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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第一章 『慟哭』
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(04) - 覚醒

 ――そして、俺は、花畑の只中にいた。


「……は?」

 わけがわからん、どうなってる。正直、最初に思い浮かべたのはそんなことだった。時間は恐らく朝。ひんやりとした空気と、地平線近い太陽からしてそれは違いない。

 なの、だが――

「これって……オーリオウルの中……だよな?」

 それは、昨日花火をした花畑の丘だった。

 見渡せる景色も、この花畑も、何も変わっていない。事実、薄く蒼い空の向こうで、白く濁る円環が俺を見下ろしている。

 そう。ここは間違いなく≪オーリオウル・オンライン≫の中なのだ。


(……あれ? でも俺、ログアウトしてたよな……)

 ログアウトして、リンと話をして……なぜかウトウトしてしまったら、気がついたらここだった。

 と言ってもそれはおかしな話だろう。VRMMOの中に入るには、ヘッドギアをつけてスイッチをオンにして、起動コマンドを唱える他に方法は存在しない。

 もちろんログインした記憶などまったくない。第一、昨日はちゃんと宿屋に戻ってログアウトしたのだ。ログインすれば当然、その宿屋にいることになるはずだが……。

「どうなってんだ……」

 わけがわからない。夢、なのだろうか?

「いでっ!?」

 頬をつねるが、返って来た確かな痛みに思わず顔をしかめた。パターン的な行動を取ってしまったことに若干後悔しつつも、溜め息を吐きながら座りこむ。

「……とりあえず、ログアウトすっか」

 あのときリンが何を言おうとしたのかも気になるし。それも妙に思いつめた表情で……。


(ってかアレって、まさか……その、なあ?)

 告白、とかいうヤツなんだろうか。

 正直言って、そのテの体験談は俺の中に存在しない。

 気になる女の子は何人か居たことがあるのだが、なぜかいつも俺の傍に張り付いているシノブ姉を見るや、早々に退散してしまうのだ。

(いやまさか……なあ?)

 そんなアマアマな展開が俺の人生に存在していいんだろうか。


 わけもなく動悸を速めながら、ログアウトすべくユーザーインターフェースを操作して……。

(あれ?)

 ……出ない。

 右手を内側に振る。ユーザーインターフェースの起動コマンドはこれだけだ。そしてこれだけは、他の設定と異なり絶対に変更できない。

 ……はずなのだが。

(出ない……)

 何度も何度も繰り返し、さらに一度深呼吸して、もう一度。

 しかし出ない。ユーザーインターフェースが……出ない。


「おいおい……」

 ンなアホな。

(どんなバグだ一体……つーか運営何してんだよ……)

 ログアウトボタンは、ユーザーインターフェースの最下部だ。無論のこと、これが出せなければログアウト出来ない。

(ったく……)

 仕方ない。かくなる上は、一度も使ったことのないサポートを呼び出すしかあるまい。あんまりやりたくはないが、しかし今の俺ならグダグダ文句言いそうだぜまったく……。などと考えながら、オプション画面を開くべく、右手で円を描き……。


(ありゃ?)

 ……出ない。

 ユーザーインターフェースに続いて、オプション画面すらも出ない。

 サポート呼び出しボタンは、オプション画面の右端に存在するのであり、当然これが呼びだせなければ、サポートを呼び出すことも出来ない。

(おいおい……)

 確信犯じゃねえだろうな、運営。

 というか、UIもオプション画面も出せないなんてバグ、今まで聞いたことがない。

 そしてふと。ここに至って、嫌な妄想が脳裏をよぎる。


 それは、前時代にあった小説の話だ。

 VRMMOのゲームにダイブし、そして戻ってこれなくなる……という話。そしてゲームの中で死ねば現実でも死ぬ……そんなフィクション

(……アホらしい)

 そんなことがあるわけがない。

 確かあの話は、VR機器の出す高出力マイクロ波で脳を焼き切るとかいう話だったのだが……。もちろんのこと、現行のVR機器にそんな機能は存在しないし、原理的にも不可能だ。

 むしろ構造的に、二十四時間以上の継続使用さえもが不可能なのだ。よって閉じ込められるということもありえない。


「……ったく、どうすっか」

 実のところ、サポートを呼び出す手段はオプション画面だけではない。

 時折フィールドの設置されるオブジェクトに触れれば、サポートチームに直接連絡が取れる。そこに行けば、オプション画面を出さずともサポートを呼び出せる。

 ……の、だが。

(遠いなあ……)

 そのオブジェクトがあるフィールドは、ここから町を挟んで逆側だ。徒歩で行こうと思えば、二時間ほどはかかってしまう。

 転送アイテムでもあればまた別の話なんだが……。


 駄目もとで、インベントリーを開くべく右手がZの文字を描いた。正確には「I」なのだが、一筆書き出来ないため面倒臭いし、一応こちらでも反応するはず――と。

「お?」

 フィン、という小さな音と共に、水色のインベントリー画面が開いた。

(なんだ、こいつは開くのか……って!)

