(02) - 座談会
昨日の記憶が、正直言ってあんまりない。
呑んで騒いで歌って、最後には全員が酔い潰れたことまでは覚えているが、そこから先はまったく記憶にない。
ましてや目が醒めれば、なぜかS.E.Lこと≪ 銀楯の聖槍 ≫のギルドホームのリビングで寝転がっていたとか……もはや意味不明すぎる。
寝るならなぜ、自分の泊まっている宿屋じゃないのか。みんなはどうしたんだろう。つーか根本的に俺どうすりゃいいんだ、などという考えがぐるぐると渦を巻き、ソファーに座ってうんうんと唸る。
貿易都市カリスの片隅に存在するこのギルドホームは、非常に広大な面積を有している。
曰くなんでも、ギルドホームというやつは、ギルドランクに応じて増築されるらしい。であるなら、一体S.E.Lはどれほどのレベルなんだろう……。そう思わせるほどのデカさ、そして豪華さだ。
白亜の宮殿を思い起こさせるような、そんな美しさ。しかしその一方で、いやらしさを感じさせないような、どこかシックな雰囲気。
(落ち付くな……)
そう思いながら、ソファーに体重をかけると、ぎしりと軋んだ音を立てた。
「つーか今何時だ……」
この≪オーリオウル・オンライン≫は、たとえ内部で熟睡しても自動的にログアウトはしない。
しかし、自動的なログアウト、というものが存在しないわけではない。
ひとつは、外界……すなわち現実世界の肉体が、何らかの刺激を受けた時だ。肩を叩かれたり、頬をつねられたり、あるいは音を聞いただけでログアウトしてしまう。まあこのあたりの設定は自分で弄られるわけだが。
もうひとつは、二十四時間が経過すること、だ。
機械の構造上、二十四時間以上の連続使用は出来ない仕様となっており、たとえどのようなプログラムであっても、二十四時間以上プレイヤーを拘束することはできない。
これはハードウェアの問題であるので、VR機器を改造しない限り、二十四時間以上のログインは事実上不可能であるのだ。
右手の指を揃えて、内側に引く。ユーザーインターフェースを出現させるコマンドだ。すると、わずかな音を立てて、水色のインターフェースが視界右側に出現した。
ステータスやアイテム、クラスやスキルといった項目が並ぶ、最下部。時間は――
(げ、朝の十一時……)
寝すぎだろ、俺。
基本的にゲーム内時間は日本時間と同期しているので、こちら側も昼ということになる。
もしかして俺は、朝から昼までずっと、このリビングを占領し続けていたわけなのか……。
申し訳なさと、同時に「じゃあギルドに入ろう」とか迫られそうな予感がして、若干ブルーになっていたのだが……。
そのとき、ギィ、という扉の開く音が聞こえて、はっと顔をあげた。その扉の向こうからひょこりと顔を出したのは……アイスブルーのショートヘア。
「……なんだ、シノブ姉ぇか」
「……なんだとはなんだ」
顔を出した当人は、ぷくり、と少しだけ頬を膨らませてから、ぱたぱたとこちらに駆け寄って来る。
「……どう? ちゃんと起きてる? 頭痛くない?」
「ああ、大丈夫」
というよりも痛いわけがない。ゲームの作りだした仮想の酒に、二日酔いなどというものが存在するはずもないのだ。
「そういえば、他の連中は?」
「リンとユーリさんは落ちてシャワー浴びるって。ライ君は買い出し。ミミは下で武具の補修。他の人たちはもう落ちた」
「……なる」
他の人たち、というのは、前者と自分たち五人以外の、昨日のパーティメンバーのことだろう。S.E.L.のメンバーであり、自分にとっても得難い友人だ。が、実のところシノブ姉はその名前すらも覚えていないのだろう。
この人に、団体行動は無理なのだ。天性の引きこもりにしてニート。人の名前を覚えるのは大の苦手。コミュニケーション能力は自分よりもさらに皆無だ。むしろ、リンやライたちの名前を覚えているだけでも奇蹟に違いない。
まあもっとも、それで不快というわけではない。この人は、自分が認めた人には誰よりも優しく接するのかを知っているから。
シノブ姉の言葉に頷いて、「よっ」とソファーから立ち上がる。
「どうする?」
「俺ももう24だし、ミミさんに武器預けて、一風呂浴びてくる」
そう、とシノブ姉が頷き、そして同時にぴたりと傍によってくる。そして必殺の上目遣い。毎回思うのだが、この人分かってやっているんじゃないのか。
