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悠久のフォルトゥーナ  作者: 卜部祐一郎@卜部紀一
第一章 『慟哭』
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(09) - 残酷な大地

 崖を滑り降り、着地するような間もなく、一気に加速。

 木々の間を走り抜け、先ほど見た二人の場所へ。

 風のように駆け抜け、景色は背後へと流れ去り、そして見えてきた光景。……だが、まだ遠いその場所では、既にフォリアと呼ばれた少女がモンスターのすぐ近くまで迫っていた。

「させ……るかッ!!」

 俺は叫ぶ。足に力を込め、さらに加速。

 疾走はもはや跳躍へと変わり、俺は風の如く疾駆した。


 しかし、少女は止まらない。

 一歩、また一歩とモンスターへと近づく。

 フシュウ、と何も言わず語らず、ただ立ち止まったままのリザードマンは、眼前にいる少女のことなどなぜか露ほどの興味もなさそうだった。

 しかし、それが邪魔であるのならば、容赦なく殺すだろう。

 そして少女は、リザードマンを目の前にして、きつく両目を閉じて杖を掲げ――。

「待てええぇぇ――っ!!」

 乱入すべく、叫び、手を伸ばした俺に……果たして声は届いたのか。

 少女は、はっと何かに気付いたように、俺の方へと振り返った。


(間に合えぇ――ッ!!)

 迸る気迫と共に、俺は片手を伸ばす。

 そしてもう片方の剣を抜き、少女の前へ躍り出るべく足に力を込め……。



 ――しかし、何の意味もなく。


 ジェネラルリザードの大剣は、掲げた杖ごと、少女の体を両断した。



「いやあああああああぁぁぁっ!!」

 その一部始終を見ていた、少女の悲痛な叫びも……しかし奇蹟は起こさなかった。

 杖は破壊され、魔法は不発。

 ジェネラルリザードには、まったく何のダメージも与えられなかった。

 ふしゅるるるぅ、という鳴き声と共に、肉塊となった少女の骸をぐちゃりと踏み越えて……そして、それと同時。


「貴様あぁあああ――――ッ!!!」

 俺の中で何かが弾けて、絶叫と同時、片手のスチールソードが跳ねあがった。

 恐怖? 不安? どうでもいい……どうでもいいッ!!

 逆袈裟の形で跳ねあがったスチールソードを、しかしジェネラルリザードは、まったく焦る様子もなく大剣で防いだ。

 ジェネラルリザードの大剣は、石を研いで作りだしたものだ。不格好で大重量だが、しかし強度は折り紙付きである。

 キンッ、と火花が散って刃が弾き返されるそれを、しかし俺は当然のごとく予想していた。

 弾かれると同時に刃を滑らせ、円回転を生むことで硬直を消す。そして次に放たれたジェネラルリザードの横薙ぎを、バックステップで回避した。


「よくも……よくも俺の目の前で……!」

 少女の悲痛な叫び声は、俺に抗えぬ現実の痛みを思い起こさせていた。

 大切な人を奪われる憎しみ。悲しみ。辛さ。もう大切な人に会えなくなると言う痛み。そして、何かに全てを奪われるというただ理不尽。

 ……俺の目の前で、こいつはそれをやったのだ。

 ただひたすらに、それが許せなかった。

 少女の慟哭。少女の絶望。少女の悲しみ。それが俺の中の、いろんなものと重なって、ただ理不尽への憎悪が膨れ上がっていく。

 そしてその憎悪の炎を糧にして、カチリ、と俺は刃を構えた。


 俺の動作に反応するように、ガァッ、という小さな叫び声と共にジェネラルリザードが俺へと飛びかかってくる。

 俺のクラス、『平民』は、スキルも補正も存在しない。

 言ってしまえば、最弱のクラスだ。

 だがしかしその一方。≪オーリオウル・オンライン≫のプレイヤーの一人であった俺が、ただの『平民』でありえないことなど明らかだった。

 確かにステータス補正はない。スキルなどもない。あるといえば、なぜか残ったままのステータス。しかしもう一つ……あるものを俺は持っていた。

 およそ二年もの間、この≪オーリオウル・オンライン≫にプレイし続けた膨大な経験。何のクラスにもスキルにも属さない、フォルトゥーナ大陸を渡り歩き続けた俺自身の経験と技術プレイヤースキル……!


