(30) - そして動き出す
あの後、俺たちは洞窟の底から数人がかりで引き上げられ、救出された。
それは良かったのだが、俺としては、またもシルファが泣いたり怒ったりで、宥めすかすのが大変だったりもした。
……もっとも、それは本当にありがたいことで、嫌だなんていえるはずもない。
俺たちはあれだけの高所から落下したということで、怪我を心配されたのだが、お互いにまったくの五体満足だった。
リンは俺が庇ったから、と言っていたが、俺に至っては「馬鹿みたいに頑丈」とサンクレアさんから心底呆れられてしまったわけであるが。
とにかくその後、無事だった俺たちは再度鉱石を採取。そして帰宅の途についたわけであった。
――そして、二日の時が流れ。
「失礼します」
からん、と音を立てて、俺は鍛冶屋『フェアリーテイル』の扉を開けた。
「あ、カナメさん!」
二日前と同じように出迎えるミミさんに、俺も頷く。
もっとも、リンの姿はない。休暇を終えて部隊に復帰したらしいリンは、今頃も仕事をこなしていることだろう。
「ちょっと待っててくださいね」
言いながら、彼女はカウンターの下をごそごそと漁る。そうして「よいしょっと」という掛け声とともに、両腕で持ち上げる白い物体。
それは、布で巻かれた長い棒のようなものだった。
よほど重かったのだろう、「ふう」と額を手の甲で拭いながら、するするとその戒めを解いていく。
そこから現れたのは――一振りの、漆黒の剣だった。
「お待たせしました。これが、頼まれていた剣です」
「……ああ」
どうぞ、と促されて、手に取る。
ずしり、という重量感があった。
かといって重いわけではない。指先に吸い付くような、そんな感触。
装飾と呼べる装飾はほとんどなかった。柄も刀身も漆黒に染まり、唯一飾りといえそうなものは、刀身に走る赤いラインだけだ。
「……よし」
俺はミミさんが渡してきた鞘に刀身を納めながら、インベントリウィンドウを起動させた。
アイテムの一覧が表示される。といっても俺の持ち物はそう多くないが……その中から、正直さしたる役に立ちそうもない『金属塊』を出現させた。
先日の鉱石収集の際に転がってきた、いわゆるゴミだ。武器製作の材料になるわけでもなく、換金したとしてもはした金にしかなるまい。だが金属だけあって、その硬さだけはかなりものがある。
「すみません、少し離れてもらえますか」
「え? あ、はい」
言いながら、俺も広いスペースに移動する。
鍛冶屋の中は広く、その一角には試し切りのためらしいコーナーも存在していた。
「ここなら、問題ないな……」
俺は呟きながら、鞘に収めた剣を腰へ。
首を傾げるミミさんを背に、俺は、その金属塊を空中へと投げた。
「はッ……!」
シンッ、という鋭い音。同時に、虚空に閃いた軌跡は二つ。
……そして、床に転がった金属塊は、綺麗に四等分されていた。
「……うん」
かちん、と鞘に刃を収める。
「完璧だ。ありがとう、ミミさん」
「い、いえ……」
ミミさんはしばらく呆然としていたが、その首を小さく振った。
「重過ぎるかと最初は思ったんですが……やっぱりカナメさんなら、十分使いこなせそうですね」
「やっぱり?」
問い返すと、彼女はいつもの微笑を返すだけで、返る言葉はなかった。
「その剣は協会によって、オビリビオス、という名前がつけられました」
「オブリビオス……」
「名前の変更もできますけど……」
どうしますか? と問うミミさんに、俺は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です」
その名前にどういう意味があるのかはよく分からなかった。ただ、どことなくしっくり来たのだ。
そして、ミミさんがカウンターの上においてくれた投擲用短剣を受け取る。
いわくサービスでつけてくれたらしい、ダガーを装着するためのベルトも受け取って、俺は再度ミミさんに礼を告げた。
「……そうだ」
俺はアイテムインベントリを開いて、その中から、ひとつのアイテムを具現化させた。
「ミミさん、迷惑ついでに、ひとつ頼みがあるんですけど」
「はい?」
そう言って俺が差し出した『それ』に、彼女はその目を見開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「隊長」
言われて、私は顔を上げた。
支部の一室。小隊に与えられた事務室。
ウルキオ・ラヴィニヨール。比較的若い部下の男が、不思議そうな顔で私を見ていた。
「書類、できましたけど」
「あ、ああ。そこに置いておいてくれ」
促すと「はあ」と頷いて、彼は書類を机に置いた。
「……もしかして疲れてます? 隊長」
「ン……どうかな」
確かに、休暇で溜まった仕事を、昨日一日で片付けてしまった反動もあるかもしれない。
休暇も、結局ほとんど休暇にならなかったわけで。
(まあ、悪くなかったが)
そう思う。
知らなかったことを知ることができた。カナメという一人の少年の弱さを。
彼の、人に弱さを見せることのない脆さは、ずっと以前から感じていたことだ。
(私は、彼の役に立てたろうか?)
