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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第二章 『氷刃』
21/43

(19) - 試験開始

 冒険者クラスの登録を終えた、次の日。

 まず行ったのは装備の調達だった。冒険者になったことで、装備できる武器防具の種類も、またランクアップしているからだ。新しい装備の調達は必須と言える。

 そしてそのために、俺がまずするべきだったのは、武器屋兼鍛冶屋のミミさんへの非礼を詫びることだった。


 思い出すのも苦々しいのだが、”ここ”に放り込まれた当時の俺は、世界そのものを否定していた。

 それゆえ、俺に優しく接してくれたミミさんの厚意を拒絶し、彼女を傷つけてしまったのだ。

 怒られ、なじられ、お前に武器なんか売らないと言われても仕方がない。その時は受け入れるしかなく、そしてそのための覚悟ももちろんあった。


 しかし深く頭を下げた俺に、ミミさんは「いいんです」と優しく笑った。

「――私は、カナメさんがもう一度ここに来てくれて、嬉しいんです。だから、頭を下げられる必要なんてありません」

 微笑んだ彼女の言葉に、孤独でないことの幸福を、俺は改めて悟った。


 見知らぬ世界。自分のことを覚えていない友人たち。

 それでも俺は孤独ではなく、俺に触れようとする誰かがいてくれる。その幸福。

 まったくもって、運がいいとしか言いようがない。

 今更だが……人は一人では生きられないのだ。それがどんな形であろうと。


 ――ともあれ、ミミさんの鍛冶屋で装備を揃えることとなったのだが。

「良かったら、新しく作りましょうか?」

「……新しく、ですか?」


 カウンターの奥から、笑顔で告げられたミミさんの提案に、しばし俺は硬直した。

 新しく作る。いわゆるオーダーメイドであり、鍛冶の上位スキル『ユニーク装備作成』スキルによって作られる強力な武器防具の類である。

 その性能たるや、通常のモンスタードロップや、ショップで並べられるような大量生産レギュラー品とはまるで桁が違う。


 しかし、ユニーク作成スキルには、ひとつの欠点があった。

 それは、一度ユニーク装備を作成した鍛冶師は、その日から一週間、同種類のユニーク装備を作れないというスキル制限ペナルティである。

 さらに、高価な各種素材アイテムも必要であり、失敗する危険性も大きい。

 失敗すればもちろん素材は全て失われ、さらに一週間、スキルペナルティも同じように課せられる。

 ゆえに、鍛冶師にとって『ユニーク装備作成』は存在意義そのものとも言えるスキルでありながら、実行するのは一種の博打でもあるのだ。


(うーん……)

 正直言って、かなり迷う。

 冒険者クラス程度で装備できる低ランクの装備であろうと、ユニークとレギュラーの性能差は天地ほどにもある。

 そして常に強い装備を求め続けることは、ネットゲーマーとしてごく当然の本能でもあった。


(問題は金か。まあ、冒険者ランクのユニーク装備なら、そこまで大した額にはならないだろうけど……)

 自分の知る相場から言うなら、最高ランクのユニーク装備のおよそ百分の一以下だ。

 成功確率は高く素材も安いが、需要(ニーズ)が少ないため、売っても大した値段にはならない。

 しかしそれでも、五万ユセルは下らないだろう。自分の残金を考えると、少々、というかむしろかなりギリギリだ。

(とはいっても、ミミさんのオゴリなんてわけにもいかないしな)


