(28) - 道中一息
「――で、だ」
時刻は午後一時。
カリスの時計塔がその時刻を示す昼下がり、俺たちは町の中央広場に集合していた。
まあ……たち、といっても。
「……なんだって、お前がいるんだ? クレア」
「いやー、面白そうだったもんで、つい」
えっへっへと頭を掻くサンクレアさんに、はあ、とリンが大きな溜息を落とす。
「お前な……新設の救護班はどうした? こんなところで油を売っている暇はないだろう」
「いやあ、あの子たちは大丈夫よ。むしろ私よりしっかりしてるから」
「上司より部下がしっかりしていてどうする……」
再びの溜息。
なんでも、以前に聞いた話では、サンクレアさんは新設された第二救護班の班長となったらしく、調整やら訓練やらで毎日忙しい、らしい。
しかしサンクレアさんの表情を見るに、到底帰るつもりもないらしい。
リンもそれを見て取ったのか、こめかみに手を当ててかぶりを振った。
「まあ、お前の説教は後でゴートにやってもらうとして、だ」
「えーやだー隊長の説教やだー」
「うるさいだまれ。ともかく――」
ぶーぶーと喚くサンクレアさんから目線を外して、今度はこちらへと視線を向けた。
否。正確には俺ではなく、俺の隣に立つ少女に。
「シルファ……君まで、まったく……」
「だめです。ぜったい、だめです!」
シルファが両手を胸の前で握りしめる。
困ったように俺を見るリンに、俺は肩を竦めて首を振った。
ちなみに、何が駄目なのかというと――
『……カナメさん。もう、この間の事を忘れたんですか?』
それは、一度武器屋の前で別れて宿屋に帰った後。
自室で旅の支度をしていた俺に、シルファは両腰に手を当てて、怒り交じりの顔でそういった。
『この間って……あの怪我? それならもう完治して――』
『ダメです! まだ病み上がりなんですよ! 何を考えてるんですか!』
言いかけた俺の言葉を遮り、シルファは烈火のごとくそう告げた。
そして最終的には――
『どうしてもカナメさんが行くなら、私も行きます!!』
――と、いうことで。
「いや、ということで、じゃなくて」
リンが半眼で告げる。俺は肩を竦めて、
「わかってる。本当に連れて行くつもりは――」
「だ・め・で・す!!」
噛みつかんばかりの勢いでシルファが言うと、がしりと俺の腕を掴んだ。
「私も一緒に行きます! 足手まといにはなりませんから!」
「足手まといにはならない、って……シルファ、戦えないんじゃ?」
奴隷クラスは、生涯そのクラスを変えることはできない――。
オーリオウル・オンラインではスキルも装備も、ましてやその根本的な強ささえもクラスに依存する。戦士という視点で見れば、それは死刑宣告に等しいのではないのか。
そう思っていた俺に、シルファはその手を離し、虚空へと指を躍らせた。
おそらく、インターフェースを起動しているのだろう――そこに考えが至るとほぼ同時、シルファの手に青い燐光が集まって形を成してゆく。
それは――
「……弓?」
「はい。奴隷になる以前、父から教わったので……私でも、これなら」
シルファのその言葉に、俺はリンへと目を向けた。
彼女はやや迷いながら――しばらくして、頷いた。
「確かに、戦奴、というものもある。奴隷だから、必ずしも戦えないというわけではないし……それに弓なら、危険もそこまでないだろうが」
「じゃあ……!」
「いや。シルファの主人はあくまでカナメだ。決めるのは――」
「俺の役目、か」
リンの言葉を引き継ぐと、彼女は小さく頷いた。
俺は、シルファを見る。彼女はただ、銀色の髪のその奥で、まっすぐに俺を見つめていた。
「……分かった」
ぱっと表情を喜色に変えるシルファに、ただし、と指を突き付けて。
「無理はしないこと。危険だと思ったらすぐに逃げること。この二点が守れないなら、すぐに宿屋に帰ってもらう。いいな?」
「……はい!」
シルファがしっかりと頷くのを確認して、よし、と俺も頷いた。
――彼女が、危険な目に遭うのは見たくない。
それがなぜなのか、どこから来る感情なのかはわからない。ただ、彼女の姉を守れなかった俺が、彼女自身をも守れないなんて、そんなことは絶対に許されることではないと思うから。
「……しかし疑問なんだが、その弓はどこで手に入れたんだ?」
確かに、それは疑問だった。
