを倒すなんて私には・・・」

「でも、言い伝えでは、王位継承者が崩壊の日を止められるんだろう?」

「そうだが・・・。」

「なのに、なんで俺達が天使側に必要なんだ?」

晶の言いたいことがなんとなくわかってきた。

「二人は天使側に与えられた唯一の光なんだ。」

凛は二人を見据えたまま言った。


dark angel-黒天使-


 「どういうこと?」

沙織は凛の言葉の意味がわからなかった。

「他の天使は、悪を消すことは出来ても、光を与えることは出来ない。二人だけが光を与えることが出来るんだ。」

凛は二人に説明した。

「じゃあ黒天使は?」

晶が何気なく聞いた。

「黒天使は・・・悪を消すんじゃない。悪を殺すんだ。」

そういうと、凛は立ち上がり、別の部屋に行った。

しばらくして戻ってきた凛は黒い服を身にまとっていた。

「バリス、二人を守っていてくれ。二人ともしばらくは私の部屋で寝てくれるか?」

沙織と晶は頷いた。

「どうせ、天野も俺も親がいなくて一人暮らしだからな。」

晶が言った。

「そうか。」

凛は短く言葉をきると、家を出て行った。

「凛のこと、理解してやってくれ。」

バリスは二人に言った。

「凛は・・・家族を失ってからずっと罪を背負って生きているんだ。自分が生まれてこなければよかったって。だからあいつのためにも・・・。」

二人はこくりと頷いた。


blood-血-


 凛はしばらくケイと沙織、晶と行動を共にした。学校に登校する時も、昼ご飯の時も、下校する時も。そんな4人をみんなは不思議そうに眺めた。

 「沙織ちゃんって、いつから東条と仲良くなったの?」

沙織にある男子が聞いてきた。

「凛ちゃんって人付き合いが下手なだけで、本当はやさしくていい人なんだよ。」

沙織は笑顔で言った。晶も同じ事を聞かれていたが、適当に答えていた。

 いつものように、4人で下校していたとき、凛とケイは夜魔の気配を感じた。

「昼間にまで出没するようになったのか?」

凛が眉根をよせる。いつもと何かが違っていた。直感が訴えていた。ただの夜魔ではないと。

 凛はケイの方に向き直った。その表情には焦りが見える。

「バリス、二人を連れて私の家にいったん帰ってくれ。私が帰ってくるまで誰も入れるな。」

「だが・・・。」

「これは命令だ。」

ケイの言葉をさえぎり冷たく言い放つ。それが何を意味するのかバリスはなんとなくわかった。

 ケイたちの姿が完全に見えなくなると、彼女は暗い路地裏へと足を進めた。

「アベル・クロス」

その言葉と共に十字架のイヤリングが黒い大きな十字架に変わった。

腕に銀色の腕輪をはめ、路地裏の奥へ進むと・・・。

 「黒天使のお出ましか。」

低い声が路地裏に響いた。

「貴様がここまで来るとはな・・・ガートン。どれだけの天使の血を犠牲にした?」

凛から黒天使レビアに変わった彼女が言い放つ。

「さあな・・・数を数えられないほどと言ったらいいかな?」

ガートンは面白そうに言った。

 黒い神の血。彼に流れるその血の力は思いのほか強くなっていることがわかった。

「貴様にこれ以上天使の血は流させん!」

レビアはガートンに強く言った。


black vs black-黒vs黒-


 ガートンは面白そうに笑った。

「黒天使とはいえ今は人間だろう?その体に俺と対等に戦える力があるとは思えないな。俺はちょっと聞きたいことがあって来ただけさ。二匹の天使の事でね。」

 レビアは嘲笑うように言った。

「情報を収集するのはお前達の能力の方が上だろう?こっちは予知の出来ない相棒のおかげで振り回されているんだ。知ってたら今頃、力を覚醒させて貴様を倒してるところだ。」

「確かにそうだな。じゃあ王位継承者の事は?知らないか?」

ガートンは楽しんでいるようだ。

「私が知っていると思うか?天界の者から疎まれ、この地に追い出されたような私が。エデン・パレスの住民にでも聞け。それかお前の苦手な裁定人にな。」

 レビアの一言は確実にガートンを怒らせた。彼にとって裁定人はガートンの力を封印した忌々しい存在だ。

「ふん。その言葉後悔させてやろう。俺の力が今どれほどの物かじっくり味あわせてやる!ザケル・バリシアス!」

その呪文と共に黒い炎がレビアを包んだ。

「黒天使とは名ばかりだな。あっけない・・・・何!?」

ガートンは言葉を失った。

 地面は黒く焼け、その炎がいかに強い威力だったかを物語っている。だが。レビアは傷一つないままそこに立っていた。

「この程度か?夜魔がだんだん強くなっていたからどれだけの物かと期待していたが。夜魔に力を与えすぎたのかな?」

レビアはくすりと笑い、真剣なまなざしで言った。

「貴様が私よりも劣ることを証明してやろう!イバル・ケイタス!」

まぶしいほどの光がガートンを包んだ。


gap-差-


 「ぐあぁ!!」

ガートンが苦しげにうめく。聖なる光を浴びた悪魔が正常でいられるわけはない。だが、レビアはこの程度で終わらせるつもりはない。今この男の血を絶やさない限り、天界は滅びてしまう。そんな事は絶対にさせない。

