表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第二章 『氷刃』
26/43

(24) - 呟かれた再会

「――ブレイクっ!!」


 蒼を纏う四条の斬線が、五体を喰い破るあぎとのごとく、少女へと殺到した。

 裂帛の踏み込み。斬撃。

 砂塵が舞い上がって――少女二人を覆い尽くした。


「リン、無事か……っ!?」

 俺は声を張り上げる。

 投擲した剣を拾いあげた時には、視界は砂塵に閉ざされて、もう何も見えなくなっていた。

 ディレイの瞬間、放たれたリンの一撃。タイミングとしては、恐らく完璧だった。決まったはずだ――彼女は勝ったはずだ。


「リン……!」

 なら、きっと、この声にも答えてくれる。

 そう信じて声を張り上げて――一陣、吹いた風が、砂塵を吹き散らした。

 視界が開ける。


「リン!」

 彼女は、無事だった。

 剣を支えに膝をつき、肩で息をしていても、それでもなお無事だった。

 ヒットポイントゲージが見て取れる。半分ほどに減ってはいるが、それでも、彼女が生きていることの証だ。


「無事か、リン!」

「……カナメ、か……」

 かがみこむと、疲弊しきった顔で、彼女が俺に言葉を返した。

「やはり……さっきのはお前だったか」

「ああ。いいから、とにかくコイツを」


 インターフェースを操作して、手元に赤い液体の満たされたビンを出現させる。

「……すまん」

 一言礼を告げ、彼女はそのビンをあおる。

 ふう、と溜め息をひとつ。これで数秒も経てば、彼女のヒットポイントは完全に回復しているはずだ。


 ざっ、という土を踏む足音に、俺ははっと顔を上げた。

 剣を取る。

 目線の先……やや離れた位置には、ぽつりと、白い服の少女が立っていた。

(今の一撃を、躱したのか)


 半ば信じられない気持ちで、俺は息を吸った。

 完璧なタイミングだったはずだ。だがそれでもなお彼女は避け、そして恐らく、リンに対して何らかの反撃を行った。

 結果を見るのなら、そういうことなのだろう。

 だが少女もまた、無傷ではなかった。衣服は刃に切り裂かれ、ところどころ血が滲み出ている。致命傷ではないにせよ、スキルアーツの一撃なのだ、かすっただけでもかなりのダメージのはず。


「……まだ、戦うつもりなのか」

「…………」

 少女は答えない。ただ、その眼が、俺を見下ろしている。


(……?)

 不意に、違和感を覚えた。

 その眼に……なぜか、戸惑うような、そんな光を見て。

(俺は――この目を知ってる?)


 不意に、ふわりと風が舞った。

 風は少女の服を、音を立ててはためかせ――きっと、リンの一撃によって切り裂かれていたのだろう――白いフードが、空に舞った。


「……あ……」


 馬鹿な、と、そう思った。

 ありえない、と――そう願った。


 少女の、その顔は。


「シノブ……姉?」


 あまりにも――在りし日の少女に、瓜二つだった。


(そんな……馬鹿な)

 ありえない。ありえるはずがない。

 彼女が、シノブ姉のはずがない。

 ……シノブ姉が、ここにいるはずがない。


 諦めていた。もう会えないと思っていた。

 まさかそれが――

(嘘だろ……)

 こんな再会、だなんて。


 ゆらり、と少女はナイフを構える。

 それと同時――彼女は、まるで風のような速度で躍り出る。

「カナメッ!!」

 地面に突き飛ばされる。

 何の躊躇もなく突き出されたそのナイフは、虚空に鮮血を舞い散らせた。

 ――その血は、俺のものではない。


「ぐっ……」

 リンが苦悶に顔を引き攣らせつつ、両手で剣を構え、足を踏みしばった。

 その肩からは、一筋、赤い血が流れ落ちている。

「リン!!」

「何をぼうっとしてるんだ! 相手は……私たちを殺すつもりなんだぞ!?」

「……っ」

 ……殺す?

