(16) - 騎士団への誘い
「ようこそ、銀楯の聖槍へ。カナメ・アーストライト君」
それはS.E.Lのギルドホームの二階にある、ギルドマスターの部屋の中だ。黒く長い髪の男が、机の上で両手を組んでそう告げた。
いや、正確には違う。
銀楯の聖槍はギルドではなく騎士団であり、この建物はギルドホームではなく、騎士団のカリス支部。
そしてこの部屋は、ギルドマスターの部屋ではなく支部長の部屋だ。よって本来座る席ではないだろうに、男はそんな事情に頓着した様子もなく告げた。
「俺の名は、マグディウス・ヴィクトール。この騎士団の団長を務めている」
眼前の男……騎士団長を名乗ったその男。その出会いは、俺の人生における数少ない出会いにおいて、もっとも最悪に近い形の第一印象だった。
もちろんそれは、今の今まで、リンこそがS.E.Lのマスターだと思い込んでいたせいもある。
だがそれ以上に、おそらく俺とこの男は最悪にそりが合っていないのだろう。
善人そうな顔をして、裏で何を考えているのかわからない。
日本人って人種は、多分みんなそういう奴が嫌いだ。
どうやら俺も多聞に漏れず、そういう血筋を引いているらしい。
そう。こいつは俺の中で、どうやら間違いなく悪者配役に決定だった。
(……どうしてこうなったんだろうな)
そもそも、どうして俺がここに立っているのか。
思い出すのは、つい先日の話だ――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……つまり、俺に騎士団に入ってほしい、と?」
俺の言葉に、リンは「そうだ」と頷いた。
ギルドから宿へ戻り、一階の食堂で三人揃って卓を囲んでいた。もちろん三人というのは俺、シルファ、リンだ。
とはいえ、リンが話を切り出したのは宿で夕食をとった後のことである。太陽は既に地平線の彼方に沈み、薄青い宵闇が町を包んでいる。
フォルトゥーナの夜は仄暗い。
光源といえるのは星月の光と、壁にかけられた安物の蝋燭、そして卓に設置されたランプだけ。周囲が見えないなんてことはないが、電気があった現代日本に比べればいわずもがなだ。
もっとも俺は、以前の≪オーリオウル・オンライン≫時代に慣れてしまっているので、実際のところどうということもない。リンとシルファについては、俺以上に慣れているのだろう、不安なそぶりを見せる様子もなかった。
やや驚く俺に、リンは頷きつつも続けた。
「もっとも、騎士の職務は常に危険が伴う。冒険者以上にな。だからもちろん、どうするかを決めるのはカナメ自身だ。無理強いするつもりはない」
リンが控えめに言葉を続けるのを見ながら、俺は「ふむ」と小さく頷いた。
「……少し質問があるんだが、いいか?」
俺が問うと、「どうした?」と彼女が首をかしげた。
「まず最初に……ええと、俺は騎士団ってのをよく知らないんだ。ギルドならわかるんだが」
俺の言葉に首をかしげたのは、リンだけではなかった。相席しているシルファもまた首を傾げている。
やはりというべきか、騎士団という存在はこの世界にとって常識のようだ。協会で質問しなくてよかった、と思いつつも、少し緊張しながら二人の反応を伺う。
しかし、リンもシルファもそれ以上特別な反応をすることもなく、「そうか」とリンは頷いた。
「そうだな……騎士団というのは、有体に言ってしまえば、国によって公認されたギルドのことだ。国から賃金を得る代わり、民の平和と安全を守護する。それが役目だ」
「賃金? 給料が出るのか?」
「無論だ。騎士団に属する以上は、王国騎士の一人と見做される。仕えるのは王ではなく民だがな」
リンの言葉を、俺はまたもや理解できず首を捻った。
「ええと、王ではなく民? ってのはどういう意味なんだ?」
「ふむ……そうだな……」
俺が発した疑問に、思案するようにリンは顎に手を当てる。
暫くの沈黙と同時に頷いて、再び俺のほうへと向き直った。
「まず、ギルドが騎士団になる条件を教えよう。ギルドがもともと、冒険者……傭兵による互助組織であることは分かるな?」
「あ、ああ」
初耳ではあるが、ギルドなら分かる、と言った手前だ。素直に頷いておく。
