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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第三章 『希願』
42/43

(39) - レアクラス

「馬車ごと突っ込めるか!?」


 揺れる馬車の上で、御者はリンに告げられた言葉に目を剥いた。

「突っ込むって……正気ですか!?」

「ああ。どうやら敵の目的は、我々の二隊を分断させることらしい。まずは前方の敵を突っ切って、友軍に合流したい」

「それは……」


 殲滅、という意味では前後から包囲したほうがはるかに効率がいい。

 だがそれは、正面の部隊がまともに機能していてこそ、だ。

 おそらくは不意をつかれ混乱しているであろう前方部隊に、それを求めるのは酷すぎる。そしてもたつけば、今度はこちらが後ろから包囲される羽目になるのだ。


「まずは救援。前方の味方を鼓舞し、十全に扱える戦力にするのが第一だ。そのためにも、まずは敵陣を突っ切ってほしい」

 可能か? と問うリンに、御者は逡巡し、そして頷いた。


「よし――全員聞け! 目標は前方正面! 友軍を支援、その後合流し、反転して敵を撃滅する! 準備はいいか!?」

「「応!!」」

 それぞれが得物を持つ。すぐにでも飛び出せるように。

「――突っ込みます!」

 全速前進、砂塵を上げながら、馬車が突進する。


 それにようやく気づいたのか。

 黒尽くめの数人が、こちらを見上げ、目を剥いた。

 猛進する馬は凶器と同じだ。それも馬車用の大型の馬ともなれば尚更。その進路上にいる全員が慌てたように道を開ける。


「――フラッシュバーン!」

 不意に、サンクレアさんが杖を掲げて一声。馬車の外が眩く煌いた。

 それは、馬車の後方、幌で仕切られた向こう側に白球を生じさせる。白球は、太陽をも凌ぐほどの爆発的な光量で周囲を白く埋め尽くした。


 プリースト詠唱魔法『フラッシュバーン』。

 逃走用の目潰し魔法だ。攻撃力は一切持たない代わり、発生速度が非常に速く、不意を突かれればデバフ『暗闇』を逃れ得ない。


 遠方から弓で馬車を狙おうとした者たちが悉く膝をつく。まさに完璧なタイミング。

 そのタイミングで……俺は、馬車の外を盗み見ていた。


 暗殺者の数は十人前後だろうか。それほど大規模でもない。

 意思の疎通が出来ていないのか、動きもバラバラだ。それほど腕のいい集団でもないのかもしれない。

 ――ただ一人を除いて。


(シノブ姉……どこだ)

 その姿を探して、戦地に視線を走らせる。

 どこだ……どこにいる?

 ふと、視界の端で、ひとつの影をとらえた。

 全員が閃光に目をやられてうめく中で、疾走する影。その顔。その姿。――シノブ姉。


(いた……!)

「カナメ?」

 前方を睨みすえていたリンが、何かに気づいたように振り返った。

 その肩を、ぽんと叩いて、

「リン、あとは任せる」

「は――っ?」


 言葉が俺を追いかけるよりも前に。

 俺は、全速で走りぬける馬車から飛び降りた。


 地面を転がって落下の衝撃を殺し、剣を地面に突き立てる。

 落下ダメージは微小――

「シノブ姉ぇぇぇえ――――ッ!」

 彷徨。彼女に届くように。


 俺がここに来た目的。俺のやるべきこと。

「俺は……アンタを止めに来たぞ……!」

 ただそれだけのために、俺は戦場に立つ。


 周囲では、暗殺者たちが閃光の衝撃から立ち直ろうとしていた。

 カナメは、その向こう、足を止めた少女を……シノブ姉を睨みつけていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「――隊長!」