奴隷は基本、武器を買えることはない。というか武器を買うには、騎士団なり冒険者協会なりから許可がなければならないはずだ。
少なくとも自分は買った記憶はないし、もちろんプレゼントしたような記憶もない。
リンのその問いに、シルファはあからさまに動揺したように、目線を右往左往させた。
「……あの」
ふと、横合いから声。
声の方向を見ると、金色の髪の少女が、おずおずといった風に手を挙げていた。
「実は先日……どうしても、と言われまして……」
ミミさんは申し訳なさそうに言うと、「へえ」とリンが物珍しそうに声を上げた。
「ミミがそういうことをするのは珍しいな」
「その……熱意に負けてしまって……」
言いながらミミさんは俺の方を見て、不意に頬を赤く染める。
「?」
わけがわからずに首を傾げると、なぜかシルファまでその頬を赤く染めていた。
「さてと! それじゃ話がまとまったところで……どこに行くのかしらん?」
空気を打ち破るように、サンクレアさんがぱんっと両手を打ち鳴らすと、「ああ、そういえば」とリンが頷いた。
「結局、行先もまだ決めてなかったな」
「そういえばそうでしたね」
ミミさんが苦笑し、「うーん」とその細い指を顎に当てて、考えるように虚空へ目を向けた。
「この近くの採掘ポイントですと……一番はガトートス山なんですけど」
「残念ながら、今は立ち入り禁止だな」
リンの言葉に、俺も頷く。
なんでも例の一件以降、確実な安全が保障できるまで、ガトートス山の山道は封鎖されてしまっているらしい。
「そうですねぇ~……あとは……」
「カールフェルト広野なんてどうです?」
悩むミミさんに提案すると、ぱちくり、と少女が目を瞬かせた。
全員が、どこか驚いたような顔をしている。おかしなことでも言ってしまったのだろうか……などと不安になっていると、リンが首を傾げながら口を開いた。
「カールフェルト広野? 国境沿いのか?」
「……あんなところに、採掘ポイントがあるんですか?」
ミミさんが、どこか疑わしげに首を傾げる。
(しまった……)
思いっきりオーリオウル・オンラインの感覚で言ってしまった。あるいはあちらの採掘ポイントと、こちらのそれとは概念が違うのかもしれない。
不安げになる俺に、「そういえば」とシルファが思いついたように声を上げた。
「私も、聞いたことがあります。何でもカールフェルト広野には、滅多に人の入らない洞窟に、幻の採掘ポイントがあるって――」
「幻の採掘ポイント……ッ!」
はわわー、と両手を組み合わせ、ミミさんがきらきらと目を輝かせた。
どうやら何かのスイッチが入ったらしい。
「いいねぇそれ、面白そう!」
「ああ、確かに。幻というほどなんだ。見てみたい気がするな」
乗り気になったらしいサンクレアさんの言葉に、リンも同調する。
「えっと……場所までは、ちょっと」
シルファが、まるで助けを求めるように俺へと目線を向けた。
「……オーケー分かった。俺が案内するよ」
俺は肩をすくめながら、そう告げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カールフェルト広野は、交易都市カリスの南、イズリ平原を超えた先にある。
南の隣国、ガーベラ王国との国境近くにあり、さらに街道を進めば国境の町ウルタリアへと辿り着く道のりだ。
イズリ平原の踏破難度を初心者向けとするなら、カールフェルト広野は中級者向けだ。モンスターのレベル帯で見れば二十ほどは違う。
……だがたとえそうであっても、このパーティにとっては苦戦すら感じるものでもなかった。
俺から大蛇まで、その三歩ほどの距離を一足で詰める。
唐突に失われた間合いに、大蛇がその動きを止める。一瞬の隙、その瞬間、丸太ほどの胴体をもつ大蛇の首を斬り刎ねた。
モンスターの持つヒットポイントゲージが一瞬で崩れ落ち、その体が青い光となって消え去っていく――。
「――カナメ!」
(わかってる)
戦闘は終わっていない。
横合いから襲いかかろうとしていた、群れの仲間らしい大蛇の一撃をバックステップで回避。しかし完全には避けきれず、右足を切り裂かれてわずかに鮮血が散った。
目の端で、わずかに減少するヒットポイントゲージを見ながらも、息を軽く吸い込む――と。
その瞬間、蛇の顔面に白い矢が鋭く突き立った。
(ナイス援護……!)