そんなことをつらつらと考えるカナメに届いてきたのは、一言。
「……ごはん」
「作りに来いと?」
「イエス」
ですよねー、と頷いて、分かったとばかりに肩をすくめる。「待ってる」と言うシノブ姉を置き去りに、リビングから出て、そして地下への階段に。
地下への螺旋階段を降り始めると、カン、カン、という音が木霊するように耳へと届いてきた。
地下は、S.E.Lに所属する、専属の鍛冶師のために用意された空間なのだ。とはいってもそう広いわけではないが、鍛冶のための設備は一通り整っている。
螺旋階段を降り、石造りの門を潜る。
むわっとした熱気に、思わず息を吐いて体温を調節。もっとも、その奥で金槌を振り下ろし続ける人物に、声をかけることはしない。作業中に声をかけるのは、明確なマナー違反だからだ。
一言で言えば、小柄な人物であった。
正直言って、片手に持つハンマーが非常に不釣り合いそのものだ。くりくりした瞳、流れる金髪、華奢な腕、どこからどう見てもただの少女。それが、この熱気の中で汗を垂らしながら、一心不乱に金槌を叩き下ろし続けているのだ。
鍛冶、というのは、生産系クラス≪鍛冶師≫のみに許される特別スキルである。
といっても、実のところ、多くの鍛冶師は他のクラスの片手間程度のものでしかない。
ある程度、自由にクラスの付け替えが可能なこの≪オーリオウル・オンライン≫では、戦士をやりながら一時だけ鍛冶師、というようなプレイスタイルが可能なのだ。
しかし、このような大規模な鍛冶設備を使えるだけの高レベルの鍛冶師は、サーバー内に百人もいるかどうか、というレベルだ。
数十万のプレイヤー人口に比して極端に少ないその理由は、はっきり言ってしまえば、育てるのが大変すぎるからだ。
そもそも、鍛冶師のスキルは戦闘にまったく必要ない。それでいて、大規模な鍛冶が行えるまで育てるには、非常に膨大な経験値が必要となる。
しかし一方で、鍛冶師というのは、モンスタードロップしない特殊な武器をその手で製造し、時に折れた剣をすら修復出来る貴重な人材である。もっとも材料費が馬鹿にならないので、稼ぎになるわけではないのだが。
そういった意味で、S.E.Lのような専属の鍛冶師を持つギルドは、まさしくほんの一握りなのだ。
アイテムインベントリを操作して、昨日のうちに外しておいた装備関係を足元に出現させる。
修理してほしい武器はその辺においておけ、というわけだ。実際、他のキャラクターのものであろう装備が、その辺に転がっている。
不用心と思われるかもしれないが、実際、ギルドの内部で盗難が起こるなどありえない。それほどの信頼関係を、このギルドは築いていた。
さて、それじゃあいくか――と踵を返しかけたそのとき。
カン、という一打ちとと共に、部屋の中に眩い閃光が走った。おおっ、と振り向く。それはすなわち、作業が完了した証明だ。
鍛冶、といっても、これといった特別な作業は存在しない。
基本的に、素材を叩いて武器を作り、研ぎ石に掛けて剣を研ぎ、そして折れた剣を叩いて修復する。そしてその作業が終わったとき、武器が光り輝くのである。
しばらくして光が収まると、少女の手には、一本の美しい剣が出来上がっていた。
「御苦労さま、ミミさん」
ふう、と額の汗をぬぐう少女に一声かけると、はうあっ、と飛び上がるように反応した。剣を落としかけるところを危うくキャッチし、もう一度ふう、と額を拭う。
ミミ、と呼ばれた少女は剣を鍛冶台において立ち上がると、こちらへと振り向いた。
「もうっ、いつからいたんですか~、カナメさん?」
「ん? いや、ちょっと前からだけど……」
「声ぐらい掛けてくださいよぅ、びっくりしちゃいました」
ぷくり、と頬を膨らませてそっぽを向く。こう言っては怒られそうだが、なんというか、実にカワイイ。小動物的な意味で。
ミミさん、と呼ばれたこの女性は、ギルドS.E.Lの専属鍛冶師だ。
そのかわいらしい見た目とは裏腹に腕は一流で、専属鍛冶師でありながら、割と依頼が殺到したりもする。
時折、リンからゴーサインが出て、外からの依頼もこなすわけだが……実際のところ、その理由の大半は、むしろ彼女自身に由来している気がする。
背は低く、しかし美しく流れる金の髪と白い肌が、まるで妖精のような雰囲気を彼女に与えていた。それでいてこの性格なのだから、ファンがつかないことはありえない。