 言葉を返すことも出来ないまま、俺は少女――シノブ姉の方を見た。

 彼女は血に濡れたその刃を、俺たちに向けている。リンの血で濡れた、その刃を。


「ちくしょう……」

 唇を咬む。

 嫌だった。何もかもが嫌になりそうだった。

 シノブ姉が、俺に刃を向けていることも。彼女が、殺し屋だなんてやってることも。


(でも……二人を、戦わせちゃいけない)

 リンと、シノブ姉。かつて、俺にとって、誰よりも大切だった二人。誰よりも近く、誰よりも信頼できていた二人。だからこそ――この二人を戦わせるわけにはいかない。


 立ち上がり、剣を取る。それは俺のものではなく、リンの剣だった。

 この銀色の刃は、人を傷つけ、時に殺す。

 ……それは、時として大切な人でさえ。

(でも俺は……戦わなくちゃいけない)

 リンを失うわけにはいかない。であるならば――答えは一つだ。


「……俺は、シノブ姉を止める」

 静かに宣言する。

 背中には、嫌になるほどに戦慄が駆け巡っていた。

 彼女のヒットポイントは、あとどれくらいだ? どうすれば止められる? どうすれば殺さず、傷つけず、俺は彼女を止めることが出来る?

 向こうに、きっと手加減はない。

 当たり前だ。彼女は俺のことを覚えていない。手加減する道理などあるはずもない。


 ――だが。

 すぐに来る、と思っていた攻撃が、いつになっても来ない。

(……なんだ?)

 彼女は、短剣を構えることもなく、ただ俺を見つめていた。

 その表情にあるのは――敵意では、ない。


(迷って、いる?)

 前の世界のままの、無表情なその顔の向こうに、驚きと、そして迷いとが見て取れた。

 その仕草は、かつて見た、あの日の少女そのままであり。

 ……そして。


「……カナ、メ……?」


 その口から言葉がこぼれ出た、その瞬間。

 世界を震わせるような振動が、全てを包みこんだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「なっ……!?」

 大地震アースクェイク。そう見紛うほどの大震動は、立つことすらも許さない。思わず、俺は足から崩れ落ちた。

 もっとも、これは攻撃ではない。その証拠として、俺のヒットポイントゲージは、一ミリたりと削られていなかった。

 甚大な砂埃が舞い上がり、俺の眼前から、視界を全て奪い去って行く。


「シノブ姉っ!」

 叫んだ。焦るように、手を伸ばす。

(そんな……まさか)

 最後に、彼女が言った言葉。俺の名を呼んだ、彼女の声。懐かしい仕草、その表情。

(俺のことを……覚えてるっていうのか!?)


 この世界では、誰も彼もが俺のことを忘れていた。

 リンも、ミミさんも、マスターも、誰も、俺のことを覚えちゃいなかった。

 だからきっと、彼女も同じだろうと……俺はそう思っていた。


 ――だけれど、もしかしたら。

 わずかな希望に縋るように手を伸ばす。しかし砂埃に遮られ、それすらもままならない。眼に砂が入り、際限もなく涙がこぼれおちる。

 いつしか震動は収まり、砂埃ばかりが周囲を包んでいた。そして――

「グ……オオオオオオオオオオオオッ!!!」

 おぞましいほどに大気を震わせる叫びが、その砂埃すらも吹き飛ばした。


「なっ……!」

 唖然とする。砂埃が晴れた先――その先にいたのはシノブ姉ではなく、巨大な、石の巨人だった。

(モンスター……!?)

