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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第二章 『氷刃』
23/43

(21) - 襲撃

 思えば、最初からそうだったのかもしれない。


 MPK、と呼ばれるものがある。

 モンスター・プレイヤー・キル――モンスターを一カ所に集め、それを他の人間プレイヤーになすりつけるというもの。

 ことネットゲームにおいて、比較的起きやすい事故として知られている。

 だがその一方で……悪意あるMPKというのは、プレイヤーキル(PK)、すなわち人と人とが戦うシステムの存在しないネットゲームにおいて、非常にポピュラーな殺害方法として存在していた。


 だがしかし、今……この世界は、ゲームではない。

 ゲームオーバー、即ち死。ゲームと現実が奇妙に入り混じったこの世界において、PK、即ち誰かを殺害するということは……真の意味での殺人と同義である。

 ゆえに――思い至らなかった。

 誰かが・・・自分たちを・・・・・殺そうと・・・・している・・・・なんてことに、愚かしいまでに、俺はまるで思い至らなかった。


 視界を白く染めたのは、フラッシュや幻覚の類ではない。そういったものではなく……むしろ、深い霧のようなものだった。

(煙玉……!?)

 一瞬で周囲に煙を撒き散らし、視界を奪う道具、ないしスキル。

 そういったものが存在していることを、俺は知っていた。


「カナメ……っ!?」

 視界は、ほぼまったくのゼロ。だが、その向こうから聞こえた声を元に、俺は位置を探り当てるべく、全神経を集中させた。


 目の前にあるのはただの煙に過ぎない。

 視界は遮られても、そこにはある・・のだ。

 幾度となく、そういう経験はあった。暗闇の中、どこからともなく襲いかかるモンスターたち。そういった時……頼りになるのは目ではなく耳だ。


「そこか……っ!」

 真っ白になった視界の中で、俺はもう一度声を張り上げ、同時に大地を蹴った。

 リンの居る場所に……さっきの男もいるはず!


 駆け出す。視界が閉ざされる前にあった光景と、先ほどのリンの声、その位置を重ね合わせる。

 最中にあったのは不安だ。

 今こうしている間にも、リンは刃を突きつけられているかもしれない。あるいは……もう――。

(……させるかっ!!)


 掻き立てられる不安も何もかも、一切合財を無視して駆け抜ける。

 間違っていない。いるはずだ。この方向に、必ず――。

「……っ!」

 唐突に、眼前にのっぺりとした黒い岩が立ち塞がった。

 いや……岩ではない。――人だ。

 気づくとほぼ同時。俺はそれに、勢いよく激突した。


「ぐ……っ!?」

 頭を打つ。もんどり打つ。腹を蹴られて腕を蹴られた。

 てんやわんやの状況の中……どうやらその人間は、女ではなく男のようだった。がっしりとした体格といい、力強さと言い、ほぼ間違いない。

 そして、この位置、角度にいる男といえば――一人しか思い当たらなかった。


(なら……!!)

 もつれ合うようにして転がりながら、俺は構うことなく、全力で掌打を打ち込む。

 別に格闘術の心得があるわけではない。あくまで、拳を握る暇もなかっただけのことだ。だがそれが、想定以上のダメージを男に与えたらしい。

 低く呻く声と同時に、さんざん暴れていたその動きが止まる。


 俺はそのまま、男の腕を取って、背中から乗り上げて締めつけた。

「っ……!!」

「アンタ――!」

 軽い悲鳴を上げる男に、俺は上から声をかけようと顔を覗きこみ……不意に、言葉を失った。

 俺に組み敷かれている男は、確かに、リンと話していた男に相違なかった。

 なかったが……しかし、その顔に浮かんでいたのは――間違いもなく、恐怖と混乱だった。


「ア、アンタ……どういうことだっ? これは……っ!?」

 その声は、もはや恐慌寸前に思えた。

 しかし、むしろ聞きたいのはこちらの方だ。お前がやったんじゃないのか――という言葉が、喉元の寸前まで出かかり、そして制止した。


 現時点での考えは、こうだ。

 先ほどのモンスターの襲撃は、恐らくMPK。誰かがモンスターを故意に集め、俺達を襲わせた。そしてその本人は、密かに俺たちに混じり……そして救護班に化けた。

 そして煙玉で俺達を撹乱し、視界を閉ざしたうえで、襲撃する。


 ――しかし、冷静に考えて。

 リンが、隊員でない人間に、本当に気づかないだろうか?