 「ビルテス・クロス」

レビアの声と共に大きな十字架の形がほんのわずかに変わった。長い方の先端が鋭く尖った。この一撃で終わらせなければ。

 「くそ!!」

ガートンは光を払いのけようとしていた。その光は少しずつ威力を失っている。レビアは時間稼ぎのためにこの光を出したのだ。

 ガートンの怒りは頂点に達していた。ガートンの爪が長く鋭くなる。だが、レビアは次の手を仕掛けていた。

「レビテリア・バジェス!」

レビアはその呪文と共にガートンに向かって十字架を振りかざした。ガートンも爪をレビアに向けた。

 レビアの振りかざした十字架はガートンの爪を避けようとした反動で、レビアが体勢を崩したため、違う方向へと向いていた。彼女はとっさに十字架を下げ、思い切り、十字架を振った。十字架は大きな弧を描き・・・。

 「ぐっ!!」

その声と共に鮮血が散った。レビアは十字架を引き、わずかに後方へさがった。ガートンの腹からは血が滴り落ちていた。レビアは、ガートンの爪を避けきれず、肩には小さな痛みが走る。どちらが重症か見た目にも明らかだ。

 「くそ・・・。」

「わかっただろう。お前は力を覚醒しなければただの無力な悪魔と変わらない。だが、そんな暇は与えない。貴様の息の根を必ず止めてみせる。」

レビアは整然と言い放った。

「覚えておけ・・・・。このままで・・・すむと思うな。俺を見くびったこと・・・・後悔させてやる・・・必ずな・・・。」

ガートンは腹を押さえながらそう言うと、消え去った。


scar-傷あと-


 レビアは細い路地裏から身を隠すように帰っていた。制服には、おびただしい返り血がついている。こんな昼間に、大通りを歩いて帰ったら、変な噂になりかねない。

 彼女は、ガートンが地上に降りてきたことを不審に思っていた。わざわざ光の天使と闘いの天使、王位継承者の事を聞くためだけに、自分に近づいたとは考えにくい。彼女の脳裏には、口では言えない恐ろしい考えが先程からぐるぐると回っていた。

 もう誰も失いたくない。あんな悲劇は二度とゴメンだ。そのために自分は何をしたらいいのだろうか。王位継承者としてなすべきことは。

 体は鉛のように重い。そんな体をなんとか引きずって歩いた。

 今が冬でよかった。黒い制服は、返り血を目立たなくさせているようだ。そんなどうでもいい事を思いながら、家にたどり着いた。


heaven&ground-天と地-


 凛が玄関の戸をあけると、晶と沙織はホッとしたような顔をした。だが、ケイだけは注意深く、凛を観察していた。そんなことに気づかず、晶が口を開いた。

「学校、遅刻だな〜。今から行くのか?それとも休みにする?」

晶の問いに凛は弱々しげに答えた。

「今日は休もう。」

その一言がケイをさらに心配させた。凛のこんな声をケイは一度として聞いた事はない。あの時以来。

 凛はしばらく玄関に立ち止まり、そして。急に倒れた。

「凛!!」

 倒れる直前の凛を受け止めたケイは、疲労困憊した彼女の顔を見た。

「何があった?この血は?この傷は?」

ケイは黒い冬の制服に血がこびりついている事や、肩に小さな傷があることに気づいた。

 ケイの言葉で、晶と沙織は絶句する。

 心配そうに自分の顔を覗き込むカイを見て、凛は小さな声で答えた。

「心配ない・・・。傷はたいしたことないし・・・血は・・・私のじゃない。ガートンの血だ・・・。」

「なんだと?ガートンが地上に!?」

ケイは驚愕した。まさか。彼の狙いは・・・。

「少し休む・・・。なにかあったら・・・知らせてくれ・・・。」

凛はそういうとよろよろと立ち上がり、自室に向かった。

 沙織はケイにそっと聞いた。

「ガートンって黒い神の血が流れているっていう悪魔よね?」

「ああ。」

ケイの口調がいつになく硬い。

「悪魔は地上に降りることが出来るの?」

「強い力を持っている者だけは降りてこられる。ただし、一定時間だけな。」

 ケイの言葉に晶が口を挟む。

「さっき、東条は『ガートンの血だ』って言ったよな?東条にやられたって事は、そこまで力は回復してないんだろう?」

「おそらくな。ガートンは力もないのに凛に戦いを挑みに来るようなバカじゃない。何か目的があったんだ。」

「目的?なんの?」

 晶の言葉と同じ事を考えていた沙織は、突然思いついたかのように言った。

「ひょっとして・・・私達の事に気づいて・・・。」

「それはない。二人ともまだ力が覚醒していないんだ。悪魔は天使の力を感知するんだ。天使の力が覚醒しない限り二人を見つけられない。」

ケイの言葉に沙織は胸を撫で下ろした。そして、凛の自室の方を見た。

「凛ちゃんは、どうして突然倒れたんだろう・・・。」

「多分、力を使いすぎたんだろう。あいつは今は人間だ。天使の力を無理やり引き出そうとすれば、疲れもするさ。」

 沙織はふと、ケイを見た。二人は今は人間として生活している。凛は地上の人を守るために毎夜、夜魔を狩っている。そんな二人を見ていて、ある疑問が脳裏にあった。

 「どうして天界の人間なのに、地上の人を助けようとしてるの?」

沙織は意を決して尋ねてみた。ケイは沙織をしばらくみつめて言った。

「天界と地上はつながってるんだよ。」


reason-理由-


 沙織と晶は言葉を失った。天界が地上とつながっている。そんなことがあるのだろうか。

 「なんで、人間は地上に住んでると思う?」

ケイは二人に質問した。二人は答えられない。

「天使はもともと、人間を監視するために生まれた。監視と言うより、守ると言った方がいいかもしれない。最初は、人間も天界で暮らしていたが、人間の繁殖力は天使より勝る。天使は人間を監視しずらくなった。そこで、人間を地上へ下ろした。地上は神が人間のために作った天界の一部だ。天使は地上の上から人間を見下ろすことで、人間を監視出来るようにした。だから、悪に染まらなかった純粋な人間は死ぬと天使になると言われている。」