 振り下ろされる、パターン通りの大剣振りおろし。しかし俺は、完全に見切っていたその一撃を、コンマ一ミリほどの差で回避。そしてカウンター気味に跳ねあがった刃でモンスターの肩を薙いだ。

 リザードマンは痛みと怨嗟を叫びながら、しかし飽くなき殺戮への欲求で、さらに首を伸ばして噛みつきを繰り出してくる。

 しかし、これすらも読み通り。俺は、一足でジェネラルリザードの懐に潜り込み、そして奴の弱点である喉元に、天を突くようにして真上に刃を突き刺した。

「グアアアァアアアア!!!」

 完全なクリティカルヒット。

 刃が喉元を貫通し、リザードマンは断末魔のごとき叫びを上げた。

 しかし、俺はまだ終わらせるつもりはなかった。膨れ上がる怒気を糧にして、貫通した剣に両手で力を込める。首を貫通したまま真横に走った銀閃が、ジェネラルリザードの首を割断した。

 そして、振り抜くと同時。首を半ば以上も斬り割かれたジェネラルリザードは、断末魔もなく、がくりと膝をつき……そして、無数の青い光の粒となって虚空へと消えていった。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 彼の戦闘を見て、私は両目を見開いていた。

 ジェネラルリザード。はっきり言うが、名前を聞いたことはあっても、剣を合わせるのは初めてだった。ここシシス王国では、北側の辺境でしか見られないという強力な魔物。

 だというのに彼は、まるで何の苦労もない様子で、その強敵を一蹴した。

(なんなんだ……彼は?)

 ごく普通の平民。協会の登録証も持たず、戦闘経験もないだろうはずの一般市民。

 だというのに、そこらの魔物などまるで寄せ付けず、そしてこのジェネラルリザードさえも一刀のもとに屠ってしまった。

 まったく意味がわからない。

 ジェネラルリザードのランクは、協会の書類によればCランク。協会登録外、すなわち何のクラスも持たないはずの人間がそれを殺傷することなど、私は聞いたことがない。

 だが同時に、私は彼が剣を振るう姿から、まるで目が離せなかった。


(私は……彼を死なせたくないと思った)

 だから、護衛を申し出た。

(私は……彼を泣かせたくないと思った)

 だから、私は彼を慰めたいと思ったのだ。

 しかしそれがなぜなのかは、自分でもまるで分からない。

 初めて出会った気がしないから。……言葉にしてしまえばきっとそういうことなのだ。陳腐だけれど、他に表現も名前も見つからない。


 そして今。

 鮮やかな剣技で、強力なモンスターを屠る彼の姿に……私は見惚れていた。


 そして、見惚れるあまり、自分の状況すらも忘れていた。

 ごぅ、という風斬り音に、ようやっと我に返る。

「――っ!」

 二匹にうちの一匹、その強烈な横薙ぎが、既に目の前にあった。しまった、と毒づくよりも早く、両手に握った剣を交叉させて一撃を受け止める。しかし、

(重い……っ!!)

 一瞬の油断は、モンスターに力を溜める時間を与えてしまっていたようだ。

 今までの数倍は重い一撃に、顔をしかめ、しかし全力で拮抗し……。

 そして押し切られ、私の体は後ろへと吹き飛んだ。


「が――はッ!!」

 壁に背中から激突し、口の中の空気が漏れる。

(この痛み……まずい……)

 これは、数秒は起きあがれない。

 自らのダメージを冷静に分析し、そして四肢に力が入らない状態のまま、音を聞いた。べたべたという足音と、金属が擦れる音。そして、至近距離で聞こえくるモンスターの荒い息。

(ダメか……!)

 恐らく、ジェネラルリザードは、既に大剣を振り上げている。

 それを振り下ろされれば、私は死ぬ。決して生き残れまい。この姿勢では、後はただ殺されるしかない。


(私は……死ぬのか)

 それも仕方のないことなのかもしれない、と、密かに思った。

 私が今、彼に見惚れた数瞬。

 私は、守ろうとして何もできず、目の前で死んでいった命のことすらも忘れていたのだから。

(彼に軽蔑されるのも、当然か)