 声をかけられ、会話して……偽物だと気づかないことなどありうるだろうか?

(……まさか)

 この男は、襲撃犯ではない……?


 ギンッ、という鈍い金属の音に、俺の思考は強制的に引き戻された。

 顔を上げる。音の方を振り向けば――またひとつ。小さく火花が散って、金属の擦れ合う音が木霊した。

 それは確か――リンのいた方向だ。

 そしてその音は……間違いなく、剣と剣の擦れ合う音だった。


(リン……!?)

 襲われている。まったく視界のないこの状況の中で、どうにか迎撃しているのだろう。

 襲撃犯はこの男ではない。恐らく……三人いた、救護班のうちの誰か。

 しかしそれが誰で、何の目的なのか、それはまるで分からなかった。分からなかったが……今考えるべきなのはそれではない。この状況を打開する方法。


 再び音を辿って、リンの元に駆けつけることも考えたが、しかし踏みとどまる。

 上手くいく保証はない。最悪、俺か、あるいはリンかが殺されるかもしれない。視界のないこの状況の中で、がむしゃらに突撃するのは自殺行為だ。

 ――言うまでもなく、先ほどの自分の行動がまさにそれなのだが。

 しかし、そのお陰か、今ではどうにか冷静になれていた。


「おいっ!? どうなってんだ!? くそっ――!」

「っ!」

 下から放たれた声に、俺ははっとして手を離す。

「すまない。大丈夫か?」

「あ、ああ――」

 手を貸して、お互いに立ちあがりながら、俺たちは顔を見合わせた。


 この距離なら、どうにか顔が判別できる。それでも”どうにか”程度ではあるが、男の顔は、未だ恐怖と混乱にはっきりとひきつっているのが分かった。

「アンタ……これは、一体、どういう……?」

 状況が未だ呑みこめていないのだろう。しどろもどろに聞いてくる男に、俺は即答した。


「恐らく、襲撃だ」

「襲撃……?」

「ああ。すまない。アンタを押し倒したのは手違いみたいだ。……リンが襲われてる」

 手短に語ると、男の顔が、さらにはっきりと引き攣ったのが見えた。ただそれは、混乱や恐怖よりも、むしろ緊張のように見えた。


「襲われてる……隊長が!?」

「細かい説明は後だ。とにかく、この視界を晴らさないと――」

 そこまで言って、はたと、男の持つ杖に目を止めた。


「……アンタ、メイジだよな」

「あ、ああ? そうだが……」

「なら、この魔法は使えないか――?」

 俺の言葉に、男は一瞬目を見開き、そして頷く。

 どうやら、彼も気がついたらしかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「リン――っ!!」

 カナメの声が聞こえた瞬間、なぜか悪寒が全身を駆け抜けた。

 後ろを振り向こうとして――不意に、視界が白く染まる。

「カナメ……っ!?」


 驚愕する。同時に駆け抜ける焦燥感。悪寒。危機感。

 視界はまったくない。自分を呼んだカナメの姿どころか、すぐ横にいたはずの隊員の顔も、もうどの方向にあったのかすら見失っていた。

 しかしこれはどうやら、幻覚の類ではないらしかった。

 敢えて言えば……霧か。恐らく、それに近いもの。

 よもや、偶然発生したものとは考えづらい。


(まさか……)

 ――襲撃。

 その二文字が脳裏を駆け抜けると同時――これは恐らくまったくの奇蹟だろうが――自分自身の本能に従って、迷わず横に跳んだ。


 シュッ、という小さな風斬り音。

 鋭く、そして疾い。それは聞き間違えようもなく……自分を殺傷せしめんと放たれた一撃だ。

 襲撃。襲撃だ。誰が、どうして……という自分自身の叫びを押し殺して、私は腰から二振りの剣を引き抜いた。


 無論のこと、視界はまったくない。

 この状態で戦闘を行うなど無謀極まりない。極まりないが……やらねばならない。

(皆にこの状況を知らせたいが……)