「じゃあ悪魔は?」

沙織は質問してみた。ケイはしばらく黙り込んでいたが、ようやく口を開いた。

「悪魔は、最初は存在しなかった。だが、人間が知能を持つようになり、感情を持つようになるにつれて、人間は高度化していった。そして、最初は善しかなかったはずの人間の心に悪の心が生まれた。その時、悪魔も一緒に誕生したんだ。悪魔と天使は対立の関係にあるから、神は別の地を悪魔に与えた。」

沙織はそれを聞いてポツリとつぶやいた。

「じゃあ人間が、悪魔を生んだんだね。」

「ああ。」

 沙織は、悲しい気持ちになって、話題を切り替えた。

「凛ちゃん、大丈夫かな?」

凛の部屋のドアは閉まったままだ。出てくる気配はない。

「・・・・大丈夫じゃないだろうな。あいつは戦いの後は眠れないから。」

ケイは苦虫を噛み潰したような顔で言った。晶がケイに聞いた。

「黒天使はみんなそうなのか?」

ケイはその問いに頭を振った。

「あいつが最初、俺と一緒に地上に降りてきた頃、夜に何度もうなされて目を覚ましてた。多分・・・家族が死んだときの夢を見たんだと思う。何日もそんな日が続いて・・・。夜魔と戦った日はうなされ方はさらにひどい物になった。だんだん、あいつは戦いをした日は眠らなくなった。眠ることを自ら拒絶した。自分が休んでいる間に、誰かが襲われるかもしれないなんて心配をしなくてすむからって。大切な人を守れないのはもうイヤだって。」

 ケイはそういうと、凛が休んでいる部屋のドアを見つめた。沙織はいつも、昼休みに眠っていた凛の姿を思い出した。夜眠れないから、平穏な昼に眠っておこうと思ってのことだったのだろう。昨日も、夜に出かける彼女を見た。

 沙織と晶は自分達の力が無力だとあらためて実感していた。それはケイも同じだった。


sacrifice-犠牲-


 ガートンは暗い聖堂に戻ってきた。腹の傷はふさがり、血はもう出ていない。だが、彼はかなり不機嫌だった。

「黒天使ごときになぜ俺が・・・・。」

ガートンは唇を噛み締めた。

 「本気で勝てると思ってたの?まだ力が覚醒してないのに。」

後ろから癇に障る声を聞いたガートンは、振り向きながら低い声で唸った。

「なんだと・・・。」

 後ろに立っていたのはガートンが悪魔の中で最も嫌いな女だ。いつも癇に障る、何を考えているかわからない奴。

「ラディン。貴様、殺されたいのか?」

「今のあなたの力じゃ、私を殺すなんて一生無理ね。ガルロンの血を持ってるあなたが黒天使に負けたなんてみんなが聞いたらどう思うかしら?」

ラディンと呼ばれた女は悪びれることもなく、また、彼を恐れることもなく、言い放った。

「それよりすべきことがあるんじゃないの?天界を滅ぼすんじゃなかったかしら?私はあなたのお遊びに付き合ってるわけじゃないのよ。

 天界の裁定人は、アイスシェリアの結界を日々強くし続けている。気づかなかった?」

「気づいているさ。俺だってバカじゃない。アイスシェリアに強い天使がいると見て間違いない。」

 彼らが生贄に捧げた天使のほとんどは小天使とよばれる、それほど強い力を持たない者だった。そのため、ガートンは思うように力を取り戻せずにいたのだ。

「ひょっとしたら王位継承者もいるかもね。黒天使と闘うより先に王位継承者を殺さないとあなたはおしまいよ。」

ラディンはそうはき捨てた。

「わかってる。ところで計画を変更することにした。」

ガートンは彼女を見ながらそういった。その顔には笑みが浮かんでいる。

「いまさら計画を変更するの?」

「ああ。アイスシェリアは結界が強化され続ける状態では、攻撃できない。だから・・・先に地上を壊す。」

ラディンはその言葉に驚いたが、すぐさま納得した。

「天と地はつながっている。地上が壊れれば・・・。楽しくなりそうね。」

そう言うと、ラディンはうれしそうな笑みを残して消え去った。他の仲間に報告しに行ったのだろう。

 ガートンは祭壇の中から黒い液体の入ったビンを取り出した。それは、黒い血を受け継いだものにしか扱えない物、黒い神ガルロンがその昔封印されたときのガルロンの血だ。これを悪魔が飲むことは禁じられている。だが。

夜魔にこの血をかける事は許されている。夜魔はこの血の力で今までより強くなれるだろう。彼は地上を見下ろすことが出来る、水鏡にそれをたらした。

 「何かを犠牲にしなければ生きていけない地上など滅んでしまえばいい。夜魔たちよ!思う存分暴れまわれ!!」

ガートンは笑いながら叫んだ。


black devil-黒魔-


 凛は部屋のベッドに横たわったまま天井を見つめていた。ガートンはすでにかなりの力を取り戻しつつある。どうすれば彼を止められるだろう。どうすれば古代から続く天使と悪魔の闘いを終わらせられるだろう。どうすれば。