 その声に、呆然と遠くなっていく背中を見ていたリンは、はっと振り向いた。

 隊員のひとりに促され、馬車の前方を見れば、騎士服を着込む男たちの一団が見えた。背後を牽制しながら撤退している。

 人数は……七人か。かなりその数を減らしている。


「……よし。彼らの近くで馬車を止めろ。友軍と合流する!」

「了解!」

 リンは、先ほどの光景を頭の中から追いやって、御者へと指示を出した。

 自分は今、一隊の将なのだ。判断の歪みや迷いは、少なからぬ人命を犠牲にする。


「サンクレアは治療班を連れて負傷兵の治療を。――残りの者は迎撃準備だ、私が指揮を執る。いいな?」

「了解」

「了解です……!」

 全員がうなずくのを確認し、急な減速に激しく揺れる馬車の中で、私は再び後ろを見る。

 もうどこにも……彼の姿を見つけることはできなかった。


「――リン」

 ふと、暖かい感触。クレアが、そっと私の手に触れていた。

「大丈夫よ、きっと」

「――ああ」

 囁くような声に、私も小さく頷いた。


「……隊長!」

「どうした?」

「誰かが……後方から、誰かが追ってきます!」

 なんだと、と飛びつくように、馬車の後ろに目を向けた。


 それは――とんでもないスピードだった。

 まさに馬車に拮抗するような速度で、岩から岩へ、影から影へと身を潜めながら追いすがる。

「――っ、伏せろ!」

 声を発すると同時。その影から、銀光が閃いた。


 何かが飛来する音。投げナイフ。それも三本同時。

 音もなく幌を突き破る。違いなく、あの影が放った凶器。

 周囲を見渡す。犠牲になった隊員はいない――いや。

「隊長、御者が……!」

「っ、しまった!」


 幌を開ければ、短剣を突き立てられ、頭から血を流す御者の姿があった。さらにはまずいことに、飛び散った血に驚いた馬が嘶きをあげる。

「まずい、全員飛び降りろ――!」

 馬車が逸脱する。

 馬が暴れ、横に逸れ、そして横転していく。


 舞う土ぼこりの中で、馬車から飛び降りたリンは腰の双剣を抜き放っていた。

(来る……!)

 確信として。奴の狙いは、この私だ。


「っ――!」

 土ぼこりの中から。

 疾風そのもののような速度で、一人の少女が躍り出た。


「来たか……!」

「ええ、来たわ」

 短剣と、双剣とが激突する。

 その少女は――カナメがシノブと呼び、姉と慕った少女だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


(何だ……?)


 飛来する弓矢を剣で叩き落しながら、カナメは訝っていた。

 包囲網が狭まっていく。シノブ姉に近づこうと思えば、しかし巧みにそれを妨害される。

 そしてシノブ姉は、俺を見つめたまま一歩も動こうとしない。一言も発そうとしなかった。感情の起伏でさえ、その表情からは読み取れない。


 不意に、気配がいっせいに動き出すのを感じた。

 こちらを窺っていた数人の男たちが、一気にその包囲網を狭めたのだ。後ろに一人、前に二人の同時攻撃。

(悪くない……けど)