 先も言ったように、ユニーク装備の作成なんてものは大きな博打だ。失敗すれば大損害を免れ得ない。

 かの≪オーリオウル・オンライン≫においても、ユニーク装備製作に人生を賭け過ぎて大破産、陰鬱な顔で狩りに出かけていった連中をしばしば知っている。

 まあゲームである以上、それも楽しみ方のひとつかと思わないでもないが、この『世界』は違う。


 破産したからと言って、狩りで稼いで「はい解決」とはいかない。

 食事も睡眠もログアウトすればいくらでも貪れるゲームと違い、この世界では、金がなければ生活すらままならないのだから。

「……やっぱり、遠慮しときます」

 これから先、何があるか分からないのだ。出来る限り節約はしておきたい。

 そんな俺の言葉に、どこか残念そうに、ミミさんがしゅんとうなだれた。


 しまった、と思う。うっかり忘れていたが、この人は天性の鍛冶ジャンキーなのだ。内心、装備を作りたくてウズウズしていたに違いない。

 俺は言い訳するように、慌てて両手を振った。


「あ、いや。ミミさんを信用してないとか、ユニークが欲しくないってわけじゃなくて」

「……もしかして、お金が、ですか?」

「ええ、まあ」

 苦笑して頷くと、店内を色々と物色していたリンが「それじゃあ」と顔を出した。


「なら、私たちで材料を集めて、それを打ってもらうというのはどうだ? それなら、材料費はかからないだろう?」

 リンの言葉に、暗い顔をしていたミミさんが、ぱぁっと表情を輝かせた。

「名案です、リンさん!」


「材料を集めるって言っても、結構大変だと思うんですが……」

 正直に言えば、結構どころの話ではない。

 武器や防具の製作には、かなりの数のアイテムが必要になる。ユニークとなればなおさらだ。

 さらにその中でも厄介なのが、それぞれのランクに応じた『宝珠』と呼ばれる特殊アイテムだ。

 モンスターを倒した時に一定確率で落とすのだが、確率は非常に低い。材料費の七割がこれに占められているといっても過言ではないほどだ。

 当たり前だが、手に入れられるようなツテはない。


 顔を盛大にしかめる俺に、リンは小さく苦笑して、指先でアイテムインベントリーを起動した。

 どうしたんだろう、と俺が首を傾げるうちにも――その手に、青い粒子が集約され、ひとつのアイテムが具現化する。

 それは、深紅色の、美しい正八面体――。


「宝珠!?」

「わぁ!」

 俺が驚いたのと、ミミさんが歓声を上げたのは同時だった。

 リンが手に持った宝珠をミミに手渡すと、彼女はインベントリーから虫眼鏡を出現させ、まじまじとそれを観察し始めた。


「どうだ?」

「――間違いないですね、鍛鉄聖銀スチールミスリルです。Cランク装備程度なら問題ないと思いますけど……」

「ま、待て待て、待ってくれ!」


 ミミさんの言葉に頷くリンを、俺は思わず制止した。

「ま、まさか……それを使うとか言わないよな?」

「そのつもりなんだが、どうかしたか? 別の宝珠があるならそれでもいいが――」

「いや、そうじゃなくて!」

 全力で頭を抱えたい気分に陥りながらも、俺は首を振った。


「俺の武器に、リンの宝珠を使うわけにはいかないだろ!」

 宝珠は貴重品だ。低ランクの宝珠だろうが、それなりに値段が張る。

 いくらリンとはいえ、そんな施しを受けるわけにはいかなかった。

 だが俺のそんな言葉に、リンは肩をすくめて首を振った。


「安心してくれ。これは私のものじゃない。君のものさ」

「は?」

 何だそれは。ジャイアニズムの変則型なのか。


 混乱をきたしそうな俺に、リンは苦笑して、次いでインベントリーを操作した。出現音が連続し、いくつかのアイテムが山積みになって、カウンターの上に具現化されていく。

「この間、ジェネラルリザードを倒したろう? これはその戦利品さ」

「あ……」


 そういえば、と思い返す。

 リンと共にジェネラルリザードと戦ったあの時。道中もそうだったが、アイテムを拾うどころではなかった俺は、それをすべてリンに任せてしまっていた。

 要するに、完全に忘却していたわけだが……冷静に考えれば、リンが拾ったアイテムをそのままネコババすることなどありえなかったのだ。


「あの時、私は君に命を救われた。だからこの素材は、是非君を守るための装備に活用してもらいたいんだ」

「あ、ああ……」

 微笑むリンに、俺は頷きを返すことしか出来なかった。


 リンの言葉に何やら納得したのか、嬉しそうにアイテムを検分していくミミ。その光景を見つめながら……しかし、俺は密かに首を捻っていた。

 確かに、Cランクモンスターのジェネラルリザードなら、宝珠をドロップすることもある。


 しかし、その確率は低い。

 百匹倒してようやく一つ出るかどうか。そんなところではないだろうか。

 他のレアアイテムに比すれば、それなりのドロップ率とも言えるのだが……しかし、俺達が倒したジェネラルリザードはたった三匹。


(三匹倒したぐらいで、宝珠なんて出るか……?)