 凛の体はすこしも回復していなかった。眠ることもできずに回復など出来ない。凛の疲れは限界を超えていた。それでも、この土地を守らなければ。そのためだけに体を動かし続けていた。

 凛が横たわるベッドの横では一人の少女が気遣わしげに凛を見ていた。吸い込まれるようなグリーンの瞳。金色に輝く少しウェーブのかかった髪。そして、背中に小さく生えた白い羽。その羽が人でないことを語っている。彼女は手に金色の十字架を持ったまま、ただ凛を見つめていた。

 「レフィル。悪いが、回復しそうにない。癒しの呪文を・・・頼んでもいいか。」

《癒しの呪文より、回復の呪文の方がよいのでは・・・。》

レフィルと呼ばれた少女は、凛の状態を彼女なりに分析し、助言した。だが、彼女にとって、凛は主。主の決定が彼女の行動につながる。

「そうだな・・・頼む。」

《御意。》

そういうと、彼女は、金色の十字架を天井に向け、光を放った。


 凛が部屋から出る時、疲れはもうなかった。だが、別の心配事が頭の中にあった。

「バリス。ガートンの奴は最終手段に出た様だ。」

「どういうことだ。」

凛の言葉にバリスは疑問をもった。

「そのうちわかる。」

 ふと、夜魔の気配を感じた。1匹ではない。大勢だ。凛は、晶と沙織に言った。

「二人とも私の部屋に隠れていてくれ。レフィル。二人を頼む。」

《承知。》

二人が部屋に入ったのを確認すると、凛は手に黒い十字架を持った。

「合図で一斉にドアを開ける。一匹残らず吹き飛ばすぞ。」

「ああ。」

静かな沈黙が続く。だが、確実に夜魔の気配は強くなっていた。

「・・・・行くぞ!」

バリスは凛の言葉と共にドアを開け、凛は地面に黒い十字架をつきたてた。

「メルス・デュカリオス・アレス!」

それと同時に夜魔が一瞬に掻き消えた。

 凛は扉を閉めると、バリスと共に自室に入った。

「もう終わったのか?」

晶の問いに凛は頭を振った。

「あれはほんの一握りに過ぎない。おそらく、今日の夕刻までには・・・もっと大勢になる。しかも、今までの夜魔より格段に強さが増している。あれはもう夜魔じゃない。黒魔ーバジェルーだ。他の人間の悪を強め、仲間に引き込みながら標的を殺す殺傷能力の高い悪魔だよ。地上はもはや安全ではなくなっている。だから・・・二人とも天界に連れて行こうと思うんだが・・・。」

沙織はその言葉に不安を覚えた。

「でも、天界にいったら、悪魔がいるんじゃ・・・。」

「天界に悪魔がいるわけじゃない。天界とは別の場所に悪魔は住んでるんだ。エデン・パレスの結界を補強しなおして、アイスシェリアの聖域に力が覚醒するまで隠れていれば、奴らも気づかない。裁定人の許可が必要だが・・・。」

 凛は二人をじっと見据えて言った。

「行ってみるか?天界へ。」

二人は、お互いに顔を見合わせた。凛はずっと自分達を守ってくれた。弱音も吐かず、つらさも見せず。信じてみよう。二人の気持ちは同じだった。晶と沙織はこくりと頷いた。


Eden-エデン・パレス-


 天界へ行くことにした凛はすぐに準備をしていた。夜に出かけるときの服装に着替えた凛は、彼女の家を結界で強化し、守護の天使を呼び寄せた。

「私が天界から戻るまで、私の代わりに夜魔たちを狩っていてくれ。一匹たりとも生かしておくな。おそらく、一日で帰れるはずだ。頼んだぞ。」

《承知しました。》

守護の天使の返事を聞いた凛は、沙織と晶に向き直った。

「準備はいいな?」

二人は同時に頷いた。

「メル・エデン!」

凛の声が部屋中に響き渡り、壁にぽっかりと穴が開いた。その向こうには、大きな金色の扉がある。

「あけるぞ。」

凛は、そっと、扉を開いた。



 エデン・パレスの崩壊は思ったより深刻だった。光が黒い霧にさえぎられ、あちらこちらに天使の羽が散乱している。花々は枯れ、天使の気配は全くない。

 凛はエデン・パレスの中央にあるアイスシェリアに目を向けた。壊れた城の残骸がかろうじて立っている。その後方に無傷のまま残った聖域がかすかに見える。天使はおそらくアイスシェリアの中だろう。

「まずは、裁定人のところに行くか。」

凛はそうつぶやいた。

 裁定人は突如やってきた黒天使一行を見て、眉根を寄せた。

「何しに来た。まだ指令の解除はしていないぞ。」

「最高裁定人エデルに用があってきた。」

「・・・・・少しだけだぞ。」

そう言って、彼女はエデルの所へ凛たちを案内した。

 「まだ、天界に戻っていいなどと言っていないぞ。」

エデルは冷静な顔でそう言った。

「話は後だ。私の封印を解いてもらいたい。今すぐに。」


release-解印-


 エデルはしばらく目をい開いたまま沈黙していた。だが、ようやく口を開く。

「なぜ、その必要が?第一、私がお前に出した指令にあれほどの力は必要ないはず・・・。」

「今は必要だ。この結果を毎日張り続けていたようだが、それでは、いつかそっちがつぶれるぞ。結界を回復させるには、王位を持つ者の力が必要だろう?奴らは、私のことはまだ気づいていない。今結界を元に戻してもなんら支障はない。」