おそらくはシルファの弓だろう。
後方からの援護に、しかし感謝も称賛も置き去りにして、俺は刃を逆袈裟に跳ね上げる。目を射抜かれて隙だらけになった蛇の首が、鮮血をまき散らしながら空を舞った。
(……まだだ)
まだ終わらない。終わっていない。
視線を上げれば、四対の眼球が俺を射抜いていた。オーリオウル・オンラインではついぞ感じることのなかった、生身の殺気を伴って。
身震いはしない。そんな暇はない。だからこそ――
「リン!」
俺は、魔物たちの背後にいる少女へと声を張った。
モンスターの検知方法はいくつかの種類に分かれる。
視界、音、距離、そして熱量。この四つだ。
そして視界を持つモンスターは往々にして、それに頼ったターゲッティング方法となりやすい。端的に言うのなら――背後に弱い。
ゆえに、一人が引き付けて、もう一人が背面に回る。背面に回る側のアクションは様々で、強烈な技を仕掛けたり、あるいは回復アイテムなどで体制を整えたりする。
これは、そうして安全性を確保しつつ、常に強襲を仕掛け続ける戦闘方法。バックタッチ、とオーリオウルオンラインでは通称されていた。
リンが大きく双剣を振りかぶる。
敵との距離は数メートル以上はある。一足で飛び込むには遠すぎ、とても一撃の届く範囲内ではない。しかし……視線が交錯したその瞬間、俺は即座にその意図を理解した。
リンの双剣が、仄かな青い燐光を纏う。
それはやがて鮮烈な輝きとなって、ギシリ、と周囲の空間すらも軋ませてゆく。
サイドステップ。リンと敵、その延長線上から俺は大きく身を引いた。瞬間――
「シッ――!!」
ザンッ、と大気が音を立てて裁断された。
振り抜かれた剣の軌道は、そのまま青白い斬光となって大気中を直進する。
三日月のような弧線を描く斬光は、圧倒的なエネルギーを保持したまま瞬きほどの速度で直進し、俺へと攻撃を仕掛けようとしていた狼型モンスターを縦に両断した。
ブレイダー中位スキル、『ミッシング・リーパー』。
近接戦闘に特化するブレイダースキルの中で、唯一の中遠距離剣技である。
二閃、三閃と舞うようにして放たれる遠距離からの斬撃は、抵抗すらも許さないまま、残っていた四匹のモンスターを塵へと変えた。
――そうして、数分で戦闘を終えた俺たちは、再度索敵をしてから、ようやく剣を腰の鞘へと戻した。
もっとも、この剣は俺のものではない。以前にフェアリーテイルで間借りしていた剣は、タイタンとの戦いで折れてしまっていた。完全に砕けてしまった以上、もはや修復すらも不可能だ(ちなみに剣の代金は、ミミさんに半ば押し付けるような形で弁償済みである)。
よって今手の中にあるこれは、リンが用意してくれた予備の剣だ。
「おっつかれー。いやあ、楽勝楽勝。お姉さんちょっと出番がなくて寂しいレベルで」
サンクレアさんが、くるくると杖を回して俺にヒーリングをかけながら、けらけらと笑った。
確かに彼女の言うとおり、全員がほぼ無傷。せいぜい俺がかすり傷を負ったぐらいで、ヒットポイントで見るのならノーダメージにも等しい。
「油断はするなよ。前のようなことがないとは限らん」
パーティの様子を確認しながら告げるリンに、「はいはい」と苦笑交じりにサンクレアさんが頷いた。
「わーってますよん。でもさあ、ここまで二時間半、なーんにもないし……お腹空いたし」
「お前な……昼食なら、カリスを出る時に食べ――」
リンの呆れ交じりの言葉が終わる前に……くう、と誰かの腹の虫が鳴いた。
「…………」
音の原因を見る。と、弓を両手に握ったまま、顔を真っ赤にしたシルファと目が合った。
「……ち、違います!」
「え?」
「く、くく口で言ったんです! くうって! くう~って!」
シルファは俺に向かって、慌てるようにばたばたと手を振った。
女性だからこそ、隠したい部分もあるのだろう。もっとも、人の所為にしないのは実に彼女らしいと言えたが。
俺は、顔には出さないよう苦笑しつつリンを見る。
彼女は「分かった」と肩を竦めて、
「……まあ、休憩にするか」
「賛成~!」
イェー、とサンクレアさんが両手を挙げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは、まさにピクニックというような様相だった。
広げられたお菓子なりサンドイッチなりを囲み、全員がシートの上に腰を下ろしている。
「……なんで、こんなに持ってきてるんだ?」
ピクニックとして、実に完璧な布陣だった。そんな予定などなかったにも関わらず。