 驚きつつもまじまじと画面を見つめ……そして詳細に見るまでもなく、驚くべきことが判明した。

「なんもねぇじゃねぇか!!」

 転送アイテムどころか、回復アイテムもごっそりとない。

 あるのは、ゲーム開始時に与えられる幾ばくかの初期アイテムだけ。ナイフや布の服といった初期装備と、望遠鏡や初心者用のポーションだ。


「ってことは、これ新キャラ?」

 しかし、一人が持てるキャラクターは一体だけ。新しく作りなおそうと思えば、以前のキャラクターを削除するしかない。

 まあもちろん、そんなことをした記憶などこれっぽっちもないが……。 

(どうなってんだよ……これこそ公式に言わねぇと……)

 試しに、右手でCの文字をなぞる。クラス画面の起動コマンドだ。

 インベントリーと同じように、フィン、という小さな音と共に画面が開いた。そして、その画面には――。

(……やっぱ、何もないか)

 あれほど大量にあったクラスの一覧が、跡形もなく消えている。現在のクラスは、これまた初期に設定されるクラス『平民』だ。

 アイテムならまだしも、クラスは洒落にならない。クラスの取得には、本当に馬鹿馬鹿しいほどの時間がかかるのだ。


「冗談じゃねえぞおい……」

 わずかな怒気を孕ませつつも口の中で吐き出して、はあ、と頭を抱えた。ウィンドウを全て消去し、深くため息を吐く。

 とはいえ、ここでイライラし続けていても仕方がない。

 他に起動できるものはないか、と、指がFの形を刻み――そして以前の二つと同じように、小さな音を立てて画面が起動した。

「……は?」

 それはフレンド画面。当然、これが新キャラだとするのならば空のはず。しかし――その画面には、見慣れた名前がぎっしりと並んでいた。

(フレンドは残ってるって……どういうこった)

 もはや意味が分からない。

 混乱しつつも、画面に指を滑らせてスクロールさせていく……と。


(? 誰もいないのか……)

 全員がオフライン。名前が点灯しているのは誰ひとりとしていなかった。

 もっとも、こんな時間帯であれば仕方ないのかもしれないが……しかし、四六時中ダイブしているのではないかというシノブ姉までもオフライン、というのは珍しい。

 うんうん唸っていたとき……不意に、耳にがしゃがしゃという鎧を鳴らす音が聞こえてきた。

 振り向くと、丘の下部から重鎧に身を包んだ三人の集団が、ここへと登って来るのが見えた。動きからして、確実にNPCではない。どこからどう見てもプレイヤーによるパーティだ。


 ……と、三人のうちのひとりが、こちらを目視で発見したのか、指差してひそひそと話すのが見えた。そして数秒後には、がしゃがしゃと鎧の音を響かせながら、こちらへ走って来る。