レビアはエデルの言葉をさえぎって言った。

「お前に出した指令は、夜魔を狩り、二人の天使を見つけることだ。」

エデルの発言にレビアは沙織と晶を指差した。

「それがこの二人だ。ホーリエスとイビル。確かに確保した。

 奴らは地上を破壊し、天界を滅ぼすつもりでいる。ガートンの力はかなりのスピードで回復しているんだ。」

 エデルは、しばらく考えていたが、こくりと頷いた。

「いいだろう。だが、お前の力を戻すならガルディアンがいる。」

「ガルディアンはバリス一人で十分だ。他にはいらん。」

レビアは、そういって、背中を向け、思いついたように付け足した。

「この腕輪の封印も解いていいか?」

 エデルの顔から血の気が引いた。

「何を言っているか自分でわかっているのか?それは王達が最後の切り札として残した・・・・。」

「わかってる。この封印を解く日は崩壊の日だと決めていた。だが、もうそれを待っているわけにはいかない。崩壊の日がきたら、今度こそ天界は滅びる。もう誰も犠牲にしたくないんだ・・・。」

レビアの苦渋の決断にエデルは反対できなかった。もはやそれしか、天界を滅びから救う手立てはないのだから。

 エデルはレビアの手を自分の手のひらにのせ、言葉を唱えた。

「レリス・アバル。」

まぶしいほどの光が彼女を包み、それが消えた頃、彼女の背中には羽が生えていた。漆黒の翼が。


shield-結界-


 レビアはアイスシェリアへと進んでいった。黒い霧の中を。その後をバリス、晶、沙織、そして裁定人エデルが続く。

 アイスシェリアでは天使たちが力なく座り込んでいた。黒い霧のために光の入らないこの場所では天使たちは弱る一方だ。エデルはその状態を回避するため毎日結界を張り続けていた。だが、彼女もまた天使だ。力は徐々に弱っていっていた。

 レビアは聖域の城の前で立ち止まり、王座の紋章に手を置いた。そして小さく唱える。

「シール・ド・エデン。バリアス・シェリア。」

その言葉を唱えると、黒い霧が一瞬で消え、光が差し込んだ。草花達が咲き始め、天使たちがもとの力を取り戻した。強い結界が張られた証だった。だが、アイスシェリアの城だけは元には戻らず、無残な傷をさらしていた。

 「黒天使!?なぜここに?黒天使は地上に降りたはずじゃ・・・。」

天使の一人が騒ぎ始めた。炎の天使、バーニアだ。

「地上にて、光の天使と闘いの天使を確保したから、ここにかくまおうと思ってきただけだ。すぐ地上に戻る。」

レビアは淡々と告げた。

「イビルとホーリエスを見つけたのですか!?」

一人の天使が彼女に言葉を投げかけた。その声を彼女はよく知っている。

「・・・ああ、ラセル。聖域にこの二人をかくまっておいてくれ。頼んだぞ。」

 ラセルと呼ばれた天使は、喜んで二人を聖域へと迎えた。彼女はアイスシェリアの番人。彼女の号令無しにアイスシェリアに王位を持つ者以外が入ることは出来ない。うれしそうな彼女の横顔がレビアには美しく見えた。

 「エデル。じきにガートンは全ての力を取り戻す。天界はその力に対抗するための力が必要だ。対策はあるのか?」

エデルは空しげに首を振った。

「まったくない。それどころか、裁定人の一人が連れ去られているんだ。ガートンの力が戻るのにそんなに時間はかからない。今からでは私達も対策の取りようがないのだ。レビア、ここで、共に闘ってはもらえないか?」

彼女の問いにレビアは言った。

「言われなくてもそのつもりだ。奴の息の根をとめ、ガルロンの血を絶やす。そうすれば、もう二度とこんな戦いはしなくてすむ。」

彼女の言葉をエデルは正確に理解していた。それは黒き神ガルロンを殺すという事。神殺しを行うという事だ。


dark secret-闇の秘密-


 暗い聖堂の中でラディンは誰もが恐れる祭壇の上に座っていた。そこはガルロンの祭壇。黒き神と呼ばれた彼の祭壇を踏みにじるような行為を他の悪魔はしない。もし、ガートンがこれをみたら怒り狂っていただろう。だが。

 今この聖堂にはラディン一人しかいない。ガートンたちは地上に降り立ち、地上を滅ぼす準備をしていた。

 ラディンは誰もいないことを確認すると、そっとガルロンの彫像にさわった。

「黒き神とはよく言ったものよね。天使の神も。そのせいで、天界は大きな勘違いをしたのに。・・・・ガートンもね。」

彼女は微笑をたたえながら一人呟く。

「神は天使の味方。だから悪魔には伝わらないよう、隠語を用いた。でもそれが、間違いだった。黒き神。あなたが神なら私は何なのかしらね?ガルロン。」

 ガートンは黒き神の血を継いでいる。そう皆がいったとき、彼女は笑い出しそうになった。だが、天界を滅ぼすためあえて何も言わなかった。

「でも、あれもいい隠れ蓑になったわ。」

くすくすと笑う声が聖堂に響き渡る。

 ラディンは天界からさらってきた裁定人を祭壇に寝かせた。裁定人はもうぴくりとも動かない。彼女がガルロンを呼び寄せると、ガルロンは裁定人にかぶりついた。そして黒い水晶玉を残して去っていく。祭壇に残ったのは、血だまりだけ。彼女は片手に乗る程度の小さな黒い水晶に黒い液体をたらした。そして、血だまりにそれをつける。祭壇に残った血をきれいになめ取り、彼女はガートンの帰りを待った。