どうだろう? 思うがままに告げた言葉は、彼にとってどんな意味を持つだろうか。
あるいは何の意味もないかもしれないし、意味を持ったとして、それが彼を救ってくれるとは限らない。
私の言葉ひとつで、誰かが救えるなどと思い上がってもいない。
(もっとも、どの口が言うんだという話だがな)
自分のことに苦笑する。と――
「……ずいぶん、にやけてますね?」
「はっ!?」
あわてて顔を上げる。と、ウルキオはどこか不満そうな顔で口を開いた。
「……あのですね。この際だから言っておきますけど、あのカナメって奴を信用しすぎるのは危険――」
「いいからさっさと退け馬鹿野郎」
がすっ、と背後から一撃。
丸めた羊皮紙で小突かれたウルキオは、わずかにつんのめって、その背後を見た。
「トレイアさん」
ウルキオがその名前を呼んだ。トレイア・ゴート。年の頃は三、四十といったところだろうか。中年の隊員だ。
隊員の中でも古参で、魔法士隊の隊長を務めている。
先輩隊員に小突かれてしまった青年は、いまだ不満そうな表情を残しながら、すごすごとその場から去っていった。
「すいませんね、隊長」
「いや……彼は、そんなにもカナメのことを信用してないのか?」
そう言うと、トレイアは「いやあ」と肩を竦めた。
「ただ拗ねてるだけです。アイツも、例の襲撃事件の時に助けられたクチで」
「なるほど……」
助けられたことを感謝していても、反面、悔しさや嫉妬もあるのだろう。
戦士であるならば当然で、騎士であるならばなおさらだ。
もちろんのこと、自分も例外ではない。
強さというのは剣士にとって、いつだって至上命題だ。
私はそれを思いながら、眼前の男を見る。
トレイア・ゴート。彼も例外ではないはずだ。彼は騎士団の中でも、カナメと暗殺者の戦闘を誰より近くで目撃していたらしい。
熟練の騎士である彼の目から見ても、カナメ・アーストライトの強さは驚嘆に値すると、彼自身の口から語られてもいた。
だがそんな様子も見せることはなく、彼は飄々と両肩を竦めてみせた。
「まあウルの場合、それだけでもないんですがね……」
「?」
私は、トレイアが最後に付け足した言葉に首をかしげながら、差し出された書類を受け取った。
「で、まあ仕事の話ですが。上に出していた増援要請は、概ね却下されたようです」
「……そうか。仕方ない、か」
モンスターの増加と、活動圏の拡大。
あらゆる地域で起こるこれらの動きは、否応もなく人員の不足を加速化させていた。
「せめて、他の騎士団との連携が取れればいいんだが……」
騎士団同士の仲というものは、極めて悪い。
言ってしまえば同業者で、同時にライバルでもある。騎士としてのプライドや誇りというものも手伝って、鉢合わせればいがみ合うのが通例だった。
ここカリスでは、銀楯の聖槍以外には細々としたギルドしかなく、そうした衝突も少ないが……。
(とはいえ、今回は暗殺者絡み。頼るわけにもいかない、か)
暗殺者を雇用するのは、ほとんどの場合が政治家だ。
それを敵に回すということは、自分も睨まれるということに等しい。好き好んで、そのような立場になろうとする者は多くないだろう。
「それで、隊長。厄介なことがひとつ」
「困ったこと?」
「はい。大隊長から、後ほど直接お話があると思いますが。……二枚目を」
言われて、手渡された羊皮紙をめくる。
「これは――」
そこに書いてあった内容に、私は、完全に言葉を失った。
外章はこれにて終了となります。そして三章へ。
次章もなるたけ早く、更新していきたいなぁと思います。