 だが、それは下策だろう。

 この視界において、頼りになるのは聴覚のみ。衣ずれの音、大地を踏む音、そして息遣い。ほんのわずかな音から、相手はこちらの位置を察知しようとしているに違いない。

 その状況で叫ぶなど、むざむざ自分から殺されに行くようなものだ。


 そして、不意に思い出す先ほどの会話。

『……それが、治療を施したんですが……どうも気分がよくならないと』

 救護班の一人、トレイア・ゴートが言ったのは、要するにそういうことだった。

 精神的なものかとも思ったが、即座に却下した。自分の部下はあの程度でへこたれるほどヤワではない。しかし治療は完璧であり、傷どころか、毒などの心配もありえない。

 だが……もしそれすらも、敵による攻撃の一環だったとすれば?


 伏毒 ハイドポイズンか……)

 いわゆる、衰弱毒の一種。

 毒や麻痺といった異常状態となった場合、基本的に、視界の端にそのアイコンが現れて警告する。

 しかしハイド・ポイズンと呼ばれる、一部のクラスが持つ特殊な毒は、それを表示させず、感知させないまま毒に侵す。

 効果としては、全身の倦怠感……要するに弱体化だ。死に至ることはないが、戦闘においては極めて致命的だ。


(……救護班に紛れて、全員に毒を打って回っていたということか)

 霧に向かって舌打ちしたい気分に陥ったが、どうにか堪える。

 ハイド・ポイズンと呼ばれるスキルは、肉体同士で接触しなければ発動できない。指先で触れる、などといった行為だ。もちろんのこと、見ず知らずの他人にそれを行うのは至難の業である。


 だが激しい戦闘後の、気を抜いた一瞬。

 その最中に、治療行為に紛れて行っていたとすれば……頷ける話だ。

 そしてカナメの声に反応してか、それとも最初からその予定だったのか……こうして煙幕を張り、逃げるのではなく攻撃してくる。


(単独犯とは限らない)

 近くに仲間を潜伏させていたかもしれない。

 そしてその場合……今頃は、全員が襲われている可能性も捨てきれなかった。

 ――だが。


(生き残れよ……!)

 願う。そして信じる。自分の部下は――自分の見出した部下たちは、この程度でやられるほどヤワではない、と。

 そして今……自分は、何よりも差し迫った危機を打破しなければならない。


(……どうする?)

 自問自答する。攻めるか、守るか。

 攻めるのは危険極まりなかった。相手は恐らく暗殺者アサシン。それも、かなりの凄腕だ。こちらのどんな小さな音にも反応し、即座に攻撃を加えてくるに違いない。

 さりとて守ったところで、この状況を打開できるとは思えない。


(どうする……?)

 前の見えない世界の中、神経を張り巡らしながらも考える。


 視界はまったくのゼロ。前も横も後も上も、まるで見えない。自分の体ですら、膝から下は白い靄に覆い尽くされている。

 眼前に広がる、ゆらゆらと揺れ続ける白い靄は……まるで、自分を冥府へと誘うべく、手招きをしているようにすら見えた。

(っ……)

 焦る。

 この状況を打開するために、ここは攻めるべきか?


(いや……待て)

 煙幕が放たれる寸前に、自分の名を呼んだ声を思い出す。

 カナメ。彼はこの事態に、恐らく気づいた。気づき、それを知らせるために、自分の方へ走り寄ろうとしていた。

 そして彼はきっと今頃……この事態をどうにかしようとしているに違いない。


(なら――)

 じり、と両足を踏みしめた。

(ここは……守る)

 彼ならば、きっとどうにかするに違いない。

 なら、それまでの間、自分はただ守り抜けばいい。


 会ってまだ一週間かそこらだというのに、そこまで信頼しきっている自分に苦笑した。

 だが、それでも、彼ならばきっとどうにかする。

 確信があった。確信があったからこそ――今は、ただ生き残る。

 彼が”どうにかした”その瞬間、その間隙、襲撃者へと一撃を与えるために。


(来い――!)