 もうすぐ崩壊の日が始まる。天使と悪魔の闘いがはじまるのだ。ラディンは感情を隠し、祭壇から遠ざかった。いつもの微笑をたたえて。


nightmare-悪夢-


 エデンにさわやかな風が吹いていた。皆から恐れられ、疎まれる黒天使のレビアはそんな風のにおいと花々で心を癒していた。

 ふと闇の気配を感じた。とても大きな力。みんなに知らせなくてはと立ち上がったものの足をとめて、思い直した。自分が言っても誰にも信じてもらえない。アイスシェリアの父のもとに言って指令をだしてもらおう。そう考えた彼女は、アイスシェリアへと急いだ。

 アイスシェリアの結界の傍まできたとき、空が急に暗くなり轟音が鳴り響いた。黒い炎が燃え上がり、レビアは一瞬目を閉じた。そっと目を開け、目の前の光景に愕然とする。城が崩れている。結界は張られたままなのに。

皆が動揺し、走り回り、悲鳴を上げる中、彼女はその場に座り込んでしまった。



 「・・・・・!」

不快な夢でレビアは飛び起きた。体中に冷や汗が流れている。彼女は大きく息を吸い込み、気持ちを落ち着かせた。

 しばらく見ていなかった夢だ。何かを暗示しているのかもしれない。例えば、ガートンの復活。そうなれば、あの時のままではすまない。裁定人たちは結界を強化することに専念していたため、ほとんど力を使ってしまっている。

 もう誰も失いたくない。何も犠牲にしたくない。レビアはこぶしをきつく握った。

 「眠れないのか?」

バリスの不安げな声でレビアははっとした。バリスはじっとこちらを見ている。

「いや・・・。」

そういって、ベッドに横たわった。もし、黒天使に生まれなければ、こんな戦いはなかったのだろうか?悲しむことも、苦しむこともなかったのだろうか?

 そんな気持ちになっていたレビアは、ふと気配を感じた。闇の気配。あの時と同じ。彼女は外へ飛び出した。


revival-復活-


 ガートンはイラついた様子で暗い聖堂へ戻ってきた。地上へ降りてみると、黒魔は一掃され、天使の力が、地上に働いていた。誰がそんなことをしたか。答えは明らかだ。

「黒天使め・・・!!」

ガートンは腹立たしげに言った。

 「地上を破壊する必要はなくなった。」

ラディンの声が聖堂に響き渡った。

「ラディン、どういうことだ?」

ガートンはラディンに近づいた。彼女は何も言わず、黒い水晶を渡した。

「最後の生贄をガルロンに差し出したわ。小天使なんかじゃない、あなたの大嫌いな裁定人の力。

 本当なら、二人の天使が必要だけど・・・。天使はどうやらまだ覚醒していないみたいだから。全ての力を取り戻すまでにはいかなくても、黒天使を倒すほどの力は手に入るわ。」

ガートンは、ラディンをじろじろと見た。この女が自分のためにそんなことをするとは思えない。その考えを見透かしたように彼女は付け加えた。

「あなたのためじゃないわ。天界を滅ぼすためよ。これで、天界が滅びなかったら・・・。黒天使に負けたら。あなたはその程度の悪魔だったってことになるわよ。」

「おれはガルロンの血を継いでいるんだ!あの女に負けたりしない!!」

ガートンはラディンからもらった黒い水晶を呑み込んだ。

 全員が固唾をのんで見守る中、ガートンの体は見る見る内に変化した。黒い悪魔の羽が大きくなり、爪が長くなる。目の色が金色から赤色に変わり、口から牙がはみ出た。

「天界ごと吹っ飛ばしてやる。」

ガートンは黒い翼をはためかせ、天界へと向かった。


collapse-崩壊の日-


 レビアは遠方に黒い翼をはためかせる悪魔の姿を認めた。ガートンだ。彼の出で立ちはつい最近地上で見たものとはだいぶ異なっているが、彼の力がそれを示している。強い力を得たガートンの目は、レビアを見ていた。