 まぁ、運が途轍もなく良かっただけかもしれないが。


 試験が終わったぐらいに来て下さいね、というミミの言葉に背を押され、俺たちは武器屋を後にした。

 新しい装備が出来るまでの繋ぎということで、それなりの武器を借り、当初の目的は達成したと言えるのだが。

 なぜか釈然としないもやもやとした淀みは、宿に帰るまでの間、ずっと拭えることはなかった。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 三日という待機期間は、閃光の如く流れ去った。

 装備や道具を調達したり、シルファと買い物に出かけたり、リンの稽古に付き合ったりと、それなりに忙しい三日間だった。

 しかしその日々は、この世界に来て初めて俺が得た、”平穏”と呼べるものだったと思う。

 リン、シルファ、それにマスターやミミさん。彼女たちが居てくれなければ、きっと、こんな平穏な日々が俺に訪れることはなかっただろう。

 わずかな、違和感という棘を残しながらも、過ごした平穏な三日間は瞬く間に過ぎて。


 かくして、試験当日の朝を、俺は迎えることとなる。



 ――なんとなく気持ちが悪いのは、着なれない装備のせいに違いない。

 夜明け前の六時十五分。肌を刺す寒さにぶるりと身を震わせながら、俺はそんなことを考えていた。

 俺の装備は、一般的に軽装備に分類されるものだった。厚手のシャツの上に軽量の鎖帷子チェインメイル、さらにその上に騎士の制服である青いコートを重ねている。


 動きやすく作られているうえ、俺のステータスからして、この程度の装備重量などまったく問題になることもありえない。

 ……はず、なのだが。

 なぜか、装備重量の三倍ほどの重圧を、先ほどからギシギシと全身に感じていた。


(『鈍重』なんてメじゃないな……)

 鈍重というのは、装備重量を倍化させる状態異常効果だ。

 とにかく装備が重くなって動きづらくなるという、非常にいやらしい効果を持つ。重装備の壁戦士タンクの場合、一歩も動けなくなってしまうことすらあるのだ。まあ一定以上には増加しないようになっているため、押しつぶされることはないが。


 しかし、どうも先ほどから照射されている恨み電波は、それよりも遥かに重々しい効果を俺に与えていた。

 交易都市カリスの北門に背を預けたまま、ちらりと背後に目線を向ける。

 ……やや遠くにいた三人組の男が、なぜか物凄い目つきで俺のことを睨みつけていた。


(気のせいじゃないよなあ……)

 はあ、と溜め息を吐く。

 平たく言えば、どこからどう見ても、俺は『ガンをつけられている』状態なのであった。


 昨日の昼、リンによって伝えられた詳細によれば、朝六時半に北門へと集合、その後ガトートス山を目指すというものであった。

 試験である以上、遅れるのはマズいということで、三十分前には集合場所に到着していた。しかし、その後からやってきた三人組の男たちが、なぜか物凄い目つきで俺のことを睨み始めたのだ。

 しかもその三人組は、どう見ても『銀楯の聖槍』のメンバーだ。同じギルドの紋章入りコート姿なのだから疑いようもない。


(なんか失敗してるか、俺……?)