ちなみに、自分とはここの専属鍛冶師になる前からの付き合いで、その延長線上で、未だに武器を鍛えてもらったりもする。
「ごめんごめん。作業に集中してたみたいだから。……ところでそれは?」
「あ、はい」
苦笑しつつも問うと、ミミは手元にあった剣を掲げた。
黄昏色の刃と、美しい装飾。太陽の日差しを浴びれば、さぞ美しいだろうと思える意匠。
「……アーベントルーラーか」
暁の守護者、という名前を冠した片手剣だ。鍛冶師、つまりミミによって作られた品で、それゆえに世界に一本しか存在しない。
「はい。リンさんに頼まれてたので」
「そういや、折れたんだよな、確か」
例のギガースとの戦いの後半、脛へ斬撃を加えると共に折れてしまったのだ。あの時はまったく表情を変えずに、剣を予備に交換して戦闘を継続していたが、あの剣を愛用していたリンはさぞ悔しかったことだろう。
ええ、とミミが頷くのを見ながら、まじまじと剣を見つめる。
「でも凄いな。完璧に修復してあるじゃないか」
「はい、なんとか。鉱石も余っていたので」
修復、というのはかなり難しい技術だ。
一度作成した剣を修復するには、その剣にあった温度の水と素材、そして何より高いスキルレベルが必要となる。特にアーベントルーラーのような強力な剣ならばなおさらだ。
そしてそれを難なく実行してしまえる、このミミという鍛冶師の腕は正に本物だ。
「ところで、カナメさんはどうしてここに……あ、刃研ぎですか?」
「そゆこと」
問われ、カナメは自分の置いた装備を指で指し示した。
「なるほど……これからどうするんです?」
「生憎、もう時間なんでね。俺はいったん落ちるよ。悪いな」
なるほどー、と頷くミミに、申し訳なく頭を下げた。
かくいう彼女も、昨日の飲み会にはきっちり参加していたのだ。まあ速攻で酔い潰れて眠っていたわけだが、疲れていたのもきっと同じはずだ。
だというのに、恐らくシャワーを浴びる間もなくこうして作業に没頭している。
「私のことは気にしないでください」
こちらの心中を察したのか、ふっと優しく彼女は微笑んだ。
「正直、昨日みたいな凄いイベント、近くで見せてもらっただけで十分です」
彼女はパーティには参加してはいなかったが、モンスターの反応圏外から応援していたらしい。もっとも、割と距離があったのでその声は届かなかったが。
ただ、そういったギャラリーはあの日四十人以上はいたと思われ、結構な緊張を強いられたものだ。まあ、誰かがうっかり圏内に入ることはなかったので、特別問題があるわけでもないが。
「あ、言い忘れてました。S級ユニーク討伐、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。それも、ミミさんの作ってくれた武器のお陰さ」
「ふふ、そう言ってくれるだけで十分ですよ」
言葉通りの嬉しそうな顔で微笑むと、「それじゃあ、作業に戻りますね」と積まれた武器の山へ向かっていった。
それじゃ、と手を挙げようとして……ふと思い至る。
「あ、そうそう。ギガースの落とした素材、ミミさんに使ってもらう予定なんで」
これは昨日、ギガースへ挑む直前に全員で決めたことである。いっそのこと、何か強力な装備を作ってもらおう、と。
「ほっ、ほんとですかっ!?」
カナメの言葉に反応して、すさまじい勢いで振り向いたミミが、星のような効果音を伴うかのごとく目を輝かせた。
「ああー、憧れのS級ユニーク……一体どんな武器が出来るんでしょう?」
刀ですかね、片手ですかね、と夢現状態で両手を組んで空を見上げる。
……ああそういえば、彼女の悪癖を忘れていた、と若干の後悔。はっきり言ってしまえば……いわゆる鍛冶バカ、なのだ。彼女に鍛冶を語らせると、一日あったって足りやしない。
……まあ、別に困るわけでもないんだけどな。
そう思いつつ、「それじゃ」と巻きこまれる前にそそくさと退散した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「やっぱりああいう時は、僕が前に出るべきなんですかね?」
……ログアウト後、飛び込むようにして風呂に入り、玄関のチャイムを鳴らして勝手に忍姉の家に上がりこんだ。