 「アベル・クロス!」

レビアは大きな黒い十字架を握り締め、ガートンの攻撃を待った。なんとしてもとめなければ。今度こそ天界を守らなければ。そんな願いを心に秘めて。

 「黒天使よ、貴様が無力だと言うことを教えてやる!」

ガートンは黒い炎を天界にむけて放った。それをレビアは食い止めようと、十字架を掲げた。

「バリシア・エルス・シールド!」

黒い炎を直前で止めたものの、その力は想像以上だった。レビアは十字架で何とか黒い炎を押し返そうとしたが、黒い炎は十字架さえも燃やす勢いで天界へと進んでくる。

「それを防いでもこれは防げまい!」

ガートンは別の黒い炎をアイスシェリアに向けて放った。

黒い炎をかろうじて跳ね返したレビアはアイスシェリアに襲い掛かる黒い炎を力なく見上げた。

 また守れないのか。もう失いたくないのに。レビアは腕に光る腕輪に最後の願いを託して、アイスシェリアの壊れた城に刻まれた紋章に手をあて、呪文を叫んだ。

「シェリア・ドゥ・パラシア!アラン・ド・レビア!アシェル・ビ・レイザ!!」

腕輪が砕け、首にかけていた黒い十字架のネックレスが光を放つ。その光はガートンが放った黒い炎を覆い、一瞬で消し去った。


successor-継承者-


 「何!?この力は・・・!?」

今までにない強い力がレビアを包んでいた。黒い十字架は形が変わり、先端が二つに分かれている。この力をガートンは知っていた。

「なるほど・・・王位継承者が見つからなかったわけだ。」

ガートンは唇を噛んだ。

 レビアは黒い羽を使って、ガートンの近くまでやってきた。

「黒天使が王位を持っているわけがないと、そう思っていたんだろう?」

ガートンはあざ笑うかのように答えた。

「当たり前だ。そんな前例がないからな。それにしても、そんなに天界を守りたいか?お前のためにたくさんの小天使たちの命が消えたんだぞ?俺は継承者の名を吐けば見逃してやると言ったのに、奴らは口を閉ざして何も言わなかった。裁定人もそうだ。そうまでして、天界と地上を守りたいのか?

 犠牲を強いられる世界なんかこの世にはいらない。欲求のまま動けばいい。何かを犠牲にするために俺達は生まれたんじゃないんだ。そうだろう?神より偉い存在なんかこの世には必要ないのさ。」

「犠牲を強いたのは誰だ?王族の命を奪い、天界を滅ぼそうとし、天使たちの力で自らの力を取り戻したお前に犠牲のない世界など作れるわけない。」

その言葉とともに彼女は十字架を振り下ろした。

「ロガーナ・アンティア!!」

その攻撃をぎりぎりでかわし、レビアの目の前まで来たガートンは言った。

「王と神、どちらが強いか。そんなのわかりきってるだろう?」

ガートンの手に黒い短剣が握られていた。

「終わりだ!黒天使!!」

彼女の心臓めがけて振り下ろされた短剣に彼女は目をつぶった。もうだめだ。そう思った。

しかし。視界の隅に黒い影が見えた気がしてレビアは思わず、目を開けた。

 鮮血が散っている。だが、レビアは痛みすら感じなかった。短剣をさされ苦しむ相棒の姿が目の前にあった。

「バリス!?」

レビアは思わず叫んだ。


oath-誓い-


 「レフィル!バリスに回復の呪文を!」

レビアは癒しの天使、レフィルにバリスを頼んだ。彼女はバリスを抱えると地面に降り立ち、治療をはじめた。

「ガルディアンの心配をしている暇はないぞ!」

ガートンのとがった爪がレビアに襲い掛かった。だが、レビアはひるまない。

「ラフォス!」

彼女がそう叫ぶと、天使が現れ、結界を張った。レビアはガートンから距離を置くと、黒い翼をはためかせて言った。

「王位継承者をあまく見てもらっては困る。予言にもあっただろう。黒い神を倒すのは王位継承者。運命には逆らえん。」

 王位継承者は生まれたときから4体の天使を従えることが出来る。守護の天使、癒しの天使、守りの天使、そして、片翼の天使。片翼の天使は唯一、闘うことのできる天使だ。片方にしか翼がないその天使は、悪魔のように鋭い爪で敵を攻撃できる。だが、それを召還するためには王の許可が必要。継承者であるレビアにはまだ使うことはできない。

 レビアは地面に横たわったままのバリスを見た。大切なものを失ったとき、手を差し伸べてくれたのはバリスだけだった。

 『天界を一緒に守ろう。そして、闘いを終わらせよう。もう二度と悲しいことがおきないように。この城の前で誓おう。』

バリスのあの時の言葉が脳裏をよぎった。そう。終わらせなくては。あの誓いを果たさなくては。

 「レフィアス・イバル・ケイタス!」

レビアの声とともにまぶしいほどの光がガートンを包んだ。

「ぐあぁぁ!!!」

悪魔にとって聖なる光は苦しみの光だ。彼女はガートンがひるんだのを見て、黒い十字架を空高く掲げた。

「アバリアス・イリアス!」

黒い十字架が光り輝いた。聖なる光を内側から浸透させ、黒き神ごと葬り去る。彼女の頭にはその考えしかなかった。

「デス・クロス!!」

レビアは苦しみもがいているガートンの心臓めがけて、十字架をつき刺した。


dark blood-黒き神の血-


 赤い血がレビアの手を染めた。

「な・・・・に・・・・。」

ガートンは目を見開き、自分の胸に刺さった、黒い十字架を見つめた。十字架は、心臓から少し外れたものの、確実にガートンにとって致命傷となった。だが、これでは終われない。黒き神の力そのものを奪わなければ。

「エアス・テリア・・・」

彼女が最後の呪文を唱えようとしたとき。黒い影がガートンを捕らえ、黒い十字架から引き剥がした。

「がはっ!!」

ガートンの口から朱色の霧が吐き出された。黒い影の横に、女の悪魔が立っている。

「黒き神の血は絶やさせたりしない。絶対にね。」

鋭い目で睨みつけられたレビアは彼女に言った。

「どちらにしろ、ガートンはじきに死ぬ。聖なる光を直接中に送り込んだんだ。悪魔がそんな状況で生きられるわけないだろう。聖なる光はガルロンの血にも及ぶ。どうなるか言わなくてもわかるだろう。」

「黒天使にはわからないわ。黒き神の血はそんなことで滅んだりしないの。」

彼女は不気味に微笑むとガートンと黒い影と共に消えた。

 レビアは地面に降り立ち、バリスの傍に駆け寄った。

《傷口はふさがりました。浅い怪我でしたから、じきに目を覚まします。》

レフィルの言葉を聞いて、レビアは安堵した。



 バリスが目を覚ますと心配そうな顔が3つ自分を覗いていた。沙織と晶とレビアだ。

「すまない。心配かけて。もう大丈夫だ。」

沙織と晶はほっとした。そんな二人の前でレビアはバリスに近づくと。

 パン!

