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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
外章 剣と少女と彼の願い
33/43

(30) - そして動き出す

 あの後、俺たちは洞窟の底から数人がかりで引き上げられ、救出された。

 それは良かったのだが、俺としては、またもシルファが泣いたり怒ったりで、宥めすかすのが大変だったりもした。

 ……もっとも、それは本当にありがたいことで、嫌だなんていえるはずもない。


 俺たちはあれだけの高所から落下したということで、怪我を心配されたのだが、お互いにまったくの五体満足だった。

 リンは俺が庇ったから、と言っていたが、俺に至っては「馬鹿みたいに頑丈」とサンクレアさんから心底呆れられてしまったわけであるが。

 とにかくその後、無事だった俺たちは再度鉱石を採取。そして帰宅の途についたわけであった。


 ――そして、二日の時が流れ。


「失礼します」

 からん、と音を立てて、俺は鍛冶屋『フェアリーテイル』の扉を開けた。

「あ、カナメさん!」

 二日前と同じように出迎えるミミさんに、俺も頷く。

 もっとも、リンの姿はない。休暇を終えて部隊に復帰したらしいリンは、今頃も仕事をこなしていることだろう。


「ちょっと待っててくださいね」

 言いながら、彼女はカウンターの下をごそごそと漁る。そうして「よいしょっと」という掛け声とともに、両腕で持ち上げる白い物体。


 それは、布で巻かれた長い棒のようなものだった。

 よほど重かったのだろう、「ふう」と額を手の甲で拭いながら、するするとその戒めを解いていく。

 そこから現れたのは――一振りの、漆黒の剣だった。


「お待たせしました。これが、頼まれていた剣です」

「……ああ」

 どうぞ、と促されて、手に取る。


 ずしり、という重量感があった。

 かといって重いわけではない。指先に吸い付くような、そんな感触。

 装飾と呼べる装飾はほとんどなかった。柄も刀身も漆黒に染まり、唯一飾りといえそうなものは、刀身に走る赤いラインだけだ。


「……よし」

 俺はミミさんが渡してきた鞘に刀身を納めながら、インベントリウィンドウを起動させた。

 アイテムの一覧が表示される。といっても俺の持ち物はそう多くないが……その中から、正直さしたる役に立ちそうもない『金属塊』を出現させた。

 先日の鉱石収集の際に転がってきた、いわゆるゴミだ。武器製作の材料になるわけでもなく、換金したとしてもはした金にしかなるまい。だが金属だけあって、その硬さだけはかなりものがある。


「すみません、少し離れてもらえますか」

「え? あ、はい」

 言いながら、俺も広いスペースに移動する。

 鍛冶屋の中は広く、その一角には試し切りのためらしいコーナーも存在していた。


「ここなら、問題ないな……」

 俺は呟きながら、鞘に収めた剣を腰へ。

 首を傾げるミミさんを背に、俺は、その金属塊を空中へと投げた。


「はッ……!」

 シンッ、という鋭い音。同時に、虚空に閃いた軌跡は二つ。

 ……そして、床に転がった金属塊は、綺麗に四等分されていた。


「……うん」

 かちん、と鞘に刃を収める。

「完璧だ。ありがとう、ミミさん」

「い、いえ……」

 ミミさんはしばらく呆然としていたが、その首を小さく振った。


「重過ぎるかと最初は思ったんですが……やっぱりカナメさんなら、十分使いこなせそうですね」

「やっぱり?」

 問い返すと、彼女はいつもの微笑を返すだけで、返る言葉はなかった。


「その剣は協会によって、オビリビオス、という名前がつけられました」

「オブリビオス……」

「名前の変更もできますけど……」

 どうしますか? と問うミミさんに、俺は首を横に振った。

「いえ、大丈夫です」

 その名前にどういう意味があるのかはよく分からなかった。ただ、どことなくしっくり来たのだ。


 そして、ミミさんがカウンターの上においてくれた投擲用短剣(スローイングダガー)を受け取る。

 いわくサービスでつけてくれたらしい、ダガーを装着するためのベルトも受け取って、俺は再度ミミさんに礼を告げた。


「……そうだ」

 俺はアイテムインベントリを開いて、その中から、ひとつのアイテムを具現化させた。

「ミミさん、迷惑ついでに、ひとつ頼みがあるんですけど」

「はい?」


 そう言って俺が差し出した『それ』に、彼女はその目を見開いた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「隊長」