「冒険者は、依頼を受け解決し、その報酬を受け取って生活する。しかし依頼の遂行は危険だから、基本的に数人で組んで行う。つまりパーティだな。このときにギルドに加入しておけば、簡単にメンバーを募ることができる」
淡々と語られたリンの説明は、しかし、実のところ俺の認識とそう食い違っていたわけでもなかった。
つまり、とリンは人差し指を立てて、説明を続ける。
「ギルドとは、困ったときにお互いを助け合うという互助組織だな。彼らの報酬はあくまで依頼からのものであり、ギルドが支給しているわけではないんだ。ここまではいいな?」
ああ、と俺は頷いた。
つまるところギルドとは、パーティという概念を拡大したものだ。パーティは共に連れ立って冒険に行くが、しかしそれはその場限りということも多い。
固定パーティというものもあるが、パーティメンバーの上限は十人だ。それ以上を超えて新たに加入させることはできない。
一方、フレンドに登録しておいて、時間が合ったときにパーティを組むという方法もある。しかしフレンド登録というのは、いわば名刺交換の代わりのごとく頻繁に行われる。人付き合いの多い人間は、目当てのフレンドを一覧から探し出すのも一苦労だ。
そこで役に立つのがギルドである。
ギルドは、気の合った仲間同士で結成する組織だ。ギルドメンバーだけの秘密チャットも可能であり、どれほど離れていてもギルドメンバー同士なら自由に会話できる。
≪オーリオウル・オンライン≫においては、ギルドを結成すればギルドホームが与えられ、ギルドレベルを増加させることで拡張することもできる。ギルドホームは、ギルド員か、彼らの許可した人間しか立ち入ることはできない。
こういった特典があり、その仲はフレンド、パーティよりも親密な関係と言えるだろう。
しかし親密であるがゆえに、トラブルも発生しやすい。俺やシノブ姉がギルドを避けていたのはそれが理由だ。
まあ、あいつらとトラブルがあるなんてことは考えられないが……しかし親密だからこそ、大切にしたい距離感というものがあったのだ。
そんな俺の思考をさえぎったのは、「さて」というリンの声だった。
「では騎士団についてだな。騎士団はつまるところ、国に認められたギルドということになる」
「さっきも言ってたが……それはどういう意味なんだ?」
国に認められた、っていうのはいったいどういう意味なのか。
想像力の働かない俺に、「うん」とリンは頷き、再び人差し指を立てた。
「騎士団と認められる条件はひとつ。統率者……つまり団長だな。騎士団の団長が、騎士勲爵位を授与されていることだ」
「騎士勲、爵位?」
そうだ、とリンは頷いた。
「名のとおり爵位のひとつだ。普通、爵位は貴族にしか与えられないが、騎士勲爵位は違う。貴族だろうが平民だろうが関係なく、華々しい成果を挙げ、王から正統なる騎士と認められることでしか得られない」
「……騎士全員が持ってるわけじゃないのか」
「そうだ。騎士団員は、正確に言えば騎士団に雇用される私兵だ。と言っても騎士団自体は団長の私物ではなく、王国の管理下にあるから、我々が団長の私兵という意味ではないが」
「つまり、騎士勲爵位を持てば、騎士団が貸し与えられる? ってことか?」
「そういうことだ」
頷くリンの言葉に、俺はようやく事の概要を理解した。
「なるほどな……」
つまり、騎士団にはサポーターがいる、ということだ。それも王国という巨大なスポンサーが。彼らは資金を与えられ、装備を調達し、平民を守護してモンスターを討伐する。
そして騎士勲爵位を持つ騎士に、それを率いる権利が与えられるということか。
もともとギルドを持っていた場合は、正確には分からないが、そのギルドを騎士団として推薦できるとか、そういう形になるのだろう。
まあ名目上のことでしかなく、実際は団長が全て取り仕切っているのだろうが……。
「それじゃあ、リンも、その騎士勲爵位ってのを持ってるのか?」
「……は?」
ごくごく当たり前、日常会話のごとく発した俺の言葉に、リンは口をあけて呆然と声を上げた。
……何かおかしなこと言ったか、俺?