部屋に大きな音が響く。突然、レビアはバリスの頬を叩いた。

「ちょ・・・ちょっと、凛ちゃん!?」

沙織が慌てて止めに入る。晶もレビアに言った。

「東条を助けてくれたんだぞ!礼を言うならともかく・・・。」

「なぜ、あんな危ない真似をした!」

晶の言葉を遮り、レビアはバリスに大声で怒鳴った。

「それは・・・。」

「ガルディアンだからか?お前は義務のためなら命を捨てると言うのか?私はそんなことをしてもらうためにお前をガルディアンに任命したんじゃない!!」

そこまで言うと、レビアの目から涙が溢れた。晶と沙織は顔を見合わせた。

「もう・・・守られて一人になるのは嫌だと・・・言ったじゃないか・・・。どうして、いつも・・無茶ばかり・・・。」

涙で言葉が続かなくなったレビアは、バリスにすがりつき、声を上げて泣いていた。

 沙織は制服の袖を破られて、腕を隠して、教室を出た凛の姿を思い出した。腕には王位継承者の証があると言っていた。その証は、彼女を幾度となく傷つけた運命そのもの。親や兄弟をなくし、仲間を失った、彼女の心の痛み。でも、もう終わりなんだ。

 戦いはおわった。誰もがそう思った。


darkness-闇-


 ラディンは、ガートンを祭壇に寝かせ、彼に語りかけた。

「だから、言ったのに。王位継承者を殺さないとだめよって。結局あなたはただの悪魔なのよ。」

「なん・・・だと・・・。」

ガートンはうめいた。

 ガートンの傷口はふさがらず、血がとめどなく溢れている。体中が苦しい。だが、ラディンは彼の傷を癒そうともせず、微笑をたたえて言った。

「特別に言い事を教えてあげる。あなたはガルロンの血を継いでいるのは確か。でもね。ガルロンは神じゃないの。」

「な・・・!」

ガートンの目がこれ以上ないほどに開かれた。

 ガルロンは神ではない。そんなばかな。

「信じられない?そうでしょうね。みんなそう信じてきた。ガルロンの彫像がここにあるから。でも、違うの。ガルロンは神の僕。ただの最強の悪魔に過ぎなかった。みんな予言を安易に考えすぎたの。

 黒き神。それは確かにガルロンの事だったけど、それは例えなのよ。天界の神が用いた隠語。天使の神は、悪魔にばれないように予言を伝えようとした。でも、その予言は天使にも悪魔にも伝わり、間違った解釈がなされた。悪魔には神なんか存在しないの。だって、悪魔を生んだのは人間の悪の心よ。神がいるわけないでしょう?でも、神と呼ぶに相応しい存在はいたわ。魔王よ。悪魔にとっては、魔王こそが神。ガルロンはその下僕ってわけ。」

「なぜ・・・お前が・・・そんなことを・・・・。」

「なぜ知っているかって?それはね・・・。」

彼女はガートンの耳に口を近づけ、小さな声で言った。

「私が魔王だから。」

「なに・・・!」

「誰も気づかないなんてね。そう。私は長い間、天使と悪魔の闘いを見てきた。悪魔達はガルロンの血を引くものを探し、黒天使と闘わせた。でも、いつも天界は滅ぼせなかった。あなたは一番よくやった方よ?黒天使をあれだけいたぶってくれたんだから。それにいい隠れ蓑になったわ。勝てるなんて最初から期待してなかったわ。ただの悪魔が天使に勝てるわけないもの。」

 ラディンはそういうと、黒い剣を取り出した。

「あなたがもらった天使の力。特に最後の裁定人の魂。それをもらわないと私の計画が実行できないの。だから・・・悪いけど死んでもらうわ。ガルロンを失うのはちょっと残念だけど、これしか手がないの。さよなら。」

 彼女はガートンの心臓にためらうことなく黒い剣を深々と突き刺した。

「ぐあ・・・・。」

ガートンはうめき声をあげると、動かなくなった。彼の体がぼろぼろと崩れていく。それと同時に、ガルロンの彫像が崩れ落ちた。

 「心配しないで。闇にはたくさん仲間がいるわ・・・。」

ラディンはくすりと笑った。聖堂の中には無数の血のあとが残っていた。


Satan-魔王の復活-


 暗い聖堂の中。クスクスと笑う声が響く。

 ラディンは、すべての悪魔の魂を呑み込み、強大な力を手に入れていた。魔王としての力を。

 彼女は、祭壇の後ろにある小さな扉をあけ、中に入った。中には、氷の塊がいくつもならんでいる。氷の中には、黒魔や兵士らしきものが入れられていた。その一つにふれて、彼女は微笑む。

「もうすぐよ。もうすぐ私達の長年の夢がかなうわ・・・。だから、もう少し待ってね・・・。」

 彼女はその場所から出ると、天界が見える水鏡をみながら言った。

「予言は正確に伝わらなければ意味がない・・・・。バカな天使達。

 本当の戦いはこれから始まるのよ・・・。」

ラディンの顔にはいつもの微笑が浮かんでいた。



第一章をお読みいただきありがとうございます。

第二章もご期待ください。

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