 言われて、私は顔を上げた。


 支部の一室。小隊に与えられた事務室。

 ウルキオ・ラヴィニヨール。比較的若い部下の男が、不思議そうな顔で私を見ていた。


「書類、できましたけど」

「あ、ああ。そこに置いておいてくれ」

 促すと「はあ」と頷いて、彼は書類を机に置いた。


「……もしかして疲れてます? 隊長」

「ン……どうかな」

 確かに、休暇で溜まった仕事を、昨日一日で片付けてしまった反動もあるかもしれない。

 休暇も、結局ほとんど休暇にならなかったわけで。


(まあ、悪くなかったが)

 そう思う。

 知らなかったことを知ることができた。カナメという一人の少年の弱さを。

 彼の、人に弱さを見せることのない脆さは、ずっと以前から感じていたことだ。


(私は、彼の役に立てたろうか?)

 どうだろう? 思うがままに告げた言葉は、彼にとってどんな意味を持つだろうか。

 あるいは何の意味もないかもしれないし、意味を持ったとして、それが彼を救ってくれるとは限らない。

 私の言葉ひとつで、誰かが救えるなどと思い上がってもいない。


(もっとも、どの口が言うんだという話だがな)

 自分のことに苦笑する。と――

「……ずいぶん、にやけてますね?」

「はっ!?」

 あわてて顔を上げる。と、ウルキオはどこか不満そうな顔で口を開いた。


「……あのですね。この際だから言っておきますけど、あのカナメって奴を信用しすぎるのは危険――」

「いいからさっさと退け馬鹿野郎」

 がすっ、と背後から一撃。

 丸めた羊皮紙で小突かれたウルキオは、わずかにつんのめって、その背後を見た。


「トレイアさん」

 ウルキオがその名前を呼んだ。トレイア・ゴート。年の頃は三、四十といったところだろうか。中年の隊員だ。

 隊員の中でも古参で、魔法士隊の隊長を務めている。

 先輩隊員に小突かれてしまった青年は、いまだ不満そうな表情を残しながら、すごすごとその場から去っていった。


「すいませんね、隊長」

「いや……彼は、そんなにもカナメのことを信用してないのか?」

 そう言うと、トレイアは「いやあ」と肩を竦めた。

「ただ拗ねてるだけです。アイツも、例の襲撃事件の時に助けられたクチで」

「なるほど……」


 助けられたことを感謝していても、反面、悔しさや嫉妬もあるのだろう。

 戦士であるならば当然で、騎士であるならばなおさらだ。

 もちろんのこと、自分も例外ではない。

 強さというのは剣士にとって、いつだって至上命題だ。


 私はそれを思いながら、眼前の男を見る。

 トレイア・ゴート。彼も例外ではないはずだ。彼は騎士団の中でも、カナメと暗殺者の戦闘を誰より近くで目撃していたらしい。

 熟練の騎士である彼の目から見ても、カナメ・アーストライトの強さは驚嘆に値すると、彼自身の口から語られてもいた。


 だがそんな様子も見せることはなく、彼は飄々と両肩を竦めてみせた。

「まあウルの場合、それだけでもないんですがね……」

「?」

 私は、トレイアが最後に付け足した言葉に首をかしげながら、差し出された書類を受け取った。


「で、まあ仕事の話ですが。上に出していた増援要請は、概ね却下されたようです」

「……そうか。仕方ない、か」

 モンスターの増加と、活動圏の拡大。

 あらゆる地域で起こるこれらの動きは、否応もなく人員の不足を加速化させていた。


「せめて、他の騎士団との連携が取れればいいんだが……」

 騎士団同士の仲というものは、極めて悪い。

 言ってしまえば同業者で、同時にライバルでもある。騎士としてのプライドや誇りというものも手伝って、鉢合わせればいがみ合うのが通例だった。

 ここカリスでは、銀楯の聖槍以外には細々としたギルドしかなく、そうした衝突も少ないが……。


(とはいえ、今回は暗殺者(アサシン)絡み。頼るわけにもいかない、か)

 暗殺者を雇用するのは、ほとんどの場合が政治家だ。

 それを敵に回すということは、自分も睨まれるということに等しい。好き好んで、そのような立場になろうとする者は多くないだろう。


「それで、隊長。厄介なことがひとつ」

「困ったこと?」

「はい。大隊長から、後ほど直接お話があると思いますが。……二枚目を」

 言われて、手渡された羊皮紙をめくる。


「これは――」

 そこに書いてあった内容に、私は、完全に言葉を失った。


外章はこれにて終了となります。そして三章へ。

次章もなるたけ早く、更新していきたいなぁと思います。

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