 それも、ただのモンスターではない。

 石で出来た野太い腕、二対の蒼い双眸、人型を成してはいても、その全長は人間の二倍以上もあった。巨漢どころではなく、もはや見上げんばかりだ。


 Bランクユニークモンスター、『タイタン』。

 かつて、俺達が倒したSランクユニーク『ギガース』の下位種族と言える存在だ。

「馬鹿な……! こんなところにいるはずが……!」

 タイタンの出現するフィールドは、こことは全く違う場所だ。ガトートス山などという、低ランクフィールドに登場するモンスターでは断じてない。


「カナメ!」

 背後からの声。振り向けば、どうにか傷を治したらしいリンが、剣を構えて俺の横に立っていた。

「リン! 大丈夫か?」

「ああ。私は平気だ。それより、あれは一体……」

 リンもまた、混乱しているらしい。

 当然だろう。暗殺者に襲われたかと思えば、今度は出現するはずのない、それもとびきりに強力で凶悪なモンスターの出現だ。混乱しない方がどうかしている。

 ――と。


「ぐあああぁ――っ!?」

 どぅん、という激しい音と同時に聞こえてきた悲鳴に、俺たちははっと顔を上げた。

 見れば、暴れ始めた『タイタン』によって、兵士たちが吹き飛ばされていた。そこに、小隊員か暗殺者かの分別もなく、ただ殺戮するために、巨木にも匹敵する石の塊を振るっていく。


「ちっ……!」

 リンが舌打ちする。二対のうち、残る一本の剣を抜いて立ち上がり、駆け出そうとする――と。

「待て、リン! あれは『タイタン』だ! 全員でかかっても勝てるかどうか……!」

 ユニークモンスター。強敵の代名詞を冠する彼らのステータスは、Bランクから急激に跳ねあがる。Bランクに属するユニークモンスターは、Aランクモンスターのそれを遥かに上回るほどだ。

 彼らの討伐には、少なくとも、三次クラス以上の実力が必要となる。それが、かつて俺の居た世界での常識だった。


「だが……!」

「分かってるさ。見捨てろなんて言わない」

 彼女は決して、その選択肢は選ばない。その確信があった。

 だが、かといって、真正面からぶつかれば生き残れる自信はない。全滅すらもありうる。


 ――かつての惨劇を思い出す。ジェネラルリザードによって、殺され、蹂躙された、あの血の海を。

 あの繰り返しだけは、絶対に避けなければならない。

「……だから、俺が囮になる」

「カナメ!?」

「その間に、リンは部隊を纏めて撤退させるんだ! それしかない!」

 戸惑う彼女に、俺はそう断言した。


 囮。言うは易し、成すは難しだ。

 確かに、俺のレベルは引き継がれ、ステータスもまた通常とは比べ物にならないかもしれない。だがかといって、俺のクラスは、所詮『冒険者』。

 奴の一撃を受ければ、生きていられるとは限らない。


(だとしても――)

 それを受け持つ人間は、俺以外には考えられなかった。

 俺には知識がある。日夜モンスターと戦い続け、ダンジョンに潜り続けた俺には、彼らにはない知識が。当然、俺はタイタンの攻撃パターンも全て知り尽くしている。


 ……そしてそれ以上に。

 俺は、ちらりとシノブ姉に視線を向けた。

 彼女のことが気がかりだった。出来れば今すぐにでも、本当のことを確かめに行きたい。しかしタイタンにとって、俺やリンだけでなく彼女もまた、殺すべき標的の一つに過ぎないのだ。

 ――なら。彼女を護れるのは、きっと俺しかいない。


「カナメ……!」

「行くんだ。……大丈夫、俺は死なない……絶対に」

 ――そして、誰も殺させはしない。

 死ぬかもしれない。その悪寒はある。だが――。

(シノブ姉と殺し合うより、百倍はマシだ)

 それならばむしろ、奴に感謝しなければならないのかもしれない。


「……分かった」

 俺の決意を読みとったのか、ぽつりと彼女は呟いた。剣を腰の鞘に戻す。

 そして、俺に背を向けて――ただ一言。

「――必ず生き残れ。これは命令だ」

「ああ!」


 かくして、俺たちは走りだす。

2/10 内容を大きく変更しました。それに伴い、22~25話まで大きく変更されています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