 俺は彼らが駆け出すその寸前で、反転して後方へと駆け出した。

 後ろにいた男が目を剥きながら、それでも短剣を突き出す。だが。


 剣を腰溜めに。左足を踏み込むと同時、青い剣閃が跳ね上がった。

 軌道が渦を巻く。渦を巻いて、そして短剣を宙高く跳ね上げた。

 カウンタースキル『スピネル』。

 冒険者クラスの基本スキルでしかないが、タイミングさえ完璧に合えば、装備を無効化できるという隠し要素がある。

 ベータテスト時代に生み出された技だが、あまりの難易度の高さのために徐々に忘れ去られていった。まさかここで役に立つとは思わなかったが。


 唖然と空になった手の中を見下ろす男に、柄でこめかみを一撃して昏倒させる。

 残り二人。これならいける、と背後に向き直る。

 だが……


「下がりなさい」

 シノブ姉が、驚愕に目を見開いている二人の肩を叩いてそう言った。

「あなたたちが行っても、無駄死にするだけね」

「…………」

 いや――


「……アンタ、誰だ?」

「あら?」

 その女は……シノブ姉の顔をしたその女は、おかしそうに口元に手を当てて、くすりと小さく笑った。

「私。シノブよ。この顔を忘れたの?」

「いや――」


 声も、顔も、どこからどう見てもシノブ姉そのもの。だが、違う、と本能が告げていた。この女は違う。

 彼女は俺の顔を眺め、そしてにっこりとその相好を崩してから、小さくつぶやいた。

「憎いわね……」

「何?」

 不意に――音が、空を切った。


「――っ!?」

 左腕から鮮血が噴き出たのを見て、俺は唖然とした。

 何が起こった? まるで分からない。

 腕が切れ、血が流れ出ている。だがどうして? 何も見えなかった。目の前の彼女が動いたようにも、まるで。


「憎いわねぇ……あの子を、理解しているとでも言いたいのかしら?」

 顔が、変わっていく。

 まるで剥がれ落ちるように。あるいは、幻がほどけていくように。

 そしてその下から現れたのは――黒髪の女性の顔。

 漆黒のショートヘア。グレーのスーツ。


「あんたは……」

 知っている顔だ。あの森の中で合った――

「これはね、なんでも南の方で調合したっていう魔法薬。少しの間だけ、その人が求めている他人の幻を見せるんですって。どう? 似合ってたかしら?」

 唖然とする俺に、得意満面で語る女性。

 くすくすと楽しそうに笑う。まるで猫のように奔放に。


「でも、噂通りね」

「噂……?」

「それだけの力を持ちながら、人を殺そうとしない、甘いお坊ちゃんだってね」

「…………」

 女性の言葉に、俺は口を噤んだ。

 確かにそうだ。手加減していた。死なないように、殺さないようにと。

「くだらないわ」

 それを、彼女はつまらなそうに吐き捨てた。


「ねぇ気づいてる? それって自分を庇っているだけよ。自分が傷つきたくないだけ。誰かを殺すのは怖い。そんなのは誰だって当たり前」

 彼女は妖しく笑って、地面で気絶している男を指差した。先ほど俺が昏倒させた男だ。

「ねぇ? ここであなたに殺されなかった彼はどうなると思う?」

 まるでおかしくてたまらない、そんな生物を見るような目で。


「任務に失敗して、ソイツはもう殺し屋としてはおしまい。そしてこの業界に入った以上、今度は組織から命を狙われる羽目になる。地獄と同じね。あなたは今ここで、その地獄を量産してるのよ」

「……ふざけるな。この場に出てきた以上、そのぐらいの覚悟は――」

「ないわよ。戦場で死ぬ覚悟はあっても、生き恥を晒して飢える覚悟なんてない。貴方がしていることは、ただの偽善よ。それ以外の何物でもない」

 だから、と、彼女が指を振り上げた。


 俺の真横で、粉塵を巻き上げながら地面がめくりあがった。

 魔法ではない。詠唱もない。あまりに唐突に。

 そして――その直線状、昏倒していた男を、地面ごと八つ裂きにした。

「なっ……!?」

 吹き上がる血飛沫。あっけなく。あまりにもあっけなく、それは違いなく絶命した。


「――こっちのほうが優しいと思わない?」

 あっけらかんと笑って、手を横に振った。その動作に、陽光に煌く何かが追随する。目視もできないほどに細い――何か。

鋼糸(ワイヤー)……か」

「あら、ご存知?」

 正直言って、はじめて見る。

 このゲーム――オーリオウル・オンラインには、少なくとも存在しなかった武器。俺が知っている中では。少なくとも。


(もしもそれを自在に操っているとしたら――)

 まさか……と思いながら確信する。彼女は。

(レアクラス……か)


 レアクラス。オーリオウル・オンラインに存在するクラスのうち、その存在を秘匿されるクラスのことだ。

 習得条件が一切不明で、明確なガイドがない。プレイヤーたちの情報交換によって、数クラスが知られてはいたが……実際には、他にも隠されたクラスがあるのではないか、と噂されてはいた。

(鋼糸使い、か……)

 手元の剣を握り締める。


 未知のレアクラスは、あまりにも厄介だ。

 今まで戦ってきた相手とはまったく違う。攻略方法やその特徴が一切分からない。つまり……この世界で俺を有利たらしめていた、『情報』が一切役に立たない相手。

 実際に、未知のレアクラスが対人戦に出現すると、あっという間に勝敗が傾くことは常識だった。『分からない』ということはそれほどまでに圧倒的なアドバンテージをもたらす。


「……シノブ姉はどこだ」

「さて……リンちゃんと一緒にでも遊んでるんじゃないかしら?」

「……っ」

 息を吐く。自分の間抜けさに腹が立つが、それはもういい。

 とにかく今は――


 剣を握る。

 対するはレアクラス。たとえどれほど自分が不利だとしても。

「――通らせてもらうぞ」

 負けられないのならば、戦うしかないのだ。


「……ふふ」

 彼女は妖しげに笑った。その周囲が歪に煌く。無数の鋼糸が、見えない凶器が舞う。

「求め合う男女。麗しいわね。――壊したくなるわ」

 その笑みは……隠しようもない狂気に彩られていた。

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