 ……きっと、それも仕方のないことだった。 


 それは、振り下ろされる間際の数瞬間。

 死を前にして、私は、ただ目を閉じた。


 ……だが。

 その衝撃は、いつまで経ってもやってこない。

 気がつかないうちに天国にいってしまったのか、とも思ったが、しかしどうやら違うらしい。土の感触も、忌々しい血の匂いも、まるで何も変わっていないから。

 おずおずと目を開けてみれば……そこには、誰かの靴が見えた。

 目線を上げる。

 そこには、剣を構えながらリザードたちを牽制し、そして私へと手を差し伸ばす、少年の影。


「……カナメ?」

 馬鹿な、と思った。

 それこそ幻覚だ。あの距離から、このタイミングで駆けつけられるはずがない。

 第一、私はきっと彼に嫌われている。どこかで私は彼を傷つけ、彼は私を怨んでいるのだろうと……今までの流れで、なんとなく気づいていた。

 その事実が、関係が、ずっと密やかな鈍痛となって、胸の奥にちくりと刺さっていた。

 けれど関係ないと割りきれず、気づけばその背を追って、彼の想いの一欠片、彼の流す涙の一滴でも理解したいと、私は思った。

 理由なんてない。きっと理由なんてないが……それでも私は、たとえ嫌われているとしても、彼の前から潔く去ることが出来なかった。


 そしてそんな私の態度に、彼は呆れ、時に怒り、そして時に私を責めた。

 ――今日が終われば、私はもう二度と、貴方につきまとったりはしない。

 だから、せめて今は……今日だけはと。彼が黒い柱の前で慟哭の声を上げたとき、私はそう願って、決意した。

 誰かの代わりでもいい。私が彼の糧に、ほんの少しでもなれるのならと。


 だからここで、彼が私を助けたりなんてしない。

 それこそ、都合のいい夢だろうと。

 ――だけれど。

「立てるか、リン?」

 その声は優しく、そしてはっきりと。

 そして伸ばされた手は……幻覚ではないと証明するように、私の手を、ぎゅっと握った。

 痛みも決意も、まるで溶けて消えてなくなっていくような、そんな温度で。


 手を引き上げられて、どうにか立ちあがる。

 私は二度、三度と頭を振って、落としていた剣を拾い上げた。そしてもう一度正面を見れば、そこには幻覚などではない、確かに彼が立っていた。

 私に背を向け、剣先でリザードたちを牽制している。

 その背に……私の中の様々な感情が、ごちゃごちゃに混ざりあって、撹拌されて、わけがわからなくてどうしようもなくて、ただ瞼の奥から涙が溢れそうで。

「……カナメ」

 私の声に、彼はただかぶりを振った。

 そして、かちり、と刃を下段に構え直す。

「感謝は後だ。今はこいつらを片付けよう」

 そして、ほんの少しだけこちらを振り向いて――


「片方は頼んだぞ。リン」


 その言葉は、一体私の胸の中に、心に、どういった変化をもたらしたのか……それは分からない。

 だけれど、湧き上がってくる想いの波と共に、にやりと笑って、私もまた剣を構えた。

「任せろ!!」


 かくして、私たちは戦闘を開始した。


  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ぱちり、と火が爆ぜる。

 その炎は、暗闇の中を赤々と燃えあがり、ほの暗い宵の闇をオレンジ色に染めていた。

 ジェネラルリザードを片付け終えた俺たちは、森の中に散乱していた死体を、出来る限りかき集めて、こうして火葬していた。

 バラバラになった死体を集めるのは苦戦はしたが、火葬自体は、リンの持っていた火打石で比較的楽に終わった。

 もっとも、そんな道具でもなければ、火葬するなどと彼女も言いださなかっただろうが。


 その炎を、俺は温度が分かるほどの近くに座って……ただ見つめていた。

 彼らの肉体が、魂が、炎に焼かれ煙となって、空へ昇って行くのを。

 かさり、と、草をかき分ける音が聞こえた。リンだろう、と、振り向かずとも分かった。むしろこの場にいないのは彼女だけだから。

「……終わったのか」

「……ああ」

 振り向かずに尋ねた俺の声に、リンは頷いて応えた。


 彼女はずっと、死体を片付け終わったあとも、その遺品を集めていたのだ。

 死体は残り、それゆえまた遺品も残る。デスペナルティによるドロップではない。その人が生きた証となって、死体と共に残される。


 結局のところ。生き残っていた人間は、ほとんど誰も存在しなかった。

 ただ一人の少女を残して、誰も。

 ……リンの足音が、そのただ一人、火を挟んだ反対側で未だ蹲っている、銀髪の少女へと向かっていった。

 少女もまた俺と同じく、ただひたすら炎を見つめていた。

 失ったことを信じられず、受け入れらず、涙を流すこともできず、ただ見つめていたのだろう。その気持ちは、ひたすらに分かった。俺もそうだったから……いや。……きっと今も、そうだから。


「……あったよ。これで間違いない?」

 リンが差しだしたのは、小さな髪飾りだった。

 それは……彼女の姉のものなのだろう。

 白い鶴を模した小さなもので、髪飾りとしてはひどく質素だ。血で少しだけ赤く汚れている。

 しかし妹である彼女曰く、姉の私物などまるでなかったらしく、ただそれだけが彼女の身に着けていた私物なのだという。モンスターの襲撃と共にどこかへと失われたそれを、リンがひたすら歩きまわって探していたのだ。

「あ……」

 リンに差しだされた髪飾りを、少女は、小さく目を見開いて、じっと見つめた。

 そして、震える手をそっと差しだして……リンはその掌に、血に濡れた髪飾りをそっと置いた。


「あ……あ、あああ……」

 彼女は、その髪飾りを両手でぎゅっと、優しく握りしめた。

 口元に……その首飾りを、そっと当てて。

「っ……ねえ……さん――、う、ああぁぁ――……!!」

 別離の涙と、慟哭と、悲しみと。

 押し寄せるそれに抗おうとして、しかし抗えず、少女は体を折った。

「あ、あぁ、っ……うぁあああぁぁ――……っ!!」

 そして慟哭は、やがて嗚咽へと変わる。


 リンにそっと抱き寄せられながら、涙を流し続ける少女の姿を、俺は直視することが出来ず……ただ、ぼんやりと空を見上げた。

 あの時、躊躇わなければ。

 俺が躊躇わなければ、彼女の姉を救えたのだろうか?


 ただその想いが、俺の胸にずっと鈍い痛みを残して。

 そしてその嗚咽は、やがて彼女が寝静まるまで、ずっと止むことはなかった。

遅くなってごめんなさい。推敲にかなり時間がかかりました……。

あれですね、寝不足で書いちゃ駄目だやっぱり! うん!

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