 一方、自分はといえば、不安と疑問がマックスの中で誰かに会えたという安堵感から、わずかにほっと息を吐き、近寄るべく歩を進めた。

 むしろ現状を見るに、あるいはメンテナンス中にでも潜りこんでしまったのかという疑問があったのだが、もはやそれはないだろう。あっさりと払拭され、三人に近寄っていく。


 かくして数分後。警戒心丸出しの三人に、なぜか槍を突きつけられていた。

「お、おいおい……何だ?」

 まさかPKなのか、と嫌な予感がよぎる。

 もっとも、今殺されたところで失うものなど何もないだろうが。

 ……槍を突きつけられた状況のまま、男のうちの一人、明らかに他の二人よりも偉そうな槍をもった男が、一歩前へと進み出てきた。

「見ない顔だな、貴様……何者だ? 名を名乗れ」

「はぁ?」

 今度こそ盛大に素っ頓狂な声を出して、俺は疑問符を浮かべた。

 見ない顔って……そりゃ有名人なんてことはないだろうが、この交易都市カリスでは、一応それなりに友人もいるし顔も利く。

 それに、昨日に至ってはS級のユニークモンスターを倒したばかりじゃないか。確か、プレイヤー新聞にデカデカと顔が映っていて、正直ちょっとばかり鬱になったのだが……。

 第一、名を名乗れって、一体どんなロールプレイなんだよそれは。


 などなどと、ぐるぐると思いを巡らせていたが、答えないこちらにいら立ったのか、ちゃきりと槍が鳴ったのを見て、分かったとばかりに両手を挙げた。

「俺はカナメ。カナメだよ。そうだな……ええと、身分? それならアイツらが……」

 と、そこまで言おうとして、ふと気づく。

 ふと、目線が男の鎧に刻まれたエンブレムに吸いつけられる。それは……見間違いでなければ……。

「……アンタら、≪銀楯の(S.E)聖槍(.L)≫のメンバーなのか?」

 間違いない。それは≪銀楯の(S.E)聖槍(.L)≫の紋章だった。

 青の楯と一角獣。名前とは若干違うイメージだろうが、カリスにいてこの紋章を知らない人間は存在しまい。とはいえ正直、S.E.Lに所属するにしては知らない顔だが……。


「……そうだ。それがどうした?」

 相変わらず警戒心むき出しのまま問われると、「はぁ?」と肩を竦めつつも言った。

「どうしたって、なら知ってんだろ? 俺はカナメだよ。ほら、昨日そっちのギルドと一緒に≪ギガース≫を狩った――」

「――何をしている」

 ふと、俺の言葉を遮ったのは、聞き覚えのある鋭い声だった。

「隊長!」

 ばっ、と俺を詰問していた男が、槍を挙げて敬礼する。

 そして、その奥から進み出てきたのは――一人の、黒髪をポニーテールに纏めた少女。たなびく青と白の騎士服。

「……リン?」

 それは間違いなく、どう見ても、彼女だった。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……で? 何をしている?」

 俺の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、よくは分からないが、リンは敬礼を続ける男に視線を巡らせた。男は、さらに背筋を伸ばして敬礼する。

「はっ! 何やら怪しい男を発見しましたので、詰問を!」

「怪しい男?」

 言いつつも、リンの鋭い視線が俺へと注がれる。

 そしてその目を見て、彼女はやはりリンだと確信した。

 この≪オーリオウル・オンライン≫において、同じ顔は二つとして存在しない。そして長年一緒にいた彼女の顔を、声を、俺が間違えるはずがない。

「……まったく。これのどこが密偵に見えるんだ、お前たち」

「はっ、しかし……」

「どう見ても町の人間だろうが。さっさと次に行け」

 リンの鋭い声に、「はっ!」と三人が頷き、踵を返した。そして逆側へと足を勧めていく。それを尻目に、ぺこり、と小さくリンは頭を下げて――

「では、失礼した」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待てって!」


 あっさりと背を向けて去ろうとするリンを、思わず全力で呼びとめた。ぴたり、と足を止め、こちらを振り向く彼女の顔に――しかし、そこには疑問しかなかった。 

「おい……その、リン……だよな?」

「? ああ……確かに、私の名前はリーンディアだが」

 ああ、そうだ、確か本当のアバターネームはそんな名前だった……。

「いや! そんなことじゃなくて、だ!」

 気がつけば、俺は叫んでいた。


 なんだ……なんなんだ? 何か、おかしくないか?

「いや……リン。あれだ。なんつーか、反応薄い? っていうか……」

 うまく言葉が出てこない。喉が渇く。意味が分からない。

 これは……これは、何だ?

 ひたすら違和感に突き動かされるように、言葉を重ねる俺に、ふと、首を傾げて彼女が言った。

「ひとつ、気になることがあるんだが」

 彼女の、真摯な疑問をそのまま前面に出したような言葉に、俺は思わず顔を上げた。

 そして――


「……私は、君とどこかで会ったことがあったかな?」


 その、瞬間。ピシリ――と、世界が凍った。

「な……に……?」

「ああすまない、失礼だったか。人の顔を覚えるのは自信があるんだがな……どうも思い出せない」

 その言葉にウソはない。

 長年の付き合いだから……それゆえにどうしようもなく、それが分かった。そう、長年の付き合いだから。

 心に突き刺さるような鈍痛の中、そうだ、と言い訳するように、俺はひとつの考えに思い至った。アイテムもクラスも失って、つまりこれは新キャラになっているのではないのか、という疑問。

 新キャラであるならば、アバターの顔も変わってしまっているのでは、という思い付き。

「ああ、アレだ。なんか、変なことになっちまって、分かりづらいかもしれないけど……いや、いいんだ。俺は、ホラ、アレだよ……」

 声が尻すぼみになっていく。ああ、顔が変わってしまってるなら、分からなくたって仕方がない。

 だというのに……だというのに。声は、どうしようもなく、尻すぼみに弱くなっていく。


 ――それがどうしてなのか。不意に気づく。

 そうだ。もしリンなら……たとえ俺の顔が変わってたって気づく。声で、いやそうじゃなく、もっと違う何かで、きっとこいつは気づく。

 だから、俺は怖いんだ。もしも、もしも――

「……俺は……カナメだよ。カナメだ。覚えてる……だろ?」

 ――こうまで言って。彼女に否定されたとしたら……俺はどうなる?


 沈黙と、静寂。

 痛々しいそれは……しかし、あっけなく。


「――すまない」


 俺が縋ろうとしていた、

 『顔が違うから』なんていう、意味もない仮説と共に。


「やはり、思い出せないな。……どこかで、会ったかな?」


 ――あっけなく、崩れ落ちた。

「例の小説」は皆さんご存じ、僕も大ファンの九里史生(川原礫)大先生のアレです。この場を借りて、勝手に引き合いに出してしまったこと、深く謝罪申し上げます……。

この小説はご覧の通り、某ゲームやら某小説やらの影響を精一杯受けておりますが、どうかその辺は御寛恕を……。

まあ、僕のネットゲーム遍歴はまた追々ということで。次話、さらなる混迷へ……。

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