「だから、団長は騎士勲爵位を持ってるんだろう? じゃあリンも持ってるのかと」
「な、なんでそんな話になる!?」
飛び上がるようにリンがテーブルを立ち、ことり、とランプが揺れた。
あっ、とリンがランプへと手を伸ばしたが、それを制するようにシルファがランプを両手で留めた。ほっと安堵の息を吐きながら、リンはじろりと俺の方を睨んだ。
「私が騎士勲爵位なんて……どう考えても持ってるわけないだろう」
「え?」
「騎士勲爵位は誉れある、騎士にとって最高の栄誉だ! 私が持てるような、そんな容易いものではない!」
ここに来て……ようやく、俺は驚きと共に理解した。
ここにいるリンは、かつて俺が知っているリンではないこと。つまり……彼女はギルドマスターではなく、そして騎士団長でもないという可能性。
唖然とする俺に、リンははっと俯き、溜息を吐きながら椅子へと戻った。
「すまん……つい興奮して……」
「い、いや……俺の方こそ」
お互いに謝罪し、頭を下げる。後に残ったのは、ひどく微妙な雰囲気の沈黙だった。
二人とも俯いて、何も言葉を発しない。正確には発せない。なぜ怒られたのか分からないという疑問と、またやってしまったという後悔が俺の中に渦巻いて、俺の口を硬く閉ざしてしまっていた。
それを救済したのは、俺とリンに挟まれるように座っているシルファだった。
「ごほん!」というわざとらしい咳払いと共に、リンが「は、話の続きだな」と再起動。俺も「あ、ああ」とどもりつつも返し、会話を再開させる。
……ファインプレーだ、シルファ。
「……さて、それじゃ最初の話に戻ろう」
「最初の話っていうと……王じゃなくて民にってやつか?」
俺が言うと、「そうだ」とリンは頷いた。
「騎士勲爵位を与えられた者は、王に仕え、騎士団を与えられる。騎士団は国家に仕えるが、その義務は王や町の守護ではなく、王国に住む民の守護なんだ。私たちは、団長に率いられるが団長のために戦うわけではない。そして国家に仕えるが、王家のために働くわけでもない。ただ民のため……これこそが騎士の理念だ」
上司の上司は上司ではない、というやつだろうか? ちょっと違うかな。
まあ口先ではそういっても、実際に王様がピンチとなったら、そっちを優先するんだろうが……。
「ところで……ひとついいかな?」
「うん?」
「その騎士団に入れば、ナイトのクラスが手に入るのか?」
それは、俺が前々から聞きたかったクラスについてだった。
現状、クラスの取得方法は謎のままである。おそらく冒険者クラスは、登録証を手に入れれば登録されるのだろうが……。しかしスミレさんとの会話は、どう控えめに見てもクエストではなかった。
つまり、クラスとは、実際にこの世界における職業ではないのか?
少なくとも、俺はそう考えていた。
『ナイト』とは進化系戦闘職のひとつ、『シールダー』から転職できる第二クラスのことである。攻防に優れたバランスタイプで、育て方にもよるが、あらゆる場面で活躍できるオールラウンダーだ。
その名称通りに考えれば、『騎士』になればナイトクラスが手に入る……でなくとも、その下位のシールダークラスが手に入るのではないだろうか?
しかし俺の質問に、リンは驚いたように目を見張って、そして凍りついたように静止した。
一秒ほどの沈黙。そして溜息混じりに彼女はかぶりを振った。
「騎士団のことは知らないのに、ナイトクラスのことは知ってるのか……」
え? 俺、何かおかしいこと言った?
疑問符を浮かべる俺に、リンは苦笑した。
「クラスの取得方法は、騎士団内でも秘匿されてるんだ。さすがにカナメ相手でも話せないよ」
……なんだって?
「……秘匿されてる?」
「? まあな。戦闘系のクラスは、王家により緘口令が敷かれてる。下手に名前を口にすれば死罪だぞ。知ってるだろう?」
(馬鹿な……)
唖然としながらも……しかし実際のところ、俺は少し分からないでもなかった。
この≪オーリオウル・オンライン≫における『強さ』は、クラスによる比重が非常に大きい。クラスはパラメーターを大きく変化させるし、習得できるスキルの攻撃力や隙の無さは、ノーマルなアタックのそれを遥かに上回る。
クラスと言うのはそれ単独で、非常に強い力を持つのだ。無闇に公にしてしまえば、反乱勢力や敵対分子に力を与えてしまいかねない。権力構造はえてしてそれを嫌い、力を秘匿し独占したがるということか。
力がほしければ自分で調べるか、それとも王家にお伺いを立てなければならない、ということになるのか。
しかし前者は……難しいだろう。調べて見つかるなら、緘口令を敷く意味はない。
(なんてこった……)
楽観視はしていなかったが、しかし現実は予想以上に厳しかった。
おそらくこの国に生きる人々は、どんなクラスが存在し、そのクラスがどんなスキルを持っているのかも知らないのだ。知っているのは自分自身だけ。あるいは、今なおたった一人が抱え続け、どこの国も知らないようなクラスだってあるかもしれない。
『クラスの取得について教えてください』なんてスミレさんに言わなくて、本当によかった。言っていれば、果たしてどうなっていたか……。
しかしそれなら、俺の結論はひとつだった。
騎士団に入る。どう考えてもそれは最善手だ。クラスを秘匿している王家に近づけるし、生活費も稼ぐことができる。問題は戦闘だが、これについてはもともと、そっち方面で食い扶持を探そうと思っていたのだから問題ない。
――しかし。ひとつだけ気になるのが。
「……リンは、どうして俺を誘おうと思ったんだ?」
こいつの、浮かない表情だ。まるで、俺に申し訳ないと思っているかのような、そんな顔。それがどうしても気になった。
俺の質問に、しかし、リンは一瞬沈黙し。
そして、まるで絞り出すように、だがはっきりと告げた。
「団長に、君を勧誘するように言われたからだ」
その言葉に……俺はすべてを察した。
言われたから、ではない。勧誘しなければ罰する、と言われたのだ。
つまり、脅されたということ。
(…………っ!)