うーだーと布団にくるまったままのスーパーニートを風呂に放り込み、適当かつ手軽に飯を作り、二人で食事。正直、なかなか親が帰ってこないのと、お隣のニートがいつも乞食だったせいもあり、飯の腕前だけは人に誇れるものになっていたりする。
そしてその後、再びのオーリオウル・オンラインへ。
ログインすると、既に大広間に全員が集まっていた。
修理を終えた武器を返却され、それらをまとめてインベントリに叩きこむと、大広間の一角にて、先日の≪ギガース≫討伐についての反省会と相成った。
「うーん、どうだろ。正直、ヒーラーが二人じゃちょっと層薄いし……」
ライの言葉に唸りながら答えると、俺の正面に腰を下ろした、紅色の髪をした少女……ユーリが片手を挙げた。
「私も同感。正直、サンちゃん一人じゃちょっと心許ないしねぇ」
サンちゃん、というのは、この場にいないパーティメンバーの一人、@サンクレア@である。さばさばとした銀髪のお姉さんで、ライと同じくヒール要員の一人である。
しかし一方、ライは彼女とは違い、前線のタンク役としても活躍できるだけの強靭さと冷静さを併せ持っていた。ヒールも出来るため、彼はそんじょそこらの壁役よりもよっぽど硬い。
とはいえ、ライのヒール技術はギルド随一だ。有名ギルドのサブリーダーだけあって、ステータスだけでなくプレイヤースキルも超一流。正直、彼の支援がなければ、今回の闘いは切り抜けられなかっただろう。
「私も同感だ、ライ。正直、ジーグと私で、S級ユニークもそれなりに壁できるようだしな」
ジーグ、というのも、ここにいない四人のうちの一人だ。クラスはグランドガード、典型的な壁構成だ。
一方リンは、タンクとアタッカーの中間、といったところか。避けつつも受け、受けつつも攻撃する。ライが後方の司令塔だとするなら、彼女は前線の司令塔だ。事実、彼女の指揮がなければ、前線はあっさりと瓦解していたに違いない。
「なるほど、確かに……。カナメさんのお陰で、アタッカー層も厚くなりましたからね」
「そうだな。この恩恵は大きいよ」
ライとリンに口々に賞賛され、むぐ、と言葉を詰まらせつつ、話題を別方向に修正するべく口を開いた。
「課題は魔法役じゃないかな。いくらユーリさんがいるっていっても、魔法役が二人じゃキツイでしょう。S級の物理耐性を考えたら、出来れば三人は欲しい」
今回の構成は、ずばり前線四人、回復二人、弓二人、魔法二人だ。
バランスがとれてはいるが、実のところ弓と魔法の一人ずつは、周囲にわいてくる雑魚の掃除がメインであった。
ここはいっそ弓を一人削って、魔法を増やしてみては……いやいやむしろ、属性持ちのガンナーとか……などと考えていると。
「あらぁ。それはつまり、私じゃ不満ってことぉ?」
にやりと怪しげな笑みを浮かべ、ユーリがテーブルに身を乗り出して、こちらへとにじり寄って来た。
「はいぃ?」
いや、違う、そういう意味では――などと言いかけたところに。
スパァン、と小気味の良い音が炸裂して、ユーリがテーブルの上で蹲った。
「馬鹿なことをしてないで、真面目にやれ」
見ればその隣に座っていたリンが、いつの間に装着したのか片手にハリセンを持ち、青筋を浮かべていた。
対して叩かれた本人、ユーリは、ちぇーと唇を突き出して、明後日の方を向いた。
「もー、リンったらまたそうやって妬いてー。女の嫉妬はミニクイよ~?」
「な、なっ……!?」
冷やかすような言葉に、がたんっ、とその場で立ち上がり、真っ赤になってわなわなと震えている。
「あら? ごめんなさい、冗談だったんだけど……図星だったりして?」
てへ、と笑みを浮かべるユーリに、わなわなと震えるリンはこめかみに青筋を浮かべ……そして、目にもとまらぬ早業で、インベントリを開く仕草をした。
「き……さ、まぁ~~……」
リンの手の中から、ハリセンが無数の青い粒になって消え去ると、今度はその逆送りを見るように、その片手に剣が生成された。
「げ……マズ」
対する少女も早業だ。同じくインベントリを操作して杖を装着。
そして、脱兎のごとく逃げ出した。
「待て、ユーリ! 今日と言う今日こそは……!」
「いやーん、怖い怖~い。カナメちゃん助けて~」
またもや始まる追いかけっこに、カナメは、深い深いため息を吐いた。
※3/19 一部設定と齟齬があったので修正しました