じろりと、リンがサンクレアさんを半眼で見る。
猫型ロボットのごとく、それらをすべてアイテムインベントリから取り出してみせた当人は、ぱちりとウィンクをひとつ。
「まあ、こんなこともあろうかと」
「どんなことだ……」
はあ、とリンは溜息を吐いた。
「まったく、重量限界にそんな余裕があるのなら、もっと有事に備えろといつも――」
「ほほぅ……そんなことを言っていいのかな?」
「?」
きらり、と光る眼光。同時に、彼女の右手に長方形のアイテムが像を結んだ。
それは――
「ま……ッ、まさか、それは――!?」
「そう!」
サンクレアさんは、びしぃっ、とそれを眼前に突き付けた。
「カリスの名菓子職人、サジーナさんの期間限定&個数限定の幻スイーツ! どきどき☆苺スペシャルケーキ二号ッ!」
「な、なんだと……っ!?」
ずがーん、という効果音が聞こえるぐらいの勢いで、リンが衝撃を受ける。
ミミさんが「わあ」と驚いた声を上げて、嬉しそうに顔をほころばせた。
「すごいですっ、サジーナさんの限定スイーツって、すぐに売り切れちゃって滅多に手に入らないのに!」
「まあ、ちょっとしたツテがあってね。あ、もちろんちゃーんと、みんなの分もあるからねっ♪」
サンクレアさんは楽しそうにウィンクして、箱の中から全員の分を取り分けていく。
それはいわゆるショートケーキというやつだった。
ただ普通の、とは違う。どっさり盛られたクリームやら苺ソースやらカラメルやらで、もう中のスポンジが見えていない状態だ。甘さで言えば、きっとミミさんの家で飲んだ紅茶を優に上回るだろう。
(……ぬぐ)
甘いものは、そこまで嫌いでもない。
が、こうも立て続けとなると、さすがに口の中が拒否反応を起こしそうではあった。
周囲を見ると、さすがは女性陣か、嫌そうな顔をしている人間は誰一人としていなかった(なぜかシルファの皿は既に空だが)。
そして、自分の横に座る少女――リンはというと。
「……ごくり」
ケーキを乗った皿を手に、唾をのみ込む。
その表情は真剣そのものだった。戦場、否、死地に赴く戦士のそれだ。
ナイフを持った手が震えている。おそるおそる、ケーキを刺し崩して……。
はむり、とフォークごとに口の中へ。
「~~~~~ッ……!」
それは――今までに見たことのないリンだった。
蕩けている。そう形容するしかないほど、実に幸せそうな顔でケーキを頬張っていた。
「…………ハッ!」
と、俺の目線に気付いたのか、リンが正気へと返る。
目線が合う。
「……ち、ちがうんだ」
「は?」
「わ、私は! べ、べべべ別に甘いものが好きなわけではないんだ! ただ、出されたからには食べなくてはならないというか、やぶさかではないというか――」
「パグモグ」
瞬間、電光石火の速さで、リンの皿の上に載っていたケーキがサンクレアさんの口に消えた。
「なっ……!」
そんな馬鹿な、という、まるでこの世の終わりをみたかのような目で、リンがサンクレアさんを見る。
そのまま、彼女はモグモグと咀嚼して、ふうと紅茶で一息。
「お、おまっ、クレア、貴様……!」
「いやあ、リンちゃんが甘いもの嫌いだなんて知らなかったぁ。ごめんね、無理矢理食べさせちゃって。大丈夫、お姉さんが片付けちゃったから!」
と、ウィンクをひとつ。
リンは、サンクレアさんから俺へ、そして最後に空になった皿に視線を向ける。
震えていた。ぷるぷると、小刻みに。
それは果たして怒りなのか、悲しみなのか、落胆なのか。
「あー……」
もしかして俺が悪いの? とサンクレアさんに目線を向ける。彼女は瞬間、にやにやと俺を見て、そして素知らぬ顔で紅茶を啜った。
(この人絶対性格悪いな……)
分かりきっていたことではある。
溜息を吐いて、俺はまだ一口も食べていない、ケーキの皿を差し出した。
「あー、リン。よかったらこれ、食ってくれないか?」
「い、いいのか!?」
ばっと彼女が顔を上げる。あまりの勢いに若干身を引きつつ、「もう満腹だし」と頷いた。
「そ、そうか……」
彼女はそろそろと皿を受けとって、「ごほん」と咳払いをひとつ。
「ま、まあ仕方ない。カナメがそう言うのなら。うん、仕方ないな」
言いながら、また幸せそうな顔でケーキを口に運ぶ。
それを横目に見ながら――サンクレアさんが、俺の耳元に口を寄せて。
「……あーん、とかしなくていいの?」
「するか!」
つくづく思う。
本当に、この人はよく分からない、と。
外章は次話かその次くらいで完結します…予定