 うーん、と首を傾げる。

 たとえば、装備の仕方を間違えてるとか。いやいや、昨日のうちにリンに確認してもらったんだから間違いない。

 他にも、態度が生意気だとか。挨拶をしてこないことに怒っている、なんてありがちかもしれない。しかし出会うや否や睨みつけておいて、挨拶もへったくれもない気がする。


(……分からん)

 あっさりと思考することを放棄して、寒空を見上げた。


 白く濁る円環オーリオウルは、変わらず、空になだらかな曲線を描き、俺達を見下ろしている。

 どの世界でも、人間関係というやつは面倒だ。

 カナメというネットゲームのキャラクターにとっても、現実世界の千堂要にとっても、そしてここにいるカナメ・アーストライトという自分にとっても。

 他人は自分を傷つける。幼心に理解したのは、果たしていつのことだったろうか。

 俺が中学に上がろうという頃から、親はろくに家に帰らず、遊び相手といえばシノブ姉ぐらいしかいなかった。


(……シノブ姉)

 自分の、唯一の肉親。

 血が繋がっているわけではない。ただ心の繋がりで言うのならば、彼女ほどに傍にあった存在もいなかっただろう。

 親の帰らない俺の家。親のいないシノブ姉の家。


 俺たちは似た者同士だった。だからいつしか俺たちは義理の姉弟となって、寄り添い合うように生きていた。

(シノブ姉……)

 今頃、どうしているんだろう。

 飯はちゃんと食べてるだろうか。風呂に入ってるんだろうか。リンたちとはうまくやれているんだろうか。俺がいなくなって、泣いてやしないだろうか――。


「………っ!!」

 唇を噛んだ。

 この思考は、きっと駄目だ。

 ネガティブとか、ポジティブとか、そういう問題じゃない。


 引きずり込まれて離れられなくなる。

 心の中にぽっかりと深い、深い穴が開いていて、目を途端に、途轍もない重力で俺を引きずり込もうとする。さながらブラックホールだ。蟻地獄でもいい。

 引きずり込まれてしまえば、きっとまた、一歩も前に進めなくなる。


「――全員、集まっているようだな」

 横合いから聞こえた声に、俺ははっとして、北門の柱から背を離した。物思いに耽る間に、いつしか十五分ほども経過していたらしい。

 六時半きっかり、リンが北門の前へと、淀みない足取りで歩を進めていた。その服装は、この三日ばかりで見慣れていた『フルーレ』装備ではなく、騎士服だ。

 リンが威風堂々といった佇まいで周囲を睥睨すると、いつの間にか集合していた、八人の騎士が同時に敬礼した。


「ご苦労。みんな、早い時間によく集まってくれた」

「問題ありません!」

 直立不動で即答したのは、先ほど、自分を睨みつけていた三人のうちの一人だった。険悪だった表情が、嘘のように霧散している。


「まずは紹介しておこう。……カナメ、こっちに来てくれ」

 なんとなく釈然としない想いを抱きつつも、リンに手招かれ、その隣へと俺は進み出た。

「本日、入団試験を兼ねて、哨戒に参加するカナメ・アーストライトだ。当然、今回が初任務ということになる。各自、サポートを怠らないように」

『はっ!!』

 リンの言葉に、一糸乱れぬ動きで全員が同時に踵を揃え、敬礼を返した。


 俺は、統率のとれた彼らの動きに少しだけ緊張し、そして改めて悟った。

(本当に……何もかも違うんだな)

 『銀楯の聖槍』は、かつて自分の知るあのギルドでは、もはやない。騎士団と呼ばれる、国家によって認められた一個の軍事組織、傭兵集団なのだ。


「よし、出発だ」

 リンの号令に、全員が頷いて北門へと足を進めていく。

 胸を刺す僅かな痛痒に、顔をしかめた俺の背を……バンッ、と隣に立つリンが強く叩いた。


「よろしく頼むぞ、カナメ」

 ふっと笑った彼女に、ほんの少しの逡巡と、そして感謝を抱きながら。


 かくして、俺の『入団試験』は開始された。

カナメ君のコートですが、最下層の隊員レベルの支給品となってます。着用必須ではないです(防具は各自にお任せなので)。

ちなみに偉くなるほど着なくなり、小隊長では着ている人もいますが、中隊長レベルでは慣例として着用しないことになってます。

そして第二章の導入がようやく終わりました……って長ぇ!!

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