 思うが先か、それともあちらの方が先だったか――。

 シッ、という鋭い音と共に、風が揺れた。


「そこ……っ!」

 短い呼気。右の剣は逆袈裟に。

 誘われるかのように弧を描いた一閃は、虚空と、そして放たれた凶器とを断ち斬った。

 恐らく凶器は投げナイフ。こちらの動きを読みとれるギリギリの距離から、反撃を許さずになぶり殺しにする構えか。

 恐らく攻めに動いていれば、こちらの剣は届くことなく針鼠にされていたに相違なかった。

 そして――続く、二本目と三本目。


 こちらの位置を完全に捕えたか、続いて放たれたのは二本同時だった。

 だが――

「甘いっ!」

 相手が二本同時であるならば、こちらも同じく。


 ほぼ同時に動いた二つの腕は、二つの銀閃を描き、投げナイフを二本同時に叩き落とした。

(やはり凄腕か……!)

 ほとんど気配がない。それでいて攻撃は鋭く、そしてその全てが確実にこちらを捉えている。

 標的が自分で良かったとすら思う。自惚れるつもりはないが――隊員たち、自分の部下では、果たして凌ぎ切れたかどうか。


 続く攻撃もやはり流麗だった。

 四本、五本、六本、七本と、まるで流れるように放たれる投げナイフに、私は思わず息を呑んだ。

 ――迷いがない。

 攻撃そのものもそうだが、何より、人を殺すことに対して。


(……当然か)

 相手はアサシン。コソ泥シーフとはまるで格が違う。人を殺すために修練を積み、人を殺すことに特化した、生粋の人殺し連中である。

(くそっ……!)

 唇を咬む。心の中に生じたわずかな波紋に、剣筋を乱されないように。


 ただ眼前の光景、そしてその音に全神経を集中させる。

 頭の中をただクリアに。私はただ、放たれるナイフを叩き落とし続ける。


「――せぇっ!!」

 放たれたナイフの数は六本。うち二本をかわし、四本を同時に斬って落とした。

 相手は焦れてきている。放たれるナイフからも、それは伝わって来ていた。ほとんど曲芸の域になりながらも、最初の頃ほどの精密さを失っている。


 既に、放たれた本数は三十を越えていた。

 恐らく、ストックも切れかけている頃だろう。痺れを切らして、近接戦闘に持ち込んでくるに違いない。それをこそ、こちらの本領とも知っていながら。


(この煙幕が消え時こそ、好機だ)

 自分に言い聞かせる。

 煙幕が切れれば、恐らく相手は逃げようとするだろう。その時にある程度近づいていれば、一気に接近戦に持ち込めるはず。


(カナメ――)

 他力本願とは、こういうことを言うのだろうか?

 分かっていながらも止められない。彼のどこに、どうして、それほどまでの信を置いているのか……自分でもまるで分からないが、それでも。

 そして――


「リン!」

 不意に聞こえた、声。

 何かを語ったわけではない。合図があったわけでもない。

 だがその言葉と同時に、私は駆け出していた。今こそ好機に変わるのだと、その確信があったから。

 そして――


「……ブラストッ!!」

 声とほぼ同時。

 ごぅっ、という轟音と共に、まるで叩きつけられたような爆風が、煙幕を吹き飛ばした。


 急速にクリアになる視界。

 平衡感覚を失いそうになる、その中で――手にナイフを構えた、少女の姿が見えた。

 顔まではフードで隠されてよく分からない。ただ、年端もいかぬ少女のように見えた。服の色は白であり、一見すればヒーラーのようにしか見えない。

 そしてそのフードの隙間から見える双眸が、わずかな驚愕に揺れている。

 靄の向こうに見え隠れしていた死神。それが今、わずかとはいえ隙を晒している。


「もらう――!」

 逃がす暇も、ナイフを投げる暇も与えない。

 一息に飛び込む。ただ今は、この戦いを終わらせるために。

レッツ・ビギニング・バトル!!

ということで長らくなかった(気がする)バトルのはじまり。反動のせいか、しばらくバトルが続きます。

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