それを理解した瞬間、俺の中の血液がすべて沸騰するかと思うような、そんな怒りに見舞われた。
ギリ、こめかみが音を立てる。
(リンを、脅しただと?)
今すぐ殴りこんで、そいつをぶん殴ってやりたい。男か女かなんてものは関係ない。強いか弱いか、偉いかどうかも知ったことか。
ぶん殴って、リンの前で跪かせてやりたい。
自分でも制御不可能な、そして理由も分からない怒りに震えながら……しかし俺は、深く吐いた息もろともそれを吐き出した。
リンがそれを望まないことなど百も承知だ。それですべてが解決するのなら、こいつ自身の誇りにかけて、俺を騎士団に勧誘などしなかっただろう。
だとすれば、彼女自身、何か納得するものがあったということなのだろう。だとしたら、きっと俺の出る幕はない。
「……すまない」
リンは、そんな俺を見つめて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こんな理由で勧誘されることに、君が怒るだろうことは分かっていたんだ。だが……」
リンは目を伏せて、小さく溜息を吐いた。
「こんなことは言い訳にしか聞こえないだろうが……団長に言われたことなど関係なしに、私は君を騎士団に誘いたかった。君の実力と、そして何よりもその心。君ならばきっと、私よりも遥かに素晴らしい騎士になれる。それが確信出来ていたからな……」
「…………」
それは本心だろう。その言葉に、嘘も、ましてや都合の良い言い訳も、俺は微塵たりと感じ取ることは出来なかった。
何も言えない俺に、リンはふっと寂しげに笑い、「さて」と席を立った。
「残念だが、団長には拒否の意思を伝えてくるよ。安心してくれ。私の誇りにかけて、これ以上強引に勧誘することはない」
では、と踵を返すリンに……しかし、彼女の背を呼び止めたのは俺ではなかった。
「リンさん」
「……シルファ?」
口を開いたのは、これまで一言たりと言葉を発しなかったシルファだった。
リンの呼びかけに、少女は小さくかぶりを振って俺の方を振り向いた。
「カナメさん。本当は、そんなことで怒ってないんでしょう?」
「…………」
「本当は、リンさんに無理に言わせた、団長さんの方に怒ってるんですよね?」
シルファに心の裡を言い当てられ、一瞬驚いて……そして「ああ」と俺は頷いた。
くすりと、俺の心を見透かすようにシルファは微笑んだ。
「私は、良いと思いますよ。騎士団」
「……リンに無理やり言わせるような騎士団だぞ?」
「でも銀楯の聖槍って、騎士団の中でもとびきり評判がいいんですよ。私も……カナメさんにぴったりだと思いますし。騎士って」
俺が、そんな殊勝な人間に見えるのか。
そう言いたい気持ちをぐっと飲み込んで、俺は小さく溜息を吐いた。
実のところ明日、リンに罪がいかないよう直談判をするつもりだった。その代償として俺の加入が必要だというのなら、入ってやらないこともない。
しかし俺は、そんな姑息な手を使うようなギルドに用は無い。忠誠とやらを誓うつもりなども毛頭無かった。
だが――。
「……分かった」
降参、と言わんばかりに両手を挙げて、俺は言った。
「入るよ、その騎士団とやら」
「……本当か? 無理には……」
「無理じゃないさ。ただリンに誘われただけなら、二つ返事で了承してたよ。願ったり叶ったりではあるしね」
俺の肩を竦めるジェスチャーに、「そうか……」とリンは頷いた。
しかしその表情はいまだ暗い。自分が気を遣われていることを悟ったのだろう。
もっとも……俺もタダで承服するつもりはない。そんな顔をされてしまっては、逆に申し訳なくなってしまう。そう思いながら、俺は口を開いた。
「ただし、条件がある――」
また……説明、だと……!?
この三話分、ほとんどを説明で使いきった気がします。次回からようやく平常運転かなーと。次回、転職とバトルと入団試験! そんなノリで!